根こそぎにしろ(伐採しすぎないようにね)
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──根こそぎにしろ(伐採しすぎないようにね)
ドーフェルの山。
文字通りドーフェル付近に聳える山である。
ドーフェル市内から歩いて20分程度で麓に到着する。
『ここから先、ドーフェルの山。標高665メートル』
ご丁寧に看板が立っている。
それから登山道の案内も記されていた。ここも探索マップボスを倒すと観光地になるので、頑張って倒したいところである。そこまで高い山ではないと思うけれど、ゲームでは頂上からの景色は素晴らしいものだった記憶がある。
「では、張り切っていこー!」
ディアちゃんが掛け声を上げてドーフェルの山に入る。
まず採取するべき素材は……。
「まずは大陸マホガニーっと。これだね」
ディアちゃんはそう告げると、山の麓に群生している木々の1本にどこからともなく取り出した斧を振り回した。
いや、そんなに大きな木を切り倒したら持って帰るのが大変──。
「大陸マホガニー、ゲットー!」
私がそう思った次の瞬間には白煙が噴き出し、ディアちゃんが斧でゴンゴンしてた大陸マホガニーの木が綺麗に整った角材になっていた。
……いや、確かにゲームでもそうだったよ。木材の採取ってこんな感じだったよ。
だけど、リアルになったこの世界でそれを見るのはちょっと引く。引くと言うか困惑する。ディアちゃんは魔術師じゃないのにやってることは完全に魔術師。というかこの世界の材木屋さんはみんなこんな感じなんだろうか……。チェーンソーとかまるで発明されそうにない世界だな……。
まあ、木を切り倒して、いちいち木材に加工してたら時間がいくらあっても足りないし、最悪材木の採取だけで一日が終わってしまうし、これでいいんだろう。
「採取、採取と」
ディアちゃんは角材になった材木を無限ガラス瓶に入れていく。これに入れるだけで生ものだろうと腐らずに保存されるのだ。
「次は……なんだっけ?」
「琥珀と石英と大陸タガヤサン、そして魔法水だ、戯け」
レシピはちゃんと覚えてこようね、ディアちゃん。それかメモするとか。
「うーん。大陸タガヤサンの場所は分かるけれど、琥珀と石英と魔法水の場所が分からないなあ。どこら辺にあるんだろう。というか、ドーフェルの山にあるのかな?」
「ある。まずは中腹まで登れ。話はそれからだ」
中腹付近にあるよと言いました。
「やっぱり山は登らないとダメか。そんな気はしてたんだ」
そこに山があるからね。
「じゃあ、ぼちぼちと登っていこう!」
私たちはディアちゃんを先頭──にするわけにはいかないので、ジルケさんと私が先頭に立ち、周辺を探索しながらこのドーフェルの山を登っていく。
木々を切って、雑草を抜いただけの適当過ぎる登山道だが、不思議と疲れはない。いくらでも登れそうだ。魔王パワーのおかげかな?
「……敵」
私たちが中腹を目指してぼちぼちと登っていたとき、ジルケさんがそう告げた。
「ワン!」
ポチスライムが4体現れた!
ではなく、ポチスライム山岳亜種である。
ポチスライムの色違い──赤毛というやる気のないデザインだが、ポチスライムより強化されていて、HPも攻撃力も上がっている。けど、まあ樽爆弾かミーナちゃんの全体攻撃魔術があれば一撃で全滅させられ──。
「……えい」
私が心の中でそんな解説をしていると、ジルケさんがハルバードを横薙ぎに振るった。その一撃でポチスライムは哀れ爆発四散。白煙とともに素材だけを残して消え去った。
「それなりだな」
「……ポチスライム相手なら余裕?」
まあ、物語の中盤で加入する人だからな、ジルケさん。序盤の探索マップに投入したら、まさに無双状態だろう。
やっぱり魔王が動き回るとゲームが壊れる。
「うわー。私、することないよ」
「戯け。貴様も戦え。轟雷をもたらすもの──樽爆弾があるだろうが。それを使えばよかろう。戦わなければ上は目指せんぞ」
戦わないと経験値入らないかもと言いました。
「よし。なら、私も頑張っちゃおうかな」
そんな前向きなディアちゃんが好きです。
「中腹はまだまだ先だ。ポチスライムだろうと、狼だろうと蹴散らしてやれ」
「了解!」
私? 私はあくまで保護者的立場だから。ディアちゃんやジルケさんに万が一のことが起きるまでは大人しくしてるよ。これ以上、シナリオを引っ掻き回して、フラグやプロットを滅茶苦茶にしては何が起きるか分からないからね。
「ワン!」
「ワン!」
そうこう話をしている間にポチスライム山岳亜種が再び6体出現。
「ウー! ワン!」
「ワン、ワン!」
正直、ポチスライムは可愛すぎて倒したくなくなってくる。これも危険な魔物のひとつであって、地球で言うならアライグマとかイノシシに相当する畑を荒らす悪い魔物だと思っても、この無害さをアピールする外見には騙されてしまうそうだ。
「てーい!」
「……えい」
そんなポチスライムにディアちゃんとジルケさんは無慈悲に樽爆弾とハルバードを叩き込んでいく。魔王の私ですら憐憫の念を抱いたポチスライム相手に無慈悲だな、君たち。まあ、ポチスライムは畑を荒らすどころか、人間まで襲う害獣オブ害獣なんだけどさ。
「楽勝! 流石は私!」
「……手ごたえがない」
まあ、ディアちゃんは本来ならまだ入手できない樽爆弾で武装してるし、ジルケさんは登場時期を間違えてるし、それは楽勝だろうね。これに私とエーレンフリート君まで加わったら、ポチスライムの歴史に今日は災厄の日だったと記されるだろう。
「油断はするな。月に吠える者ども──狼の情報もある。錬金術師の小娘はあまり前に出すぎるな。私の後ろに下がっていろ」
「大丈夫だと思うけどなあ」
私もジルケさんがいたら、正直序盤の雑魚魔物である狼程度どうにでもなるとは思うけれど。それでも万が一って場合があるので、ディアちゃんには後衛に徹してもらおう。
陣形は私とジルケさんが前衛。エーレンフリート君とディアちゃんが後衛だ。
本来なら3名でしかパーティーが組めないところが、4名で組めちゃってるのだから、これだけでずるい。バックスタブを受けても、エーレンフリート君が対応するから隙がない。魔物涙目の状況である。
「そろそろ中腹だな。錬金術師の小娘よ。少しは上を目指せたか?」
「自信は付いてきたかな。これなら大丈夫そう!」
この世界、ゲームなのにステータスが見えないから困るんだよなあ。
ゲーム風異世界に転生したらステータスが見えるのが基本なのに、それが見えないから、ディアちゃんがどれだけ育ったのかが分からないと来た。ステータスが見えればレベルとHPとMPが確認出来て、今後の参考になるのに。
ま、人の実力を数値化するってのも難しいってのは分かるよ。ここはゲーム風異世界であってゲームそのものの中ではないってもう認識してるからさ。
「中腹だ。ここに琥珀と石英と魔法水がある。探せ」
「了解! どこかな、どこかな?」
確か中腹辺りで琥珀と石英と魔法水はゲットできたはずなのだ。最悪、魔法水が見つからなくても魔法水そのものの錬成は低級魔力回復ポーションと純水で出来たから、問題はないと思うんだけどね。けど、採取で手に入るならその方がタイムロスにならずに楽ではある。まあ、無理をして採取する必要もないほど時間に余裕はあるけれど。
「ここら辺かな?」
ディアちゃんが聳え立つ中腹の崖をトントンとスコップで叩く。
「おお。銀をゲットー!」
「戯け。それは今は必要ないわ」
嬉しそうにするディアちゃんに私が今は琥珀と石英を探そうねと突っ込む。
「そうだった。琥珀、石英、琥珀、石英……」
ディアちゃんが再び崖をスコップでトントンする。
「おお。石英ゲットー!」
ディアちゃんが嬉しそうにキラキラと輝く石英の欠片を掲げる。
「後は琥珀だな」
「魔法水もね。見つかるかな、見つかるかな」
ディアちゃんは引き続き、崖をトントンする。
確実に琥珀が採取できるのはドーフェルの採掘場跡地だ。魔物に襲われて閉鎖を余儀なくされた採掘場で宝石から何まで鉱物関係はここで揃う。
だが、そのころには琥珀なんて飾りに錬成した上で、換金アイテムにしかならないし、正直換金アイテムとするならば金銀プラチナの方が価値がある。錬成して金の飾りなどにすれば、一気にお店で1万ドゥカートはいけるね。
まあ、そのドーフェルの採掘場跡地が解放されるのは物語の後半も後半なので、今からそんな叶わぬ望みをしてもしょうがない。
……いや、待てよ。私とエーレンフリート君で強行すれば、ドーフェルの採掘場跡地にもたどり着けるのでは。場所さえ分かれば、私がガリガリと金を取ってきて、ディアちゃんに報酬として渡せるのではなかろうか。
いやいやいや。そこまでやったら本当にゲームバランスが崩壊してしまいます。ゲームバランスが崩壊するだけならまだしも、フラグ管理が滅茶苦茶になってしまったら、ディアちゃんが望むエンディングが迎えられなくなってしまうぞ。
それに私って方向音痴だから、絶対にドーフェルの採掘場跡地までたどり着けない自信があります。ネガティブな方向には相変わらず自信がある私である。
「おお。何かの化石ゲットー!」
ディアちゃんはまた変なもの掘り出しちゃって。
「化石など掘り出してどうする。博物館でも開くつもりか」
「うーん。お湯かけたら蘇ったりしないかな?」
化石が蘇るとか某モンスターテイマーのお話や、某恐竜公園じゃないんだよ。
「店にでも並べて土産にでもしておけ。それからさっさと琥珀を掘り出せ」
「もー。頑張ってるんだよ」
ディアちゃんは再び崖をトントンする。
「やったー! 琥珀ゲットー!」
そこでようやく琥珀が手に入った。
「うむ。ようやくだな。待たせおってからに。残るは魔法水と大陸タガヤサンだな」
「大陸タガヤサンはこっちの方で見かけたよ。魔法水はどこかな?」
「中腹に湧水の沸く場所がある。そこで採取しろ」
辛うじて覚えていた記憶を基にそうアドバイスする私である。
実際のところは中腹だったか、もっと上だったかで記憶が分かれている。とにかく、中腹より上、頂上より下の間で手に入るはずだ。
「ルドヴィカちゃんってここの人でもないのに詳しいよね。なんで?」
「フン。風の囁きに耳を澄ませていれば、おのずと分かるというものだ」
前世でプレイしていたのでとは言えないので、ここは魔王弁に任せた。
「……風の囁き……」
ジルケさんが興味を示したのか、耳を周辺に向けている。
ごめんなさい。風の囁きじゃ何も分かりません。
「戯けが。私ほどの人間にならねばそう簡単に風の囁きから答えは得られん。もっと高みを目指すことだな。さすれば、貴様らにも大地を吹きすさぶ風たちが我々に何を告げようとしているのか分かるだろう……」
中二病の人にしか通じない表現でごめんなさいと言いました。
「……風の囁きが分かる。カッコいい……」
ジルケさんがキラキラした目でこちらを見てくる。
うう。待ってよ。ジルケさんって設定は確か年齢19歳でしょ。中二病に憧れる年齢じゃないよ。それにゲームじゃ中二病っぽいことも言ってなかったし。無口だけど、ストイックでカッコいい女性だったし。
これも私のせいなの?
うーん。ジルケさんにはメインシナリオでは分からなかった隠れた中二病の素質があったとか。そういうことにしておこう!
私のせいで中二病患者が増えたんじゃないよ?
「さて、次の採取場に──」
「待て」
久しぶりに来た。この心臓を引っ張られるような感覚。
それも複数だ。
「エーレンフリート。分かるか?」
「はい。犬どもの臭いがしますね」
犬。狼か? 待てよ、狼ぐらいでこんな感じがするか?
「ジルケ、構えろ。エーレンフリート、貴様はその錬金術師の小娘を見ておけ」
私はジルケさんとエーレンフリート君に戦闘準備をお願いし、脅威に備える。
それから崖の方より重々しい狼の遠吠えが響いた。それも空気を震わせ、臓腑に叩き込まれるような音だ。
「姿を見せるがいい、犬よ。それとも怯えて姿も見せれぬか?」
隠れてるなら出てきて! と言いました。
「言ってくれるな、魔王ルドヴィカ」
そう告げて姿を見せたのは狼と人間の姿が入り混じったような魔物だった!
「ほう。人狼か。群れなければなにもできない臆病者がどうした?」
人狼ってものだよね。初めて見たよと言いました。
人狼。後半に出来るドーフェルのダンジョンのモブ魔物で、素早さも攻撃力も高い野良犬や狼の完全上位互換だ。モブ魔物だからと言って侮っていると、あっという間に八つ裂きにされてしまう危険な魔物でもあるぞ。
その魔物が1体、いや2体、いやいや4体! いやー! もっといるー!
「ピアポイント様には交戦を禁止されていたが、貴様を討ち取るこのような機会を逃しては人狼の名が廃る。魔王ルドヴィカよ。貴様にはここで果ててもらうぞ」
そう告げると人狼の1体がくるくると槍を繰り出してきた。
ランサーかな?
「この偽槍“世界樹より落ちし枝”。これで貴様を討ち取ってくれようぞ。覚悟するがいい、魔王ルドヴィカ」
はて。偽槍?
魔槍“世界樹の枝”なら黒書武器のひとつだ。エーレンフリート君の黒書武器である魔剣“処刑者の女王”とは対照的に使用者のHPではなくMPを吸収して威力を発揮する武器である。
入手経路はドーフェルのダンジョン最奥の探索マップボス“白銀の人狼”を討伐することによってドロップしたはずだ。
だが、偽槍“世界樹より落ちし枝”なんて聞いたこともないぞ。どこから湧いて出たんだ、その黒書武器っぽいの。
「よかろう。相手してやる。ジルケ、エーレンフリート。出し惜しむな。この私、魔王ルドヴィカ・マリア・フォン・エスターライヒにそのちゃちな牙を剥こうという愚行に対して、最大限の敬意を払い──」
私が不敵に笑う。
「ここで葬り去ってくれる」
人狼とか終盤のモブ魔物が出て来るなんて非常識だよ! と言いました。
そして、私は自分の身を守るために魔剣“黄昏の大剣”を抜く。
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