私とともに歩むものだ(お友達を紹介するよ)
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──私とともに歩むものだ(お友達を紹介するよ)
ディアちゃんとの待ち合わせ場所である大衆食堂“紅葉亭”にやってきた。
「おや。いらっしゃいませなのじゃ、主様。そちらの小娘はどうしたのですかの?」
「友だ。私とともに覇道を歩むことを約束した者である。名はジルケと言う。ジルケ、こいつは九尾。私の部下だ」
いつものように九尾ちゃんが出迎えてくれるのに、私がそう告げた。
「……よ、よろしく」
「イッセンを思わせる口下手感ですの。まあ、主様の友なら優遇しますのじゃ。これからよろしくお願いするのじゃよ」
ジルケさんが固い表情で告げるのに、九尾ちゃんがにししと笑った。
「ところで、錬金術師の小娘は来ているか?」
「まだ見かけませんの。あ、後ろから来ているようですの」
私が振り返るとディアちゃんが走って来ていた。
「遅れてごめん! 準備に手間取っちゃって!」
「構わぬ。今来たところだ」
私たちも本当に今来たところだし。
「錬成した装備品はちゃんと装備しているか?」
「うん。“レッサーワイバーンの鎧”はこの下に装備しているよ」
そう告げてディアちゃんはいつものエプロンドレスの胸を叩く。
「装備品は装備しなければ意味がないからな」
ザームエルさんが言っていたのと同じようなことを言う私である。
「ところで、そっちの人は?」
「友だ。貴様にも紹介してやろう。こいつはジルケ。自警団で働いている冒険者だ。ジルケ、この錬金術師の小娘が私の言っていた観察対象だ」
ディアちゃんも興味を示して尋ねるのに、私がそう紹介した。
「クラウディア・クリスタラーって言います。よろしくお願いしますね、ジルケさん」
「……あ、うん」
ジルケさんが俯いてディアちゃんから視線を逸らす。
「こいつは他者を嫌う一匹狼だ。馴れ合いは好まぬ。だが、私の強さには惹かれたようだな。我が友としてより高みを目指すと誓った」
ジルケさんは人見知りだからねと言いました。
「一匹狼かあ。カッコいいね!」
ディアちゃんがそう告げるのにジルケさんが表情を赤くする。
「さて、昼食が済んだら探索に出かけるのだろう。昼食を済ませるぞ」
「了解!」
そんなわけで私たちはお昼に。
「主様。今日からランチにもデザートがつくようになりましたのじゃ。錬金術師の小娘がレシピを持ってきてくれましたからの。お好きなものをお選びください」
「ほう」
ディアちゃん、頑張ってるな。
お金もコツコツと貯まっているはずだし、いずれは投資に回してくれるかも。というか、ディアちゃんが投資に回さないとドーフェル市は発展しないのだ。
でも、商店街の初期誘致で1万ドゥカート。市場の拡張で5000ドゥカート。観光促進のための初期宣伝広告に3万ドゥカートと投資は安いものではない。
それでもディアちゃんなら、ディアちゃんなら何とかしてくれるはず。
どこかで大金が手に入るイベントもあることだし、ランダムお客さんが増えてくると高額商品も売れるようになるし、収入は指数関数的に増える。ドーフェルの山を攻略した辺りから、本屋さんとよろず屋グラバーで高額商品のレシピを扱うようになるので、後はお店の棚を増やして、商品をびっしり並べるだけだ。
この問題点はランダムお客さんが増えないといけないということだ。
ランダムお客さんが増えるのに手っ取り早い方法は街の振興に投資すること。農業・商業・観光のいずれに投資しても当初はランダムお客さんは増える。もっとも後半になってくると資金的にも、環境的にも、投資する対象は絞らなければならないが。
もうひとつランダムお客さんを増やすのは、探索マップを攻略して、探索マップボスを倒すこと。街の周辺の治安が安定すると行商人の人などがやって来て、ランダムお客さんになってくれるのだ。
今のところ、ドーフェルの森は攻略したので次はドーフェルの山だ。
「あのちゃちな店はそれなりに儲かっているのか?」
「ちゃちじゃないよ。立派なお店だよ。あと、それなりに儲かってるかな。最近はお客さんも増えてきたし、いろいろと作らなきゃいけないのは大変だけどね」
ふむふむ。市場では行商人をそれなりに見かけたし、効果はでてきてるのかな?
「ご注文はお決まりですか?」
私たちが話しているとヘルマン君が注文を取りに来た。
「私は川魚の甘露煮定食を頼むとするか。デザートは抹茶ケーキで」
「私は月見うどん定食。デザートはシュークリーム!」
「……私は天ぷら定食。デザートは……チョコレートケーキ」
見事に注文が分かれたな。
「ところで、ジルケ。貴様ほどの腕前があればレッサーグリフォンを追い返すだけではなく、仕留めることもできただろう。どうしてそうしなかった?」
確かに疑問だったのだ。
魔王である私に迫れる──これはただの自信過剰なのかもしれないが──だけの戦闘力を持っているジルケさんならば、レッサーグリフォンくらいスパッと首を刎ね飛ばせたはずだ。この人はそれだけの力があるよ。
「……私の仕事は魔物を追い払うことだから。倒しても意味がない」
「ストイックだな」
あくまで自分の仕事は魔物を追い払うこと、か。
退治してしまえばそれまでだけど、追い払えばまた襲撃してきて、ジルケさんは必要とされる。多分、お金がどうこうというより、必要とされることが重要なんだと思う。私もボッチだったときは、クラスメイトでいろいろと行事に引っ張りだこだった人気の子を見て、羨ましく思ったものだ。
だから、ジルケさんの気持ちはなんとなくだけど分かる。
「これからは私が貴様を必要としてやる。だから、城壁に押し寄せる魔物などは片っ端から始末してしまえ。そのことは貴様の糧となり、より高みへと上げるだろう。強くなれば私が必要とする。強くなれ、ジルケ」
魔物を倒して経験値にするといいよ。ジルケさんは城壁の魔物がいなくなったって私が必要とするからねと言いました。
「……うん」
心なしかジルケさんが嬉しそうだ。
私も学生時代に誰か必要としてくれる人がいたらよかったなと思ったので、ジルケさんには私が必要とする人になろう。
私を必要とする人は既にエーレンフリート君たちがいるしね。
「お待たせしました。川魚の甘露煮定食、月見うどん定食、天ぷら定食です」
そんな話をしていたらヘルマン君が料理を運んできてくれた。
「いたっだきまーす!」
「……いただきます」
私もいただきますと言おうとしたのだが、声にならなかった。ちくせう。
「うーん。やっぱりこのパスタ、美味しいね。半熟卵もいい感じ」
依然としてこの世界ではうどんはパスタ扱いなのだ。
ずずずーっと半熟卵ごと啜って食べるのが月見うどんなのだろうが、ディアちゃんはフォークでくるくる巻いて口に運んでいる。うどんの正しい食べ方はいつ頃、東方から伝播されてくるのであろうか。謎だ。
この調子でラーメンも輸入されたら、ラーメンも啜って食べられないのか? それはちょっと酷い気がしなくもない……。
「これが天ぷら……」
「ん。貴様、この店は初めてか?」
ジルケさんが天ぷらのさくっとした感触を味わっているのに、私がそう尋ねた。
「……初めて。これまでは一緒に食事に行くような人はいなかったし……」
分かる。分かるよ、ジルケさん。
ひとりだと飲食店も入りにくいもんね。自分がボッチですって宣伝しているような感じでさ。ファストフードのお店ならお持ち帰りでなんとか行けるんだけれど、こういうテーブルがあってそこで食べるタイプだときつい。
おかげで私の大学時代のご飯はコンビニ弁当ばかりだったのだ。お店がなかったわけではなく、利用できなかっただけでして。
「この甘露煮も美味いぞ。九尾の調理はどれも人間を堕落させる性質を持っている。ひとつ、食べてみるか?」
「……うん」
私が川魚の甘露煮をフォークで刺すのに、ジルケさんが頷いた。
私はフォークで刺した甘露煮をジルケさんの皿に置く。
「……ん。美味しい……」
「そうであろう。九尾の料理であるからな」
ジルケさんが感想を漏らすのに私が頷いて返す。
「……人気者。羨ましい……」
ジルケさんがぼそりとそう漏らす。
「ジルケさんも人気者じゃないんですか? だって、城壁でいつも魔物を食い止めてくれているのは女冒険者の人だって街の人だ言ってましたよ。そのおかげでとても助かってるって。自警団の人じゃポチスライムだけで手一杯だから」
ディアちゃんが定食についてきた稲荷寿司にフォークを伸ばしながらそう告げる。
「……本当?」
「本当ですよ。レッサーグリフォンを抑えたって話してたから、それってジルケさんのことですよね。私も日ごろから城壁を守ってもらってて、感謝してますよ!」
ジルケさんが疑るように尋ねるのに、ディアちゃんが元気にそう告げた。
「評価するものは評価するということだ。戦うものに敬意を払わぬ輩など死に絶えてしまえばいい。生きる価値すらない。ジルケ、貴様は必要とされているぞ」
見てくれる人はちゃんと見てくれてるから自信を持ってと言いました。
「……嬉しい」
ジルケさんはパクリとタケノコの天ぷらを口に運んだ。
「……でも、私を一番必要としてくれるのはあなた?」
そう告げてジルケさんが私を見る。
「当たり前だ。私は他の有象無象の恩知らずどもと違って、貴様を高く買っているのだぞ。その武術を極め、いずれは尸解仙にでもなって、我が片腕となるがいいだろう。貴様にはそれだけの価値があると私は見ている」
頼りにしてますので今後ともよろしくと言いました。
しかし、尸解仙ってなんだ? 魔王弁から出た言葉だから大した意味はなさそうだけれど。新しい中二病ワードかな?
「……頑張る」
そう告げてジルケさんはセットのご飯に手を伸ばした。雑穀米ご飯なので栄養豊富だぞ。こうなるととろろも欲しくなっちゃうけどね。
そうだ。とろろというものがあったな。
うどん、そばに入れてよし。ご飯にかけてよし。見た目と食感が受け入れられるかが試されるところだが、とろろを作ってみるのもいいのかもしれない。
「この付近で山芋は採れるか?」
「やまいも? 知らないなー。ちょっと探してみようか?」
「どんなものか分かっているのだろうな?」
「ふふん。こういう時にカサンドラ先生から譲り受けた図鑑があるんだよ」
そう告げるとディアちゃんはどう見てもショルダーバックに入るサイズじゃない巨大な図鑑を取り出して、ドンとテーブルの上に広げる。
「ええっと。やまいも、やまいも……」
そう告げてディアちゃんがページをめくる。
「あった! この大陸山芋ってのかな?」
「恐らくはそうであろうな」
大陸とか半島とか東方とか材料の頭に作るけれど、性能の差みたいなもので、本質的には似たような植物のはずだ。大陸山芋というのも、恐らくは私が想像している山芋と同じものだろう。とろろになってくれるはずだ。
「群生地は……ドーフェルの山だって。ついでに探してみよっか?」
「そうするがよかろう」
ううむ。でも、山芋堀って結構大変じゃなかったっけ? 専用のスコップとかも必要だったりしたと思うのだけれど。
「まあ、我々の目的はあくまで装備の強化だ。それを忘れるな」
「了解!」
今回のドーフェルの山探索の目的はミーナちゃんの“琥珀の杖”とオットー君の“風の弓”、そしてディアちゃんの“それなり錬金術師の杖”の材料を集めることにある。ついでにオットー君の依頼であるレッサーバシリスクの毒の治療薬の素材も集めたいところだ。採取にはそれなりに時間がかかるので、欲張りすぎるとダメだぞ。
「デザートをお持ちしました」
私たちが食事を終えたころに、ヘルマン君がデザートを持ってきてくれた。
私は抹茶ケーキ。抹茶の香りが香ばしく、食欲を誘う一品だ。
ディアちゃんはプチシューが3つ。可愛らしいサイズだ。
ジルケさんはシンプルなチョコレートケーキ。チョコはいいものだ。
「ねえ、ねえ。せっかくだから一口ずつ交換しないかな? 私のシュークリームもちょうど3つあるし、ひとつずつ交換するよ」
「別にそのようなことをぜすとも貴様は甘味はいくらでも食べられるだろう?」
「ダメだなあ、ルドヴィカちゃん。こういうのは友達と分け合うからいいんだよ」
確かに。こういうのって最高に女友達とのやり取りだよな。
こういうことができなかったから私はボッチとして悲しい思いをしてきたわけで。せっかく友達が出来たのだから、やらないと損だ!
心なしかジルケさんも期待した表情で私の方を見ている。
「よかろう。私の抹茶ケーキを与えてやる。シュークリームを寄越すがいい」
「はいどーぞ!」
私が抹茶ケーキを切ってディアちゃんの皿に移すのに、ディアちゃんがプチシューを私の皿の上に乗せる。抹茶とシュークリームが合わさり最強に見える。
……最近、地球にいた時より甘いもの食べてる気がするから運動しないとな。幸い、この世界はバスも電車も車もないから、自分の足で歩くしかなく、探索などをすると結構なカロリーを消費した気分になれる。
さて、ジルケさんは──。
「……あーん」
ジルケさんはなぜか口を開けて待っていた。
「貴様。何をしている?」
「……仲のいい人たちはこうするって聞いたから」
いや。それは仲がいいのベクトルがちょっと違うよ、ジルケさん。それは恋人とかのやる奴だと。リア充爆ぜろって呪詛を吐きながら眺めるものだよ。
「仕方あるまい、ほれ。口を開けろ」
私は抹茶ケーキを切り取ると、ジルケさんの口に放り込んだ。
「……ん。美味しい。不思議な風味」
ジルケさんは満足そうな表情で抹茶ケーキを味わう。
本当に友達が欲しかったんだな、この人。私もジルケさんぐらいの勇気があれば、日本でも友達ができていて、ファストフード店で一緒に買い食いしたりしてたのかもしれない。そうならなかったのはひとえに私の勇気のなさか……。
「……はい、あーん」
「私もそれをしろというのか?」
「……嫌?」
「好きにしろ」
ジルケさんも友達ができてはしゃいでるんだと思うな。私もディアちゃんと友達になってからべったりだし、魔王弁のせいでデレがないツンデレ状態だけれど。
「……はい」
「ん。甘いな」
ジルケさんが私の口にチョコレートケーキを入れるのに、私はチョコレートのほろ苦い風味と甘さを味わった。
……しかし、なんともインモラルな雰囲気だ。
いやいや。きっと仲のいい女友達同士でもこういうことはするよ。私がぼっちだったから知らなかっただけで。こういうのも友達の範疇だって。
「私も、私も。はい、あーんして、ジルケさん」
ディアちゃんはもー。
そういう無自覚系だからミーナちゃんと百合の花が咲くエンディングを迎えたりしちゃうんだぞ。君はジークさんを狙って、ジークさんにそういうことはしなさい。
「……友達としかしない」
「ええー。私たちも友達でしょ?」
「……そうなの?」
私とは友達になったって意識はあったけど、ディアちゃんと友達になった気はしてないのか。なんとなく流れでそうなった気がしたのだけれど。
「……やっぱりしない。これは特別な友達とだけ……」
「残念。でも、デザートは交換しようね」
待てよ。メインキャラクターであり、攻略対象でもあるジルケさんがディアちゃんに興味を示さないのはどういうわけだ? ちょっとおかしなことになってない?
も、もしかして、私がイベントを横取りしちゃった?
ありえる……。だって、ジルケさんってこんなに早く登場するキャラクターじゃないもん。物語の中盤くらいで加入してくれるキャラだもん。それが登場して、ディアちゃんと喋っているのだから、確実にフラグは変な立ち方している。
参った……。魔王が動き回るのがこんなにもゲームブレイカーだったとは……。
「どうかしたの、ルドヴィカちゃん?」
「なんでもない」
かといって、何もしないというわけにもいかないしな。何もしなければ何もしないで、魔王討伐ルートになってしまうかもしれない。今から高笑いの練習するのは空しい。
「それじゃあ、そろそろいこっか。ヘルマン君、お勘定ー」
「はい。お待ちください」
ディアちゃんが席を立つのに、私とジルケさんも席を立つ。
「ジルケ。我々はこれからドーフェルの山に向かうが貴様はどうする?」
「……一緒に行く」
そうなりますよね。
「いいだろう。ついてくるがいい。だが、貴様が立ち止まろうと待ちはせぬぞ。我々はより高みを目指して進むのだ。付いてこれぬものは置いていく」
わざわざ付き合ってくれてありがとうございますと言いました。
「……分かってる。私は大丈夫だから……」
そう告げてジルケさんが私の背後に立つ。
「貴様、そこは私の場所だ。下がれ」
「……私は友達だから」
「ええい。陛下の友だと思って許していれば調子に乗りよって。無礼が過ぎると切り捨ててくれるぞ、小娘」
いや。エーレンフリート君の定位置だっていつ決まったのさ?
ううん。それにしてもふたりも長身の人が後ろにいると圧迫感を感じる……。
「隣に来い、ジルケ。貴様は私とともに歩むのだ」
「……うん」
こうすればエーレンフリート君も安心するだろう。
「くう。ぽっとでの小娘にどうしてそこまで入れ込むのです、陛下……!」
あ。これ、どこにいてもらってもダメな奴だ。
「エーレンフリート。貴様も私とともに歩むものだ。だが、貴様には私の背中を任せている。信頼に足る人間にしか任せられぬものだ。それだけ貴様を買っているのだぞ。下らぬ嫉妬心で私を失望させてくれるな」
背中を任せられるのはエーレンフリート君だけだよと言いました。
「感謝いたします、陛下……!」
このままではエーレンフリート君が血涙を流して失血死してしまう。
「行くぞ、錬金術師の小娘。時間というものは怠惰なものを置いて過ぎていくのだ」
「待って、待って! 今行くから!」
というわけで、ドーフェルの山に向けて出発!
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