この役立たずどもめ(自警団本部にたのもー!)
……………………
──この役立たずどもめ(自警団本部にたのもー!)
市場を抜けて、相変わらずガラガラで見るところのない商店街を抜けると、大通りに出て、そこから自警団本部がある南の塔に向かう。
南の塔には城門もあり、非常時ではない限り、城門は開かれている。入市税なんてものを取るつもりもないようで、一応街に入る人間は検査されるものの、特にその人物が指名手配犯だったりとかしない限りは通ることができる。
まあ、最大の指名手配犯である魔王の私が既に中にいるわけだが!
「ここだな」
「はい。ここが自警団どものアジトになります。どのように料理いたしましょうか」
私が塔を見上げるのにエーレンフリート君がさらりと物騒なことを言う。
「戯け。私は自警団の連中が使い物になるのかを確かめに来たのだ。まだ皆殺しにするような段階ではないわ」
「はっ。しかし、昨日の件といい、自警団の怠慢は明白です。ここは少しばかり鉄槌を下してやらなければならないのではないでしょうか。あのようなならず者を放置して、陛下のお手を煩わせるなど万死に値します」
エーレンフリート君の沸騰値は摂氏15度くらいかな? 常温で沸騰するね。
「あのようなもの、羽虫を払うよりも些細なことだ。だが、これからこのドーフェルという辺境極まりない街が発展するというのならばあのようなならず者をのさばらせるわけにはいかないだろう。そこでこの自警団とやらの実力を見る。この者たちが私の求める能力があるならばそれでいいだろう。なければ……その時はその時だ」
自警団の人が頼りになるのか見てこようと言いました。
「では、参りましょう」
「うむ」
エーレンフリート君が自警団本部の扉を開き、私たちが乗り込む。
「おや。お嬢さん、お兄さん。あんまり見かけない顔だね。何の用かな?」
自警団本部の受付に座っていたのは50代ほどのおじさんだった。
「単刀直入に言おう。貴様らの実力を試しに来た。貴様らはドーフェル市を魔物から守っていると豪語しているようだが、それはポチスライムのような下等生物を相手にすることか? そうであるならば、このようなものは必要ない。私が鏖殺してくれる」
自警団の実力ってどんな感じなんです? と尋ねました。
「い、いきなりだな。確かに城壁に来るような魔物はポチスライムのようなのが大半だけれど、時にはレッサーグリフォンが来たりするんだぞ。そういう時に頼りになるのが、この俺たちの自警団というわけさ」
そう告げておじさんはニッと笑った。
「戯けたことを。レッサーグリフォン程度の魔獣をエンシェントドラゴンのように言いよって。あんなものは鶏程度の存在でしかない。あんなものに手こずるとは、自警団とやらの質も期待はできぬものなのだろうな」
「なっ……。あんた、冒険者か? 冒険者でもプラチナ級冒険者はレッサーグリフォンをソロで討伐するらしいが。だが、この街の平和を守っているのは俺たち自警団だ。そこのことに揺らぎはない。あんたが腕試しをしたければうちの精鋭が相手するぜ」
「ほう。面白い」
やばい方向に進みつつあるな……。様子を見るだけのつもりで、それから声援を送っておくつもりだったんだけれど。いつの間にか戦うことになってる。
「自警団に挑戦者だ! 腕の立つ奴は集まれ!」
「応っ!」
受付のおじさんの声で集まったのは──おじさんたち。
そうか。そうだよね。若い人材は仕事を求めて王都に行くから、残っているのはおじさんたちだけになるよね。自警団も高齢化が進んでいるってことか。現代日本ても消防団とか青年会が高齢化し、なり手不足で困ってたもんね。特に田舎は。
「死にたい奴からかかってこい。私を落胆させてはくれるなよ」
危ないので本当に腕に自信のある方のみ挑戦をと言いました。
「なら、俺だ!」
と、声を上げるのはおじさん。
年齢はやはり50代くらいか。どう見ても強そうじゃない。
「戦える場所はあるか?」
「それなら訓練室を使いな。まあ、あんまり使われてないけどな」
いや、訓練はちゃんとしておこうよ。
「では、そこで待ってやる。貴様らの中でも死ぬ覚悟のあるものたちだけが私に挑みかかるがいい。その結果、死に至っても祈ってはやらぬぞ」
訓練室でやる気のあるかをお待ちしてますと言いました。
「野郎ども! 訓練室だ。自警団の意地を見せてやれ!」
いや。別に意地は見せてもらわなくともいいんだれど。
というわけで、私たちは訓練室に向かう。
訓練室は塔の3階にあり、文字通り使われていなかったのか少しかび臭い。
「では、俺が最初だ!」
先ほどのおじさんが躍り出る。
「どうやって勝負する?」
「真剣勝負、と言いたいところだが、そんなことをしていてはここにいる人間を皆殺しにしてしまうな。それではちと困る。これを使うとしよう」
そう告げて私は訓練室に置かれていた竹刀を挑戦者のおじさんに投げ渡した。
「竹刀か。まあ、ちょうどいいだろう」
「私の武器を使ってはこの建物すらも破壊されてしまうのでな」
冗談も魔王弁の抜きに私の黒書武器である魔剣“黄昏の大剣”を使っては自警団本部諸共吹き飛んでしまう。死人が出るどころの騒ぎではない。
「へへっ。言ってくれるぜ。ここで大人の実力ってものを教えてやるよ」
そう告げて挑戦者のおじさんが竹刀を構える。
「面白い。やれるものならばやってみるといい」
とは言ったもののだ。
この竹刀って刀身も形も私の魔剣“黄昏の大剣”とは違うし、これで戦って勝てるんだろうか。ここであっさり負けたりすると超恥ずかしい。勘違い野郎だって思われる。まあ、幾分かの勘違いがあることは否定しないけれど。
よし、当たって砕けろだ! やるぜ!
「いくぞおっ! 覚悟っ!」
挑戦者のおじさんが竹刀を振りかざして襲い掛かってきた!
……なんだかえらく遅いな。構えもいい加減なように見えるし、この手のことには素人である私から見ても隙だらけだ。
「はあ」
私は挑戦者のおじさんの懐に飛び込むと、短く横薙ぎに竹刀を振るった。
「ぐえー!」
挑戦者のおじさんは吹っ飛んだ。
「お、おい。大丈夫か、アドルフ!」
「俺としたことが油断しちまったぜ……。後は任せたぞ……」
「アドルフー!」
いや。死ぬような攻撃は叩き込んでないぞ。と言うか、倒れた挑戦者のおじさんも普通に治癒ポーション、飲んでるし。何だこの茶番。
「よくもアドルフをやってくれたな! 俺が相手だ!」
「てい」
「ぐえー!」
こんな流れで10人くらい相手したが、弱い!
自警団、おじさんばっかりで弱すぎるよ。こんなんで本当に魔物からドーフェル市を守れるの? 心底疑問に思えてきたんだけどさ。
「貴様ら。それでも本当に戦士か? 老いぼればかりで、訓練も碌にせず、ただただ惰弱にこれまでを過ごしてきたのだろう。そんなものでよく戦士を名乗れるものだな。貴様らにとっては確かにポチスライムですら強敵であろうな」
お年寄りばっかりでちょっと頼りないねと言いました。
「ぐぬ。確かに我々は年寄りばかりだ。最近は若い人間は王都に出て行ってしまうから、なり手がいない。それに確かに我々は弛んでいた。城壁に来るのはポチスライムか野良犬程度だし、それさえ倒せればいいのだと思っていたのだ」
受付にいたおじさんががっくりと膝を突いてそう語る。
「では、レッサーグリフォンはどのようにして倒した?」
「レッサーグリフォンは倒してはいない。追い払っただけだ。それも冒険者の助けを借りてな。来て下せえ、先生!」
受付のおじさんがそう告げると、のそりと大きな影が動いた。
「……こんにちは」
のそりと訓練室に入り込んできたのは身長がエーレンフリート君並みの長身である女性だった。年齢は20代前半くらい。その黒髪の毛はぼさっとしていて、地球にいたころの私を思い出す。私も切りに行くのが面倒くさくて、伸ばしっぱなしにしてたっけ。
そんな長身女性が私の視線を避けるようにもじもじと何やら挙動不審になっている。
「へへっ! この先生こそが俺たち自警団の真のエースよ。アドルフなど所詮はこの中では一番の小物だ!」
「おい、酷くないか、それ!」
受付のおじさんが告げるのに挑戦してきたおじさんが叫ぶ。
「貴様。できると見た。名を名乗れ」
「……ジルケ・フォン・シュラーブレンドルフ」
「ほう。貴族か?」
「男爵家の末っ子……」
私が尋ねるのにジルケさんは視線をいちいち逸らしながらそう告げる。
ああ。既視感があると思ったら背丈以外は日本にいたときの私だ。
他人の視線が嫌。反射的に視線を避けようとしてしまう。見つめられ続けると、自分のダメな部分が露になってしまうような気がして。
今の私はルドヴィカの体を持っているせいか、そういうことはない。むしろ、あれだけダメだった視線も、自分から声をかけるということも普通にできる。発する言葉全てが魔王弁になるのが玉に瑕だけど。
だからだろうか。ジルケさんには親近感を抱いてしまった。
それに、私はジルケさんのことを知っている。
ゲームのメインキャラクターのひとり。物語中盤でパーティーに加えられるようになり、ディアちゃんとともに探索を行ってくれる人だ。そんな大切なキャラクターなので、関係は大事にしておきたいところだ。
「我が名はルドヴィカだ。臓腑に刻んで置け。貴様が真の戦士というものらしいな。その力、試させてもらえるか?」
「……なんで?」
ジルケさんが視線を俯かせたまま首を傾げる。
「なんでだと? 力ある者がその力を誇示するのは当然だ。相手に実力を思い知らせてやれば、下らぬ争いなど起きぬ。そして、己の力を示すのは戦士としての誇りを示すことでもある。さあ、力を示せ」
どれくらい強いか気になるので戦ってみません? と言いました。
「……なら、いいよ」
ジルケさんはそう告げると背中に手を伸ばした。
そこから抜いたのは巨大なハルバード。
「ちょっと! ジルケさん! それはダメだって! この竹刀を使わないと!」
「……ごめん」
そう、ジルケさんはその長身を活かして、巨大なハルバードで戦う前衛キャラだ。基本的に前衛が不足しがちになるゲームなので、貴重なタンク役である。HPも高いし、防具は重装備でいけるし、前衛はジークさんか、ジルケさんかの二択になるだろう。
「構わんぞ。それぐらいのハンデはくれてやる。使い慣れた武器の方がよかろう」
流石にハルバードをそのまま使われるのは困るかなと言いました。言いました!
「……余裕?」
「余裕だ」
勘弁と言いました。言いました!
「……なら」
ジルケさんがハルバードを構える。構え方が本気だ。さっきのおじさんたちみたいに隙が無い。これは不味いぞ……。
何といっても私の武器は竹刀だからな! 冗談じゃない!
「来い、遊んでやる」
「……いくよ」
は、始まってしまった。
ジルケさんが一気に加速する。まるでハルバードの重量を感じさせない動きだ。ってのんびり見ている場合ではないっ!
ジルケさんのハルバードが私めがけて振り下ろされる。
「ほう。なかなかやるようだな」
私は横にステップを踏んでギリギリのところでハルバードの刃を避ける。
「だが、温い──」
巨大なハルバードを振り下ろした直後で隙が出来たジルケさんに向けて竹刀を叩き込まんとする私。だが、その目論見は読まれていたようだ。
ジルケさんはハルバードを支柱にすると、それを軸にクルリと回り、体制を整えなおす。そして今度はハルバードを振り上げて攻撃に移った。
「なるほど。面白い。そうでなくてはな」
やばい。やばい。やばい。
ジルケさんのハルバードの扱い方が本気だ。寸止めとかする気配が欠片もない。このままだと本当に殺されてしまう!
こうなったら──!
「加速」
エーテル属性の支援魔術だ。魔王ルドヴィカが使ってくる厄介な魔術のひとつ。これで加速されると2連続攻撃とかされる。それも魔剣“黄昏の大剣”で。基礎攻撃力1万の武器で2回も殴られたら死んでしまいます。
私の時間が加速し、周囲の時間が遅くなる。
ハルバードを振り上げ、それを斜め上から引くように振り下ろそうとしていたジルケさんの表情がゆっくりと驚愕のそれに代わっていく。よし、いけるぞ。生き延びた!
「終わりだ」
私はジルケさんのお腹に竹刀を叩き込んだ。
女の人のお腹を狙うなんて! この人でなし!
「勝負あったな」
「……負けた」
はあ。私の魔王弁はどうにかしないと本当に命を失うぞ。
「……冒険者をやってるの?」
「何もしておらん。ただ覇道を突き進んでいる」
無職ですと言いました。
「……あなたは友達いる?」
不意にジルケさんがそう尋ねてきた。
「フン。覇王に友など不要。と言いたいところだが、今は興味のある人間を観察している。友としてな。まあ、馴れ合いは好まぬが」
ひとり友達がいますと言いました。
「……そう」
そして、気まずい沈黙が流れる。
おじさんたちも黙ってるし、エーレンフリート君も黙ってるし、気まずすぎる。こういう時こそエーレンフリート君が空気を読まずに何か言うべきじゃない? というか、ジルケさんもどうして黙っちゃってるの?
「なんだ。貴様、私に友達になって欲しいとでも言いたいのか?」
私と友達なんてなりたくないですよねーと言いました。
「……なってくれるの?」
そして、ジルケさんが期待した視線で私を見てくる。
マジか。どこでどう思って友達になりたいって思ったの?
もしや、私のボッチとしての正体を見抜いてシンパシーを感じたとか……?
「貴様がより高みを目指すのであれば付き合ってやる。だが、上を目指さぬものに興味はない。どうする? それでも私と友になりたいと思うか?」
私、面倒くさい人間だとけど、それでも友達になります? と尋ねました。
「……上を目指す。……強くなるってこと?」
「それ以外に何がある。強者こそが必要とされる時代だ。私とともに覇道を歩むのであれば、より強くなれ。そうすれば友として認めてやる」
本当に面倒くさいけれどこういう人間ですと言いました。
「……うん、分かった。強くなるから……その……」
「分かった。友としてやろう」
私がそう告げるのにジルケさんの表情がぱあっと明るくなった。
私も同じボッチとしてのシンパシーを感じてしまい、放っておけないのだ。今の私は魔王弁と魔王行動力があるから平気だけれど、そのままこの世界に来てたらディアちゃんたちに会うことすらなく、そのまま野垂れ死にしていただろう。
魔王弁には困らせられるが、魔王行動力はありがたい限りだ。
それに今の私には目つきが悪くて、胸が貧相という以外の弱点はないのだ!
……ジルケさん、ゲームのグラフィックで知ってたけれど、胸大きいな……。
「……そ、その、とも、友達だから、一緒にお昼とか……」
「む。そんな時間か」
あ。懐の懐中時計を見ると、時間が11時30分ごろになっている。
「よかろう。そこで私の友を紹介してやる。付いてこい」
「……うん」
私が告げるのにジルケさんが嬉しそうに頷いた。
こうしてジルケさんが仲間になったのだ。
……もう物語のプロット滅茶苦茶だな。
……………………
面白そうだと思っていただけましたら評価、ブクマ、励ましの感想などつけていただけますと励みになります!




