刺激を欲している(目覚めの悪さにはコーヒーを)
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──刺激を欲している(目覚めの悪さにはコーヒーを)
……変な夢を見た気がする。
夢というものは記憶からすぐに消え去ってしまうもので、どんな印象的な夢であっても目覚めてしまったらすっと忘れてしまうのだ。
夢日記というものをつけると気が狂うなどという都市伝説があったりもしたが、あれは夢日記を記せないせいで気が狂うんじゃないかと思ったりもする。それだけ夢というのには記憶に残りにくいものである。
だが、どうにも変な夢を見たせいか寝た気がしない。
今日はお昼からディアちゃんと一緒にドーフェルの山の探索に向かうことになっているし、今のところ九尾ちゃんやベアトリスクさんのおかげで良好な身体リズムを崩したくはないから渋々とベッドから起き上がって、ベルを鳴らす。
「お呼びでしょうか、陛下」
「朝から済まぬな。今日のドレスを頼む」
着替えくらいひとりでやれよって話なのだろうが、この世界のドレスはひとりで着られるものではないのだ。コルセットもある程度締めなきゃいけないし、背中から足先までボタンがいろいろとついているし、そもそも大型衣料量販店ファッションだった私にはどのドレスを今日、着ていくのが適切なのかすら分からないときた。
なので、朝からベアトリスクさんにお任せである。
「今日は温かくなるとのことでしたので、お召し物もその方向で選ばせていただきますね。もし、山に入られて肌寒く感じられましたら、カーディガンなどを」
「フン。気候程度に左右される私ではない。だが、覚えてはおいてやろう」
気候のことまで考えてくれているなんて感謝ですと言いました。
「ああ。それにしても陛下はどのようなお召し物を纏われても栄えますから選び甲斐がありますわ。九尾は見た目がどうしても幼すぎますし、私のような人間となると着られるドレスも限られてきますからね」
……ベアトリスクさんの着てるドレスって怪しいお店の従業員さんが鞭を持ってそうなドレスなんだけど、別にそれじゃなくても似合うのではと思わなくもない。実際に昼間は九尾ちゃんの幻術で普通のドレス姿になっているし。
「世辞はいい。早く選べ」
「はい。お任せを」
私のような目つきも悪いし、体の起伏も貧相な人間ではどんなドレスが栄えるというのだろうか。寝起きに鏡見ると悲鳴上げそうになるほど目つきが悪いんだよな。どよーんとしているというか、人でも殺してそうな顔をしているというか。
お化粧もベアトリスクさんにお任せして、目立たない程度にはしてるんだけど、この目つきの悪さだけはどうしようもない。『ルドヴィカの睨みつける』というナレーションが出てきそうなほどには、目つきはナチュラルに悪い。
自分の顔なので慣れないといけないのだが……。
「では、今日はこのドレスにしましょう。お昼からは山に向かわれるのですから、動きやすい服装がいいと思われますわ」
そう告げてベアトリスクさんはいつものドレスよりも布地が薄く、スカート丈も短く、藍色のサマードレスに似たドレスを用意して着せてくれた。胸元には赤い大きなリボンがあってちょっと子供っぽい気もするが、貧相な胸を隠してくれるからいいや。
「ふむ。いいだろう。ご苦労だった」
毎朝、ありがとうございますと言いました。
ちなみにゲームの時のルドヴィカのキャラデザは固定されていて、紫色のザ・お嬢様という感じのドレスに身を包んでいる。春も、夏も、秋も、冬も、ラスボス戦でも。
暑かったり、寒かったりしなかったんだろうか……。
「では、陛下。朝食の方へどうぞ」
「ああ」
今日は変な夢を見た感じがするので、食欲はあまりないのだが、朝はしっかり食べておかないとお昼からドーフェルの山の探索にもいくことになってるしね。
「おはようございます、陛下」
私が食堂に到着するとエーレンフリート君が出迎えてくれた。
「イッセンはどうした?」
「仕事があるというので先に出ました。呼び戻しますか?」
「いいや。構わん」
イッセンさんは朝早くから仕事か。ニートの私の良心をぐいぐい攻めて来るな。
「さて、朝食にするか。午前の用事は……」
「はっ。午前の用事は特に何も入っておりません。またあの錬金術師の小娘の様子を見に行きますか?」
「ふむ。それもいいが……」
ディアちゃんに付き纏うのもな。私がいるせいで起きるはずだったイベントが発生しないとかあり得るし。知らぬうちにフラグを立てたり、折ってたりしたら困る。
「そうだな。昨日のこともある。自警団とやらの様子を見てくるとしよう」
そうだよ、そうだよ。自警団が何しているのか見てこなくちゃ。
この間は変な人に絡まれて、エーレンフリート君が片腕叩き切っているし、あの人あの後大丈夫だったかな。低級治癒ポーションで治る傷だったらよかったんだけど。
それはそうとして、自警団がちゃんと仕事をしているのか確認しなくては。ゲームの設定では『魔物がドーフェルの中に入ってこないのは自警団のおかげだよ!』ってことになってたけど、私がドーフェルの森で大暴れした結果、ポチスライムですら逃げ出しているよね。それなら街の中の警備に力を入れてもらいたいものだ。
今は行商人の数も増え始めているのだから、治安の悪化とかが原因で、客足が遠のくなんて馬鹿なことはさけたいところだし。
それに私は観光でドーフェル市を盛り上げることを諦めていないぞ。この街を観光地として発展させて、便利な生活を手に入れるのだ。
そのためには治安も大事。
地球でも外国人観光客を大勢受け入れたら治安が悪化したなどという話もある。しかし、観光客は治安のいい場所しか訪れないものだ。よほどのもの好きでない限り。まあ、かたつむりの観光客にとってはどこに行っても紛争地帯ですけど。
なので、自警団には頑張ってもらわなくては。
より良いドーフェル市の暮らしのためにも!
「主様、朝食ですのじゃ」
私がそんなことをひとりで決意していると九尾ちゃんが朝食を運んできてくれた。
「む。今日はパンか」
「たまにはパンもよろしいですじゃろ?」
今日はこんがりトーストにベーコンエッグ、それからコーヒーだ。
いつもは朝はご飯とみそ汁だったのでちょっと新鮮。
まあ、地球で大学に通っていたころは朝食食べるのも面倒で、飲むゼリーとかエナジードリンクで済ませてたっけ。
ああ。異世界の方がまともな生活になっているとはこれ如何に。
私が読んだ異世界に召喚されたり、転生したりするネット小説だと、現地のご飯は美味しくなくて主人公が改良するんだけど、もはや改良の余地もなく美味しい。しかも、お菓子もディアちゃんのお店で充実しているので文句なし。
問題は24時間営業のお店がないってことぐらいだ。でも、夜中にポテチ食べたり、アイス食べたりして、不摂生な生活を送ることがないのでそれはいいかもしれないが。
後は無性にカップラーメンが食べたくなっても手に入らないってことぐらいだな。
流石のディアちゃんも食品メーカーが実験に実験を重ねて、ようやくたどり着いた日本の生んだ奇跡であるカップラーメンは錬成できないだろうし、カップラーメンとは今生の別れとなるな。さらば、カップラーメン。
「しかし、朝にはコーヒーというのもいいものだな」
今日は目覚めの悪い夢を見たので、コーヒーで頭をすっきりさせておきたい。いつもの緑茶──この茶葉はどこから仕入れているのだろうか──もカフェインは入っているとは言えど、やはり頭をすっきりさせるにはコーヒーだ。
「主様。コーヒーは胃に悪いですのじゃ」
「私がコーヒー程度に後れを取るとでも思ったか」
コーヒー程度に後れを取ると思ったか(キリッ)じゃないよ。それは全然格好ついてないよ。この魔王弁は本当にダメだな。
「そうだぞ、九尾。陛下がコーヒー程度に負けるはずがあるまい。陛下ならば濃硫酸であろうと王水であろうと塩酸であろうと飲み干してしまわれる」
……エーレンフリート君は私を殺したいのかな?
「エーレンフリート。支度はできているな。出かけるぞ。自警団とやらを私自ら視察してやろう。それが腰抜けであれば教育しなおしてやらねばならないな」
「はっ」
自警団の人に頑張ってもらえるよう応援しに行こうねと言いました。
だが、この魔王弁では本当にそれが可能なのだろうか。
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自警団の本部は城壁内の兵舎にある。
城壁内というよりも城壁に沿って建てられた塔の中だけど。
エーレンフリート君によれば自警団の本部はこのドーフェルを六角形に囲んでいる城壁の中で一番大きな塔である南に塔にあるらしい。
ついでなので、市場と商店街を覗いていくことにする。
市場は朝から野菜や川魚が売られている。行商人の人も少なくない。
そこで意外な人物を見かけた。
「貴様」
「は、はい?」
私が呼びかけるのに、その人物が振り返る。
「貴様、ヘルマンと言ったな。仕入れか?」
「九尾さんの……関係者の方でしたね。はい、仕入れです」
実際のところ、ヘルマン君は私と九尾ちゃんの関係をどう見ているのだろうか。
ご主人様とかいうとインモラルな感じもするが、この世界では貴族がいて家来がいるのだからご主人様でもおかしくはない。だが、どうにもヘルマン君は私のことを九尾ちゃんのご主人様と呼ぶのを躊躇ったように思える。
ま、いっか。ロリにあんなスリットのチャイナドレス着せてる変態とか思われても困るし。あれは九尾ちゃんが自主的に着てるだけだし。ちなみにデザインはほぼ同じながら色は13種類あるぞ。カラーバリエーション豊富。
「この市場では満足な仕入れはできまい。こんな貧相な市場ではな」
「まあ、そうなんですけど、今のところ材料に不足はないですよ。それに最近ではハーゼ交易が活発に商品を集めてますし、特産ブランド作りなんかも始めてるみたいですよ。いずれはこの市場も立派なものになるんじゃないでしょうか」
あ。ミーナちゃんってば、結局農業に投資し始めてるな。農業開発で自然がなくなると観光が育たなくなるから困るのになあ。何せ、ドーフェルの観光地と言ったら、その豊かな自然くらいだからね。後々から神殿とか出てきて、探索マップボスを倒すと観光地になるけど、それが解放されるのはまだまだ先だ。
今はドーフェルの豊かな自然をPRし、王都とかの都会では味わえない自然環境を味わってもらうことにするべきなのである。
農業は正直、商業とのバランス調整が難しいし、観光が楽なんだよ。
「ハーゼ交易は新しく土地を開拓するつもりか?」
「え? それは知りませんけれど……。けど、開拓するなら人手が必要ですし、その労働者が集められた様子はないですし、開拓はしないんじゃないですか?」
流石は食堂の店員さん。この街の人間のことには詳しいな。
「まあ、貴様もせいぜい足掻くがいい。この肥溜めのような田舎で、高みを目指すならば足掻き続けることだ。そうしなければ地の底に落ちるだろう」
「は、はい」
ヘルマン君もドーフェル唯一の食堂だから食堂のこと頑張ってねと言いました。
「ん。あれはこの間のならず者か。まだここで店を出しているとはいい度胸だ」
私が市場を見渡すと、昨日私に突っかかってきた行商人の存在を確認した。
「貴様。まだこの街にいたのか?」
「おお。姉御! それはもう心を入れ替えて、真剣に商売をしています。姉御のくれたポーションで腕もこの通り、すっかり良くなりましたし。感謝してます!」
いや、その腕を切断したのはそもそも私の部下であるエーレンフリート君だけどね。
「そうだ。これをどうぞ、姉御。粗末な品ですがこの間の詫びと言うことで」
そう告げて手渡されたのは小ぶりの宝石だ。多分、ルビーだろう。
「殊勝な心掛けだな。これでこの間のことは許してやろう。だが、また貴様が同じようなことをしているのを見かけたのならば──」
私がその目つきの悪さで行商人を睨む。
「命はないと思え」
「は、はい!」
お詫び、ありがとう。でも、もう悪いことはしたらダメだよと言いました。
「行くぞ、エーレンフリート。ここに見るものはもうない」
「はっ」
農業が盛んになると市場も商品が増えるし、ハーゼ交易が各地から素材を取り寄せてくれるとドーフェルでは手に入らない素材も手に入るようになる。
だが、私は観光開発を諦めない。
だって、観光地になったら、観光地に住めるじゃん!
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