ほうじ茶と一緒に
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──ほうじ茶と一緒に
ディアちゃんとは明日からドーフェルの山の探索に向かうという約束をしてから、いつものお化け屋敷に戻った。
帰り道に市場を歩いて行ったのだが、心なしか行商人の数が増えている。市場に並んでいる品は相変わらずだけれど、行商人が来ているということは、街に外からものが入ってきているという証拠だ。このドーフェル市も発展している。
とは言えど、この程度の発展では心もとない。
もっと、もっと街に活気が満ちて、人口も倍増ぐらいはしないと。
しかし、本当に行商人の数は増えたな。ベアトリスクさんのおかげかな。
「おう。そこの嬢ちゃん、兄ちゃん」
私がひとりの行商人の前を通過しようとしたとき、声がかけられた。
「なんだ?」
「なんだとはなんだ。あんたが俺の商品を踏みつけちまったせいで壊れたじゃないか。弁償してもらえるんだろうな?」
ん? 私は何も踏んでないぞ?
と思ったら、行商人がどこからか壊れたブローチを取り出す。
あ。これ、関わったらダメな奴だ。
「知らんな。貴様のような下等で、下賤な人間に払う金など持ち合わせてはおらん。金が欲しければ地べたに頭を刷りつけて、そのくだらないがらくたを売り込む努力をすることだ。そんなことぐらいはガキにでもできるぞ」
「あんだと、てめえ……!」
私のせいじゃないのでお金は払いませんと言いました。
しかし、見事な魔王弁の煽りによって行商人がその黒い正体を現し、ヤーさんまがいな荒くれ者に進化した! ナイフを構えているぞ!
「エーレンフリート」
「はっ。魔剣“処刑者の女王”」
エーレンフリート君が魔剣“処刑者の女王”を抜いて、ナイフを握った手ごと行商人だった人の腕を切り落とした。
「ひいっ!」
行商人だった人は切断された腕を眺めて悲鳴を上げる。
「薄汚いゴミめ。私たちがこの国の法に従うと言ったことを感謝するといい」
これは正当防衛ですと言いました。
でも、これは過剰防衛じゃないかな……。
「腕があ……。俺の腕があ……」
「安心しろ。じきに気にならなくなるぞ。頭も同じように切り落としてやるからな」
「ひいいっ! すみません! すみません! 俺が悪かったです!」
エーレンフリート君が不味いことを言い出している!?
「エーレンフリート。そこら辺にしておけ。法には従うと言っただろう」
「ですが」
「目には目を。歯には歯をだ。この男のやったことの程度を考えれば、腕を切り落としただけもやりすぎだ。私は約束を守るのだ。その名誉にかけてな」
私はそう告げてポケットからポーションを取り出した。
「使っておけ。エーレンフリートの腕前に感謝することだ。その傷であればこの治癒ポーションで腕は引っ付くだろう。暫くは動かせないだろうが、それは自業自得だ」
やりすぎちゃってごめんなさい。このポーションに免じて許して! と言いました。
「あ、ありがとうごぜえます、姉御。この御恩は忘れません……!」
「フン。これからは喧嘩を売る相手はちゃんと選ぶことだ」
もうこういう商売の方法はやめようねと言いました。
しかし、ポーションひとつでここまで感謝されるとは。私とエーレンフリート君は治癒魔術は使えないから、それぞれ治癒ポーションをディアちゃんから買って、持ち歩くことにしてたんだけど、今回はそれが活きましたな。
「よろしかったのですか、陛下。あのような無礼者、切り捨ててしまった方がこの街のためにもなるでしょう。この街がいくら田舎であろうとも、街に陛下がおられる以上はこの街のもっとも強大な権力者は陛下であられるのですから」
「あのような下等で、下賤な生き物に何を期待するというのだ。あの愚か者は私が何者かなのかすらも理解できていなかっただろう。いや、この街の人間のほぼ全てが私が魔王であるということを理解できていまい」
私の正体は内緒にしているので、そういうことは気にしないでと言いました。
というか、現状では魔王として敬われる可能性は皆無だから! 魔物にすら命を狙われたばかりだから! むしろ、討伐対象にされて襲われまくることになるから! だから、絶対に正体がばれるようなことがあったら困るんだよ!
「陛下のことを知らしめるのであれば、このエーレンフリートめにお任せを。この街の者たちの魂魄に陛下の名を刻みつけてくれましょう」
「止せ。今はそんなことはどうでもいい」
やめてね。絶対にやめてねと言いました。
「しかし、この貧相な街でも治安は悪くなるものか。自警団とやらがいるという話だったが何をしているのだろうな。下等生物に期待をしすぎるのを馬鹿げてはいるものの」
平和だけが取り柄みたいな田舎町だろうに治安が悪くなってしまうとは。自警団の人たちは忙しいのかな? と言いました。
実際のところ、ゲームではあんなならず者に絡まれることもなかったし、人口が増えれば治安が悪くなるというリアルな事情が影響しているのだろうか。
自警団と言っても素人で、それも街の中の見回りよりも、外から魔物が攻めてくることに備えているような自警団なので、治安維持は期待できない。外の魔物も放っておくと、城壁に押し寄せてきて大変なことになる──という設定だったし。
だから、自警団の皆さんにディアちゃんのポーションが売れるわけですよ。
まあ、街の周りの魔物なんてポチスライムと野良犬ぐらいだろうけど、この間はレッサーワイバーンさんがこんにちはしてたから、油断はできない。
そう、今のこの世界はリアルなのだ。錬金窯に材料を放り込んで掻き混ぜるだけでショートケーキが出来たり、素材採取の時のガラス瓶が無限にあったとしても、ディアちゃんの持っている鞄になんでも入ろうとも、樽爆弾がどこからともなく補充されようとも、そこら辺のゲームの都合な部分はそのままでもリアルになったのだ。
なので、人が増えれば治安は悪化するし、魔物はよそからやってくるしといろいろと不都合なことも起きるのである。
うーん。ゲームのままの方が違和感はあっても住みやすかったのになあ。
「我々が街の人間を粛正しましょうか。あのような無礼者を街から一掃すれば、街の人間も陛下にひれ伏して感謝するでしょう」
「ならぬ。今は下等な者どもの感謝や敬意などどうでもいい」
勘弁して、エーレンフリート君と言いました。
「まあ、この街のことはこの街の人間がどうにかするべきだ。私たちの知ったことではあるまい。せいぜい足掻くさまを眺めているとしよう」
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今日の晩御飯は鳥の照り焼きと小松菜のお浸し、それからお味噌汁だ。
相変わらず九尾ちゃんの料理は美味しい。
「皆の者。今日もご苦労であった」
今日も夕食は一緒に行った。その方が絆が深まりそうじゃない?
まあ、エーレンフリート君はトマトジュースを飲んでただけだけど……。
「皆、それぞれの持ち場でその役割を果たしているようだな。この貧相な街の発展に貢献せよなどとは言わぬが、貴様らの行いには街の人間どもも感謝することだろう。いつの日か黄昏がこの世界を覆った時も、そうであるかは分からぬが」
街の発展に貢献してくれてありがとう! と言いました。
「もったいなきお言葉ですのじゃ」
「感謝いたします、我が主」
「今度も素敵なドレスを擁しておきますわ」
いや、ベアトリスクさんの新作ドレスは遠慮したいかな……。
「いずれちゃんとした褒美を取らせよう。今はまだだ。まだ私の野望は道半ばだ」
「理解しております、陛下」
今はちゃんとしたお給料も払えなくてごめんねと言いました。
で、エーレンフリート君は何を納得したんだ?
「褒美と言っては貧相だが今日も甘き誘惑を用意した。イッセンには醤油煎餅を用意してある。楽しむがいいだろう」
昔読んだ料理漫画で織田信長が部下に甘味を振る舞うシーンがあったけれど、このシーンってかなりそれに似てるよね。この世界では砂糖は貴重品じゃない──お砂糖は1キログラムで30ドゥカート程度のお値段──ので、褒美になってないけどさ。
「おお。おはぎですかの。妾に言ってくださればお作りいたしましたのに」
「これは貴様らの労を労うものだ。そのようなことを言うな」
これは日ごろのお礼ですと言いました。
「私にも配慮していただけるとは感謝の限りです、陛下」
「うむ。部下の特質を活かすのも指導者にして魔王たる私の役割だ」
イッセンさんは甘いものが食べれられないのでこの間の醤油煎餅を準備した。
「イッセン。醤油煎餅以外に望むものはあるか?」
「恐れ多いことですが海苔煎餅があれば嬉しく思います。あれも故郷の味です故」
「ふむ。いいだろう」
海苔煎餅もディアちゃんなら作れるよね。確か、序盤のレシピだし。
……しかし、この内陸の街でどうやって海苔を調達するんだ?
「さて、このような東方の甘味にはお茶ですのじゃ。今、ほうじ茶を入れてくるからお待ちくださいなのじゃ」
「うむ」
ほうじ茶まであるのか。もう、地球の食べ物は大抵あるんじゃないのかな?
「あ。私はトマトジュースのお代わりを頼む」
「分かったのじゃ」
……おはぎにトマトジュースは食い合わせが悪いと言うか合わないんじゃないかな。
「お茶ですのじゃ」
九尾ちゃんが私の前で急須からお茶を注いでくれる。熱々のお茶が香ばしい香りを放っている。やはり日本人ならお茶だな。紅茶やコーヒーはおはぎには合わない。
「ところで、貴様らに聞きたいことがある」
私は疑問に思っていたことを尋ねようと思った。
「私は些か記憶が混乱している。前の腑抜けの魔王を打ち倒し、貴様らを従えた後に、この街に来るまで私は何をしていた?」
どうにも魔王を討伐してから3年間は空白がある。
その3年間、私は何をしていたのだろうか?
「陛下は従わぬ魔物を鏖殺しておられました。人間である陛下には従わぬという魔物は少なくなく、我々四天王の他に陛下の軍門に下ったものはおりませぬ。前代の魔王の配下であったディオクレティアヌ、ヴラド・ドラクル、ピアポイント、アルゴルの4名は新たな四天王を名乗り、今も陛下に反旗を翻しております」
3年間、私は魔物を殺し続けていたわけだ。
そして、その努力も虚しく、今も私の部下になってくれる魔物はいないと。そりゃ、いきなりやって来て、魔王殺して、それも食べちゃったわけだからな。
『命が惜しくば私に従え!』
とか言ったんだろうけれど、多分逆効果だったんだろう。
魔物は人間ごときに魔王を殺されて激おこ。私を殺して魔王の地位を奪還しようと、新しく四天王を作ってまで対抗しようとしてきている。そして、私はその四天王が送り込んでくる魔物を魔剣“黄昏の大剣”でバッタバッタと倒しまくったわけだ。それでも魔物は従わず、と。
これは私に人望がないのか、魔物たちが復讐心に燃えているか、それとも別の原因があるのか。いずれにせよ3年間も殺戮を続けたんじゃ、今更仲直りしましょうと言って、仲直りができるような状況にはなさそうだ。
「ふむ。魔物というものは強者に従うと聞いたが、当てにならぬ情報であったな。魔物どもが私の軍門に下らぬというのであれば、これからも殺し続けるだけだ」
「流石です、陛下」
いや、今のは褒めるところじゃないよ。ノープランであることを晒したわけだからね。仲良くなってくれないなら何とかして仲良くなれるようにするのが私の仕事なわけで、これからも殺し続けていたら、魔物は絶対に従ってくれないよ。
「では、これからも貴様らの活躍に期待する。我が盾となり、剣となれ。そして、与えられた場でその才能を発揮せよ。私を落胆させてはくれるなよ」
「畏まりました、マイマスター」
「お心のままに、主様」
「忠誠は揺るぎません、我が主」
「我らは常に陛下のために」
期待しているからお仕事、頑張ってねと言いました。
「それでは風呂に入るとするか。準備せよ、ベアトリスク」
「はい、陛下」
私はその後、ベアトリスクの快適なマッサージと肌と爪のケア、温かいお湯と髪の懇切丁寧な手入れをしてもらってから、夢見心地でベッドルームに向かった。
「さて、と」
私はそこで今日購入した『エスターライヒ王国 ~その歴史と興亡について~』という本を広げる。自分の、ルドヴィカのルーツに触れる機会が訪れた。
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