我が覇道を妨げるものか?(友達になれるかな?)
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──我が覇道を妨げるものか?(友達になれるかな?)
「いらっしゃいませ!」
私たちが木の扉を潜ると、元気のいい挨拶が返ってきた。
目の前にいるのはゴールドブロンドのキラキラした髪を三つ編みにして纏め、同じように眩いぐらいに輝いているエメラルドのような瞳を持った14、15歳の女の子。作業性重視のエプロンドレスに身を包み、私たちの方に笑顔を向けてくれている。
これがクラウディアちゃんだ。
流石主人公なだけあっていろいろと可愛すぎる。目が潰れてしまいそうだ。
「あっ! この間のお客さんじゃないですか!」
そこでクラウディアちゃんが私の方をまじまじと見る。
「この間、商品のディスプレイが雑だって言われたんで、頑張って改装してみたんですけどどうですか? 可愛くなったと思いません?」
あれ? 初回遭遇イベントはもう終わってるの?
初回遭遇イベントではルドヴィカがお店にやって来て『このような粗末な店とはな。これでは潰れるのも時間の問題だろう。せいぜい足掻くがいい』的なことを言って、それからお店の改装が注文できるようになるのだ。
確かにお店は改装されている。商品ケースも初期のおんぼろのものから、綺麗なものに変わっているし、商品の間には手作りだろうぬいぐるみなども置かれている。全体的にファンシーな仕上がり。いいお店だね。
「どうかな、どうかな? 前よりはずーっとよくなったよね?」
クラウディアちゃんが期待した目で私を見てくる。
あんな嫌味を言われたのに、ここまで素直だなんて……。やっぱりクラウディアちゃんはいい子だった。こんなにいい子は他にいないよ。
「乙女趣味が過ぎる。貴様の店は玩具屋ではなく、錬金術店だろう。購入に来る年齢層を考えろ。子供が疲労回復ポーションや治癒ポーションを必要とするか? こういうポーションを買いに来るのは冒険者や騎士だろう。思慮に欠けておる」
いいお店だね。ディスプレイも可愛いよと言ったつもりなんです。なんです!
「そっかー。もっと男の人たちが近寄りやすいお店にしないとダメだね。もっといろいろと考えてみるよ。ありがとう、ルドヴィカちゃん!」
私の超絶嫌味にクラウディアちゃんは笑顔で応じてくれた。
ああ。大丈夫だ。きっとこの子になら私の正体を打ち明けても大丈夫だ。
私が将来的に何をするのかは決まっていないけれど、魔王として何かをするのは避けたい。世界を黄昏に落として、人類を滅ぼしてしまうようなことはしたくない。私は友達が欲しいんだ。切実に友達が欲しいんだ。
エーレンフリート君たちは友達という対等な立場にはなってくれそうにないし、ここはクラウディアちゃんに全てを打ち明けて、どうするべきか相談してみよう。
で、でも、大丈夫かな……。私なんかが相談してきて迷惑に思わないかな……。
「ルドヴィカちゃん、だと?」
私がそんなことを考えている間にエーレンフリート君が嫌な反応をした。
「えっと。そちらの方は?」
「我が名はエーレンフリート・デア・フリートランデル。マスターにお仕えするもっとも忠実な部下だ。覚えておくがいい、人間」
クラウディアちゃんが困った顔をして尋ねるのに、エーレンフリート君がそう返す。
「エーレンフリートさんですか。よろしくお願いしますね!」
「貴様などと馴れ合うつもりはない」
エーレンフリート君……。君って子は……。
「主様、主様。このぼけっとした娘が光だとおっしゃるのですか?」
「その通りだ、九尾。この者は特別な光を宿している。朝日よりも輝き、世界を闇より守護する力の持ち主だ。見た目に惑わされるな。もっとも、その魂の深層に眠る輝きを見通せるのは私ぐらいだろうがな」
クラウディアちゃん、可愛いよ。ぼけってしてるって酷いよ。それにこの子、主人公だからと言ったつもりがこうなりました。
恥ずかしくて死にたい。
「……流石です、我が主。私にはまだ光を見通せておりませんが、この娘がただの有象無象の人間ではないことだけは分かります」
イッセンさんがそう告げて私をよいしょしてくれる。
「そうねえ。ぼけっとしているように見えて、実はなかなかのものよ。このディスプレイ、とっても可愛いもの。センスはあるわね。もっとも、我らが主に比べたら、雲泥の差だけれども。我らが主のセンスには及ばないわ」
ベアトリスクさんは普通の人みたいな意見を述べる。
「それでルドヴィカちゃんは今日は何かご入用かな? 前と違っていろいろと製品の幅も増えたよ! ケーキだってあるから!」
「陛下のことをルドヴィカちゃんなどと馴れ馴れしく呼ぶな!」
クラウディアちゃんが接客モードに入るのにエーレンフリート君が叫ぶ。
「構わぬ。人間が私をどう呼ぼうなどと、羽虫程度にしか気にならぬわ」
気にしないから落ちついてくださいと言いました。
「流石は陛下です。陛下の寛大なお心に感謝するといい、人間」
クラウディアちゃんは凄く困った表情を浮かべている。
目の前でいきなりこんなコントされたら困惑するよね……。やっぱりダメかな、私の正体を話しておくの。迷惑になるだけかな。
黙って、何もしなければクラウディアちゃんと敵対することはないわけだし……。けど、その何もしないというのが一番難しいだろうという状況であって……。
「失礼する」
私がひたすらに悩んでいるところに青年の声が響いた。エーレンフリート君ではない。エーレンフリート君は困惑するクラウディアちゃんを相手に犬みたいに唸っているだけだ。君はいい加減にしなさい。
「おや。今日はお客が多いな」
そう告げるのは白い軍服を纏った男性だった。
その黒髪をポニーテイルにしてお洒落に纏め、ブラウンの瞳をしたイケメンの男性。エーレンフリート君はとても残念なイケメンになってしまったが、こっちの人には残念な要素がない。正統派のイケメンだ。
だが、この顔には見覚えがある。
「あっ。ジークさん、いらっしゃーい!」
その男性を見て、クラウディアちゃんが手を振る。
ああ。そうか。この人も見覚えがあると思ったら、登場人物のひとりだ。
ジークフリート・フォン・シュタウフェンベルク。
この地方都市ドーフェルを守る騎士で、主要登場人物のひとりである。物語中ではいろいろとイベントを起こしてくれたと思うけれど、何分プレイしたのが中学生の時なので記憶があやふやだ。どんなイベントだったかな。
「今回は何かご入用ですか?」
「うむ。疲労回復ポーションを5本と治癒ポーション5本を頼む」
「あれ? 随分と買っていかれますね。何かありました?」
私たちを放っておいてクラウディアちゃんがジークさんの接客をする。
「実を言うと魔獣が街の付近に増えてきてね。どうにも雲行きが怪しいんだ。混乱は避けたいから今は内緒にしておいてくれ」
……ひょっとしてその原因って私たちじゃない?
「エーレンフリートよ。何か心当たりはあるか?」
「はっ。前魔王に依然として忠誠を誓う者たちである可能性があります。古臭く、頭の固い者たちは陛下が絶対的な力を示されたのに、恭順を拒み、自分こそが魔王になろうと企んでいる者たちもいます故に」
原因、ダイレクトに私のせいじゃん……。
ど、どうしよう。俺こそが魔王になるんだー! 出てこいルドヴィカ―! ってことになったら私が魔王だって簡単にばれちゃうよ。ここはやはり自首するべきなのでは。
ちょうど、そこに騎士様もいることだし。
で、でも、魔王だと明かすと私が討伐される恐れも……。
「ちわー! ディア、いるかー?」
「やっほー! 今日は千客万来だね、ディア!」
そんなこんなしている間にさらにお客が増えた。
ひとりは私と同じアッシュブロンドの少年。ブルーの瞳に中性的な顔立ちで、男の子で間違いないとは思うけど背丈はあまり高くない。13、14歳くらいかな?
ひとりは赤毛をポニーテイルにした快活そうな女の子。好奇心旺盛な猫のような瞳を輝かせて、この狭い店内を占拠している私たちに視線を向ける。多分、同い年ぐらいだ。
「オットー君にミーナちゃん。いらっしゃい! 今日はお客さん、いっぱいなんだ!」
ごめんなさい。営業妨害になっててごめんなさい。
ちなみにこのふたりも主要登場人物だったと思い出した。
少年の方はオットー・オルブリヒト。クラウディアちゃんの幼馴染で、今は駆け出し冒険者をやっている。彼に関するイベントもいろいろあったはずだ。何せ、ジークさんと並んで攻略対象可能キャラだからね。
少女の方はヘルミーナ・フォン・ハーゼ。このドーフェルで一番大きな商会ハーゼ貿易のお嬢様だ。実にお転婆なお嬢様で、剣術・魔術と戦闘可能なスキルを有している戦闘では頼りになるキャラで、こっそり冒険者をやっていたりする。ちなみに彼女も攻略可能なのだ。百合の花が咲き渡るね。
「あーっ! こいつ、この間、ディアの店に文句つけに来た奴じゃん!」
「本当だ! 何しに来たわけ?」
ぎゃーっ! いきなり好感度マイナススタート!
「控えろ! このお方を誰だと心得るかっ!」
そこでエーレンフリート君が叫ぶ。
「誰だよ」
「幽霊屋敷に引っ越してきた子だよね?」
オットー君とミーナちゃんがそう告げる。
「ふっ。よかろう。我が名を語ろうではないか」
自己紹介しますと言いました。
「我こそは魔王ルドヴィカ・マリア・フォン・エスターライヒ。世界に黄昏をもたらす者にして、この世界の真の支配者だ」
……ルドヴィカです。よろしくお願いしますと言いました!
もう正体ばらしちゃってるじゃん! 私がいろいろ考えていたのが全部ダメになったじゃん! この言語野の反抗期は手に負えないよ!
「ま、魔王?」
「魔王ってあの魔王?」
オットー君とミーナちゃんが目を丸くする。
「それ事実だろうか?」
「貴様、陛下の言葉を疑うつもりか!」
ジークさんも怪訝そうに見つめてくるのにエーレンフリート君が告げる。
「凡人どもには分かるまい。放っておけ、エーレンフリート」
「はっ、陛下。しかし、この者たちをいかようにしましょうか?」
気にすることではないですよと言いました。
ですが、いかようにしましょうかって……。
魔王ってばれたから証拠隠滅のために殺そうってこと? さ、流石の私もそんな物騒なことは命令できないよ。ここにいるのみんないい人たちだもん。
「あのー」
そこでクラウディアちゃんが声を上げた。
「話が長くなるようだったら奥でお茶をしながらにしません? ケーキも焼いたんですよ。だから、みんなでお茶にしよ?」
クラウディアちゃんがニコリと微笑んでそう告げる。
いい子だ……。本当にいい子だ……。
もしかしたら、かもしれないけれど。ただの希望的観測なのかもしれないけれど。私の思い込みなのかもしれないけれど。
クラウディアちゃんとは友達になれるような気がするんだ。
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