唐揚げ定食と街の振興案
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──唐揚げ定食と街の振興案
「ちわー」
「あれ? ディアがいるじゃん」
私たちが厨房から出た時、オットー君とミーナちゃんに遭遇した。
「どうしたんだ、ディア?」
「えへへっ。新しいレシピを提供したんだ。これで食堂も盛り上がるよ」
オットー君が尋ねるのに、ディアちゃんがそう返す。
「新しいメニューか。ここのメニューも随分と増えたよな」
「九尾ちゃんのおかげだね」
そう告げ合って私たちはテーブルに着き、メニューを眺める。
おお。唐揚げ定食がある。ご飯に唐揚げにお新香に味噌汁。完璧だ。
「俺はきつねうどん定食にするかな」
「あたしは川魚の天ぷら定食!」
「私はカツ丼にしよっと」
うむ。見事に分かれたな。
「お決まりでしょうか?」
それぞれの注文が決まってヘルマン君が注文を取りに来る。
私たちはそれぞれの注文内容を伝え、ヘルマン君は厨房に向かった。
「最近、ここで食事すると気のせいなのか分からないけど、調子がいいんだよな。心なしか魔物に与えられるダメージが増えた感じがする」
「美味しいものは元気になるんだよ」
おや。食堂の神髄であるステータス上昇効果が表れているのかな?
それは貴重なものだから、探索前には食堂で食事するといいよ!
「そういえば頼まれてた気配遮断のポーション、渡しておくね」
「おお。サンキュー、ディア。これ、少ないけどお代な」
「毎度あり!」
しっかりと依頼をこなしていっているね、ディアちゃん。
「ところで、ミーナちゃん。リーヌス君の調子はどう?」
リーヌス君。この間、ディアちゃんがミーナちゃんのために作ったゴーレムだ。
ヘルムート君と同じようにむすっとした子だったが役には立っているのだろうか?
「ばっちりだよ。お客さんが来たときにはしっかり対応してくれるし、うちの扱ってる商品のことも暗記してて、きちんと受け答えしてくれるし。私とお父様が覚えてなかったような商品のことまで覚えてるんだもん。あの子、凄いよ!」
ミーナちゃんはリーヌス君のことを絶賛である。
確かにゴーレムは機械なので記憶力は凄まじいはずである。だが、あのむすっとしたゴーレムを接客に使うのはどうなんだろう……。
まあ、どう頑張ってもディアちゃんの作るゴーレムはむすっとしてて、愛嬌は皆無に等しいんだけど。あれはあれで私は可愛いと思うよ。
でも、よそ様はどう思うかなあ。
「でも、あの子というかヘルムート君もそうなんだけど、表情がちょっとむすっとしているというか、あんまりにっこりとはしてないけど大丈夫?」
あの可愛いゴーレムがにっこりと笑ってくれたら私が死んでしまいます。
「そうでもないよ。お客さんの評判いいし。特に年配の女性のお客さんはリーヌス君を特に気に入ってくれて、ゴーレムなら1体自分用に作ってくださいっていうぐらい。私は何か人身売買というか奴隷売買のようで嫌だったからやんわりと断っといたけど、ディアがその気ならお仕事の方、斡旋するよ?」
意外に人気なリーヌス君。
そういえば、ゲームではミーナちゃんにゴーレムを作るなんて依頼はなかったよな。九尾ちゃんの七味唐辛子といい、ベアトリスクさんの化粧水といい、ちょっとずつだけどゲームのシナリオから外れてきている?
いや、依頼主はほぼ私だし、私がゲームにない発注をしていることも確かだ。
だが、リーヌス君を作るゴーレムのレシピは中盤で入手することを前提としていて、周回プレイでもアイテムは引き継げるけど、最序盤でゴーレムのレシピが手に入ることはないはずだ。そして、ゴーレムもまた引き継ぐことはできない。
なので、ミーナちゃんがディアちゃんに序盤でこんな依頼をすることはないはずなのだ。ゲームの流れに沿っていれば。
けどまあ、そのゲームの流れを私の財布で変えちゃったんだよね。
大した変化はないだろうと思っていたけれど、ゴーレム発注の依頼が回ってくるとは。ゲーム中ではよそのお客さんはどころか、ミーナちゃんにもゴーレムを作ったりはしなかったディアちゃんだが仕事を受けるのだろうか?
「うーん。材料はないわけじゃないんだけど、遠慮させてもらうね」
ディアちゃんは断った。
「ヘルムート君にもいろいろと手伝ってもらって助かってるし、ミーナちゃんが助かっているのもいいことなんだけど、だからこそ信頼できる人にしか任せられないと言うか」
「そうだよね。あれだけ可愛いかったら、見ず知らずの人には任せられないか」
「うん。まあ、そんな感じ。引き取られた先でどうなるか分からないし」
ディアちゃんはよく考えているな……。
確かによく分からない人にあの可愛いゴーレムを任せるのもどうかと思う。中には苛める人もでるかもしれないし。まあ、ゴーレムなので精神的ダメージは負わないし、肉体的苦痛がないとは言えども、いい気分はしない。
「よく考えてるようだな、錬金術師の小娘。貴様の生み出したものは貴様の名誉を示すもの。その名を示すものだ。安易に安売りしないところはいいことだと評価してやろう。この成金の小娘の言うままに売り払っていたら失望したところだぞ」
ナイス判断だね、ディアちゃん! とだけ言いました。
「えへへ。褒めても何も出ないよ?」
「貴様には期待しておらん」
またそういうこと言うんだから、私は。
「となると、何で町興しをするかだね」
「そうだな。ディアのゴーレムっていい特産物になると思ったんだけどな」
ああ。町興しの話か。
「私的にはさ。この街は農業によって栄えると見たんだよね。ここじゃ東方の食物がよく育つし、農業を基盤としていけば安泰なんじゃないじゃないかなって思うんだ。ディアだって錬金術の素材がこの街で取れたらいいと思うでしょう?」
「確かにね。市場にも錬金術の素材が並ぶことはあるけれど、地元産のと比べると割高な感じはあるからね。自給自足できればいいと思うよ」
そう、このゲーム『クラウディアと錬金術の秘宝』では、このどうしようもない地方都市ドーフェルを繁栄させるのに様々な手段を使っていくことになる。
発展させる分野は主に3種類。
1、商業。
商業が発展すると全体的に訪問者数が増える。最終目標は金融証券取引所の誘致だが、それまででも行商人の数が増えたり、それでこの大衆食堂が盛り上がったり、ランダムお客さんが増えたりして、収入という面では大きく飛躍する。
だが、商業を上げるのは一苦労で、独自の商品や商店街への多大な投資などが必要になってくる。この分野で発展を目指すのは堅実ではあるのだろうが、茨の道であることを忘れてはならない。このドーフェル市は交易路からも外れた地方都市なのだから。
2、農業。
農業が発展すると商業に必要な独自の商品というものの開発が行えるようになるし、錬金術の素材も格安で手に入るようになる。特にこのドーフェル市は今、ローゼベルニア王国中でブームの東方の野菜や薬草などが育ちやすい環境になるので、この分野を伸ばしていけば確実に成功する。
もっとも、農業だけを伸ばしても、商業の発展がないとせっかく採取できた作物の出荷場所もなく、ただの農村で終わってしまう。それでいて商業が発展しすぎると、農業の発展が落ち始めるというパラドクス。農業と商業を両立させるのは難しい。
3、観光。
一番手っ取り早く、確実だといえる攻略手段はこれ。
このドーフェルの観光資源を発掘して、それで観光客を呼ぶ。それだけである。
もっとも、観光客もいろいろとうるさいもので、都市の利便性が悪いと文句を言うし、観光資源がいまいちだと文句を言うし、魔物に襲われても文句を言う。なので、文句を言われないようにこの大衆食堂のメニューから、ディアちゃんお店、そして商店街のお店の品々までしっかりと揃えなければいけない。
けど、面倒な上ふたつと違って競合するような要素やあまりに多くの投資の必要性はないので、観光一本に決めたら、ひたすら観光のために投資すればいい。
そういうわけなので。
「私は反対だな。下賤で下等なものたちを引き寄せるには、この街に元々あるものを利用するべきだ。川のせせらぎ、鳥のさえずり、風の囁き。そういうものにこそ、現金主義のこの世にはない価値があるものだ」
「えっと。つまり、このドーフェルの自然を売りにしようってわけだよね?」
ミーナちゃん、分かりにくくてごめんなさい。
「けどさ、ここの自然ってただの田舎じゃん。こんな場所、他にもいっぱいあるぞ。だから、俺はここにでっかい冒険者ギルドの支部を建ててもらって、これからダンジョンとか魔物とかに対応していってさ。それでこの街に冒険者をいっぱい呼び込むってのがいいと思うな。でかい都市にはでかい冒険者ギルドがあるものだろ」
「戯け。でかい街にでかい冒険者ギルドがあるのは当然だ。でかい街にはそれだけの需要があるのだからな。だが、このちゃちな街で冒険者ギルドに依頼を出す人間はどれだけいるか? そのものがどれだけの報酬を支払えるか? 街が大きくならなければ冒険者ギルドも大きくはならぬ。ひよこは卵を産まぬのだ」
「うぐ……。た、確かに……」
いや、オットー君の意見を全面否定するつもりはなかったんだけど、魔王弁がそうしてしまった。でも、冒険者ギルドが大きくなるのは人口や訪問者数に比例してのことなので、冒険者ギルドだけが大きくなることはないのも事実なのだ。
ちなみに冒険者ギルドのドーフェル支部の今の窓口はひとつで、受付嬢はひとりだけ。寂しいにもほどがある。冒険者として冒険者ギルドを大きくしたくなるオットー君の気持ちは分からなくもない。ちょっと覗いたけど私の地球の役場でももっと活気がある。
「それじゃあ、ルドヴィカちゃんはあくまで観光促進でいくわけだね?」
「それが最善手と見ている。もっとも、下等なる者たちがどのように栄えようと知ったことではないがな」
観光が楽ちんでいいよと言いました。
「むう。あたしは農業育成の方がいいと思うな。お父様もここの気候を活かした特産品ができれば、きっと街は発展するって」
「親の言葉を借りねばならぬとは成金の小娘らしい。農作物に頼らずとも、ここにあるそのままの姿を演出して見せればいいだろう。無論、農作物として特産物があるのであれば名物にはなろうが。もっともそれも東方の真似ではな」
「むむむう……」
観光やるのと農業やるのは両立できるよ! と言いました。
けど、魔王弁のせいでそれがミーナちゃんにまるで伝わってない。滅茶苦茶にらまれている。ど、どうしよう。
「陛下を睨みつけるとは無礼千万。この場で切り捨ててやりましょうか?」
「放っておけ。アリに睨まれても象は気にせぬものだ」
エーレンフリート君は絶対にそういうことをしないようにと言いました。
「むうう。絶対に私の提案の方がいいはずなんだけどね」
「まあまあ、ふたりともまずは食事して落ち着こうよ」
ディアちゃんが苦笑いを浮かべて告げるのにヘルマン君が困った表情をして立っていた。その手には私たちが注文した料理が載せられている。
「唐揚げ定食のお客様は」
「私だ」
魔王、大衆食堂で唐揚げ定食を注文するの図。
カッコ悪いにもほどがあるけど、食欲には抗えない。私はエーレンフリート君のように朝に血液入りトマトジュースを飲んだから夕食まで何も食べなくていいほど燃費はよくないのだ。特にあのチキン南蛮をみてしまってからは!
次に食堂に来たらチキン南蛮を頼もう。そうしよう。
「あっ。オットー君のきつねうどん定食、稲荷寿司ついている。トンカツ、一切れあげるから1個頂戴!」
「私も天ぷらひとつあげるからちょうだいよ」
九尾ちゃんの稲荷寿司は大人気だな。
「ちょっと待てよ、お前ら。そしたら俺の食う分がなくなるだろ。ミーナはこの間食ってたし、ディアとだけ交換な」
「ケチ―」
うーむ。仲いいな、この3人。
「ヘルミーナよ。私の唐揚げをひとつ、貴様に召し与えてやろう。その代わり天ぷらを差し出すのだ。いいか?」
ミーナちゃんは私と交換しようと言いました。
「その言い方引っかかるけど、私も唐揚げ食べてみたいし、いいよ」
わー! おかずの交換なんてなんてリア充なことしてるんだろう、私!
前世の私は死んだ。もういない。いるのはリア充の私だ!
「む。この唐揚げってニンニクが効いてて美味しいね」
「貴様の天ぷらもな。私の配下が作っているのだ。当たり前だろう」
これでもうちょっと私の言語野が素直になってくれれば助かるのだが。
「それで街の振興案だけど、農業か観光かよね」
「私は意見を翻すつもりはないぞ。農業は主力にはなりえない。東方の物まねをするだけでは東方との競争に勝つことはできん」
確かにここは東方の作物や薬草が育つのだが、品質としては東方の方が上だ。レシピでも“東方の薬草ニンジン”とか“東方の胡椒”とか東方製品はひとつレベル上の商品になる。もちろん、このドーフェルで採取できる作物や薬草も効果はあるけどね。
「これは一度、お父様たちに持って行った方がいいね。私たちが決めたところで、実際のお金を動かすのはお父様たちだし」
ミーナちゃんは肩をすくめてそう告げた。
「そういえば最近、ドーフェルの山で珍しいものが見れるって噂だったな」
おや。ドーフェルの山の探索マップ解放かな?
「そうそう。それからディアに依頼なんだけど、今度うちの会社の晩餐会をやるんだけど、お土産になりそうなものを作ってくれないかな。なるべくならドーフェルで取れる素材を使ってさ。こういう機会じゃないとドーフェルのこと、売り込めないから」
「俺からも依頼いいか? 最近そのドーフェルの山にレッサーバシリスクが出るようになったんだよ。連中の毒って面倒だから、治療薬を作っておいてくれると助かる」
おっと。ここで依頼イベント発生。
「分かったよ。任せておいて! ルドヴィカちゃんは何か依頼ある?」
「そうだな。新しい甘き誘惑と醤油煎餅を頼もうか」
ディアちゃんのお菓子はうちでも好評だからね。
「決まりっと。これ、食べ終えたら後は商店街だね!」
それから私たちは料理を味わうと、勘定を済ませて食堂を出た。
「のう。エーレン。主様は気づいておられるのかの?」
「当然だ。陛下の手を煩わせるようなことがあれば処理せよと命令を受領した」
店を出るときに九尾ちゃんとエーレンフリート君が何か話していたけど何だろう?
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