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戦いの後に

……………………


 ──戦いの後に



 ふー! 何とか勝てたー!


 まだ心臓がバクバクと鳴っている気がする。


 勢いで戦ってみたけれど、ドラゴンって半端ない!


 平気で四属性魔術とか使ってくるし、何より巨体が怖い!


 ジャンボジェットがその場でホバリングしながら火の玉とか吐き出して来たら誰だって怖いでしょう。私はそれに匹敵する恐怖を味わったわけである。この15分くらいの戦闘で寿命が30年くらい縮んだ気がする……。


 しかし、こんなモンスターをハンティングしてしまうとは、いよいよ私も本格的に人間を辞めてきているな。普通の人はこんな魔物には勝てないって。


 いや、レベル上げたらディアちゃんたちでもグレートドラゴンには勝てるんだよな。そう考えるとまだ私も人間の域に留まれているのかもしれない。誰だって人間はそう簡単に辞めたくはないよね。人間に生まれたのだから人間として育ちたいです。


「お待たせしました、陛下」


 私が安堵の息を吐きながらグレートドラゴンのドロップアイテムを眺めていると、エーレンフリート君が戻ってきた。


 エーレンフリート君もエーレンフリート君でいきなり翼が生えて飛び出すんだからびっくりしたよ。吸血鬼だからそういうのもありなのかもしれないけれどさ。


「さして手間はかからなかっただろう?」


 エーレンフリート君の方はどうだったかなと言いました。


「容易いものでありました。所詮、竜種などトカゲに過ぎません。絡め手も使えず、真正面から戦いを挑むしか能がないのでは、楽な相手であります」


「それは結構なことだ」


 まあ、ドラゴンだからね。正面から戦ってなんぼの相手だよね。


 ドラゴンなのに人ごみから攻撃を仕掛けて来たり、狙撃して来たり、人質を取ったりしてきたら、それはもうドラゴンじゃないよね。


 ……いや、人質ぐらいは取るかもしれないな。


「それにしてもつまらない戦いだった。魔王との戦いも退屈なものだったが、今回のはまるで手ごたえがない。豆腐でも切っているような気分であったぞ」


「トウフ。大豆の加工品ですね。確かにディオクレティアヌスなど豆腐程度の価値しかない相手でしたでしょう。豆腐の方が食べられるだけまだましというぐらいです」


「全くだ」


 この世界にも豆腐が存在するんだね。そしてその豆腐以下のドラゴンさん。


 ……ん。待てよ。ディオクレティアヌス?


「このドラゴンは名のあるものなのか」


「はっ。この者はディオクレティアヌスという名を持っていました。今となってはただの残骸に過ぎませんが」


 ……ネームド魔物って大抵イベントに関わってくる相手なんだけどな。


 けど、ゲームでディオクレティアヌスなんてドラゴンが出てきた記憶はないし、そもそもグレートドラゴン関係のイベントはボス戦ぐらいだ。エンシェントドラゴンはがっつりイベントに関わってきた記憶があるけど。


 ……このドラゴン、どこのどなた?


 不味い気がしてきた。イベント進行を知らぬ間に破壊してしまったような気がする。


 この世にはバタフライエフェクトなる現象が存在するという。文系の私にはよく分かっていないけど、非線形──カオス理論の世界では、初期値が微妙にでも違うと、結果として大きな誤差が生じてしまうという話だ。


 中国で蝶が羽ばたけば、アメリカで台風が起きるだったか。


 この豆腐以下ドラゴンのディオクレティアヌスさんも、ひょっとすると何かしらのイベントに背後で関わっていて、このドラゴンを私が考えなしにぶっ殺してしまったために、ディアちゃん関係のイベントが起きないという状況になる可能性も……。


 あわわわ。私って蘇生魔術とか使えないのかな。いや、この豆腐以下ドラゴン(ディオクレティアヌス)に生き返ってもらっても、また敵対するだけだし、意味がない。


 ……よし! 見なかったことにしよう!


 知らない。知らない。豆腐以下ドラゴンだから、きっと揚げ出し豆腐でも代役が務まるよ。今度、九尾ちゃんに揚げ出し豆腐作ってもらおう。結構、私の好物なんだ。豆腐ってヘルシーでいい食べ物だと思うよ。


 というわけで、ディオクレティアヌスさんには歴史の陰に消えてもらおう。


「騒音がしたのはここか?」


「はい。こちらの方です!」


 やがて、私が揚げ出し豆腐に思いを馳せていると、ざわざわと周囲が騒がしくなってきた。ドーフェル市の方角からだろう。ジークさんの声もする。


「これは……」


 やがてジークさんと自警団の人たちが現れて森に穿たれた豆腐以下ドラゴン(ディオクレティアヌス)の落下の痕跡に目を丸くする。そりゃ、いつもの平穏な森が、こんなにも破壊されていたらびっくりするだろうね。


 だが、ジークさんは落ち着き払っていた。


「君がやったのか?」


「他に誰がこのようなことができる、惰弱な人間。私以外にこのようなことを成せるものなど存在しないだろう。もっとも、私にとっては退屈なことだったがな」


 私がやりました。ご迷惑をおかけして申し訳ないと言いました。


「やはり君か。だが、礼を言おう。街が襲われていたら尋常ではない被害が出ていただろう。君たちが外で迎え撃ってくれたおかげで、街には被害は生じなかった」


「そもそも、こいつらの狙いは私よ。この魔王ルドヴィカを──」


 私がそう言いかけたとき、ジークさんが人差し指を口に立てて首を横に振った。


「ここには自警団もいる。君の正体を明らかにしてしまえば、クラウディア君たちとの平穏な日々は過ごせなくなるだろう。この件に関しては、魔物同士の縄張り争いの結果だったとでも報告しておくつもりだ」


 ジ、ジークさん、頼りになる! できる大人だ!


「フン。好きにしろ。この程度の戯れを誇るつもりもない。下賤な人間らしく、下賤に処理しておくがいい。民が震え上がっては困るのだろう?」


 だというのに、私の言語野は!


「ルドヴィカちゃん!」


 森を見渡す自警団の人たちの声の名からディアちゃんの声がした。


「なんだ。貴様も来たのか、錬金術師の小娘」


「そうだよ。この騒ぎだから怪我人とかいないかと思って」


「死んだのは愚か者だけだ」


 ディアちゃん来てくれてありがとう。でも、死んだのは命知らずの魔物だけだから大丈夫だよと言いました。


「ルドヴィカちゃんは怪我してない? 治癒ポーションあるだけ持ってきたんだ」


「要らぬ。私はあのような雑魚を相手に傷を負うほどのものではない」


 ディアちゃん、私は大丈夫だよと言いました。


「けど、頬に傷ができてるよ。この治癒ポーション使って!」


 そう告げてディアちゃんが低級治癒ポーションを差し出す。


「どうしてもというのならばやむをえまいな」


 私はディアちゃんの渡してくれた治癒ポーションを飲み干す。


 苦い。ポーションってばんばん使ってるけどこんなに苦かったんだ。


「どうかな?」


「使用者のことを考えるならば味付けも考えろ。良薬口に苦しというが、貴様のそれは良薬ではない。ならば、少しでも味付けを考えておくことだ」


 もうちょっと甘いと飲みやすいですと言いました。


「甘いポーションか。確かにポーションって苦いもんね。甘くなったら飲みやすくなるのかも。今度、蜂蜜を入れてみるね」


「勝手にしろ」


 頑張ってねと言いました。


「エーレンフリート。帰るぞ。此度の宴は終わりだ。貧相な宴だったがな」


「畏まりました、陛下」


 私はエーレンフリート君を引き連れると幽霊屋敷(自宅)に向けて帰宅を始めた。


 この件はジークさんが上手く片付けてくれるみたいだし、一安心だ。


 帰ったら九尾ちゃんに明日の夕食は揚げ出し豆腐にしてもらって、それからベアトリスクさんにお風呂に入れてもらって、のんびりした気分で眠りに就こう。


 流石にそう何度もドラゴンの襲来があるわけないし!


……………………


……………………


「ディオクレティアヌスがやられたか」


「ディオクレティアヌスは我々の中でも一番の小物。失ったところで害はない」


 旧魔王城でそう言葉を交わし合っているのは吸血鬼のヴラドと人狼のピアポイントであった。彼はディオクレティアヌスはが去った旧魔王城で円卓を囲んでいる。


「これからどう出る?」


「正面から戦えばディオクレティアヌスの二の舞だ。別の方法を考えなければなるまい。そのために必要なのは情報収集だ」


 ピアポイントがそう告げると狼の半身が急速に縮み、無精ひげを生やした人間の男の姿となった。人狼たちはその名の通り狼であり人間である。そういう魔物なのだ。人間に化けることができるのが、彼らの長所であるのだ。


「ドーフェルと言ったな。そこに忍び込む。そして情報を集める」


「気をつけろ。四天王には鼻の利くのがいるぞ」


「百も承知。十二分に対策はするとも」


 ピアポイントはそう告げるとヴラドを見る。


「お前はいつ動く?」


「ライバルになるかもしれないお前にそれは明かせないな。だが、いずれは動くとも。その前にそちらが魔王の座を手にしないことを祈るのみだ」


「食えない男だ」


 ピアポイントは吐き捨てるようにそう告げると広間を出た。


 広間の外には人狼たちが待機している。


「人間に変化することが得意なもの。人間の生活を知っているもの。そして、腕が立つものに命令を言い渡す。私とともに人間の街に潜入する。そこにいる魔王ルドヴィカの状態を探るためだ。分かったか?」


「お言葉のままに、ピアポイント様」


 人狼たちはピアポイントの言葉を受けると、すぐさま動き出した。


 魔王ルドヴィカを巡る第二の戦いが迫っている。


……………………

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