竜種対魔王
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──竜種対魔王
ディオクレティアヌスはエーレンフリートを部下のドラゴンたちに任せ、地上にいるルドヴィカに突撃した。
「所詮は人間。飛ぶこともできぬ」
未だに地上にいるルドヴィカをディオクレティアヌスが嘲る。
「我が行使する4つのエレメンタルよ。我が竜種が偉大なる心臓の呼び声に呼応してその力を発揮せよ。四属性同時攻撃!」
4つに魔法陣が浮かび上がり、それがルドヴィカに向けられる。
「死ね、僭称者!」
風、水、土、火の四系統の魔術が膨大な魔力を有するグレートドラゴンたるディオクレティアヌスから一斉にルドヴィカに向けて放たれた。
それを受けたルドヴィカは──。
「笑っている、だと……!?」
ルドヴィカは笑っていた。迫りくる四属性の魔術に対し、ルドヴィカは笑っていた。グレートドラゴンであるディオクレティアヌスの攻撃を受けて、笑っていたのだ。
「甘く見てくれるなよ、僭称者ルドヴィカァ!」
一斉に攻撃が降り注ぎ、地上が攻撃によって土煙に覆われる。
「やったか……!」
こういうフラグになる発言をした場合は大抵の場合──。
「この程度か? 竜種も随分と衰退したものだな」
ルドヴィカは無傷であった。
強力なグレートドラゴンのディオクレティアヌスが攻撃によっても、そのドレスすら傷つけられず、僅かに土埃をつけたのみ。ルドヴィカは平然として、その黒書武器たる魔剣“黄昏の大剣”を構えて、不敵な笑みを浮かべていた。
「流石はエンシェントドラゴンであった前代の魔王を葬ったと言うべきか……。油断できる相手ではないということだな!」
ディオクレティアヌスはそう叫ぶと再び4つの魔法陣を宙に浮かべる。
彼は事前にエーレンフリートに切りつけられ、力の一部を奪われたと言ってもグレートドラゴンだ。その魔力は膨大であり、ルドヴィカが耐えられなくなるまで魔術を放ち続けることは不可能ではないと考えていた。
一度や二度の攻撃では倒れないだろう。
だが、四度や五度の攻撃になったら?
そんな熾烈な攻撃に、ましてグレートドラゴンの中でも頂点に立つディオクレティアヌスの攻撃に耐えきれるものなどこの世には存在しない。前代の魔王であろうとも本気のグレートドラゴンの攻撃を受け続ければ、耐えられなかっただろう。
まして、ルドヴィカは地上に留まっている。エンシェントドラゴンであった前代の魔王と異なり、回避できる範囲も限られる。ディオクレティアヌスが本気を出すならば、あのような存在は春にこの世の天国のごとく咲き誇り、そして瞬く間に散ってしまう桜と同じくらいに脆弱な存在となるだろう。
「死ね、死ね、死ね!」
ディオクレティアヌスはこの魔王ルドヴィカを打ち倒したのちに、その肉を食らわねばならないことも忘れて魔術を叩き込み続ける。
1回、2回、3回、4回、5回、6回。
魔法陣が何度も空中で瞬き、地上に暴風が、氷の刃が、金属の槍が、炎の嵐が吹き荒れ、ルドヴィカに向けてディオクレティアヌスの魔術攻撃が叩き込まれる。
これこそがグレートドラゴンである。これこそが竜種の真の力である。
そう誇示するかのようにディオクレティアヌスは魔術攻撃を叩き込み続ける。
それが十何回と続いただろうか。
地上は完全に土煙に覆われ、地上がどうなっているかなどディオクレティアヌスの目をしても分からない。ただ、ディオクレティアヌスの魔術を受けた場所に生命などもはや存在するはずもないということしか分からない。
「やったか……」
ディオクレティアヌスが勝利を確信してそう呟いたときだ。
地上から不意に禍々しい空気が発され、ディオクレティアヌスの背筋が凍り付いた。
その次の瞬間、地上の土煙を薙ぎ払って波動がディオクレティアヌに向けて突き進んできた。この薄暗闇に沈んだ大気中の何もかもを薙ぎ払って、発された波動は、瞬時に回避行動を取ったディオクレティアヌスの頬を掠め、そのまま成層圏を切り抜け、大気層に亀裂を生じさせた。雲が割れ、空気が割れ、黄昏の空に傷跡が刻まれる。
「外したか」
地上からはっきりとした声が聞こえる。
「しかし、これが竜種だとはな。失望したぞ。この程度の存在が地上最強の魔物を名乗っているなど。貴様らは所詮あの魔王のようなトカゲに過ぎぬのだろうな」
土煙が晴れたとき、そこには全く無傷のルドヴィカがいた。
「ば、化け物……!」
「魔物が人間をそう呼ぶのか? それは敗北宣言も同等だぞ。本当の化け物がどちらなのか決めようではないか、竜種」
ディオクレティアヌスは気づいた。
この小娘は人間などではない、と。
人間の皮を被った別の存在だ。別次元の存在だ。そうでなければどうやって竜種の中でも強力なグレートドラゴンの連続攻撃に耐えられるというのだ。人間などあのような攻撃に晒されれば、肉片すら残らないはずである。
「どうした、竜種。さあ、魔術を繰り出せ。その鋭い爪で斬りかかれ。その何百という人間を食らってきた牙で食らいつけ。さあ、さあ、さあ! どうした!」
何もできない。
あれは人間ではない悪魔だ。
そうでなければどう説明がつくというのだ。あれは悪魔そのものだ。この世に現出するアークデーモンなどの悪魔とも違う。あれは別次元からの使い走りに過ぎない。この悪魔は別次元に存在するアークデーモンたちの主だ。
つまり、正真正銘の大悪魔。
人間に忌み嫌われし邪神すらも上回る大悪魔。
「う、ああ……」
恐怖がディオクレティアヌスの体を縛り、彼は何もできない。
何をしても意味はない。
大悪魔を相手に何ができるというのだ。時に宇宙すらも翻弄する彼らを相手にただの地上を生きる存在であるディオクレティアヌスに何ができるというのだ。彼らはその気になればこの地上を崩壊させることすらできるというのに。
「何もしないのか? これでお終いか? このちゃちな手品で終いか?」
白けたというようにルドヴィカが告げる。
「ふざけるな……! 貴様が本当に人間か大悪魔かは知らぬが、この程度で終わってなるものか……! 竜種の誇りにかけて、貴様を討ってくれる僭称者ルドヴィカァ!」
そう雄叫びを上げたディオクレティアヌスの声はドーフェルの街の窓ガラスすらも、建物そのものすらも揺るがし、空気は膨大な振動を帯びて拡散した。
そして、次の瞬間には再び4つの光り輝く魔法陣が浮かび上がる。
これまでのものより、より巨大で、より強力な魔術が展開され、ディオクレティアヌスはそれに全ての魔力を注ぎ込んだ。この一撃に全てを賭けるというように、彼はそのグレートドラゴンとしての強大な魔力の全てを注ぎ込んだ。
「死ぬがいいっ!」
この一撃で全てを決める。
この一撃で葬れなければ……それはディオクレティアヌスの終わりを意味する。
もはや、防御魔術を展開できるような魔力は残っていない。そんなものに身を任せていても、勝利など得られないことは確実だった。やるならば、ここで確実に攻撃に全力を注ぎ、敵が倒れることを祈るしかない。
祈る? 誰に? まだ眠りについたまま目覚める兆しのない邪神にか?
そのようなものは無意味だ。祈ったところで何の役にも立たない。
今やるべきは祈ることではなく、確実に相手を屠ること……!
「四属性同時攻撃!」
ディオクレティアヌスは全力で攻撃を放った。
だが、その時、どうしてルドヴィカが傷ひとつ負わないかのからくりに気づいた。
「まさか、あの魔剣……!」
ルドヴィカは魔剣“黄昏の大剣”でディオクレティアヌスの攻撃全てを受け止めていた。2メートル近い刀身のそれはディオクレティアヌスの放つ攻撃の全てを受け止めきり、同時に対消滅させていた。その魔剣“黄昏の大剣”に含まれた膨大な魔力によって。
だから、ディオクレティアヌスの攻撃は全くルドヴィカに達さなかったのだ。全てが黒書武器によって遮られていたために。
「そんな馬鹿な……!」
だが、そのようなことが容易に行えるはずもない。エーレンフリートの有する魔剣“処刑者の女王”ですら、グレートドラゴンの放つ全ての攻撃を対消滅させるなど不可能だろう。そんなことができるのは真に呪われた武器だけだ。
そして、それを扱えるというのも──。
「馬鹿な。馬鹿な。馬鹿な! ありえるはずがない。このようなことがありえてなるものか。このようなことが……!」
全ての魔力を使い果たしたディオクレティアヌスは絶望の表情を浮かべる。
「とうとう終いのようだな、竜種。いや、ただのトカゲよ。その愚鈍さをあの世でせいぜい後悔するがいいだろう」
ルドヴィカはそう告げると斬撃を放つ。
斬撃は波動となり、逃げようとしたディオクレティアヌスの背中の翼を引き裂くと、その巨体を地面に叩き落とした。ディオクレティアヌスの巨体が地面に落下し、この周囲の森の木々を薙ぎ倒して、地面を揺るがす。
「さあ、これでとうとうこの下らぬ茶番もお終いだ、トカゲ。這いつくばり、慈悲を乞いながら死んでいくといいだろう」
落下の衝撃で全身にダメージが入ったディオクレティアヌスに向けてルドヴィカが魔剣“黄昏の大剣”を構える。上段に構えられたそれは断頭台の罪人を処刑するように高らかと掲げられ、その黄昏のように僅かな光を放つそれが煌めく。
「待て。待ってくれ。俺も忠誠を誓おう。だから──」
「貴様のような弱者など必要ない。死ね」
ルドヴィカは高らかと掲げた魔剣“黄昏の大剣”を振り下ろした。
それによって巨大なグレートドラゴンであるディオクレティアヌスの首は叩き切られた。傷口から鮮血が噴き上げたかと思うと、ぼふんと白い煙に代わり、グレートドラゴンのドロップアイテムが残される。
「話にならんな」
ドロップアイテムだけを残し、消え去ったディオクレティアヌスを見て、ルドヴィカは白けたようにそう告げたのであった。
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