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竜種殲滅戦

…………………


 ──竜種殲滅戦



 私たちは心臓の引っ張られる感覚に導かれるまま、ドーフェルの城門を出た。


 ドーフェルの街の中で敵を迎え撃つのは論外だ。そんなことをしたら大変な騒ぎになってしまう。ここはドーフェルの外で敵を殲滅しなければならない。


 まあ、心臓が引っ張られる感覚はレッサーワイバーンのときと同じなので、そこまで強力な魔物が出てくるとは思えない。それにいつもはニート──もとい、私のボディガードを務めていてくれる四天王最強のエーレンフリート君もいるのだ。


 ふふふ。負ける気がしないぜ。


「私を裏切った魔物はどの程度いるのだろうな」


「はっ。我々四天王以外は全員かと」


 ……いや、ひとりくらいは認めてくれてもよかったんじゃない?


「数千か数万か。誤差に過ぎんな」


 やばい数裏切ってそうだねと言いました。


「確かに数千も数万も陛下の前では無力であります。陛下を前にしては数万のドラゴンであろうとも容易に叩き潰されるでしょう」


 いや、流石の私も数万のドラゴンが来たら頭を抱えてしまうよ。


「しかし、今回謀反を起こしたのは竜種でしょう。ディオクレティアヌス辺りが扇動したものかと。あの者は四天王にも列されず、自分の軍隊を組織して喜んでいたような愚か者でありますからね。この上、陛下に謀反を起こすとは何たる愚かさか」


 え? 今回、ドラゴンが出てきちゃうの?


 き、聞いてないよ。せいぜいワイバーンぐらいかと思っていたよ。


 ドラゴンときたらどれも強敵である。属性攻撃を行ってくるファイアドラゴンやフロストドラゴン、エーテル属性以外のあらゆる属性の魔術を使うグレートドラゴンなど、やばい敵が目白押しだ。それでもゲームでは戦うのは1体ずつであった。


 が、しかし。


 エーレンフリート君は軍隊を組織してるとかいうやばいことを言っているんだよね。これがドラゴンの軍隊だった日には、不味いことこの上なしだ。


 この際、遠慮せずに九尾ちゃんたちにもついて来てもらった方がよかったかもしれないと今更後悔する私であった。後悔先に立たずとは言ったものだよ。


「構うまい。私に盾突くのであれば殲滅するのみ」


 こうなったらどうやっても敵を殲滅するぞ。


「お供いたします」


 エーレンフリート君もやる気満々だぞ。


「よろしい。ついてくるがいい、エーレンフリート。貴様にやるべきことが残っているといいがな。ただついてくるだけでは何もできぬぞ?」


「はっ。陛下のために盾となり、剣となります」


 エーレンフリート君も頑張ってねと言いました。


「──来たな」


 来た、来た、来た!


 ワイバーンが100、いや300くらいはいる! 空がワイバーンに覆い尽くされている! それもこの間のレッサーワイバーン程度の存在だけじゃなくて、グレートワイバーンまでいるぞ! こ、これは不味いのでは!?


「魔剣“黄昏の大剣(ラグナロク)”」


 私は私の黒書武器を抜いて構える。


「降り注げ、無垢なる刃」


 エーテル属性の全体攻撃魔術。これで少しは削れるはず!


 私の魔剣“黄昏の大剣(ラグナロク)”の先端に生じた空間の歪みが天に達し、そこから無数の白い刃が飛翔するワイバーンの群れに向けて降り注ぐ。


 完全な不意打ちになったのか、ワイバーンたちは避けることもできず、刃に貫かれて一気に地面に落下していく。それも私が思っていたようなちょっとの規模ではなく、全滅した勢いで。というか、全滅してる……。


 ひょっとして私って滅茶苦茶強い?


 いや、今更か。なんたって邪神さんを超える正真正銘のラスボスだものね。ワイバーン程度ならば遅れは取らないよ!


「陛下、第二陣が参ります」


「フン。雑魚がいくら来ようと意味はないわ」


 この調子なら楽勝だねと言いました。


 お次は──ファイアドレイクか。


 これもワイバーン同様の魔物だが、こいつの吐くブレスは威力が馬鹿にならないし、何よりリアルで火だるまになったら間違いなく死ぬ。


 これは先手を打つしかない。


「戦士を導きし者たちよ。神界より来たりて、我が力となれ。戦女神の行進ヴァルキュリャ・マーチ


 これもエーテル属性の全体攻撃。詠唱はゲームのままだ。


 私の魔剣“黄昏の大剣(ラグナロク)”の先端に生じた空間の歪みが大空を切り裂き、そこから軍馬に跨った女性──ヴァルキュリャたちが武器を構えて、出現する。ゲームで見た時よりもずっと壮大な眺めに一瞬気を取られる。


 おっと。そんな場合ではない。ファイアドレイクは下手すればこっちを丸焼きにできるのだ。隠れる場所とか逃げる場所を探しておかないと。


「流石は陛下です。もうファイアドレイクだろうとドラゴンだろうと敵ではないと」


 私がきょろきょろと周囲を隠れる場所を探して見渡し始めたのにエーレンフリート君が感動した様子でそう告げてくる。


 ……いやね。隠れる場所を探してたんだ。言いにくいけど。


 とかやってたら、ファイアドレイクも全滅した。


 これで最後、なわけないよね。


……………………


……………………


「先行していたワイバーン300体、ファイアドレイク150体。全滅しました!」


「クソッ。囮にすらならないか」


 ファイアドラゴンが告げるのに、ディオクレティアヌスが悪態をつく。


 何も彼もワイバーンとファイアドレイクに魔王ルドヴィカが討ち取れるとは思っていなかった。ただ、相手に気を逸らす囮となり、主力である竜種部隊の盾になってくれれば上出来だという考えであった。


 だが、魔王ルドヴィカ相手にはどちらも何の役にも立たなかった。


 膨大な規模のエーテル属性の魔術が行使されたのを確認したのを最後に、飛竜種部隊も火竜種部隊も全滅した。恐らくは魔王ルドヴィカが得意とするエーテル属性の無差別攻撃だろう。あれによって旧魔王の護衛はことごとく打ち倒されたのだ。


「どうなさいますか、ディオクレティアヌス様」


「今更引くという選択肢はない。このまま突撃し、僭称者ルドヴィカを討つ。我に続け。勝利は我々にあり!」


「応っ!」


 ディオクレティアヌスが率いるのは残り75頭の竜種たちだ。


 ディオクレティアヌスが先陣を切り、魔王ルドヴィカの存在を強く感じる場所へと突撃していく。彼女は己の黒書武器である魔剣“黄昏の大剣(ラグナロク)”を現出させており、その禍々しい気配は数十キロ離れていても感知できる。


「僭称者ルドヴィカ。ここが貴様の墓場となるのだ!」


 グレートドラゴンであるディオクレティアヌスは火属性の魔術を組み立てると、強い魔術の触媒ともなるドラゴンの心臓を脈打たせ、姿は見えないが、存在は感知している魔王ルドヴィカに向けてそれを放とうとする。


「させぬわ!」


 だが、それを遮ったものが現れた。


「エーレンフリート……! この裏切り者めが……!」


「何とでもいうがいい。強者に従うのが魔物の本能。ルドヴィカ陛下は間違いなく強者であられる。それに従うということの何が間違っている?」


 ディオクレティアヌスに斬りかかったのは蝙蝠の翼を広げたエーレンフリートだった。彼の魔剣“処刑者の女王(ブラッディ・メアリー)”がディオクレティアヌスのあらゆる武器を弾くはずの鱗を切り裂き、鮮血を迸らせる。


「貴様は裏切り者だ! 死ぬがいい!」


「黙れ、トカゲ。貴様ごときで私に敵うと思うなよ?」


 エーレンフリートは不敵に笑うと、魔剣“処刑者の女王(ブラッディ・メアリー)”を構え、その剣先をディオクレティアヌスに向ける。


 エーレンフリートの黒書武器である魔剣“処刑者の女王(ブラッディ・メアリー)”は吸血鬼である彼に相応しい特徴を有している。呪いとして使用者の体力を奪う反面、その刃で引き裂かれたものの力も吸収してしまうのだ。


 それは相手が強力であれば強力であるほど高まる。グレートドラゴンであるディオクレティアヌスからならば、そのドラゴンとしての膨大な体力と魔力を奪い取ることが出来る上、その攻撃力すらも吸収してしまうのだ。


 このような黒書武器を操れるからこそ、エーレンフリートは四天王最強の座についていたのである。そして、ドラゴンであろうと何であろうともエーレンフリートを打ち倒すことなど不可能なはず──そのはずであった。


 だが、あの日に全てが変わった。


 ルドヴィカが魔王の地位を手に入れるために魔王城に乗り込んできたあの日。


 エーレンフリートは敗れた。


 エーレンフリートの刃はルドヴィカに掠りもせず、影に身を隠そうと、蝙蝠の群れに擬態しようとも、容易に見つけられて、ルドヴィカによって操られ、この世で最強と思われる黒書武器たる魔剣“黄昏の大剣(ラグナロク)”に追い詰められた。


 エーレンフリートが敗北を前にしてできたことはなかったが、ルドヴィカは選択肢を彼に与えた。服従か、それとも死か。


 魔物は強き者に従う。エーレンフリートが服従を選んだことは恥ではない。


「ディオクレティアヌス様!」


 エーレンフリートの魔剣“処刑者の女王(ブラッディ・メアリー)”がディオクレティアヌスの体を切り裂く前に、1体のフロストドラゴンが割り込み、ディオクレティアヌススの代わりにエーレンフリートの刃を受けた。


「この男の黒書武器とディオクレティアヌス様では相性が悪くございます。ここは我々にお任せになって、その身は僭称者ルドヴィカを討ちに行かれてください!」


「すまぬ。頼らせてもらうぞ」


 強力な魔物であるディオクレティアヌスこそ、エーレンフリートの魔剣“処刑者の女王(ブラッディ・メアリー)”のいい餌食だ。力を吸われるだけ吸われて、逆襲されることだろう。そうならないためには他のドラゴンたちが相手をするしかない。


「エーレンフリート。この裏切り者めが。覚悟するがいい」


「トカゲがいくら数を揃えたところで意味がないぞ」


 周囲をフロストドラゴンやファイアドラゴンが取り囲むのにエーレンフリートが挑発的な笑みを浮かべてそう返す。


「ほざけ! 殺れ!」


 ドラゴンの中の指揮官クラスのドラゴンが指示を出し、エーレンフリートに向けて、一斉に炎と冷気の嵐を浴びせかける。それによって、エーレンフリートは成すすべもなく屠られたかのように思われたが……。


「無駄だ」


 エーレンフリートは傷ひとつ負っていなかった。


「ちいっ! こいつ、防御魔術を使ったか! 先ほど攻撃によってディオクレティアヌス様から奪った力で!」


「その通りだ。私を止めることなど不可能。魔王ルドヴィカ陛下のために、ここで散るがいい、竜種の恥さらしどもよ!」


 エーレンフリートはそう告げて一気に指揮官クラスのドラゴンの懐に飛び込み、その首に魔剣“処刑者の女王(ブラッディ・メアリー)”を深々と突き刺す。真紅の刃は流れ出るドラゴンの血を吸い取っていき、不気味に輝く。


「囲め! 囲め! そうすれば勝機は我らに──」


「貴様らのような下等な魔物が勝利する可能性など皆無だ」


 指揮を代わったドラゴンの首をエーレンフリートが切り落とす。


「ここで鏖殺だ。陛下のために死ぬがいい」


 エーレンフリートはその瞳を真っ赤に輝かせると、魔剣“処刑者の女王(ブラッディ・メアリー)”を構え、ドラゴンたちと対峙した。ドラゴンたちは勢いを失い、じりじりとエーレンフリートから距離を取ろうとしている。


 どちらがどちらを恐れているかなど、もはや明白であった。


 そして、どちらがどちらに殺されるのかもまた同じように。


……………………

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