迫りくる脅威
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──迫りくる脅威
旧魔王城。その閲兵場に無数の魔物が存在していた。
「飛竜種、数300体。ディオクレティアヌス様の命により馳せ参じました」
ひとつ。ワイバーン。
300体のワイバーンが整然と列を作って並んでいる様は恐怖すら感じる。
「火竜種、数150体。同じくディオクレティアヌス様の命により馳せ参じました」
ひとつ、ファイアドレイク。
ファイアドレイクは素早さが低い代わりに強力な攻撃力を有している。彼らの火炎放射はあらゆるものを薙ぎ払い、彼らの飛び去った後には焼死体しか残らないという。
「竜種。数75体。ディオクレティアヌス様の命により参りました」
最後は竜種。
レッサードラゴン、ファイアドラゴン、フロストドラゴン。それぞれ1体でも街を滅ぼすことができる魔物たちがここに75体も集まっていた。
だが、ここにエンシェントドラゴンの姿はない。彼らは世俗のことに興味を示さず、自分の気に入った場所でこの世の物事について、思考を巡らせているだけだ。魔王の地位にも興味を示さず、ディオクレティアヌスのようなグレートドラゴンのやることにもまるで興味を示さなかった。
その例外は前代の魔王だけ。前代の魔王はエンシェントドラゴンであり、魔王として振る舞い、策略を張り巡らせていた。だが、その彼もルドヴィカによって打ち倒され、魔王軍からエンシェントドラゴンの姿は消えた。新たに加わろうとするものもいない。
「諸君。よくぞ集まった」
集まった無数の魔物の前でディオクレティアヌスが告げる。
「魔王の地位が簒奪されたことは諸君も知っているだろう。ルドヴィカと名乗る人間によって魔王は倒され、その肉を食らわれ、魔王の力は人間の小娘に渡ったのだ。我々が王と崇めてきた魔王は人間の小娘に敗れた!」
ディオクレティアヌスが怒りを込めてそう告げる。
「弱者! 弱者! 弱者!」
「そうだ! 魔王は弱者であった。魔王の地位に値しなかった。そうであるが故にその地位を人間の小娘程度に奪われたのだ。我々魔物は常に強者をその長に戴かなければならない。そして、その点において前代の魔王は不適格なものであった」
集まった何百もの飛竜種、火竜種、竜種が声を上げ、ディオクレティアヌスが雄叫びのごとく前代の魔王を糾弾する。
「だが、その弱き魔王から魔王の地位を奪った人間の小娘は強者か? 弱き魔王から玉座を奪ったものが本当に強者だと言えるか? ただの不意打ちだったのかもしれぬ。ただの偶然であったのかもしれぬ。そのようなものを魔王として認めるか?」
「否!」
ディオクレティアヌスが問うのに魔物たちが応じる。
「そうだ。あの人間の小娘も魔王に相応しくはない。魔王に相応しいのは誰だ。裏切った四天王たちか? 臆病者のヴラドか? 野心を持たぬピアポイントか? このどれでもないはずだ。そうすればおのずと答えは出てくる」
「ディオクレティアヌス様を魔王に!」
部下たちからの声を受けて、ディオクレティアヌスが満足そうに黒煙を漏らす。
「この俺こそが魔王に相応しい。俺こそが魔王となりて、諸君を導こうではないか。勝利に向けて。魔物たちの世に向けて。世界を人間ども手から奪い返そうではないか。それこそが我々の使命なのである」
ディオクレティアヌスがそう告げるのを部下たちは聞いている。
この世を人間の手から魔物の手に奪い返すのは、代々の魔王の悲願であった。ドラゴンも、吸血鬼も、人狼も人間に狩られる時代となった今、再び魔物たちが勢いを取り戻し、この世を人間という憎い存在から自分たちの手に奪い返すことは悲願であった。
どの魔物も魔物たちが狩られぬ世の中を望んでいる。もっとも、強者を正しいとする彼らにとってはポチスライムなどいくら狩られても構いやしなかったが。
「この世を我らが手に! 僭称者ルドヴィカ・マリア・フォン・エスターライヒを討ち取り、その肉を食らい、我こそが魔王になろうではないか。さすれば我々の時代は約束されたも同然である。諸君、戦いの時だ」
「応っ!」
ディオクレティアヌスの言葉に魔物たちが応じる。
「勝利は我らにあり。目標は人間どもがドーフェルと呼ぶ田舎町だ。騎士団もいなければ、優れた冒険者もいない。我らが狙うは僭称者ルドヴィカのみぞ。裏切り者の四天王には奴らが魔王と掲げた僭称者がどういう末路を辿るのかとくと見させてやろう」
そう告げてディオクレティアヌスの口角がぐいっと吊り上がった。
「いざ進め! 出陣だ!」
ディオクレティアヌスはそう告げて巨大な羽根をはばたかせて飛び上がり、彼の部下たちもそれに続く。
彼らが目指すのは地方都市ドーフェル。
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その日の夕食は和風ハンバーグであった。
どうやらドーフェル市の傍では大根もちゃんと採取できるようで、大根おろしとネギとポン酢ダレが肉汁いっぱいのお肉を美味しくしている。
「本当はステーキをいただいていただこうと思ったのですが、ここの肉はあまり質のいいものではないからですの。やむなくハンバーグにしたところでありますのじゃ。活きのいい処女の肉も含まれおりますが、どうですかの?」
そう九尾ちゃんが告げるのに私がハンバーグを噴き出しかけた。
「それもまた一興ではあるが、人間の肉など不味いだけだぞ」
「冗談ですじゃ。ですが、主様が所望されるならばいつでも狩ってきますのじゃ」
人間の肉とか食べないから! いらないから!
「私はあの辺境の騎士に法を守ると約束してやったのだ。騒ぎを起こすな。私の名誉が穢されることになる。辺境の騎士。宣誓の言葉も騎士としての誇りも忘れた愚か者との約束であろうとも、私は言ったことを覆さぬ」
「承知しましたのですじゃ、主様」
ジークさんと約束したからちゃんと法律は守ろうねと言いました。
「しかし、貴様らは食わぬのか?」
これだけ広い食卓で私ひとりで食事というのも寂しいのだけれど。
「陛下とご一緒するなど恐れ多い。我々のような下賤な身が陛下とともに食事など」
「構わぬ。せっかくだ。ともに食事することを許可する」
エーレンフリート君があわあわとそう告げるのに、一緒に食べよ? と返した。
「九尾。この者たちの食事もここに持ってこい」
「よろしいのですかの?」
「これも私の戯れだ」
私の言語野は戯れと言えば何をしてもいいと思っている節があるよね。
「それではお言葉のままに」
九尾ちゃんはちょいと頭を下げると、静かに食堂から出ていった。
「陛下。本当によろしいので……?」
「部下の健康状態を把握しておくことも主としての務めだ」
みんながちゃんと食べているか心配してるんだよと言いました。
「それでは配膳させていただきますのじゃ」
やがてカートを押した九尾ちゃんが戻ってきて、食事を並べ始めた。
みんな同じメニューかと思いきや、エーレンフリート君のみ飲み物だけだ。
「エーレンフリート。それはワインか?」
「いいえ。陛下。トマトジュースに処女の血を混ぜたものであります。ご心配なさらず。血はちゃんと対価を支払って購入したもの。このエーレンフリートめ、陛下の名誉を穢すようなことはしておりませぬ」
……本当に下戸だったんだね、エーレンフリート君。
トマトジュースも何故か吸血鬼ものの定番ではあるけれどさ。
「イッセン。鍛冶場の方はどうだ?」
せっかく夕食の席を一緒にするわけだし、みんなの状況を聞いてみることにする。
「問題ありません。マイスターには些か苛立たされますが」
イッセンさんと話が進展する気配は欠片もない。
マイスターってフランク・フェルギーベルさんのことだよね。確かに先代の親方が腰痛だったかで引退したらしいけど、そこまで頼りないかな。普通にレシピは売ってくれるみたいだし、問題はないと思うんだけど。
でも、イッセンさんって職人気質っぽいし、こだわりがあるのかも。
「最良の環境での仕事でなくて、悪かったな。貴様がどうしてもというのであれば、私が別の場所を準備してやっても構わんぞ」
そんなイッセンさんのお気に召すような職場をミーナちゃんに頼んで探してもらおうかと言いました。
「陛下のお手を煩わせることではありません」
……イッセンさんと会話が弾む気がしない。
「ベアトリスクはどのような調子だ。客は入ってきたか」
「はい、陛下。行商人の噂が広がったようで、それなりの客足が望めていますわ。もっとも、陛下のコーディネートを務めさせていただいています私には少しばかり手ごたえのなさを感じていますけれど。やはり立地がよろしくありませんわね」
私が尋ねるとベアトリスクさんがそう答えてくれた。
「やはり、一流の職人には一流の客を、か?」
「そうですわね。陛下のようなお客を望みたいですが、陛下はこの世にひとり。陛下のようなお客はそうそういませんから。陛下のような美的センスと素質をお持ちの方は、この世にふたりといませんでしょう」
……ベアトリスクさんが言うほど、私の素質はいいだろうか?
目つきは悪い。悪役令嬢にしてラスボスと言われるだけあって、細長の目つきは人を威嚇するようで、その上にちょっと三白眼気味だ。街の人も声を揃えて目つきさえいいならどうにかなるのにねと言うぐらいには目つきは悪い。
お肌とかはぷにぷにだし、髪の毛はさらさらだよ。だって、ベアトリスクさんが毎日2時間くらいかけてケアしてくれてるからね。でも、目つきは悪い。
服装のセンスがいいかと言われると、これもまたベアトリスクさんに任せているので何とも言えない。まあ、いつも大型衣料量販店頼りだった私にドレスを着こなすような才能があるはずもなく、全面的にベアトリスクさん頼りである。
……私ってダメダメな魔王様なのでは?
「ベアトリスク。世辞もそこまでにしておけ。私は自分の外見をどうこう思ったことなどない。ただただ強さを追求してきただけだ」
ベアトリスクさん、褒めすぎですよと言いました。
「まあ、陛下のそのようなところが素晴らしいのですわ。イッセンのように表現するならば一振りの鋭い刀にひとつの飾りを差し込むようなそんな美しさなのです。剣でもそれを収める鞘や柄には凝った意匠を施すものがあるではないですか」
ふむふむ。では、私はお洒落に無頓着で、とにかく強さだけを追求していれば、後はベアトリスクさんがコーディネートしてくれるのか。
……なんか変じゃない? それって本当にお洒落な人なの?
「私は洒落るつもりはない。私に女としての美は不要だ。いずれはこの世界にも黄昏が訪れるのだからな。その時、美しくあっても何の価値もない」
ベアトリスクさんの任せっきりで全然お洒落じゃないですと言いました。
「そのような陛下の立ち振る舞いこそが美なのですわ。その我が道を行かれる覇道を探求せしお姿こそ、至高の美。私はそれに少しばかりの華を添えさせていただくだけです」
ベアトリスクさんの過大評価が怖い。
だって、前世ではお洒落とは無縁、覇道とも無縁のイケてない女子だよ。ベアトリスクさんの期待に応えられる気がしない。
「まあ、貴様の戯れにも付き合ってやろう」
本格的な追及は勘弁してくださいと言いました。
「ありがたく存じます」
ベアトリスクさんがそう告げて頭を下げる。
「さて、九尾の方は言うまでもなく順調だろう」
九尾ちゃんが上手くやってるのは確認済みだしね。
「そうですのう。客足は増えてきた感じですかの。これまでここを通過していくだけだった行商人なども噂を聞いて立ち寄る感じにはなったようですじゃ。ですが、これ以上の客足を望むとなれば、この街そのものの人口が増えるか、この街に何か立ち寄らなければならない用事ができなければ無理ですかの」
むう。やはり食堂だけで町興しは無理があるか。
実際にゲームでもいくら食堂のメニューを増やしても、街への訪問者数と定住者数が増えないと、ちょっと盛り上がったお店どまりだった。
となると、やっぱりディアちゃんに頑張ってもらって、街の商業・農業・観光のステータスを上げていってもらわなきゃね。
街の人口が増えて、お店の数が増えたら、それだけ私が便利に暮らせるし!
今のドーフェルは本当に田舎町だからね。市場はガラガラだし、商店街は潰れかかってるし、甘いものはディアちゃんぐらいしか作れないし!
ディアちゃんにはこれからも錬金術を極めてもらってアイスクリームやポテトチップスを錬成してもらわなければ。そして、食堂でもそのメニューが食べられるようにしてもらわないと、現代っ子の私には辛いぞ。
「あの錬金術師の小娘が鍵となるだろう。この街の行く末を左右するのはひとえにあの小娘にかかっているというわけだ。私の戯れにはちょうどいい」
ディアちゃんに頑張ってもらおうねと言いました。
そんな時だった。また心臓が引っ張られるような感触を感じたのは。
「エーレンフリート。感じたか?」
「はっ。どうやら本格的に仕掛けてきたようですね」
本格的にってことはこの間のレッサーワイバーンの比じゃないのが出てきたってことだよね。でも、私の心臓の引っ張られ具合をみるにそこまで手に負えない相手が出てきたというわけでもなさそうなんだけど。距離の問題かな?
「面白い。捻り潰してくれる」
やばいからやっつけようと言いました。
「エーレンフリート。付いてこい。他の者は待機しておけ。何かあれば呼ぶ」
「よろしいのですかの?」
「私がこの魔王ルドヴィカに反逆したような愚か者程度に後れを取ると思うか?」
「そう言われると、言い返せませんのう」
大丈夫。エーレンフリートは四天王で一番強かったし、私はラスボスだし、九尾ちゃんたちには万が一私たちが負けた時にドーフェルを守ってもらわなければ。
「行くぞ、エーレンフリート。今日は大量の血をその魔剣“処刑者の女王”に吸わせてやろう。我が采配に感謝するがいい」
「イエス、マイマスター!」
さてさて、本当に私とエーレンフリート君で止められる相手だといいんだけど……。
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