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私こそが魔王だ(ラスボスになりました)

……………………


 ──私こそが魔王だ(ラスボスになりました)



 皆さんは悪役令嬢と言う単語をご存じだろうか。


 文字通り、悪い令嬢である。


 元々はネット小説で流行ったものなのだが、最近ではゲーム会社が逆輸入して、ゲームなどにもそれとなく登場するようになった。私は乙女ゲーにはあまり興味がなかったので、詳しくはないが、まあ当て馬ヒロインとでも言うべき存在であった。


 それがどういうわけだろうか。確かに恋愛要素はあるものの、そこまで本格的でもなく、ギスギスした空気が売りでもない『クラウディアと錬金術の秘宝』にも悪役令嬢は登場するのである。説明書にはちゃんとそう書いてあった。ルドヴィカ・マリア・フォン・エスターライヒの説明に主人公に意地悪な悪役令嬢と。


 確かに序盤のうちはお店が儲かっていないと嫌味を言いに来たり、難易度のやけに高い依頼をしてきたり、依頼品の出来に小言を言ったりする嫌な奴であった。私もこの嫌味な笑顔を浮かべたキャラがでるだけでうんざりしたものだ。


 だが、ルドヴィカはそんなただのお邪魔キャラではないのだ。


 このゲームの真ルートのエンディングを見るには、主人公のクラウディアが真の力に目覚め、賢者の石を錬成し、復活した邪神を封印しなければならない。


 だが、そのルートのラスボスは邪神ではないのだ。


 そう、ラスボスは魔王ルドヴィカなのである。


 以前の魔王を食らい、魔王の力を手に入れ、魔王の側近を引き連れた彼女が真ルートでの最後の敵になるのである。


『邪神など前座にすらならなかったな。では、この真の支配者であるルドヴィカ・マリア・フォン・エスターライヒが貴様らの相手をしてやろうではないか! 世界が黄昏を迎えるのをそこで眺めているがよい!』


 うん。確かに悪い令嬢だよ、これ。


 だが、誰がラスボスにしろと言った! 悪役にもほどがある!


「マイマスター。まだご気分がすぐれませんか?」


 私が鏡を睨んでいるのに、エーレンフリート君が声をかけてきた。


 既に四天王が私の側近になっているということは、前魔王は私に食べられてご臨終を迎えているわけだ。もはやなかったことにするという選択肢は存在しない。


「心配するな。既に我が力は戻っている」


 ご心配なく。今は元気ですというつもりが、捻くれた。


「だが、記憶に些かの空白が生まれておる。誰か近況を報告せよ」


 ちょっと分からないところがあるので、どなたか説明してくださいと言ったつもりが、とことん捻くれてくれた。


 これってやっぱり私が魔王なせい? 魔王だと口調まで自然に偉そうになるの?


「では、妾が説明させていただきますのじゃ」


 私の求めに九尾ちゃんが応じた。


「主様は『この風は選ばれしものがその光を宿したものだな……』とおっしゃられ、『我々は世界に黄昏をもたらす者。光など必要ない。太陽ですら私の前には跪くのだ』とおっしゃられ、『だが、この光は特別なものかもしれぬ……』とおっしゃって、拠点をこの地方都市ドーフェルに移されましたのじゃ」


 ……魔王の私がポエミーすぎて何考えてるのかさっぱり分からない。


 光ってのは多分主人公のクラウディアちゃんのことだと思うんだけど、特別なのかもしれぬ……って何が言いたかったの? 邪神倒しそうだから、育ち切る前に倒してやろうとかそういう気分だったのかな?


 そうだ。地方都市ドーフェル。クラウディアちゃんのお店と自宅がある街だ。このラスボスはなんと主人公のご近所に住んでいるのだ。自宅から徒歩30分でラスダンありますとかいう、とんでもラスボスなのだ。クライスラービルじゃないんだよ。


 となると、やっぱりいろいろと考えないといけないな……。


 私が魔王だってことはばれてないと思うし、こっちから言い出さなければクラウディアちゃんに討伐されることはないと思うんだ。だけど、『世界に黄昏をもたらす者』とかポエミーに宣言している手前、何かしらのことはしないといけない。


 というか、エーレンフリート君が滅茶苦茶期待した目で私を見てきているんだ……。君のようなイケメンに見つめられるようなことなんて私の人生で一度もなかったわけだから耐性がないわけで、勘弁してほしい。


「よろしい。では、私は決めたぞ」


「はっ。何なりとご命令ください、陛下」


 ちょっと思いつきましたと言ったつもりがこれだよ!


「何。命じるまでもない。ただ、私の目で確かめてみるだけだ。光と言うものをな」


 恥ずかしすぎてもう死にたい。


……………………


……………………


 私の邸宅というのは外観からすると幽霊屋敷のようであった。


 内装はばっちりだったよ。女性陣2名がいるからコーディネートもばっちりだし、お風呂場とか洗面台には凝ったアメニティが充実。流石です。見た目通り女子力高い。


 だが、外から見るとまさにラスダンという雰囲気である。我が家ながら何か出そうだなというか、魔王が住み着いているんだよな……。


「貴様らも来るのか?」


「同行をお許しいただければ」


 一緒に来るんですかと尋ねると、エーレンフリート君がそう告げた。


「構わん。だが、私とともに来るのであれば覚悟することだ、エーレンフリート。私は付いていけぬものを待つような時間をもたぬ」


「全力で応じさせていただきます、陛下」


 ついてきてもいいけど、退屈するかもしれないよと言いました。はい。


 しかし、エーレンフリート君。外見年齢14、15歳の女の子からここまで言われても嬉しそうだな……。新手のマゾかな……?


「では、陛下。我々も同行を」


「……光を見定めるのであれば私にも」


「妾も主様とともに進みたいと思いまする」


 で、君たちもついてくるわけだね……。


 エーレンフリート君とイッセンさんは大丈夫だとしても、怪しいお店の従業員染みたベアトリスクさんや狐耳丸出しの九尾ちゃんは不味くない?


「幻術は心得ておろうな?」


「はいですじゃ」


 変装できる? と尋ねたつもりが変な形で意思疎通できた。


「ほいっ!」


 九尾ちゃんがどこからともなく取り出した札を翳すと、ベアトリスクさんの衣装が中世ファンタジーって感じのドレスになり、九尾ちゃんの耳が消えた。


 でも、九尾ちゃんのきわどいチャイナドレスはそのままか。そうか。


「いいだろう。では、行くぞ」


 とりあえずクラウディアちゃんがどんな子なのかを見定めよう。あのゲームはプレイヤー次第でかなりの自由度があるゲームだったから、どんな子なのかは会ってみないと分からない。まあ、基本的にはいい子だし、そこまで好戦的な子ではないと思うけど……。


「まあ、なんてイケメンなのかしら」


「あっちの方も渋いわね」


 九尾ちゃんとベアトリスクさんは幻術とやらでその正体を隠しているが、エーレンフリート君とイッセンさんはそのままだ。


 街の通りで出会う人それぞれがエーレンフリート君とイッセンさんに視線を向けては、黄色い声を上げていた。これがイケメンの力というものか。恐ろしいものだな。


「エーレンフリート、そしてイッセンよ。貴様らは下等な女どもを発情させる能力には長けているようだな。なかなかだ」


 おふたりとも人気者ですねと言おうとしました。


「はっ。あのような下等な人間どもは何にでも発情するのです。繁殖期の雌犬の方が、よほど思慮に勝っているでしょう。人間どもの感情など気にすることではありません」


「同じく。私には主と力以外に欲するものはありません」


 そりゃ私の褒め方は捻くれてたけど、そこまで言わなくてもよかない? モテてるんだから嬉しいとか思わないのかな。


「けど、あの子は誰かしら?」


「最近引っ越してきた子じゃなくて? あの幽霊屋敷に引っ越してきたんでしょう。物好きではあるわよね」


 ……あの屋敷に引っ越そうと決めたのは風に光を感じたルドヴィカのせいです。私が好き好んであんなお化け屋敷に引っ越してきたんじゃありません。


 ですが、皆さんの反応を見ると私が魔王だとはばれていない様子。


 私の外見は赤い瞳にくすんだアッシュブロンドの髪を僅かに編み込んで纏めている。ベアトリスクさんか九尾ちゃんが手入れしてくれていたらしく、サラサラだ。長さも長くて、腰のあたりまで伸びている。ちょっと伸びすぎだね。


 そして、ヴィクトリア朝の貴婦人たちが纏っているようなドレスに身を包み、日傘を差してのんびりと進んでいる。


「けど、あの子、目つき悪いわね」


「そうね。もっとパッチリして、健康的な肌の色をしていれば美人なのに」


 うぐ。


 そう、私は目つきが悪い。目つきがきついのだ。半開きになった眼には三白眼の真っ赤な瞳。我ながら鏡で見た時はがっくりとさせられた。きっとエーレンフリート君たちには私なんかよりも、もっと魅力的なパートナーがいるんだろうな。ゲームには出てこなかったけれども。それでも彼女ぐらいはいるよ。


「エーレンフリート。貴様は女にうつつを抜かしてはおらぬだろうな」


「もちろんです、陛下。私がお慕いするのは陛下ただひとりだけ。他の者は露ほども関心を払っておりません。私は愛する陛下にお仕えできるだけで幸せです」


 エーレンフリート君、付き合っている人いる? って聞いたらこの返答。


 それって私のこと好きってことなのかな。この目つきの悪い私のことを? エーレンフリート君ぐらいのイケメンになれば女の子なんて選り取り見取りだろうに。


「私には愛だのなんだの、下らぬことは知らぬ。だが、エーレンフリートよ。貴様がそう望むのであればならば尽くすがいい。その身果てるまで」


「ありがたきお言葉」


 恋愛とかよく分からないけど、頑張ってねと言いました。


 曲解しすぎでしょ、私の言語野。どうなってるのさ、本当に。


「おお。見ろ、大層な美女が歩いているぞ」


「何の集まりだろうな。冒険者のパーティーにしては幼いが」


 ベアトリスクさんも好感ある視線を集めている。


 まあ、九尾ちゃんにそう言う視線を向けるのはちょっと変態だしね。


 私? 私の目つきが悪いのはもう散々語ったよね。ここは魔王だから仕方ないと諦めるしかない。魔王が美少女とかだったら拍子抜けだしね。


 っと、クラウディアちゃんのお店はこの角を曲がった先にあるんだった。周囲の視線のことばかり気にしてて、うっかり見落とすところだったよ。


 私たちは周囲の視線を集めながら、角を曲がり、やや狭い通りに出る。


 その通りに面しているのが、クリスタラー錬金術店だ。


「確かに力を感じますね。光の力です。流石は陛下です。このようなごみ溜めのような場所においても選ばれし者を見つけ出すことができるとは」


 確かにこの通りは薄汚れているけれどごみ溜めはなくない?


「光はまだ小さい。だが、侮るな。私はまず光の持ち主を見定めたい。それが我が敵となり、我らが野望を阻もうとする存在になるかどうかを」


 クラウディアちゃんはまだゲーム始まったばっかりで弱いだろうし、みんな過激な行動に訴えたりしたらダメだよと言ったんです。そう言ったつもりなんです。


「お心のままに、陛下」


 はあ。人と喋るだけでも疲れるのに、自分の言葉が反抗期では疲れがたまる。


「では、行くぞ」


 私は開店中と書かれた札のかかった素朴な木の扉をぎいっと開いた。


……………………

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