宴の始まりだ(いよいよ探索)
……………………
──宴の始まりだ(いよいよ探索)
きつねうどんについてきた食器はフォークだった。
「うん。美味しいね! これは人気メニューになるよ」
ディアちゃんはパスタを食べるみたいにフォークでうどんの麺を絡めとって食べている。どうやら東方の料理は入ってきたようだが、食べ方までは伝播しなかったらしい。みんなパスタ感覚でうどんを食べている。
「ディア、ディア。その茶色のってこの稲荷寿司ってのと同じかな?」
「ちょっと交換してみる?」
おお。ランチのシェアとは最高に女子っぽい。
「うん。こっちはふんわりしてるね。スープが染み込んでるし、美味しいよ。これなかなかいいものじゃないですか」
「稲荷寿司っていうのも美味しいね。お米とこの茶色いのがマッチしているよ」
どうやら九尾ちゃんの料理は受け入れられているようだ。よきかな、よきかな。
「それは油揚げというものだ。材料は豆腐。豆腐というものは大豆からできている」
私もそう告げてフォークで油揚げを刺して口に運ぶ。
美味しい! お出汁がしっかりしてて、味わい深い。そのお出汁をたっぷり吸った油揚げがまたたまらない。やっぱりうどんはきつねうどんに限るな。
しかし……。
「この肉うどんも美味いぞ。肉が甘めにしてあって、スープに合ってる」
「このパスタ、美味しいね」
みんながパスタ感覚で食べているのにひとりだけずずずっと啜ったりしたらマナーを疑われるかな。啜ってこそのうどんだと思うのだけれど。
仕方ない。郷に入っては郷に従えだ。私もパスタのように食べよう。
ふむふむ。麺のコシはほどほどだ。九州育ちの私には嬉しい。コシの強いうどんも嫌いじゃないけど、こっちの方が食べなれた味だ。
「七味はないのか?」
「それがないのですじゃ。七味があればよりおいしくなるのですがの」
七味がないのはもったいないな。七味をかるく一振りすると味が締まって美味しく食べられるんだけど。醤油とか味噌はあるのに七味がないとは。
「ディアよ。七味唐辛子を錬成することはできないか?」
「しちみとうがらし?」
私の言葉にディアちゃんが首を傾げる。
「調味料の一種だ。唐辛子の他に山椒や麻の実など七種のスパイスが加わったものだ。これがあればうどんはさらなる境地へと達するのだがな」
七味のレシピを実を言うと私も知らないのだ。
七味というからには七種類の素材が入っているのだろうが、具体的にどんな素材が含まれているかは知らないんだ。日本人でも知ってる人は少ないと思うよ、多分。みんな七味は使うけれど、その中に何が入っているかなんて気にしないよね。そうだよね?
ここでこれは常識ですよと言われると私の無知っぷりを晒すことになる。
「それは興味をそそられるね。このうどんがさらに美味しくなるなんて」
「商売の匂いを感じるね。もし、ディアが錬成に成功したら大々的に売り出せるかも」
流石に七味唐辛子で町興しは無理だと思う。
「でも、まずは七味唐辛子のレシピだよね。どこかで見つけないと」
「そもそもレシピなんてあるのかなあ」
この世界に七味唐辛子そのものが存在しないということはないだろう。存在しなければ九尾ちゃんが知っているはずがない。どこかにレシピはあるはずだが、どこにそれがあるのか分からない状況だ。
「風の囀りに耳を澄ませるがいい。あの古き知を蓄えた空間にそれがないのならば、その知識は外から取り入れるしかあるまい。外から来たりしものにその注意を向けよ。そのものたちが東に行っているならば知識は手に入るだろう」
「うん? うん? うーん?」
私の魔王弁が炸裂して、ディアちゃんの頭にクエッションマークが浮かんでいる。
「本屋さんにはないから、行商人から聞いたらって言ってるんじゃない?」
「そっか! 行商人さんは東方とも取引してるしね!」
ミーナちゃんがいなかったら間違いなく会話が成り立たなかったな。
「主様、主様。レシピは探さずともここにありますのじゃ」
「ほう」
意外なところからレシピが! 九尾ちゃんは七味唐辛子の存在を知っているわけだから、そこからレシピが出てきてもおかしくはないんだけど。
だけど、それだとさっきの私の中二病丸出しの発言が……。
「これがレシピだ。準備はできるか?」
「ふむふむ。これって全部、この街の付近でとれる素材じゃないかな?」
レシピを眺めたディアちゃんがそう告げる。
「本当だ。これは全部、この付近の農場で採取できるよ。もしかして、これがドーフェルを救う必殺の調味料になったりして!」
「ドーフェルの森で取れる素材も混じってるな。七味唐辛子って東方っぽい響きの調味料だけど素材は取れるのか。ひょっとしてここら辺って東方に似た気候なのか?」
ミーナちゃんとオットー君もレシピを覗き込んでそれぞれの意見を述べる。
昔、香辛料はとても高価なものだったという話を聞いたことがあるのだが、その常識はこのゲームでは通じないらしい。どんな素材だろうと手に入るようである。いったい、東方とは何を取引しているのだろうか……。
「後は錬成できるかだよね。頑張ってみるよ!」
「必要な素材があったらあたしにも相談してね。うちの会社からも融通するから」
七味唐辛子のレシピを握りしめてディアちゃんが宣言する。
でも、ゲームで七味唐辛子を錬成することなんてあったっけ?
錬成できるアイテムは失敗アイテムを含めて1000種類を超えていたから、流石に中学生のときにプレイした記憶では分からない。一応図鑑はコンプリートしたけれど。
「さて、貴様ら。食事が終わったら探索に向かうのであろう。既に時は我々の時間に移りつつある。暗闇に生きる我らには好ましいが、光がなければ暮らすことの難しい貴様らには危険な時間帯となるだろう」
そうそう、今日はディアちゃんがミーナちゃんのためのゴーレムを作るための探索に向かうのだ。最初の目的をすっかり忘れてしまっていたよ。きつねうどん、恐るべし。
「そだね。暗くなると危ないし、そろそろ出発しよっか」
ディアちゃんはうどんのどんぶりを綺麗に空っぽにすると、立ち上がった。
「お会計お願いしまーす」
「はい。ええっと、全部で200ドゥカートです」
この間、ディアちゃんに渡したレシピ4枚分か。食費も馬鹿にならないな。
「ここは私が持つ。貴様らは外で準備しておけ」
「ええー。それは悪いよ。割り勘にしよ、割り勘」
この中で一番財政的に余裕があるのは私とミーナちゃんだろう。なので、私が勘定を済ませてもいいのだが、ディアちゃんがそう告げてくる。
「錬金術師の小娘。貴様はこれからレシピや素材などを買わねばなるまい。なるべくそのちゃちな財産は残しておけ。いざという時にそのちゃちな金がないというのは、困るどころでは済まないことになるぞ?」
ディアちゃんが錬金術でお金かかるからここは私が奢るよと言いました。
実際のところ、錬金術は金を作るという名に反してお金がかかりすぎるのだ。
レシピは珍しいものを手に入れようと思ったらよろず屋グラバーのぼったくり価格で買わなきゃいけないし、素材も珍しいものを安定的に手に入れようと思ったら商店街を拡張するか、農業に投資するかしなければいけない。
あれこれしてたらあっという間に金欠! というのは笑い話ではなく、かなりシビアな問題になってくるのである。
なので、序盤は1ドゥカートも無駄にはできないのだ。
「私が持つと言っているのだ。不満があるのか、貴様?」
ここは私が払っておくので、安心してねと言いました。
「むう。いつかお礼にしないとね」
ディアちゃんは律儀な子だ。
私たちは勘定を済ませると、ドーフェルの森に繋がる南城門を目指した。
……………………
……………………
ドーフェルの森に出発!
「ああ。クラウディア君たち。今からドーフェルの森に向かうのか?」
しようとしたら、城門でジークさんと出くわした。
「そうなんですよ。ミーナちゃんがゴーレムが欲しいって。ジークさんの依頼のポーションももうすぐ出来上がりますから待っていてくださいね」
「ありがとう。やはり、街に錬金術師がいてくれると頼りになるよ」
「えへへ……」
ジークさんと話しているディアちゃんは頬が赤い。これはキテますね。
ディアちゃんはジークさん狙いかな? だとしたら依頼は確実にこなして、それでもって探索パートも一緒に行わないとね。そうしないとジークさんは攻略できないぞ!
私は初回プレイではミーナちゃんと百合の花が咲き誇るエンディングを迎えました。ジークさんも狙ってたんだけど、何と言うか気の置けない親友というものに憧れてしまい、気づいたら百合の花が咲いていた。
それから個別エンディングもハーレムエンディングも全てコンプリートしたはずなのに、その時の知識はあまり残っていない。何せ、中学生の時にプレイしたゲームだからね。流石に全部は覚えてないよ。
「だけど、あまりドーフェルの森に行くのは勧められないな。今は魔物が異様に活発化していて、いろいろと物騒だ。森に入るのは避けた方がいい」
ううーむ。やはり、その魔物の活発化って私のせいなのでは?
この間は気にならなかったけど、今は荒れているということは、私の魔王的オーラを他の魔王候補者たちが感じ取って、近づいてきているのではなかろうか。
「エーレンフリート。貴様、どう思う?」
「やはり、陛下のお命を狙おうとする不逞な輩がいるかと思われます。この間の“駆除”では、魔剣“黄昏の大剣”を使用されましたし、陛下の狙い通りに、陛下に従わぬ者どもが集まっているのかと」
……狙い通りって何?
私がわざと魔物を呼んだってエーレンフリート君は考えているわけ?
そんな馬鹿な! なんだってわざわざそんなことをしなけりゃいけないって言うんだい。確かに私は魔王かもしれないけれど、静かに暮らしたいんだよ。
「やはり陛下の狙い通りであらせられたのですね。これで陛下を侮りやってきた連中は、陛下の手で始末されるでしょう。いえ、陛下の手を煩わせるまでもありません。このエーレンフリートめが、一掃してくれましょう」
うん。エーレンフリート君は私の話を聞いてくれそうにないね。
「案ずるな。私が同行する。その錬金術師の小娘だけが森に向かうわけではない」
「……それは……」
私も一緒に行くので大丈夫ですよと言ったら、ジークさんが厳しい表情を浮かべた。
「なんだ。私が同行するのでは不満か? ならば、貴様も同行するがいい。辺境の騎士がどの程度の腕前か確かめてやっていいぞ」
魔王の私じゃ不安かもしれないのでジークさんも一緒にどうですかと言いました。
「君がそれを許すのであれば同行しよう」
「恐れることはないぞ、矮小な人間。私は今は貴様らの“法律ごっこ”に付き合ってやると約束しただろう。それにこれは私の戯れであって、許可を取るべきはそこの錬金術師の小娘だ。ディア、貴様はどうする?」
私は本当に無害ですが、この探索パートの同行の許可を得るにはディアちゃんに話してくださいと言いました。
「え? 私?」
「何をたわけたことを。この探索は貴様の依頼のためだろうが。どうするのだ?」
ディアちゃんのための探索なのでディアちゃんが決めてねと言いました。
「ジークさんがついてきてくれるなら心強いかなー。なんて、いいのかな?」
「私は構わない。むしろ、同行した方がいいだろう。ドーフェルの森の方がどうなっているのかを確かめておきたい」
ディアちゃんがはにかむように笑うのに、ジークさんがそう告げた。
「それじゃ、お願いします、ジークさん!」
「ああ。よろしく頼む」
いい感じだね、ディアちゃん!
しかし、これだとパーティーメンバーが制限オーバーになるんだけど。私とエーレンフリート君とミーナちゃんとオットー君が同行している時点で既にそうなのだが、ここにジークさんまで加わると本格的に定員オーバーだ。
でも、ここはゲームじゃなくて現実だし、多少の融通は利くのかも?
「ディア、ディア。私たちはお邪魔虫かな?」
「もー。ミーナちゃんはすぐそうやって茶かすから嫌い」
ミーナちゃんが悪戯気に笑うのに、ディアちゃんが頬を膨らませた。
「俺もジークさんが一緒に来てくれるなら歓迎するぜ。なんたって騎士だもんな。学び取れることはいろいろとあると思う」
「そう言ってくれると嬉しいよ、オットー君」
オットー君が告げるのに、ジークさんがちょっと嬉しそうに笑った。
「準備はできていると見ていいか?」
「任せて!」
私が確認するのに、ディアちゃんが力強く応じる。
いよいよ探索パートの始まりだ。
……………………
2/2
面白そうだと思っていただけましたら評価、ブクマ、励ましの感想などつけていただけますと励みになります!




