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きつねうどん

……………………


 ──きつねうどん



 私たちは寂れた商店街を本屋さんに向けて進む。


 コンビニもなく、スーパーもない。それでもディアちゃんたちが不便している様子は見えない。この街にはこの街の時間で生きる生き方があるのかもね。


「本当に寂れてるよな、商店街」


「人がいないからここでお店を開いてもしょうがないもん。仕方ないじゃない」


 オットー君がぼやくようにそう告げるのに、ミーナちゃんが肩をすくめる。


「むう。人が増えたら商店街も復活するのかな?」


「職人通りと同じで、ここでお店を出すメリットがなくちゃね。お客さんが多いことも必要だし、店舗が使いやすいことも必要だし、後は他にはない珍しい商品が扱えるってところかな。何せ、私たちのライバルは東方からの貿易で栄えている都市だし、独自色を出していかないとなかなか上手くはいかないわよね」


 投資も必要だけれど、ミーナちゃんが言うように商品開発も重要なのだ。


 何といっても今の交易路は全て東方を向いている。これをこちらにも利益が上がるようにするには、東方との交易に依存しなくともやっていける商品が必要になってくる。


 そこでディアちゃんの出番だ。


 ディアちゃんが錬金術で様々商品を生み出して、それを販売するお店を作って人口を増やす。後は増えた人口に応じて、お店が投資しただけ大きくなっていくというわけである。ここら辺の依頼はミーナちゃん経由で受けていたはずだ。


 レシピ開発がメインの依頼になるから結構苦労する。噂や本の知識をヒントにアイテムを掛け合わせて、レシピを作っていくのは難しいのだ。その分、達成できたときにはとっても嬉しい気分になれるけれど。


 今のディアちゃんでもレシピ開発は可能なはずだ。噂で聞く限りの情報で素材を錬金窯に放り込んで『ぐーるーぐーる―♪』することで、新しい発見があるだろう。


 そのためには街の噂話や本を読みこまないといけない。


 このドーフェルの田舎町には図書館はないが、本屋さんはレシピ以外の立ち読みを許してくれる。本を読み漁り、調合のヒントを手に入れるのだ。


 実際、そこまで難しいことじゃない。ヒントは明白にヒントになっているし、手に入る噂はその錬金術レベルで調合可能なものだ。平均的にゲームを進めていて、ある程度素材を集めているならば、ちょっと試してみてレシピ作成に成功する。


 ディアちゃんがどれくらい錬金術レベルがあって、どれだけ素材を集めているのかは分からないけれど、中盤の難易度であるゴーレムの錬成に成功しているのだ。あれがまぐれだったとしてもそこまで低いレベルにはないだろう。


 と言うか、ディアちゃんがお菓子の錬成ばっかりに精を出していて、錬金術レベルが低いと、最後の試練である錬金術師の奥義“賢者の石”の錬成に失敗してしまう。そうなれば邪神は止められずにゲームオーバーだ。


 ゲームでは邪神さん関係のイベントを全無視して、そのままクリアすることもできたけど、ラスボスである私が今ここにいるのだから、楽観視はできない。イベントはもう始まっていて、ディアちゃんは邪神さんを討伐する定めにあるのだろう。


 街も振興しなければならんし、邪神も討伐しなけりゃならない。


 錬金術師は本当に大変だ。


「っと、本屋さんに到着だね」


 私たちが寂れた商店街を歩くこと20分。目的地に到着した。


 ベーメ書店。この街で唯一の本屋さんだ。


 街がどれだけ発展することになっても本屋さんはこの一店舗限り。図書館とかも発展するとできるけれど、序盤はここに頼ることになる。レシピを主に扱っているのもこの店だ。序盤はお金をためてはここに通うことになるだろう。


「ブルーノおじさん、こんにちわー!」


 そして、ディアちゃんが元気よく扉を開く。


「おお。いらっしゃい、ディアちゃん。それにお友達も」


 レジカウンターでうつらうつらしていたおじさんが目を開く。


 このやる気のなさそうなおじさんが店主のブルーノ・ベーメさん。祖父の代から継いできた書店の店主さんだが、今はお客さんも少なくて暇をしている。お客がいてもうたた寝しているので、その隙に本を立ち読みすることができるのだ。


「ん。見慣れない子がいるね。それにそちらの男性は?」


「この人たちも私の友達。ルドヴィカちゃんとエーレンフリートさん」


 ブルーノさんが尋ねるのに、ディアちゃんがそう紹介する。


「貴様と馴れ合った覚えはない」


「よいではないか、エーレンフリート。これもまた一興だ。そういうことにしておいてやろう。私も馴れ合った覚えはまだないがな」


 エーレンフリート君が即座にお友達発言を否定するのに、私がここはこういうことにしておこうねと言いました。


「陛下がおっしゃられるなら、そのままに」


 エーレンフリート君は素直なんだかどうか分からないよ。


「それで、ブルーノおじさん。気配遮断ポーションのレシピって売ってるかな?」


「ああ。扱っているよ。15ドゥカートだ」


 安い。よろず屋グラバーのぼったくり価格と違って本屋さんのレシピの値段は非常に安い。初心者救済というか序盤の救済というかゲームバランスというか、そういうもののために、本屋さんで購入できるレシピは非常に安価に設定されている。


 もちろん、本屋さんのレシピだけではゲームはクリアできない。


 よろず屋グラバーで売っているようなゴーレムや樽爆弾のレシピがなければ、忙しくなってくる中盤以降の探索や依頼、お金稼ぎを行うことは難しくなってくる。


「じゃあ、気配遮断ポーションのレシピ、買うね」


「はいよ。毎度ありがとう」


 ディアちゃんはレジカウンターに15ドゥカートを置くと、ブルーノさんから気配遮断ポーションのレシピを受け取った。


「他に欲しいものはあるかい?」


「うーん。今のところはないかな?」


 ディアちゃんはお菓子系のレシピと基本的なポーションのレシピも揃えているみたいだし、日にちが変わるか、本屋さんが街の発展でグレードアップしなければ、特に買うものもないだろう。残るは特殊なポーションがいくつかと料理のレシピぐらいだ。


「錬金術師の小娘。貴様はちゃんと本は読んでいるか?」


「え? 微妙なところだね。カサンドラ先生から渡された錬金術の基本は読んだけど」


 カサンドラ先生が最初にくれる本は本当に基礎の基礎というか説明書だ。


 錬金術の素材を選んで、錬金窯の前でボタンを押してというプレイヤー向けのマニュアルである。それも分かってないと困るけれど、本にはまだまだ可能性があるのだ。


「時には本の奏でる知識の音色に耳を傾けるがいい。貴様のような無知な者ならば、得るものもあるだろう。無知のままで幸せに暮らしたいというならば、わざわざ止めてやりはしないがな。貴様もそこまでの人間だったということだ」


 本を立ち読みしてみると、新しい発見があるかもよ! と言いました。


 なんで私はいつもこう捻くれた中二病と偉そうな態度が外せないんだろうね?


「ふむふむ。確かに本をいっぱい読むようにってカサンドラ先生も言ってたね」


 そう告げてディアちゃんはブルーノさんを見る。


 ブルーノさんは既にもううたた寝を始めていた。


「ちょっとだけ読ませてもらおうかな。ごめんなさい、ブルーノさん」


 ディアちゃんがそう告げると真っ先に料理関係の本が並んでいる本棚に向かった。


「ふむふむ。東方では小豆を砂糖で茹でて、小麦などの生地で包んで食べると」


「もっと腹にたまりそうなレシピはないのかよ」


「えーっと。それなら鳥をニンニクと醤油で味付けて揚げるだって」


「へえ。それは美味そうだな。今度作ってくれよ」


「そだね。今度、作ってみるから味見してみてくれる」


「任せとけ」


 ディアちゃんってオットー君とも普通に喋れるよね。


 まあ、今の私もエーレンフリート君と普通に話せているわけですが!


 ……いや、普通には喋れてないな。魔王弁と中二病が混じっている。私が素の状態でエーレンフリート君と喋るとなると、どもりまくって会話にならないかも。その点では私の言語野にインストールされた魔王弁と中二病に感謝だ。


「今日は午後から探索に行くのだろう? そろそろ準備をせぬか」


「そうだね。お昼を食堂で食べてから出かけようか」


 こうしている間にもリアルタイムで時間は流れているのだ。


「食堂、新メニューが出たって話だったよな」


「そ。それもルドヴィカちゃんの仲間の人のおかげらしいよ」


 オットー君が告げるのに、ミーナちゃんがそう告げる。


「ディアも新メニューを思いついたら、ハインツさんに教えてあげてね」


「分かったよ。任せといて」


 ディアちゃんがこれからいろいろとレシピを食堂に提供するはずだ。


 その前に私は食べたいものがあるのだけれど。


……………………


……………………


「いらっしゃいませなのじゃ」


 私たちが大衆食堂“紅葉亭”の扉を潜ると九尾ちゃんが出迎えてくれた。


 相変わらずちょっと心配になるようなスリットのチャイナドレス姿で、耳と尻尾は幻術というもので隠している。それでも九尾ちゃんに性的な視線を向けるような不届き者(ロリコン)はこの街には存在しないけれどね。


「あ。ディアさんに、オットーさんに、ヘルミーナ様まで。いらっしゃいませ」


 それからヘルマン君がトトトと駆けよってきた。


「ミーナでいいってば。お互い知り合いでしょ?」


「そんなわけには。この食堂が危機になった時に融資していただいたことは忘れられません。ハーゼ交易の方々には食材などに関しても日ごろお世話になっておりますし」


 ミーナちゃんが笑って告げるのに、ヘルマン君が真剣な表情でそう告げた。


「あはは。そうやって余所余所しくされる方がいにくいんだけどなあ」


「す、すみません」


 まあ、ミーナちゃんは誰にでもフレンドリーな感じの子だしね。友人付き合いに上下関係があるのは苦手なのかも。


「主様。今日はお食事ですかの?」


「ああ。この者たちに貴様の料理を与えてやるがいい。さすれば、今まで自分たちがどれほど貧相な食事をしていたか思い知ることだろう」


 九尾ちゃんの料理って美味しいから、みんなびっくりするかもよと言いました。


「それは結構なことですじゃ。普通の食事では満足できなくなるかもしれませんの」


 そう告げて九尾ちゃんがにししと笑う。


「それではお客様。何になさりますかの?」


「おお。メニュー、本当に増えてる」


 九尾ちゃんが尋ねるのにオットー君が驚きの声を上げる。


「私はきつねうどんだ」


 食べたかったんだよね、きつねうどん。


「じゃあ、私もきつねうどん」


「えーっと。私は小うどんと稲荷寿司? って言うのお願い」


「俺はこの肉うどんにする」


 メニューを見てみたがうどん系のメニューが好評なのか、それとも材料不足で未だに本格的な和食は作れないのか、うどん系のメニューが充実している。かき揚げうどんの文字を見た時は一瞬心が動かされかけたが、今はきつねうどんだ。


 ……本当は稲荷寿司も食べたいけれど、乙女にとって炭水化物は天敵だ。


「はいですの。では、暫しお待ちくださいなのじゃ」


 九尾ちゃんは注文を取るとトテトテと厨房の方に向かっていった。


「ところで、ヘルマン君。うどんってどんな料理なの?」


「スープパスタの一種です。正確には違うそうですけど。麺が普通のパスタより太くて、軽やかな味わいのするスープなんですよ。九尾さんに父が教えてもらった最初の料理ですけど、まだ麺作りは父にはできなくて九尾さんが作ってるんです」


 ディアちゃんが尋ねるのに、ヘルマン君がそう答えた。


 ヘルマン君の話を聞くと奇妙な料理のように聞こえるが、うどんはうどんだ。九尾ちゃんが作っているのだから奇妙なものは出来るはずがない。


「食事が美味しいって評判になって、街に人がいっぱいこないかなあ」


「美食で町興しってのもありね。けど、なかなか難しいよ。料理ってすぐに真似されるし、やっぱりここでしか食べれない料理ってぐらいの特色がないと」


「うーん。ここだけで食べられる料理か」


 ゲームの時はいろいろとレシピを作ったな。


 ここは海には面してないから海産物を使った料理は無理だけど、この地方の野菜を使ったピザとかパスタとか。他には炊き込みご飯とか甘露煮だとか東方の噂からレシピを作って、ここに提供してたっけ。


 具体的にどんな素材を使ったレシピだったのかは忘れちゃったけど、この街の特色を活かしたレシピはいろいろとあることは事実だ。


 後はディアちゃんが頑張るのみ! 私も手伝うよ!


「風の声に耳を済ませろ。さすれば閃きは得られよう。この街には未だに遠方からやってくる物好きどもがいる。その時に風に耳を澄ませ、しかる後に少しばかりの黄金を使うならば、必要なものは得られるだろう」


「え? えっと……。どういう意味?」


 行商人たちの噂話に耳を澄ませて、有益そうだったら情報料を払って具体的な話を聞きだすとレシピのヒントが得られるよと言ったんです!


「きっと行商人の話を聞いてみたらって言いたいんだよ。行商人の中には東方まで貿易に行く人もいるし、そういう人なら新しいレシピの持ってそうじゃない?」


 ミーナちゃん、ナイスアシスト。


「それならはっきりとそういやいいのに」


「陛下のお言葉が聞けるだけありがたく思え」


 オットー君が不満そうにそう告げるのにエーレンフリート君がそう返す。


「エーレンフリートよ。貴様は何も食べなくてもいいのか?」


「はっ。食事は朝に済ませておきました」


 ……エーレンフリート君ってケーキとか食べるけど、実際は吸血鬼なんだよね。彼の食事を言うのは実際は何を食べているんだろう。


「お待たせしましたのじゃ。きつねうどん2人前に、小うどんと稲荷寿司、肉うどんになりますじゃ。どうぞごゆっくり」


 やがて九尾ちゃんが私たちの前に料理を並べる。


 きつねうどんだ。正真正銘のきつねうどんだ。


 私は涎がこぼれそうになるのを我慢して、きつねうどんにフォークを入れた。


 ……フォーク?


……………………

本日は2回更新です。

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