褒美を取らそう(依頼の品を配ります)
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──褒美を取らそう(依頼の品を配ります)
「皆の者。集まったな?」
夕食前の食卓──私を上座に据えた長いテーブル──で私がそう尋ねる。
「はっ。ここに」
こういう大きな食卓があるんだけど、ここで食事をするのは私だけなんだよね。エーレンフリート君たちは『陛下と一緒に食事など恐れ多い!』と言って、一緒に食べてくれないのだ。私に可愛げというものがあれば涙目で『寂しいよ』とでも言ってやればいいのだが、可愛げの欠片もない私の言語野は『勝手にしろ』としか言わない。
「貴様には早速働いてもらっている。下等な人間どものために下らぬと思うやもしれぬが、これも私の戯れだ。付いてこれぬものはここから去るがいい」
「そのようなことなど。我々はどこまでも陛下についてきます」
私の用事につき合わせちゃってごめんねと言いました。
しかし、私と探索しただけのエーレンフリート君が何かを成し遂げたような顔をしているのはどういうことなんだろうか。私と君だけ何もしてないんだぞ。
まあ、エーレンフリート君は私のボディガードみたいなものか。エーレンフリート君の言っていることが正しいなら、私を魔王と認めない魔物もいるみたいで、そういう連中に狙われているわけだし。
正直、魔王の地位なんて『どうぞ、どうぞ』と譲ってやりたいんだけど、私以外が魔王になるとどうなるか分からないからな……。ディアちゃんが危ないからレベルが低い間に殺しちまおうぜー! ひゃっはー! な魔物が魔王になったりしたら……。
うん。ディアちゃんも錬金術師を頑張ってるんだし、私も魔王を頑張らないと。
「よろしい。手間を取らせただけ褒美を与えよう。あの錬金術師の小娘に作らせたものだ。まずは九尾。受け取れ」
私はエーレンフリート君からガラス瓶に詰められた味噌を受け取ると、私の前に跪いた九尾ちゃんにそれを手渡した。
「おお。これは良い味噌ですのじゃ。これで主様にももっといいものを食べていただけますのじゃ。嬉しいですのう」
九尾ちゃんはぱかりとガラス瓶の蓋を開け、味噌の匂いを嗅ぎ、指でペロリと味見すると満足そうににししと笑った。
「満足したのならば結構。あの錬金術師の小娘もそれなりには働いたようだな」
「そのようですじゃ。流石は主様が特別と思われた小娘ですじゃの」
ディアちゃんもなかなかやるよねと言いました。
「では、励むがいい、九尾。あのみすぼらしい食堂も貴様の技術があればどうとてもなるだろう。我が配下の名に恥じぬように努力せよ」
「畏まりましたですじゃ」
食堂、頑張って盛り上げてねと言いました。
「次にイッセン」
「はっ」
九尾ちゃんに続いてイッセンさんが私の前に跪く。
「貴様への褒美だ。受け取るがいい」
私はそう告げてイッセンさんに醤油煎餅が収まったガラス瓶を手渡す。
「ありがたき幸せ。後ほど味わわせていただきます」
イッセンさんが私の手渡した醤油煎餅を見た時、その表情が僅かに柔らかくなったのを私は見逃さなかったぞ。
「故郷は懐かしいか?」
「故郷などとうの昔に捨てたものと思っていたのですが、懐郷の心はまだ残っていたようです。陛下に仕える身として情けないもの。そう思っていても、故郷のことはやはり思い出してしまします……」
この世界じゃ簡単に旅行にも行けないし、イッセンさんも里帰りとかできないよね。イッセンさん、多分東方の人みたいだし、いつか故郷に帰れる時があればいいけれど。
「懐郷、か。下らんノスタルジーだな。どこで生まれようとも人間はいずれ旅立つ。その場に留まるのは臆病者よ。貴様も私に仕えるのであれば、懐郷など抱かぬことだ。だが、そうだな。その煎餅くらいは許してやる」
イッセンさんに故郷に帰られては困るので醤油煎餅で我慢してと言いました。
「無論です。陛下のおられる場所こそ、私のいるべき場所。懐郷の心など捨て去り、陛下のために尽くし続けましょう」
イッセンさんはそう告げて深々と頭を下げた。
「よろしい。これからも私のために尽くすがいい」
ありがとう、イッセンさんと言いました。
「では、次はベアトリスク」
「はっ」
私の前にベアトリスクさんが優雅に跪く。
……なんというか、跪かれることになれてしまった。嫌な慣れだ。
「貴様の望みは化粧水であったな。だが、錬金術師は自信がないようであった。意にそぐわぬものであれば、別の褒美を用意させよう。これはどうか?」
私も化粧水のことはよく分からないんだ。ベアトリスクさんの知恵に任せるしかない。さて、ディアちゃんが作ったものはベアトリスクさんの望むものだったかな?
「まあ、これはそのものですわ。流石は陛下の選ばれた錬金術師とでも言うべきでしょうか。これならば陛下に常に肌の潤いを持たせることが可能になりますわ」
うん。流石はディアちゃん。ベアトリスクさんも認めたぞ。
「貴様への褒美だ。好きなように使え」
好きなように使っていいよと言いました。
「陛下のお美しさは私にとってなによりの褒美です。これからも陛下のためにそのお美しさを保たせていただけることが私にとって最高の褒美であります」
しかし、九尾ちゃんといい、ベアトリスクさんといい、どうにも困る。『陛下の幸せが私たちの幸せです』的なことを言われると、それは本当に褒美になっているんだろうかと疑問に思ってしまうのだ。それぞれが本当に満足しているならそれいいけど。
けど、私的にはもっと個人的に喜べる品をプレゼントとしては渡したいかな。これからディアちゃんの錬金術レベルが上がれば、もっといろいろな品が手に入るようになるし、そうなったらもう一度みんなに欲しいものを聞いてみよう。
「今はそれで我慢せよ、ベアトリスク。いずれあの未熟な錬金術師の小娘が貴様に相応しいものを作れるようになったときに、再び報いてやろうぞ」
ディアちゃんの錬金術レベル上がったら、もっとベアトリスクさんの欲しいものをプレゼントするねと言いました。
「ありがたきお言葉、感謝の限りでありますわ」
ディアちゃんも錬金術レベルがアップすると本当にいろいろなものが作れるようになるので、期待して待ってていいよね。ポーションから、料理、様々なお菓子までなんでもござれがこのゲームのディアちゃんだからね。
しかし、ディアちゃんのレベルが上がるのは少しばかり先の話になるだろう。今はイベント進行などからして序盤も序盤。ディアちゃんもお店のリフォームもまだだし、街の発展具合も全然だし、これからゆっくりディアちゃんが成長するのを待つしかない。
「しかし、我らが主はあの錬金術師の小娘を随分と気にかけていらっしゃるようですね。やはり、あのものには特別な力が?」
「む。そうだな。あのものにはやはり朝日の光を感じる。私の有する黄昏の暗さを引き裂くかもしれぬ光だ。面白いとは思わぬか?」
ディアちゃんはやっぱり特別だよと言いました。
「我らが主。そのような危険性を秘めたものならば、早急に抹殺しては? エーレンはすぐに理解したでしょうが、私の目から見てもあのものに戦闘の才はありません。今から刈り取るのであれば、容易に刈り取れるでしょう」
げっ。ベアトリスクさんもその点疑問なわけね……。
確かにラスボスにして黄昏をもたらす者としては、自分を討伐しにやってくる──というか自分で挑発して、討伐に来させる──相手を未熟なうちに叩いてしまえというのは、大変ごもっともな話である。
だけれどね。私はディアちゃんと敵だとも思っていないし、世界に黄昏──世界の終わり、文字通りの意味で──をもたらすつもりもないのだ。
しかし、それを言うわけにはいかない。それはベアトリスクさんたちへの裏切りなのだ。彼女たちは私が世界に黄昏をもたらすから、私に付き従っているに違いない。それなのに当の私が『そんな気ないよ』とでも言おうものならば失望させてしまうだろう。
いずれは納得してもらえる形で諦めてもらうつもりだけど、その時どうやって説明したものか迷いかねる次第だ。
「よい。雑魚を刈り取っても面白くない。私は手ごたえのある獲物を仕留めたいのだ。あの者が未熟なのであれば熟するのを待つ。そして、成熟しきったところをいただこうではないか。実の熟さぬうちから刈り取るのでは面白くもない」
ディアちゃんは今はそっとしておこうねと言いました。
「我らが主は本当に挑戦的な方ですわ。そういう情熱的なところにはますます惚れ込んでしまいます。そして、陛下のお望み、しかと存じ上げました。我々もあの者が成熟し、陛下を満足させられるほどの存在になるまで待ちましょう」
そう告げるとベアトリスクさんはとても優雅に礼をした。
「よろしい。では、最後にエーレンフリートよ」
「はっ」
そして、最後はエーレンフリート君。
「貴様には既にあの錬金術師の小娘が作った甘き誘惑のひとつを与えたな。今後も貴様の働きに期待させてもらうとしよう。私をがっかりはさせるな、エーレンフリート」
「畏まりました、陛下」
エーレンフリート君を今更疑う必要もないと思うのだけれど、私の言語野は絶賛反抗期の真っただ中にあるので、こういうセリフが出てしまうのだ。
「皆の者にもあの錬金術師の小娘が作った甘き誘惑を用意してある。イッセンは気に入らぬようだが、他の者は気に入ったようだからな。イッセン、不満であれば貴様のために特別に何か用意させてもよいぞ。どうするか?」
「いえ。私にはこの醤油煎餅があれば結構です」
イッセンさんは甘いものは苦手だったから、私のお土産は気に入らないだろうな。今度からはそこら辺も考えてお土産は選ばないといけないね。
それから甘党の人は下戸って話も聞いたことはあるし、エーレンフリート君へのお土産にお酒を避けることも必要かもしれない。
……けど、エーレンフリート君って一応吸血鬼なんだよね。吸血鬼ってワインに血を混ぜて優雅に飲んでいる感じがサブカルチャーではイメージされるけど、エーレンフリート君はそういうのは無理なんだろうか。
ちなみに私も下戸です。アルコール度数が一番低いチューハイ呑んでも1杯で真っ赤になって気分悪くなっちゃうぐらいにはダメダメ。我が家は代々そういう家系らしく、お父さんも、お母さんもお酒は飲めない。
ああ。そういえばお母さんとお父さんはどうしてるんだろ。落雷で死んだからショック受けてるのかなあ……。
「どうかなされましたか、陛下?」
「なんでもない。それよりケーキを切り分けよ、エーレンフリート」
気にしないで。それよりみんなでケーキ食べようと言いました。
「では、魔剣“処刑者の女王”」
そこで何故かエーレンフリート君が黒書武器を取り出す。
「エーレンフリート。何をしている?」
「はっ。ケーキを切り分けよとのことでしたので」
……君はケーキを切り分けるのに作中屈指の黒書武器を使うのかい?
「やめよ。下らぬことに神に仇なすために作られた黒書武器を使うなど。貴様の品格を疑うぞ。甘き誘惑はそれが如何に甘かろうと、切り分けるには包丁で事足りる」
物騒なもの使わないで包丁で切ろうねと言いました。
しかし、黒書武器って神様を相手にするために作られたの? まあ、黒書武器の由来が由来だけにそういうことがあってもおかしくはないけれど。けど、この世界の神様ってどんな存在なんだろうね。邪神は邪神さんだけど。
「申し訳ありません。すぐに包丁を取ってまいります」
全く。びっくりさせないで欲しいよ、エーレンフリート君ってば。
「取ってまいりました」
「……それは牛刀だ、エーレンフリート。貴様はいったい何を切るつもりだ?」
エーレンフリート君はやっぱりがっかりなイケメンだ。
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本日の更新はこれで終了です。
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