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この程度はした金だ(破格の依頼)

……………………


 ──この程度はした金だ(破格の依頼)



 私たちは再びディアちゃんの錬金術店を訪れる。


「いらっしゃいませ! あ、ルドヴィカちゃん!」


 こんなに嬉しそうに人に名前を呼ばれるのは何年振りだろうか。肉親を除くと、こんな機会はなかったのではないだろうか。


「依頼だ。よいな?」


「お任せあれ」


 私が尋ねるのにディアちゃんが胸を張る。


「アップルパイの依頼は既に済ませたな。まずは上質の味噌。次に醤油煎餅。それから化粧水だ。化粧水のレシピはここにある」


「え? レシピ、貰っていいの?」


「構わぬ。好きにしろ」


 ディアちゃんに上げるといいました。


「依頼の期限は特に設けぬが、まあ1ヶ月程度で作れ。それも私が合格だと認める品をだ。分かったな、小娘」


 出来上がりには期待しているよと言いました。


「1ヶ月って、そんなにかからないよ。アップルパイと味噌と醤油煎餅の材料はあるし、化粧水もレシピを貰ったし、今から作っちゃうよ!」


「そうか」


 う、うーん。依頼って普通、期限1ヵ月くらいだったよね? もっと短かったかな?


 ゲーム中はやることがいろいろあって、1ヵ月でも短いくらいだった記憶がある。緊急依頼とかになると期限7日とかになるし、依頼をこなして、探索パートでレベル上げと素材集めして、レシピを集めて、錬金術レベルを上げて、それでもって各キャラクターへの好感度も上げてると、1ヵ月なんてあっという間だ。


 まあ、でもディアちゃんが出来ると言っているのだから待たせてもらおうかな。


「じゃあ、まずはアップルパイ。ヘルムート君、準備お願いね」


「了解しました、マスター」


 ディアちゃんがそう告げるとヘルムート君がいつものむすっとした表情で出てきて、台によじ登ると調合机でトントンと支度を始めた。


「材料はリンゴに、蜂蜜に、そしてバターと」


 ヘルムート君が準備した素材をディアちゃんが錬金窯に入れて掻き回す。


 ゲームの時も思ったけど、パイシートもなしでどうやってアップルパイができるんだろうね。そこら辺は錬金術パワーで解決しているのかな?


「ぐーるーぐーるー♪」


 あっ。調合の時に時々流れるディアちゃんの声だ。これがあると錬金術やってるって気分になってくる。実際は錬金窯を掻き回してるだけなんだけどね。


 そして、ぼふんと白煙が吹き上げた。


「できあがりー!」


 白煙が晴れるとそこにはお皿に盛り付けられたアップルパイを持ったディアちゃんの姿が。今回も調合に成功したみたいだね。


 まあ、お菓子系のレシピは難易度低いし、失敗はしないかな。特にアップルパイとか最初の最初に手に入るレシピだし。これだと調合成功してもディアちゃんの錬金術レベルは差して上がらないかもしれないね。


「今、持ち帰りの準備するから待っててね」


 ディアちゃんはそう告げるとパタパタとお店の奥に向かった。


 ちなみに説明し忘れていたが、お店のレイアウトはこんな風になっている。


 まずポーションやお菓子が置かれた店頭。レジカウンターもここにあり、最大拡張で4つの棚にそれぞれアイテムを10個ずつ並べられる。序盤は棚はひとつだけだし、そのひとつの棚も序盤はいっぱいになることはない。


 そして、調合室。レジカウンターから覗けるガラスの壁で遮られたスペースで、今はヘルムート君はせわしなく戸棚を整理したり、使い終わった錬金窯を磨いたりしている。私たちはレジカウンターから調合の様子を眺めていた。


 次に事務室。ここは外からは見えないようになっている。ディアちゃんはここでラッピングをしているようだが、普通はここは売り上げの記録や依頼状況を確認するための場所だ。ゲーム中は扉の前に立つだけで確認できたので、中がどうなっているかはディアちゃんのみぞ知るという部屋だ。


 最後はディアちゃんの私室。


 これは店舗の2階にある。寝たり、起きたり、食事したり、装備を選んだりする場所だ。乙女の私室なので具体的にどのようなものかは言わないが、ここもお金がたまるとリフォームすることができるようになるぞ。ほとんどコレクター要素だけど。


「はい、エーレンフリートさん。アップルパイ、できましたよ」


「味にはそこまで期待していないぞ、小娘」


 とか言っちゃって、エーレンフリート君、アップルパイに視線が釘付けじゃん。


「次はお味噌だね」


 またトントンとヘルムート君が支度をし、ディアちゃんは次の錬成に取り掛かる。


 味噌の錬成はそれなりのレベルだったはずだ。少なくともアップルパイより難しい。ディアちゃんはレシピを持っているみたいだけど、これまで錬成に成功したことはあるんだろうか。それもただの味噌じゃなくて上質の味噌だからね。


「大豆、塩、お米!」


 ……あれ? 味噌のレシピってそんな感じだったっけ?


 何か重要なものが足りていないような……。


「ぐーるーぐーるー♪」


 ディアちゃんはそんなことは気にせずに錬金窯を大きな木べらで掻き混ぜる。絶好調って感じだ。私も大人しく見守っておく。


 そして、再びぼふんと白煙が噴き上げる。


「できあがり!」


 ディアちゃんの手にはガラス瓶に収められた味噌らしき物体が握られていた。


「ほう。やるものだな」


「でしょ? 味には自信があるよ!」


 実を言うとこの『クラウディアと錬金術の秘宝』は独立シリーズものなのだが、これまでは錬成したアイテムの品質という概念が存在していた。


 この品質というのが面倒なもので、錬成に成功しても、品質を満たしていないということがあって、依頼失敗になることがあったのだ。


 だが、このゲームではその品質システムは廃止され、製品が出来れば成功というようになった。他のやり込み要素が増えたので、錬金術系のやり込み要素は省略されたわけだ。プレイヤーからするとせっかく依頼の品を作ったのに受け取ってもらえず、不良在庫を抱えることがなくなっただけありがたい限りだ。


 その分、レシピの入手難易度や錬成の成功可能確率はシビアになったのだが。


 ともあれ、錬成に成功したということは依頼の品は完成したと見ていい。


「期待はせぬぞ。貴様は所詮は錬金術というものをようやく学び出したようなものだ。我が配下がこれを認めるかどうかは分からぬ。我が配下が認めぬというのならば、貴様もそれまでの人間だったということだ」


「えー。私の作る味噌って結構、街で評判いいんだよ。きっとルドヴィカちゃんのお友達も気にいてくれると思うな」


 九尾ちゃんが気に入ってくれるといいねと言いました。


「そうなるかどうかは貴様の腕次第だな。私を落胆させてくれるなよ」


 ディアちゃんの腕前なら大丈夫と言いました。


「がっかりはさせないよ。お客さんは大事にするんだ」


 ディアちゃん……。勝手に出てくる言葉とは言えど、ここまで私が言いたい放題に言っているのに、まだ私のことをお客さんだって思ってくれているんだね……。


 私もバイトしていた時はしょうもないことでクレーム付けてくるお客さんがいて、嫌な気分になったりしたけれど、ディアちゃんも私のこと悪質なクレーマーだと思ってないのかな……? それが心配だ。前世から願い続けて、せっかくできた友達なのに私こそディアちゃんをがっかりさせたくないよ。


「次は醤油煎餅だね。はりきっていこー!」


 ヘルムート君が再び調合台でトントンして、その材料をディアちゃんが受け取る。


 ディアちゃんは私のアドバイス通りにヘルムート君を錬金術の補佐に選任させているようだ。きっと今もレベルは上がっているぞ。


 ヘルムート君──というか、ディアちゃんが作るゴーレムはどれも表情豊かなディアちゃんと違って、むすっとしているけど、そこが可愛いので店番とかさせると大儲けできそうだ。しかし、このヘルムート君は錬金術の補佐に専念させるんだぞ、ディアちゃん。高レベル専門ゴーレムは非常に難しい依頼の達成に役立ってくれるからな。


「お米、お醤油、チーズ」


 ……チーズ?


「ぐーるーぐーるー♪」


 このディアちゃんの調子のいい声に合わせてヘルムート君が首を左右に振る。むすっとした表情で。これが可愛い。


「できあがりー!」


 香ばしい匂いを含んだ白煙とともに出現したのはガラス瓶に入ったお煎餅だ。


「ディアの醤油煎餅! これは誰にプレゼントするの?」


「イッセンだ。故郷の味が懐かしいなど惰弱なことを言いおってな」


「そっかー。ってことは、イッセンさんは東方の人?」


「さてな。名のある魔人だということだけは確かだろう」


 イッセンさんが故郷の味を食べたいと言っていたよと言いました。


 しかし、醤油煎餅があるのは東方なのか。貿易路も東方の方に向けられており、そのせいでドーフェル市は寂れたそうだけど、その分東方は賑やかなのかな。


 でも、飛行機もないんじゃ、そう簡単に海外旅行はできないね。


 不便!


「東方って黄金でできた都市とかあるって噂だよ。本当だったら凄いよね。ドーフェルもそんな街にならないかなあ」


「フン。黄金でできた都市など悪趣味だ」


 それはないよ、ディアちゃんと言いました。


「それもそうだ。目が痛くなりそうだよね。では、最後は化粧水と。ふむむ」


 ディアちゃんはベアトリスクさんのレシピを眺めて唸る。


「これはなかなか難易度が高いね。材料はあるけれど、上手くいくかな?」


 ありゃ? やっぱり化粧水は難易度高いのかな?


「期限は1ヵ月だ。無理をして出来損ないのものを渡すな」


「大丈夫! 任せて!」


 1ヵ月あるから時間をかけてもいいよと言いました。


「ふむふむ。レシピによるとラベンダーに、蜂蜜、それからアルコールと」


 化粧水なんて化粧とかほとんどしなかったボッチ女子の私には分からないけれど、蜂蜜が入るのか。なんだか食べられそうな素材でできているね。


「よーし。いくよっ!」


 トントンとヘルムート君が準備した素材を錬金窯に流し込み、ディアちゃんは気合を入れて大きな木べらを握りしめ、錬金窯を掻き回し始めた。


「ぐーるーぐーるー♪」


 ディアちゃんが歌い、ヘルムート君がメトロノームのように首を振る。


 今回は掻き混ぜている時間が長い。もしかして失敗かな?


 そう思っていたときぼふんと白煙が噴き上げた。


「で、できあがり?」


 煙が晴れるとディアちゃんの手には乳白色の色をした液体の収まったガラス瓶が。


「疑問形か?」


「うーん。私も初めて作るものだったからね。化粧水ってこういうものかな?」


 実を言うと私も化粧水がどのようなものか知りません。


「まあよい。元々貴様には期待しておらぬ。では、報酬を渡さねばならぬな」


 元々無理のある依頼だったから気にしないで報酬を受け取ってねと言いました。


「エーレンフリート」


「はっ」


 私の財布はエーレンフリート君に預けてあるのだ。治安が悪い街でもないけれど、ちょっと大金を抱えてたから心配で。


「褒美だ。受け取れ」


 私はそう告げて財布をディアちゃんに投げ渡す。


「ええっ!? こんなにっ!?」


 私が渡したのは5万ドゥカート。


「それであの轟雷を響かせるもの──樽爆弾のレシピが買えるであろう?」


「で、でも、私が作ったのってアップルパイと味噌と醤油煎餅と化粧水だけだよ? それも化粧水は失敗しているかもしれないし……」


 ディアちゃんには樽爆弾のレシピを買ってもらって戦力を増強してもらわなければ。


「私が構わぬと言っているのだ。黙って受け取れ」


「う、うん。でも、いいのかなあ?」


 押しつけがましいけど受け取ってねと言いました。


「それからこれを渡しておこう」


 私はそう告げてポシェットから行商人から購入したレシピを取り出す。


「これ、何のレシピ?」


「それを探るのが貴様の仕事だ、錬金術師の小娘。探求こそは人間を人間たらしめるもの。それなくしては獣と同じよ。せいぜい人間であるために足掻くがいいだろう」


 私にも何のレシピか分からないけど、頑張ってどんなものができるのか探ってみてねと言いました。


「うん。頑張るよ! 何のレシピか確かめてみるね!」


 これで私の言語野が素直になってくれたら、ディアちゃんと文句なしの友情が結べるというのに。どうして私の言語野には中二病と魔王弁がインストールされちゃってるんだろう。前世で私、何か悪いことした?


「せいぜい励むがいい。その光が本物であるか証明するために。光は東方より昇るというが、ここでは思いもよらぬところから昇るやもしれぬと風が囁いているのでな……」


 錬金術、頑張ってねと言いました。


 もう死にたい。


……………………

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