貴様にやってもらう(今回の依頼は決まりました)
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──貴様にやってもらう(今回の依頼は決まりました)
再びエーレンフリート君の案内でドーフェルの街を進む。
ドーフェルの街は本当に寂れている。
街の通りを行き来するのはおじいさん、おばあさんがほとんどだし、子供連れの若い人というのは片手で数えられる程度にしかいない。
市場もガラガラで、お野菜とお魚が少し置かれているだけだ。行商人らしき人がお店を広げて居たりもするけれど、そっちはほとんどガラクタを並べているように見える。一応何かないかなとお店を覗き込んではみる。
行商人はときたま珍しいレシピを本屋に先駆けて販売してくれることもあるので、お金に余裕があるならば覗いてみるのが吉だ。もっともディアちゃんが見ないと、どれが作れて、何が作れないのかってのは分からないけれど。
「む。医薬品のレシピがあるな」
「お目が高い。それは東方の最先端の医学書から導き出されたレシピです」
「どのような病を治すのだ?」
「全ての病気に効くと聞いております」
そんな馬鹿な。万能薬──エリクサーのレシピが手に入るのは後半も後半だ。ランダムな行商人でもそんなものを扱っているはずがない。
「貴様、この私を謀るつもりか。容赦はせぬぞ」
またまた御冗談をと言いました。
「ひっ。し、失礼しました。私も何の病気に効くレシピなのかは存じ上げず……。本当にたまたま手に入っただけなので」
よほど私の目つきが悪かったのか、行商人がすくみ上る。
「ならば、格安で売れ。そうすれば許してやる」
「では、50ドゥカートで」
「いいだろう」
醤油煎餅のレシピと同じ値段の医薬品のレシピか……。本当に何に効くんだろ。
ちなみにこのゲームのレシピ入手ルートは3種類。
1、依頼で手に入れる。
以来の報酬はレシピであるという場合はよくある。特にミーナちゃんの依頼はレシピがよく貰える依頼で、品揃えを増やすのにもってこいだ。序盤は錬金術のスキルを上げようにも、序盤の資金不足もあって、なかなか新しいレシピが手に入らないのでミーナちゃんの依頼は達成していこう。
2、購入する。
商店街の本屋さん。よろず屋グラバー。各種職人。行商人。こういう人たちからレシピを購入することができる。本屋さんは品揃えはいまいちだけど価格は安く、よろず屋グラバーは珍しいレシピがあるけどぼったくり価格で、各種職人は専門的で適正価格、行商人はランダム。基本的にレシピは買うものと言うのがこのゲームだ。
3、開発する。
錬金術レベルがある程度上がると下位レベルの調合法が開発できるようになる。例えば上級治癒ポーションが作れるレベルでそのレシピを有していると、開発パートで中級治癒ポーションや中級魔力回復ポーションのレシピが開発できる。食堂に新しいレシピを提供するのも、このレシピ開発によるものだ。
今のディアちゃんはゴーレムのレシピ以外は本屋さんで買ってる感じだね。でも、ミーナちゃんからも依頼を受ければそれだけレシピもたまって、経験値の稼げる錬金術アイテムも出てくるので頑張ってほしいところだ。
「陛下。そのレシピはいかように?」
「うむ。あの錬金術師の小娘への手土産だ。私というものが何の褒美もなしに、あの風が光の存在を告げる者の下を訪れるなど滑稽であろう?」
ティアちゃんのお土産にしたら喜んでくれるよねと言いました。
「そのようなことは。あの小娘が如何に光を持つ者であろうとも、黄昏をもたらされる陛下の前には無力な存在。全ては陛下の前に跪くべきものであります」
「そういうな、エーレンフリートよ。これも私の気まぐれだ」
その黄昏をもたらす者っていうのやめてくれないかな……。心臓が痛くなる……。
「そうでありますなら、そのお心のままに」
エーレンフリート君は初期より物分かりがよくなってくれたかな?
「では、行くぞ、エーレンフリート」
「陛下。ベアトリスクの店はそちらではなく、こちらです」
……ナビはエーレンフリート君に任せよう!
というわけで、引き続きエーレンフリート君の案内でドーフェルの街を進む。
……本当に何にもないな、この街。びっくりするほどの田舎だ。
私のいた地球では電車もなく、バスもなく、コンビニもなく、スーパーもない世界なんて凄い魔境のド辺境ってイメージだったけど、ここはそのド辺境だ。
それは私の暮らしてた地域だって都会ではなかったよ。何せ、九州の真ん中だったし。だけどね、九州の真ん中にだって電車は通っているし、バスは走っていたし、コンビニ24時間営業だったし、スーパーに行けば大抵のものは手に入ったよ。
だけど、ここにはそういうのは一切ない!
よその街にどうやって行くのかも分からないし、コンビニの24時間営業どころかもう午後3時には店じまいを始めているし、スーパーなんて便利なものも存在しない。
眩暈がする。
私が読んでいた異世界に召喚されたり、異世界で生まれ変わったりしてる人たちは、あんまり気にしてなかったみたいだけど、夜にポテチやアイスが食べたくなったりしたらどうするんだろう。よその街までちょっと買い物にと思ったらどうするんだろう。
はあ、ディアちゃんがこのドーフェルを発展させて、便利な街にしてくれるのを祈るばかりだ。もはやこれがディアちゃんたちだけの問題ではなく、私の死活問題にもなりつつある。それに私も一応はドーフェル市振興委員会のメンバーだしね。
「寂れ切った街だ。いつ潰れるかも分からぬな。私が手を下すまでもなかろう」
どうにも暮らしにくそうな街だねと言いました。
「その通りですね。陛下には相応しくない街です。あの錬金術師の小娘がお気になさるのでしたら、あの者も連れて、王都などの過ごしやすい場所に行かれてはどうでしょうか? 王都に手を伸ばすことが出来れば、いざ黄昏をもたらすときにも効果的かと」
「フン。王都もこの街も同じようなものよ。私はこの世界そのものが気に入らぬのだ」
王都にもコンビニはないよね? と言いました。
「陛下の怒りのお気持ち、察するに余りあります。であからこそ、我々はこの下等な世界に黄昏をもたらさねばならぬのですね」
いや、コンビニないくらいで世界滅ぼそうとか思わないよ……。
「そのようなところだ。光が見えぬならばそうするであろう」
ディアちゃんと言う希望があるから頑張るよと言いました。
「光、ですが。このような言葉は不敬かもしれませんが、陛下はあの錬金術師の小娘に会ってから変わられたように思われます……」
ぎくっ! ま、まさか、ルドヴィカの中身が入れ替わっているなんてことに気づかれたらどうなるんだろう……。ルドヴィカが物凄く強いことはドーフェルの森の探索で知ったけれど、エーレンフリート君たちを相手にして勝てるんだろうか。
と言うか、勝てるどうかというより戦いたくないよ。エーレンフリート君もポンコツだし、すぐに人類を滅ぼそうとするけれど、悪い子じゃないし。九尾ちゃんたちもいい子だし、今更戦うなんてことはしたくない。
なんとか魔王ルドヴィカとしての体面を保ちつつ、ディアちゃんたちとの交友関係を保たなければ。うう、数日前まではボッチだった身には辛いコミュニケーション地獄。
「私は変わってはおらぬ。ただ、人類にその可能性があるならば見届けたいだけだ」
ディアちゃんたちのことを見守ってみようよと言いました。
「陛下のお心のままに。このエーレンフリートめ、最後までお供させていただきます」
「うむ。朝日が昇るか、それとも黄昏が訪れるか……」
これからどうなるんだろうねと言いました。
「それはまあ今はよい。今はベアトリスクだ」
「失礼しました。では」
ベアトリスクさんに何が欲しいか聞かないとね。
「こちらのようですね」
「フン。なかなかの店構えではないか」
何これ!? 今朝、ミーナちゃんから紹介があって、店舗を借りたばっかりのはずなのにもう東京とかのお洒落な街にあるようなお店が出来上がってるよ!?
ショーウィンドウの向こうには女の子なら誰もが憧れる煌びやかなドレス。ファッションと言えば、大型衣料量販店の個性なく、そしてよほどのことがない限り失敗もしない無難な品ばかりというイケてない女子だった私には眩い光景だ……。
「あら。我らが主。どうなさいました?」
私が眩暈を覚えているとお店の扉がカランコロンと音を立てて開き、そこからベアトリスクさんが優雅に顔を出した。
「貴様の仕事具合を見せてもらいに来た。まあまあの代物のようだな」
「まあ、嬉しいお言葉ですわ。感謝いたします」
凄いよ! これ凄いよ! だから、正直に褒めよう?
「しかし、このようなドレスを纏う人間はこの街にはさしておるまい」
そうなのだ。
若者の都会への人材流出で急速な少子高齢化が進んでいるドーフェルの街では、こんなお洒落な服に手を出す人は限られるだろう。
「それなら大丈夫ですわ、陛下。ここのお客様は最初は行商人を想定していますから」
「ほう」
ベアトリスクさんが興味深いことを告げる。
「まずはこの店の存在を知ってもらうこと。それが重要ですわ。ですので、行商人の方々には割引して、商品を他の街まで運んでもらっていますの。それから『私のお店ならばこのクオリティのドレスをオーダーメイド致します』という宣伝目も添えて」
ベアトリスクさんはそう告げてパチリとウィンクした。
なるほど。確かにいい商品も知ってもらわなければ意味がない。だから、企業はコマーシャルや携帯電話会社との提携などで、商品を一般大衆に知ってもらうわけだ。ベアトリスクさんは行商人と提携して、このドレスを宣伝するのである。
これだけ美しいドレスがオーダーメイドできると知れば、このようなドレスを購入する富裕層は少し時間をかけてでも、このお店を訪れるだろう。富裕層ならこの貧弱な交通インフラをどうにかできる手段を持っているわけだし。
よくできてる。
「それに陛下が最高のモデルをしてくださっていらっしゃることですし」
わ、私? 確かに私もベアトリスクさんの作ったドレスを纏っている。だが、ルドヴィカには悪いものの正直体のラインは貧相で、目つきの悪い私がモデルに相応しいのだろうか。ここはディアちゃんとか正統派美少女の方がいいのではないだろうか。
「この店舗を紹介した娘がいるだろう。成金娘。ヘルミーナだ。あれに着せてはどうだ。あれはそれなりの場にはでるだろう。宣伝になるのではないか?」
「陛下のお許しがいただければそうさせていただきますわ。でも、あの子、どうも上流階級のお嬢様というよりも、やんちゃな小娘という感じなのですよね。フォーマルな場にでも出ることはあるでしょうけれど、それ以外で宣伝は見込めそうにはありませんわ」
まあ、ミーナちゃんは親に隠れこっそり冒険者してたりする腕白お嬢様だからな。そこが魅力ではあるんだけど、いつも格式ばったドレス着て、優雅に歩いている印象はゲームをプレイした私にはない。
あの子は動きやすい恰好で、快活に行動しているタイプだ。服装も分厚くて破れにくい生地で、お洒落より実用性重視。それでいてハーゼ交易のお嬢様としてやるべきことはきっちりやってしまうんだから尊敬だよ。
「今は行商人の広める噂を待つしかあるまいな。だが、豪華絢爛なドレスではなく、動きやすいドレスを作ってみるというのはどうだ? それならばこの街にいる女冒険者たちも少しは興味を示すのではないか」
「それはいけませんわ、陛下。こういうものはブランドが大事なのです。私の扱う衣類はあくまで高級品というブランドイメージを定着させなければならないのです。下手に安物のドレスを作ってはブランドイメージを損ないます」
「む。貴様の意見ももっともだな」
そうだよね。こういう高級な店で安物を売ってたらブランドイメージに傷がついちゃうよね。ベアトリスクさんはそこら辺をよく考えていて感心する。
「では、貴様の店が成功することを祈っておこう。いや、この私が祈るなどということをするとは馬鹿げている。ベアトリスク、なんとしても成功させよ」
「畏まりました、陛下」
お店、成功するといいねと言いました。
「ところで、ベアトリスクよ。近々、あの錬金術師の小娘に何かを作らせる。それを褒美として貴様に与えてやろう。貴様は何を望むか?」
ベアトリスクさん、ディアちゃんに何を作ってもらいたいと尋ねました。
「そうですわねえ。化粧液の量が少なりつつあったので、それがいただけるのであれば助かりますわ。しかし、あの錬金術師の小娘に作れるのでしょうか」
「分からぬな。あれはまだ見習いにも劣る」
ディアちゃんはまだまだこれから成長するからねと言いました。
「でしたら、レシピはあった方がいいですわね。これをあの錬金術師の小娘に渡していただけますでしょうか。いつも陛下のために使っている品ですわ」
そう告げてベアトリスクさんはレシピを取り出して渡した。
「フン。殊勝な心掛けだ。では、このレシピをあの小娘に渡しておこう」
ベアトリスクさん、ナイス! ディアちゃんに渡しておくねと言いました。
「ところで、エーレン。あなた、気づいているかしら?」
「ああ。ネズミがこそこそと探っているようだな」
ネズミ?
「ネズミなど放っておけ。行くぞ、エーレンフリート」
「はっ、陛下。お言葉のままに」
私は用事を済ませるとベアトリスクさんのお店を出た。
さて、これを依頼としてディアちゃんのところにもっていかないと。
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本日は3回更新です。




