人形で喜ぶとは(いざ、ゴーレム1号起動)
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──人形で喜ぶとは(いざ、ゴーレム1号起動)
ゴーレムのレシピとゴーレムの素材は揃った。
後は錬成するだけなのだが、そう簡単にはいかないのがこのゲームだ。
錬金術にはそれぞれ成功率があり、レベルの低いアイテムほど錬成しやすい。逆の高レベルのアイテムは10%とか酷い場合だと1%とかになる。
だが、高レベルのアイテムの錬成に成功すると錬金術師としてのレベルが上がるので、いつまでも低レベルアイテムを量産しているわけにはいかない。
私の場合はわざわざ成功率数%の錬成に挑み、成功するまでセーブ&ロードを繰り返すという姑息な手段を使っていた。そうするとみるみる錬金術師レベルが上がるのだ。公式チートと呼ばれるだけあって、封印する人もいる方法だ。
さて、ゴーレムの錬成と言えば、ゴーレムのレシピが手に入ることが想定されているのが中盤なだけあって、それなりに高レベルの錬成になる。1%とは言わないけど、15%は切っているだろう。錬成が成功する可能性は低い。
「よし。頑張るぞ」
だが、ディアちゃんはやる気満々だ。
ゲームと違って錬成成功率は見れない。どうなっているのか私にも分からない。けど、これは失敗するんじゃないかな……。
「小娘。もう少し腕前を上げてからではなければ、時間の浪費となるぞ」
「大丈夫。絶対に成功させてみせるよ」
ディアちゃんはもうすっかりゴーレムを作るつもりになっている。
こうなったら見守るのみだ。
錬成に失敗したら素材はダメになっちゃうし、昨日の探索の意味もなくなってしまうけれど、ここまでやる気のあるディアちゃんは止められない。
それにまだ時間はあるはずだ。
そこまでスケジュールガチガチのゲームでもない。何分、やることがいろいろとあるやり込みゲーなので、邪神復活までは3年はあるはずだ。
3年あればそれなりの装備を整えて、賢者の石も錬成できるはず。
「行くよっ。錬成開始!」
ディアちゃんは材料をほいほいと錬金窯に投げ込むと、巨大な木べらでぐるぐると掻き混ぜ始めた。これが錬金術なのだ。適当なように見えるけれど、きっとそこには奥深い何かがあるはずなんだ。そうじゃないとケーキが錬成できる理由が分からない。
そして、ディアちゃんが錬金窯を掻きまわすこと15分。
錬金窯からぼふんという白い煙が噴き出し、辺り一帯が白煙の覆われる。
「できた!」
白煙の向こうのディアちゃんの喜びの声が聞こえ、私は目を凝らす。
白煙は次第に晴れていき、ディアちゃんの姿がはっきりと見える。
そのディアちゃんの手には7、8歳程度の黒髪の男の子が抱えられていた。七五三のような子供服姿で、無表情にむすっとしている子だ。
「ほう。流石は私が光を見出した者だ。なかなかやるではないか」
ディアちゃん、この段階でゴーレム作っちゃうなんて凄いと言いました。
「えへへ。私もようやくゴーレムを錬成できたよ。これでちょっとは錬金術師として成長できたりしたかな?」
「甘く考えるな。一度の成功はただのまぐれの可能性もある。もっと錬金術師としての腕前を磨ぎ、その朝日のような光の真なる価値を私に示してみよ」
凄いけどこのレベルの錬成は運要素が混じってくるから堅実に腕前を上げて行こうねと言いました。この世界でセーブ&ロードをするわけにもいかないし。
「頑張るよ。ところで、ゴーレムってどう扱えばいいのかな?」
「そんなことも分からずにゴーレムを欲したのか?」
本当にゴーレムが欲しかっただけなんだな。
「ゴーレムはまず名前を付けなければならぬ。それで主従がはっきりする。それが分かったのであれば、そのゴーレムに名をつけてみよ」
「名前かあ……」
なかなか悩むところなのだ。飼育ゲームとかでも動物に名前を付けるときには苦労する。あれがいいかなとあっちがいいかなとかなかなか決めることができなくなるのだ。
私も最初のゴーレムの名前と付けるときには1時間くらい迷ったな。
「よし、決めた。君はヘルムート君。今日から頑張ってね」
「識別名認識。よろしくお願いします、マスター」
ディアちゃんが告げるのにヘルムート君が頷いて見せた。
ちなみにユーザーが名前を決めるのが面倒くさいときはディアちゃんが付けてくれる。最初のうちは普通の名前なんだけど、何度もやり直すと“ビスマルク”とか“ミケ”とか“タスマニア太郎”とかいう凄い名前になる。
「さて、ヘルムート君には何をしてもらおうかな? というかヘルムート君って何を食べて生活するの? ゴーレムだから岩とか?」
「栄養補給の必要はありません。そして、大抵のことはできます」
ディアちゃんが首を傾げるのにヘルムート君がそう告げる。
ゴーレムにも仕事の習熟度というものがあって、長い間店番を任せたゴーレムは多くのお客さんを捌くことができるようになるし、探索の習熟度が上がると余計に素材を見つけることができるようになる。基本的に能力は特化させた方が効率的だ。
「それじゃ、錬金術のお手伝いをしてもらおうかな。ルドヴィカちゃんたちへのお礼にケーキを焼かなきゃいけないからね」
「了解しました、マスター」
ディアちゃんが告げるのにヘルムート君はとことこと錬金術の素材を加工する台までやってきた。……のだが、身長が小さくて台に手が届いていない。
「小娘。そのゴーレムには貴様の支援が必要なようだぞ。手が届いておらん」
台を上げたらどうかなと言いました。
「ありゃ。それじゃあ、これを使って」
ディアちゃんはそこで使い古された様子の台を準備した。
「この台、私がカサンドラ先生に錬金術を教わってたときに使ってたんだ。私も前はテーブルに手が届かなかったから、カサンドラ先生が作ってくれたの。まさか私がまたこれを使うことになるとは思わなかったよ」
そう告げてディアちゃんはテーブルで錬金術の素材を加工し、計量し、いつでも錬金が行えるように準備を進めているヘルムート君を眺めた。
それはオープニングムービーでも知ってるよ。最初はぴょんぴょん跳ねていたディアちゃんが台をもらって、そして最後は台を使わなくなることでディアちゃんの成長していく様子が描かれていたのだから。
「小娘。ゴーレムには特定の仕事だけをさせておけ。貴様の作ったような粗悪なゴーレムでは全てのことをこなすなど不可能。ひとつのものに絞れば、ゴーレムも自分の仕事と言うものを少しは理解できるようになるだろう」
「じゃあ、ヘルムート君にはこれから錬金術の手伝いだけをしてもらおうかな」
「了解しました、マスター」
ディアちゃんが告げるのに、ヘルムート君が頷く。
ヘルムート君はイチゴを洗い、クリームを掻き混ぜ、卵を綺麗に割る。
「準備できました」
「では、早速!」
ディアちゃんはぽんぽんっと材料を錬金窯に放り込むと、リズムよくかき回し始めた。既にバニラのいい香りがしてるんだけど、材料にバニラって含まれたっけ……。それにケーキを焼くわけではなく、掻き混ぜるとはいったい……。
そして、再びぼわんと白煙が噴き出す。
「出来上がりー!」
ディアちゃんの手にはあのイチゴのショートケーキがホールで。
ディアちゃんの魔法のショルダーバックといい、明らかに物理法則がねじ曲がっている錬金術といい、この世界には魔王なんかよりよっぽどファンタジーなものが出回っていると見て間違いなさそうである……。
「ルドヴィカちゃん。今、お持ち帰り用に包装するから待てってね」
「うむ」
ディアちゃんがそう告げてケーキを店舗の奥に運ぶのに私は頷いた。ただ頷くだけでも偉そうになるのはもはやひとつの才能ではないだろうか。
「陛下。今のは昨日の甘き誘惑では……」
「そうだ。貴様、意外とあれのことを気に入っていただろう。褒美にくれてやる」
エーレンフリート君、あのケーキのこと美味しそうに食べてたよねと言いました。
「もったいなき事……! ありがたく存じます……!」
ケーキひとつでそこまで喜ばなくても……。
「はい、ルドヴィカちゃん。なるべく温度の低い場所で保存するか、すぐに食べてね」
それから暫くして、ディアちゃんがお持ち帰り用の箱を持ってきてくれた。
「確かに受け取った。それから貴様に任せる仕事についてだが」
「どんとこいだよ。私も自信がついてきたからね」
ううむ。ディアちゃんに依頼を任せるとして、何を任せようか。
「エーレンフリート。貴様、何か必要なものはあるか?」
「私めでございますか?」
私が尋ねるのにエーレンフリート君がちょっと驚いた表情を浮かべる。
「そ、その、できればこのような甘き誘惑を味わってみたくあります。この小娘に陛下を満足させられるようなものが作れるかは疑問ではありますが」
エーレンフリート君はスイーツ男子か。ちょっと好感が湧いてきたぞ。
「これ以外に作れるものはあるのか?」
「うんとね。アップルパイとか、チョコレートケーキとか、チーズケーキと、後はチョコレートクッキーとかかな」
序盤に手に入るお菓子系のレシピは網羅しているね。もっとレシピが手に入るとアイスクリームとかプリンとか作れるようになるんだ。
序盤の錬金術店は錬金術店というよりもお菓子屋さんで、それが貴重な収入源になる。ポーションも売れるんだけど、購入先がジークさんと自警団の皆さんたちだけになるからなあ。まあ、利益が高く、経験値が溜まるのはポーションの方なんだけど。
「エーレンフリートよ。好きなものを望むがいい。褒美だ」
「恐れ多きお言葉ありがたく思います。では、アップルパイというものを……」
イケメンはいいよね。スイーツ食べてても様になるもん。
「では、ディアよ。アップルパイを貴様に依頼するとしよう。私の満足できるものを作れ。不十分なものは受け取らぬ」
ディアちゃん、頑張ってアップルパイ作ってねと言いました。
「任せといて。お菓子作るのは得意なんだ」
お菓子だけじゃなくて装備とかも作らないとダメだよ?
「陛下。お言葉でありますが、褒美を取らせるとなれば他の者にも与えねば不公平となりましょう。私だけに褒美を与えては、他の3名はあまりいい気分にはならぬかと」
「私に対して歯向かう可能性があるというわけか?」
「そのようなことは、決して。ですが、我らが結束のためには不和を生じさせぬ方がよろしいかと。イッセンなどは気にしないでしょうが、ベアトリスクはそのような細かいことを気にする女であります故」
そうだよね。みんな、ミーナちゃんの紹介でお仕事しているわけだし、ここでエーレンフリート君だけご褒美上げてたら、他の子はいい気分しないよね。
「よかろう。他の者にも意見を聞いてみるとしよう。ではな、ディア」
「また来てね!」
私たちはとりあえずディアちゃんに別れを告げて、錬金術店を出る。
「九尾は大衆食堂で働いているのであったな」
「はっ。案内は私めにお任せを」
エーレンフリート君がエスコートしてくれるそうなのでお任せする。
しかし、エーレンフリート君のようなイケメンと私が一緒に歩いているというのはちょっと緊張してくる。さっきまではディアちゃんがいたけど、今はエーレンフリート君とふたりっきりだ。残念ではあるんだけど、エーレンフリート君って本当にイケメンでカッコいいし、私なんかが一緒にいていいのだろうか。
「どうかされましたか、陛下?」
「なんでもない」
内心どきどきだけど、これからひとつ屋根の下で暮らしていくわけなのだから慣れなくては。中身はポンコツだし、外面がいいだけだ。落ち着くんだ、私。
ふー。はー。よし、落ち着いた。
「大衆食堂というのはこの街にひとつだけだったな?」
「はい。随分と寂れた街です。征服する価値すらないでしょう」
まあ、普通のゲームの世界ならお店は普通ひとつずつだよ。何軒も食堂や宿屋がある街や、武器屋、防具屋が乱立して価格競争を行っているなんてのは、よっぽどそういうのに凝ったゲームじゃない限りないだろう。
まして、このゲーム『クラウディアと錬金術の秘宝』は街を発展させていく要素を含んだゲームだ。最初から街が盛り上がっていてはゲームにならない。
とは言っても、いくら街を発展させても大衆食堂のグレードが上がるだけで、お店の数は増えなかった気がしなくもないのだけど……。
「ここです、陛下」
「うむ」
何というか、寂れた街の寂れた大衆食堂って感じだ。
大衆食堂“紅葉亭”。
ゲームにも出てきた大衆食堂だ。
切り盛りしているのは代々このドーフェル市で大衆食堂を営んできたハインツ・ハルダーと息子のヘルマン・ハルダーである。奥さんは流行り病で亡くなったらしい。
当初はメニューもシチューとパンのみというやる気のなさすぎる代物だが、ディアちゃんが投資したり、新メニューを開発したりすることによって発展していく。中盤まで進めば、ここで食事して探索パートに向かうとステータスボーナスがつくようになる。これって絶対に某人気モンスターハンティング・アクションゲームの設定を真似したよね?
だが、今は寂れている。街が発展するとこの大衆食堂も活気に満ちるのだが、今は常連さんが数名いる程度のようだ。看板の文字すらもかすれている。
「邪魔するぞ」
私はエーレンフリート君に扉を開けてもらい中に入る。
「おや。いらっしゃいですのじゃ、主様」
そして、そこで九尾ちゃんが私たちを出迎えてくれた。
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