ボッチ、雷鳴の中、死す
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──ボッチ、雷鳴にて死す
いつから自分がボッチだったかなど考えたくもなかった。
だが、現実を直視するならば私は小学生の時からボッチだ。
私は生まれつき視力が悪く、分厚いレンズの、それもおじさんが付けているような可愛げのない眼鏡をかけていた。小学生というのは残酷なもので、自分たちと違う人間がいると意図的に排除しようとする。
私はその眼鏡という違いのせいで皆に溶け込めなかった。
中学に入ってからは思い切ってコンタクトレンズに変えたのだが、その時には既に手遅れだった。人との接し方の分からない私が友達の輪に入れることはなく、そして私は出会ってならないものにであってしまったのだ。
それは──オタク趣味。
ゲーム、漫画、アニメ。日本にはこれでもかというぐらいにオタク趣味の沼に引き摺り込もうとするトラップが用意されているのだ。そして、私はうっかりとその沼に足を踏み入れてしまった。それからは落ちるがままだ。
ゲームの中なら、漫画の中なら、アニメの中なら、そういう架空の世界ならば孤独は紛らわされる。それで私は満たされてしまった。
SNSもやらず、ネットの掲示板も見ず、ただただ孤独を感じなくするためだけに私はオタク趣味に没頭した。気づいたときには高校3年生で、それまで出来た友達は見事にゼロであったわけだ。
そして、受験には無事に成功して大学に入ったのだが……。
「はあ……。友達欲しい……」
大学でひとり暮らしを始めると孤独感に悩まされる。
家族との何気ない会話にどれほどの力があったのかと思わされる。失って初めて分かる大切さとはまさにこういうことをいうのだろう。
大学でも友達はできず、ネットにすらも友達はおらず、私の心は空しくなるばかり。今更ネトゲとか初めても他人と交われる気がしないし、ネット掲示板は昔から殺伐とした場所だって認識だし、私を受け入れてくれる人たちも場所もない……。
「せめてサークルか何かに入っていれば……」
大学には漫画研究会とかそういうサブカルチャー系のサークルもあったのだが、物おじして結局は入れなかった。そういうサークルに入っていれば、同好の士と話ができたかもしれないのに。どうして私はこうまでボッチの道を選んでいるんだろう。
別に人が怖いわけではないのだ。ただ、染み付いてしまっているボッチとしての性根が人とのコミュニケーションを避けさせているのだ。他人と深くかかわってしまうと、自分のダメな点が露になってしまうのではないかと。
分厚いレンズの眼鏡をかけていた時代のように自分にコンプレックスがある。そういうのが適切なのだろう。眼鏡のせいで除け者にされたときのトラウマかなあ……。
今はコンタクトだし、ナノマシンによる視力回復手術だってバイトして受けたし、今の私は別に何かで劣っているはずはないと思うのだけれど。そりゃあ、美女かどうかで言われれば、微妙なラインの顔立ちではあるけれどもさ。
「それにしても今日はやな天気だなあ」
雨はざあざあ。雷ごろごろ。
それでも大学は休講にはならないから、傘を差して出かけているのだけれど。
はあ。天気まで憂鬱だなんて、やってられな──。
ピカッと空が光った。
次の瞬間、私の体に衝撃が走る。
落雷だ!
周囲の人が悲鳴を上げている。私自身はぴくりとも動けない。
ああ。なんてことだ。ボッチのまま死んでしまうだなんて……。
できれば友達のひとりぐらいは欲しかったなあ……。
来世があるなら友達がたくさん……。
わたしのじんせいはこれでおわってしまった……。
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「──下! 陛下!」
青年の急かすような声が聞こえる。
「ベアト! 治癒の魔術はどうなっている!」
「もうかけたわよ、エーレン。あなた、ちょっとは落ち着きなさい。我らが陛下があの程度の傷でどうこうなるわけがないでしょう。騒ぎすぎよ」
「だが、万が一のことがあっては……!」
あれ? ひょっとして私、助かった?
落雷って案外死ぬ人少ないのかな。でも、全身こんがり焼けていたら嫌だなあ。ナノマシンとiPS細胞治療を受ければ、重度の火傷を負っても大丈夫ってテレビで見たけれど、リハビリは地獄の特訓みたいだったし。
「そうじゃ。こういうときに妾たちが騒いでどうなるというのじゃ。我らは主様にお仕えするのみ。主様がこれで立ち直らぬならばそれまでよ。妾は主様を信じているので、これしきのことでどうこうなるとは思っておらぬがな」
「……我らが主は既に目を覚ましておられる、エーレン」
あれ? なんか子供の声がする? 病院に子供?
私はゆっくりと目を開いた。
「おお。お目覚めになられましたか、マイマスター」
青年の嬉しそうな声が響く。
「……はて」
目の前にいるのは美男美女──それから狐耳少女。
いや。ここ病院だよね? 何なのこの珍妙極まりないご一行は?
ひとりは青年。だけど、白衣を着ているわけでも、お医者さんが着ているようなスクラブを纏っているわけでもない。何というか前に歴史の授業で見た帝政ドイツの軍服のような、威圧感ある服装を身に纏っている。それ以上に視線が怖い。どういうわけだか、目がハートになってる。
ひとりは妙齢のお姉さん。だけれども、この人も白衣を着ているわけではない。何というか、コルセットをびしっと決めて、非常にタイトなスカートと上着を身に着けていらっしゃる。これで鞭でも持ってたら怪しいお店の従業員さんだ。
ひとりはおじ様。この人も白衣を着ていない。彫刻のように微動だにしないその表情は目を瞑っており、沈黙している。だが、その腰にはどう考えてもコスプレじゃなければ銃刀法違反の刀剣が存在しているのですが。
そして、最後。狐耳少女。
うん。サブカルチャーではよく見たよ。こういうキャラはいっぱいいるよね。大抵は巫女服の場合が多いけれど、この子はチャイナドレス。それもスリットがかなり攻めてる。コスプレイヤーにしては幼すぎるし、親御さんの趣味かな? 自分の子にこんなきわどいドレス着せる親御さんの頭が心配だよ。
「マイマスター。心配しておりました。あなたは依然として人の身。どのようなことが起きようかとこのエーレンフリートめは心配して──」
「静まれ」
ちょっと落ち着いてくださいと言うつもりが、どういうわけか捻くれた。
「はっ」
私がそう告げると、4名の男女が一斉に膝を突いて頭を下げる。
「何が起きた?」
何が起きたんですかと言うつもりが、どういうわけか捻くれた。
「陛下にあられましては昨日階段から転倒され、一時的に意識を失っておられました。ベアトが即座に治癒魔術を施し、ここに運ばせていただいた次第です」
「ふむ」
あれ? 私って落雷にやられたんじゃないの? 階段なんてあそこにあったかな?
……というか、よくよく見るとこの4名の顔に既視感を覚える。
どこかで見たような……。
「貴様ら。少し聞け」
あなた方、ちょっとお願いできないでしょうかと言うつもりが、どういうわけか捻くれた。さっきから私の言語野は反抗期に突入している。これも落雷、または階段からの転倒による後遺症なのだろうか。
「何でありましょうか、陛下」
「ひとりずつ名を述べよ」
私がそう告げると軍服姿の青年がやや驚いた表情を浮かべた。
「まさか記憶に障害が……?」
「名を述べよと申したのだ」
とりあえず名前を教えてくださいと言うつもりが、やはり捻くれた。
「はっ。申し訳ありません。私の名はエーレンフリート・デア・フリートランデル。陛下の忠実な兵であります」
青年がそう告げて頭を下げる。
「私はベアトリスク・バートリ。同じく陛下の忠実なしもべですわ」
次にお姉さんがそう告げる。
「……イッセン・リヒテナウアー」
おじ様は短く一言。
「妾は九尾妖狐。主様、顔色が優れぬようですが、大丈夫ですかの?」
最後に狐耳少女が告げて、私は全てを思い出した。
これって私が中学時代に嵌ってプレイしてたゲームのキャラだー!
タイトルは確か『クラウディアと錬金術の秘宝』。主人公は錬金術師の女の子で、お店を経営しながらダンジョンを攻略したり、男女構わず仲良くなったり、お店のある寂れた街を再興したりとやること満点なボリュームあるゲームだった。
そんなやり甲斐のあった良ゲーに彼らは登場するのだ。
……魔王の側近として。
私は眩暈を覚えながらも、近くにあった鏡を覗き込んだ。
そこにはお世辞にも目つきがいいとは言えない顔立ちの、血のように赤い瞳にくすんだアッシュブロンドの少女が映っていた。
それは魔王ルドヴィカ・マリア・フォン・エスターライヒに他ならなかった。
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本日は7話連続更新です。