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プロローグ2


あぁ、やっとだついにこの時が。


俺は目の前の看板を今一度見つめる。


『トラットリア 白梟の止まり木亭』

更にここからは見えないが離れには『バール ヘルバ』がある。


目の前の看板の上には店名にも出てくる白い梟のメイビスが止まっている。

顔を少しだけ反時計回りに傾けて俺に目線をやっている。

相も変わらず()いやつだ。


看板の下にある入口、その脇には色とりどりの花や樹木が置かれている。

その中のいくつかには開店を祝う言葉が書かれた板が差し込まれている。


そうだ、やっとこの店がオープンするんだ。

森の中とはいえ、それなりに都心に近くてこの広さを持つ土地は見つけるのも一苦労だったが金もかなりかかった。

店自体も冷蔵、冷凍室や設備に外観と結構な時間と金をつぎ込んだ。

足場もいいとは言えなかったから完成まで予想以上の時間がかかった。

仕入れも馴染みんとこから新規で海外に直で話つけた所まで、ハーブ系統の大部分は自前の農園で栽培した。

結構色んな所に手出ししたから首がまわらなくなるかもと思いもしたが……ほんとよく出来た仲間達だよな。

マジであいつらには感謝しかねぇ。

調子乗るから普段は絶対言ったりしないけど、今日ぐらいは飲み交わして伝えた方がいいか。

あぁ、その前に挨拶で軽く言わなきゃな。


支配人(ディレットーレ)

感傷に浸っていたと思ったら急に寒気のするような笑みを浮かべたところ悪いが、そろそろ時間だ。

さっさと来いよ、お前がいなきゃはじまらないだろ」


そんな事を考えていたら目の前の入口からイタリアと日本のハーフのちっこい茶髪が出てきた。


「俺の笑い顔は普通だと思うぜ。

…しっかしそのまわりくどい減らず口も今日は愛おしく思えるんだから不思議なもんだ」


「ふむ、アルコールが入ってないお前に口説かれるのは初めてだなぁ」


「お前なぁ」


「ふふ、はやくしろよ。

もう食前酒(アペリティーヴォ)のグラスが行き渡る頃だ」


「へいへい」


男勝りで尊大なその小柄な女はそんな口調で扉を開き手を差し出してくる。

口調は雑っぽいがエスコートの動きは完璧だ。

そういうちょっとした気づかいやらなんやらが自然にできるから後輩の女子によく好かれるのだ。


中に入ると新築の木の匂いもするがそれ以上にテーブルに並んだパスタの小麦やオイル、クリームやバターの匂い、自家製のスパイスやハーブをかなり利かせたサラミを炙ったあまい脂と香ばしく、そして爽やかな食欲をそそる匂い、そして何よりワインの心地よい重厚な香りが真新しく華やかな明るさのある店内を優しく、しかし大胆に包み込んでいる。

スプマンテが人気かな?

銘は……おうおう、だいぶいろんなの開けてるな。

ああ、用意しといたサングリアとカクテルもさばけてるね。

未成年組は…ミントやニワトコのシロップのスパークリング、ベルガモットのジュースも人気だね。

ノンアルカクテルの奴らもいるな。まあいいけど。

お、まだ悩んでるのもいるな。

俺はキレッキレの度数高めで陰干し微発泡のスプマンテだ。


全員にグラスが行き渡ったのを見てホールにある小さなステージに立つ。

みんなの視線がこちらに集中する。

いつもなら美味い酒と飯の前だ、言葉など要らん、という所だが今日ばかりはそうもいかない。

いや、子供達はそれを期待してるのが目に見えるがね。

ふふ、まぁいいか。


「やっと今日、この店、トラットリア 白梟の止まり木が始まる。

本当にみんなのおかげだ、ありがとう」


おめでとう、これからだろ、バールを忘れんなよ、お腹空いた、等など言葉が拍手と歓声の中から俺の耳に届く。


「一人一人に言いたいことがあるが、それは後で個々にしようか。

さあ、採算度外視の今日だけの料理を用意したよ。

ここにはいないが父上の料理にも引けを取らないだろう。

無くなったら明日の営業の食材が足りなくなっても作ってやるから存分に食って飲んで騒いでくれ。

あ、店は壊すなよ、いや、お前らほんとマジで壊しかねないからな。

ふふ、さあそれじゃあ……乾杯!」


父上に引けを取らないってところで大きく出たなと言われたり、店の破壊のくだりで笑ってる奴らや苦笑してるのがいるがこれでいいだろう。


グラスを高く掲げる。

みんなも笑ってそれに倣う。

本当に、ここまで、ここまで来たんだな。

やっばっ、涙出そうだわ。


誤魔化すように目を閉じ陰干しで糖度を高めてから発酵させた辛口の発泡酒を喉に通す。


冷たい、熱い。

あぁ舌に痺れを感じるようだ、美味い。

染み渡っていく、最高だ。

体が芯から熱を持つ。

今夜は酔いがまわるのが早そうだ。

あー、涙で目頭も熱い…うん?

ちょっと暑すぎない?


潤んだ目を拭うと目の前がはっきりと見えた。

床から吹き上がる紅の炎に呼応し舞い上がる火の粉。


周りの奴らも驚き戸惑いながらもしっかり距離を取っている。

慌てて狂乱してる奴はいないな。

流石だな、皆。

しっかしこの火は火事とかではない。

こんな火の上がり方はありえないし、もっと言うとこんな下手なフランベだったりカリウムの炎色反応のような真紅の炎が出てくるはずがない。

なんだこの不自然すぎる火はよぉ。

全くふざけんなよ俺達の店の燃やしやがって。

まぁ、それより怪我したやつはいねぇか?


え、マシューが火の中に?

くっそっ、火の色で見えなかった。

すぐ助けなきゃ。


その時俺の後ろで爆発音が聞こえた。

振り返った、振り返ってしまった。

爆風に鼻や喉をやられた。

もっと言うと目や肺まで痛い。

ちくしょう、戦場の勘やらなんならが鈍ってやがるな。

それに飛ばされ吹き上がっていた炎の中に突っ込んじまった。

受け身はギリギリだが取れたので背中を変に打ち付けはしなかったがヤバい。

一体どうしたってんだ。


ステージの後ろには予備のテーブルや幾つかのインテリアとかホールの内装関係のものが詰まっていたはずだ。

間違ってもちょっとした火の気で爆発するものは置いていない。

だいたい人が4、5メートル吹っ飛ぶ威力のはそう簡単には起こらん。

他の奴らは大丈夫か?

子供達は?


痛みを押し退け思考すれば今度は気持ち悪い浮遊感と冷たい空気におそわれる。


おいおいなんなんだよ。

しかも体に力が入らねぇ。

うっわ、意識も薄くなってくる。

どうしたってんだよ。

……これが死ぬってことかよ。

何が何だかよくわからねぇが、

ようやく店が…できたってのによう……

あぁもう…駄目だな。

父上……

あとは頼みます。

最後まで迷惑かけました…

すみません…


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