チート美女。
かつて「半年後に両家お顔合わせ」をするカップルを前にして、私は同僚で姉貴分(※職歴は私の方が長いが、相手の方が年上)の女性Wさんに言いました。
「半年後に結婚ならわかりますけど、お顔合わせって……。どちらかのご両親が海外にいらっしゃるとか、何かご事情があるのでしょうか。半年後なんて何が起きているかもわからないのに、結婚する気があるならお顔合わせはもっと前倒しでも良いような気がするんですが」
Wさんはとても優しく言いました。
「人間には計画性というものがあります。明日死ぬかもしれないからとお金を使い切る生活をしていたら、家なんかいつまでも買えないですよね。でも、いつかああしよう、こうしようという夢や希望の為に人は貯金ができるんです。半年後にお顔合わせ、良いじゃないですか。あの方々の中の、何らかの計画に沿った行動なんですよ」
「なるほどなるほど」
「まひさん(私です)が『なるほどなるほど』って言うときは聞き流しているときですよね」
「いえ、大変感心して聞いてました。Wさんいつか家を買うつもりだったんですね」
「それはまあいいです。そんなまひさんには、何もかも段取りを整えて『明日結婚しようと思えばできるんですけど、結婚しましょう』と言ってくれる男性が現れますよ」
「わーすごい良いですねそれ」
そんな会話から一年か二年経過していたでしょうか。
ついに相談をもちかけることになりました。
「あの、Wさん。『明日結婚しよう』って男性が現れたんですけど、困ったことがあるのでご協力いただけますか?」
*
絵師100人展といえばわかる方は時期も含めてぴんと来ると思うのですが、私が夫と出会ったのはその頃です。
その後時間をなんとかやりくりして母の日に会った記憶があります。休日はカレンダー通りに動いていないので、お互いの仕事終わりの時間をすり合わせて待ち合わせをしたのですが、夫が「花屋に花を頼んでいたのを忘れてました。仕事帰りに急いで引き取って母に渡したのでこれから向かいます」など律儀に連絡をくれた覚えがあります。
ところでその次の待ち合わせで、早くも夫の実家に行き、お母さまに会うことになりました。
ちなみに、初めてお互いの休みが合って朝から一日デートできたのが6月に入ってからですが、5月中にお父様にもお会いしております。だったはず、確か。
さておき、私はとにかく休みがなかったので、実家訪問の手土産の確保もままならぬ状況でした。
そこで前述のWさんにお願いをしたのでした。
「手土産はどうしてもツッカベッカライカヌヤマのクッキーを用意したいです。買いに行って私に渡せますか」
当時私は別の事業所に異動していましたが、そちらの方がより時間的に余裕がないのをよくご存じだったWさんは、二つ返事で引き受けてくれました。
「承知しました。命に代えてもやり遂げます」
イイ人過ぎるから。
*
Wさんという方は、会った人が「今日はいいことあったな」と思うレベルの美女です。
休日はジムとゴルフの打ちっぱなし、ランチは焼肉、英語の個人レッスンを受けて、夜は自宅でヨガ。
そんな生活でしたので体脂肪率は一桁という引き締まった体つきでしたし、もともと外資系の会社で仕事でも英語を使っていたので、発音の美しいバイリンガルでした。
「昔の知り合いに会った時に、あらあの人普通のおばさんになったのね、って言われるのが嫌なの」
という美意識が爪の先まで行き渡っている美女です。
ずっと外国人の方々と働いていたことも関係しているのかもしれませんが、「どこか日本人離れしている」という印象を抱かせる人でもあります。
なので、親しくなるまでは「得体の知れないいけすかない女」と思っている人もいました。
たとえば、みんなで彼女の入社後初めて飲みに行った際(歓迎会の次の回)に「割り勘、一人三千円だよー」と清算時に言われて「あら私細かいお金がなかったわ。今度ランチで返すわね」などと言ってしらっとしているのです。
初めてなので、どういう金払いの人かもわからないですし「えええ……支払い方法決めるのそっちなの……? まず払いなよ……!」と一般人を動揺させてくれます。
が、しかし「ランチで返す」などこの人は完全に本気で言っているので、「ねえ、来週のシフトでお休みが一緒の日があるみたいだけどランチに行きません? 予約しておくわ」など全員個別に誘い出し、支払い金額の軽く倍くらいのホテルのランチなどを予約しておいてきっちりエスコート、もちろん気付かれないうちに会計を済ますくらいの手際の良さです。
一事が万事その調子。ホスピタリティが図抜けて高いので「こういう件で動いてください」と平にお願いすると「命に代えても」となるわけです。
特に、「Wさんの予言通りの男性が現れてしまいました、結婚しそうです」と私が言ったからには「そんな大事なことに私を関わらせてくれてありがとう!!!」の勢いです。もうやだ私すげー好きあの人。
ちなみにこの時は私もやりくりして、なんとか仕事の合間に自分でツッカベッカライカヌヤマに行けたのですが、Wさんも「せっかくなので」と同行し、手土産のクッキーを購入する私の横で何やらいっぱい買っていました。
それ、一つは会社の同僚たちへの差し入れで、残りは全部私への贈答用だったのですよ。
「だって、結婚相手の親御さんに渡すなら絶対ここのお菓子って決めてるくらい好きなんでしょ? あなたへの贈り物としては間違いないかなと思って。あなたにいいことがあって、私もすごく嬉しいの」
何あの人すげー好き。
*
好きついでにこの人がどれだけの美女なのか追記しておきたい。
ある日、Wさんのおうちに遊びに行くことになった。
Wさんと休日を過ごすとまず完璧なデートコースを組まれているので、最後は夜の横浜の海でクルージング(で、いいの? なんか船とか乗るのよ)……という感じで決めてくるのだが、その日は私が「頂き物のヴーヴクリコがあるので飲みませんか」と言って、Wさんの自宅で晩御飯ということになった。
Wさんの部屋は美意識の高いミニマリストという感じで、最小限の持ち物の中に植物とアートが配置されている。最小限だけど、ダイニングテーブル&チェアがあって床にべたっと座る生活はしていないんだなというのがわかる。
しかも、私なんぞは
「最近、テーブルとイスを買ったんですよ」と後輩に言おうものなら、
「どなたかお部屋に通う方でも?」なんて冷やかされて、
「いえ、一人用のテーブルに一人掛けの椅子を一脚ですね」
と色気絶無の答えしかできないというのに、Wさんのおうちには椅子が二脚あるのである。さすが。
夕方に駅で待ち合わせて、「最近好きなパン屋さんがあるんです」というWさんがローストビーフとサーモンの二種のクロワッサンサンドを買って適当に紙で包んでもらい、二人でぶらぶらとWさんのマンションへ。
フランス人上司の元でケータリングの仕事をしていたこともある彼女は料理が抜群に上手いので、何もせずに待つ。部屋は控えめな間接照明で、出窓にセピア色の写真がいくつかあるのがぼんやり見えた。
彼女もそのことに気付いたのか、「それはそこに写っている人から頂いたんです」という。
それはある日の出勤時のこと。
駅で急いで歩いていた彼女は、鞄を落としてコスメをぶちまけてしまうという、大変ついていないことがあったという。慌ててしゃがむと、通りすがりの男性が手伝ってくれて、なんとか拾い集めることができた。お礼を言ってから、一目散に改札を抜けて、電車に乗る。混みあっていたが同時に乗った男性がかばうように空間を作ってくれて、ほっと一息をついたところで、
「あの、さっきの人だよね」
と言われて見上げると、先程落とし物を拾うのを手伝ってくれた背の高い男性が。
「ありがとうございました」
お礼を言うと、
「リップが一本残っていて、渡そうと思って」
と差し出しながら男性は彼女をじっと見て一言。
「どこかで会ったことない?」
長身で眉目秀麗でどこか軽薄そうな印象の男性を前に、彼女は
(うーん、私の地元は湘南だしヤンキーだらけだったから、こういう人いそう。絶対知らないとは言い切れない)
と思ったそうで「もしかしたら」と答えたそうです。
すると男性は名刺を渡して「その名前で検索するとフェイスブックのアカウントがあるから、連絡して」と言いながら次の駅で降りて行ったと。
ひとめぼれじゃん、それ。
「面白いでしょ。モデルなんだって。自分の写ってる写真たくさんくれたんだけど。これって小説のネタになる?」
と、言われた私は、彼女の用意した食前酒を飲みながら、
「なんないですね。作り話っぽすぎて、何書いてんだこいつって思われますよそんなの」
と答えたので当然小説のネタになどしないし私の書くものにそんなシーンはありません。
どこまでも完璧な彼女ですが、身体にいいものや新しいものも大好きなのでたまに妙なものに手を出します。
私と彼女で同時にノロウィルスに感染したときなど、
「逆立ちしながらコーヒー浣腸したらすぐにウイルス出たような気がするんです。それ用のコーヒーお分けしますか?」
と、誘われましたが、まず逆立ちができないので丁重にお断りしました。
コーヒーなんちゃらもそのときだけの流行りだったと思います。今はきっと何か違うことを……
さて脱線しましたが、そんなわけで私のハイペース結婚計画は「その男やばくない?」などと言い出す人もおらず、むしろやけに後押しをする親切な人の手も借りて粛々と進んだのでした。
この、なんの参考にもならない婚活話、続く?
汐の音さまリクエスト回。