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3話 藤咲家当主

 手入れの行き届いた日本庭園で二人の少年が寄り添いあっている。

 一人は奇妙な出で立ちをした少年。栗色の髪は二房だけ長く、無邪気を映し出す丸い瞳は狐色だ。

 もう一人は藍色の髪を短く切り揃えた少年だ。泣き黒子が印象的な顔立ちには、人を安心させる笑顔が浮かべられている。


「筋がいいね」


 今は、二人は術の訓練をしている。


 ――好きにしてください。


 そう言われて以来、霞はほぼ毎日のように藤咲家に来ている。最近では、妖退治に同行することも増えた。桜が特に言わないので、真砂と焔も黙認している。

 とはいえ、霞は妖を引き寄せやすい体質。妖退治の現場に同行するのであれば、初歩的な術は使えた方がいいと、真砂が桜へ進言したのだ。

 言い出しっぺというところで、術を教える役目は真砂に一任された。


 焔は術の扱いが、桜は人にものを教えるのが、それぞれ苦手なので妥当な判断と言ったことだろう。霞とは気が合うので、楽しみながら教えさせてもらっている。

 霞は元々の霊力が多く、術を扱うセンスも高いため、ほんの数日で当初の目的は果たしつつある。


 ただ――。


「わっ」


 制御下を離れた水の塊が弾け、二人の上に降りかかる。

 飛沫が陽光を受けて輝く光景を、霞は苦い顔で見つめている。この幻想的な光景を見るのも何度目だろうか。


「うーん。結界や治癒系の術は完璧なのになー。なんで、攻撃系は全然ダメなんだろう? かすみんの霊力と相性悪いのかな」


 霊力には術を扱うための相性というものがある。相性が悪ければ、どれだけ修練を積もうともその術を扱うことはできない。

 実力者であれば、その人の霊力を見ただけで相性のいい術の系統が分かるらしい。生憎、真砂はそんな能力を持ち合わせていない。


「さくちゃんなら分かるかな」


 桜が誰かの霊力を見分している姿を見たことは一度してない。見たことはないが、できないことはないだろう。


 何せ、あの桜だ。藤咲家始まって以来の天才。当代一の妖退治屋と目される女性。

 妖術関係でできないことを探す方が難しい。


「そういえば呼び出されていたみたいだけど、何かあったの?」

「んー、ああ、あれねー」


 修行を始めるほんの数分前、桜は藤咲家現当主に呼び出された。本当なら真砂もついて行きたかったけれど、霞の修行があるので焔に託した次第である。

 離れていても、桜周辺の状況はなんとなく分かるので問題はない。


「天才ってのは疎まれるのが世の常なのさ。さくちゃんは世渡りとか得意なタイプじゃないから尚更、ね。特に最近は、部外者を無断で屋敷に招いたりもしてるからねー」

「……もしかして僕のせい?」


 桜に会いたいという己の欲望に従った結果、彼女に迷惑をかけてしまっていたのだろうか。

 もしも、自分が藤咲家を訪れることで桜が困るのならば、会いに来るべきではないのかもしれない。


「かすみんが気にすることじゃないよ? 遅かれ早かれ、呼び出されていただろうし」


 桜が呼び出された理由を、真砂は知っている。それは桜の周辺の声に集中しなくても、ずっと前から知ってることだ。

 いつかは向き合わなければいけない問題。優秀さだからこそ、その問題は付きまとう。


 桜はどういう結論を出したのだろうか。

 傍にいないからこそ答えが気になって意識を集中させようとした真砂は目を丸くする。ひょこりと振り向いた真砂は視線の先に桜の姿を見つける。


「さくちゃん! 話は終わったの?」

「菖蒲様と術比べをすることになりました」


 簡潔な結果報告に真砂は「そっか」とついに決断したらしい桜に満面の笑みを浮かべてみせる。


「術比べってのは……」

「簡単にいえば、術者が互いの実力を見せ合うこと、かな。藤咲家は実力主義。術比べで当主に勝った方が次の当主になるんだよ。ま、藤咲家直系の女性に限定されてるんだけどね」


 そして、桜が対決することになった菖蒲は現当主である女性。術比べに桜が勝てば、晴れて当主の座を得ることができる。

 それが桜にとっていい結果を生むのかまでは真砂には分からない。できるならいい結果だといいな、と思うだけだ。


「しっかし、ご当主さんがさくちゃんとの術比べを受けるなんてね。もうちょっと渋るかと思ってたよ」

 〈断れば、逃げたと思われて周囲からの評価が揺らぐ。桜を当主にしたがってる奴らがここぞとばかりに突いてくるのは分かりきっているからな。どうせ当主の座を譲るなら、心証がよくなる方を選ぶってもんだ〉


 今まで菖蒲が当主でいられたのは桜にやる気がなかっただけに過ぎない。今だって当主になる気はさらさらないものの、霞を自由に出入りさせるには当主になった方が楽とでも考えているのだろう。桜はそういう人間だ。


 面倒だからと、霞の出入りを禁止にしないくらいに彼のことを気に入っているらしい。その事実に気付いた真砂は小さく笑んだ。


 霞に出会ってから、少しずつ感情豊かになっていく桜。嬉しくて、こそばゆくてたまらない。

 いつか、桜の笑顔を見ることができるだろうか。花が満開に咲き誇るように、零れ落ちる彼女の笑顔を。


「で、日取りは? 」

「明日です」

「それはまた……随分と急な話だね。まー、早い方がいいのかな。別に時間がかかることでもないしね」


 術比べに必要なものは術者だけ。互いに心の準備があれば、すぐにでも始められる。

 今回は当主が代わる可能性がある対決なので、わざわざ別日にしたのだろう。可能性もなにも、桜がやる気をみせた時点で勝敗は決している。




 そうして訪れる術比べの日。現当主、藤咲菖蒲の部屋では二人の人物が向かい合っている。


 一人は四十代ほどの女性。白髪まじりの黒髪をきっちりを結い上げており、黒瞳は鋭くつり上がっている。洗練された空気は息苦しく、近くにいるだけで自然と背筋が伸びる。


 向かい合うのは若い女性。艶やかな黒髪を、紺色の着物を纏う背中に流している。涼しげな瞳は黒で、ただ真っ直ぐに前だけを見ている。


「ルール説明を行います」


 菖蒲の側近を務める女性が淡々と今回の術比べのルールを説明していく。

 曰く。互いに張った結界を先に壊せた方が勝者となる。使用できる術は、生成と制御のみで複雑な術式の使用は禁止。純粋な意味での力比べだ。


「それでは、始め!」


 合図とともに、透明な障壁が築かれる。と同時に霊力の塊が菖蒲の掌から放たれる。

 術比べを見守る人々が感嘆の息を零すほどに、洗練された一撃。高密度の霊力が情け容赦もなしに桜が築いた結界にぶつかる。

 これで結界が破れるとは思っていない。まずは皹を入れて、次の一手で壊す――。


「!」


 菖蒲の攻撃を受けた結界は皹を入れる目的を果たすどころか、びくともしていない。透明な障壁の奥に佇む女性は変わらず涼しい顔で、当然のように状況を受け入れている。


 そして。


 白い光が瞬いた。光の筋が残す余韻に浸るのも束の間、結界が破れる音が場に響き渡った。


「勝負あり、ですね」


 やはり当然のように状況を受け入れる桜はそれだけを告げて、早々に立ち上がる。

 周囲が静止を求める声を一瞥で黙らせ、部屋を後にする。一同の中から一人だけ、桜を追いかける影に真砂は気付いたが、笑みを浮かべただけで沈黙を守る。


「これでさくちゃんが藤咲家の当主になるのか。いやぁ、ずっと見守ってきた身としては感慨ものがあるね。うんうん」


 ようやく口を開いたのは、桜の自室を目の前にしたときだった。この場には桜と式の二人、そして霞しかいない。


 桜は我関せずな反応だ。我ながら面倒なことをしたとでも考えているのだろう。それでも役目を放棄することはないと真砂は知っている。

 もはや迷いなく読み取れる桜の感情に口角を上げ、真砂は霞と桜を順繰りに見る。


「かすみんも自由に出入りできるね」


 誰に言うでもなく言えば、霞は裏しげに笑い、桜は変わらず素知らぬ顔。その裏で喜んでいることが真砂には分かる。


 本当によかった。

 霞が桜を変えてくれる。あの時、霞と出会った日から感じていた確信が本当になった。


 無表情の中に紛れる笑顔。今は真砂にしか気付けない微細な変化が、のちに地獄のような結果を齎すことを真砂はまだ知らない。

 もし知っていたとしても、真砂は二人が出会ってくれて本当によかったと心から思うのだ。


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