星の野望
時系列は第3節最終話から約6年後
目を覚ましたとき、当たり前のように理解をした。胸をざわめかせる感覚があって、星は何気なく視線を向けた。
視線を向けた方角にあるのはとある人が寝ている部屋だ。
そこから漂う悲しい色に、星は敢えて笑みを浮かべた。愛らしい美貌ににっこりと子供の頃とまるで変わらない笑顔を浮かべた。
悲しい予感だけれど、悲しいものとして処理はしたくないという矜恃があった。大切なものを握った拳を胸にあてて小さく息を吐く。そうして星は起き上がった。
そこからの行動は迅速だ。手早く身支度を済ませて、傍付きの執事に声をかける。
「星司さんと優雅さんと武藤君、あと中口君と文月先輩もだね。今日中に顔を出すように連絡してもらえる?」
後は誰がいるだろうと考える。
星にはずっと考えていた一つの野望があって、それを叶えるために必要な人材を頭の中で思い描く。
兄に友人。他に彼の周りを彩った人たち。
星は彼の交友関係をすべて把握しているわけではない。彼の知り合いはとてもたくさんいてすべて把握することなど不可能だ。
それでも近しい人は絶対に呼びたいと思っていて、星が知り得る範囲で彼の世界を作る人々を思い浮かべていく。
「んー、紫苑ちゃんや八潮さんは悠君に頼んだ方が早いかなあ」
ああでも彼女はそれどころではないかもしれない。鬼の誰かに呼びに行ってもらった方がいいだろうか。
闇色の美しい女性は、星が絶対に呼びたい、呼ばなくてはダメだと思う人の一人だった。けれども頑なに連絡先を教えてくれないので呼び出す手段がないのである。
「あ、八潮さんにお願いしたらいいのかも」
八潮と連絡を取るのは簡単だ。門衛として寮暮らしをしているので、門衛の事務所に連絡を入れればいい。
八潮ならば紫苑の連絡先も知っているだろうし、ついでに星の知らない彼の関係者に連絡を取ってもらおう。
一通りの方針を決めて、星は部屋を出た。向かうのは子供部屋、彼との間にできた愛おしい子たちが眠っている場所をである。
昔は星が夏凛とともに使っていた部屋だ。成長し、個人の部屋を与えられてから長く空き部屋になっていた。
今は星と彼との子供の部屋となっている。
春野家は子供がある程度大きくなるまでは一緒の部屋で世話をしている。幼い子供は手がかかるので人手を纏める意味もあるが、それ以上に子供同士の繋がりを作りたいのだと星は思っている。
このやり方は父の代から引き継がれたもので、父は姉妹が仲良くあることを求めていたように思う。
両親とも、兄とも、引き離されるように育てられた父は寂しかったのかもしれない。
星も家族が仲が良い方が良いので父のやり方を採用している。父と一緒で彼も、家族の愛に飢えている人なので、血の繋がり以上の絆を、家族の中に作りたかった。
「奥様、おはようございます」
「うん、おはよう。入ってもいいかな」
「はい。紗雪様も起きていらっしゃいますのでどうぞこちらに」
使用人に案内されて足を踏み入れた部屋は何度来ても懐かしさが漂う。幼い頃の思い出を隅に追いやり、今のこの部屋の主へと目を向ける。
まだ早い時間だというのに完璧に身支度を整えた幼い少女。星と同じ金に近い琥珀色の髪を背中に流した齢四つの幼子だ。
年相応の顔立ちの中にどこか大人びた気配を感じさせるところは彼によく似ている。
春野紗雪。星と彼の娘は、こちらに気付くとすぐに晴れやかな表情を浮かべる。
「お母さま! おはようございます」
「うん、おはよう。さゆ」
丁寧にお辞儀をしてすぐ、紗雪は星に駆け寄ってくる。
大人びた部分と年相応の部分を上手く混ぜ合わせたような娘は、母親の前ではただ無邪気に笑う。
柔らかな頭を撫でながら、星は部屋の奥の方に向ける。そちらにはまだ眠っている愛し子がいる。
「おはよう、りお。まだ眠いだろうけどごめんね」
言いながら、眠る幼子を抱えあげる。急に体勢を変えられ、ぐずって身動ぎする子をあやす。
素直で良い子な幼子は母親の温もりにすぐに機嫌を直して身体を預ける。
ぱっちりとした目が星に似ているとよく言われる。けれど、星には彼に似ている部分の方が目に留まる。
春野璃桜。齢一歳の息子だ。
彼譲りの柔らかな黒髪と、まだ幼いながらに端正な顔立ちを持っている。
「今から三人でお父様のところに行こっか」
「お父さまのところ! きょうはいってもいいの!?」
愛らしい顔をきらきらと輝かせて紗雪は跳ねるように言った。晴れた笑顔は久しぶりに父に会えることを喜んでいることが窺える。
彼のことが大好きに育ってくれたことが何より嬉しい。
星は璃桜を抱え、紗雪と手を繋いで、彼の部屋へ向かう。
近付くにつれて廊下はしんと静まり返り、星の目には悲しい色が濃く映し出されていた。胸が締め付けられる感覚をただ笑顔で塗り潰す。
「……っ星様、来られたんですね」
ちょうど彼の部屋から出てきたばかりの悠と鉢合わせた。
普段の無邪気さは鳴りを潜め、元気のない瞳が星を見て、はっと息を飲む。
悠は特別な力を持っている。彼の主治医を名乗る悠はその特別な力で、誰よりも詳細に今の彼の状態を把握しているのだろう。
直感的に理解した星とは違い、覆せない現実の情報として理解している。
「星司さんたちにはりっくんに連絡してもらってるよ」
「……流石、星さんは仕事が早いですね」
「私の野望を叶えるのに必要なことだからね。それで紫苑ちゃんたちにも連絡を取りたいんだけど、悠君にお願いできるかな?」
「構いませんよ。ちょうど今、連絡しようと思っていたところですし……まあ、夜さんに限っていえば、こちらから言わなくても顔を出しそうですが」
「紫苑ちゃんは健が大好きだもんね」
星とは違うところで彼と繋がっている夜も、同じタイミングで気付いているかもしれない。
闇色の女性を思い浮かべた悠は今日初めて笑みを見せた。
「それでは僕は一旦失礼します。ゆっくり……ゆっくりお話してください」
「うん、ありがとう。また後でね」
空元気な悠とは対照的に満面の笑みをもって星は別れの言葉を告げる。
そうして改めて彼が寝る部屋の前に立った。
ノックをして返ってくるのは彼ではない青年の声だ。きっとまだ眠っているのだろうと扉を開けた。
「いらっしゃい。生憎と健はまだ寝ているだけどね」
肩を竦めて迎え入れるのは爽やかな印象の青年だ。紫紺の髪の隙間から生える二本の角が人間ではないことを教えてくれる。
代々春野家当主に仕えている鬼の一人、幻鬼だ。
幻鬼と奥に立っている陰鬼はこの部屋にいることが多い。護衛に近い立ち位置だろうか。
特に命令されているわけではなく、なんとなく放っておけないというのは幻鬼から聞いた話だ。
「相変わらず星は察しがいいね。いっそ怖いくらいだ」
「健のことだけだよ」
昔から彼、健のことだけは何でも手に取るように分かった。
彼が今何を考えているのか、好きなもの、嫌いなもの、弱点だってなんでも。何のために生きているのか、その先に何が待っているのかも全部、初めて会ったあの日から当たり前に理解していた。
健のことが分かるのは星にとって当たり前で、周囲から称賛されることが不思議なくらいだ。
今日のことだってその延長線。
星はベッドへと近付く。大人二、三人は寝られそうな大きなベッドに一人の青年が眠っている。
最近は寝顔ばかり見ている気がする青年の姿に、星はそっと笑みを深めた。
ただ眠っているだけなのに姿を見れば、愛おしさばかり溢れてくるのはなんでだろう。
好き。好き。愛してる。そんな感情ばかり星の胸を満たす。
「お父さま……っ」
星の手を離れて紗雪が彼の眠るベッドに駆け寄る。
彼に似て、賢いあの子もまた部屋に充満した悲しい色に気付いたようだ。今にも泣きそうに顔を歪めている。
星は慰めの言葉を言う代わりにただ娘の頭を撫でた。
「健、会いに来たよ」
小さなその声が届いたのか、彼の瞼が震える。
力なく閉じられていた瞼が持ち上げられ、隠されていた黒瞳と目が合った。
「ほ、し」
「うん。さゆとりおもいるよ」
「ん……」
緩慢な動きで持ち上げられた手が紗雪の頭を撫でる。もう指先を動かすことすら辛いだろうに本当に優しい見栄っ張りだ。
紗雪はそのことに気付いてか、健の負担を減らすようにさり気なく頭を寄せている。
「見ないうちに……おーきく、なったね」
「メイドから身長がのびたっていわれたんです」
「りおも大きくなったんだよー」
まだ半分眠った状態の璃桜の姿を見せてやれば、健は目元を和らげる。
健の顔は不思議と死期が近い人特有の陰りはなく、普段と変わらない様子に見える。
元々華奢で色白というのもあって、特別やつれた印象もない。
「子供の、成長ははやいね」
「健のこと追い抜くのもすぐかもね」
「それは……こまるなあ」
体質なんて言い張ってるが、健は自分が小柄なことを気にしている。
星の方が身長が高い時期もあってそのことを気にしているのがとても可愛かった。
今は子供たちに背を抜かされることを気にしていて、妙にかっこつけなところが可愛らしい。
「だいじょうぶです! お父さまはちっちゃくてもかっこいいから」
娘の慰めを聞いて複雑な表情を浮かべる健。いつもなら反論しているところだろうが、相手が相手だけに何も言えないといった感じだ。
その様子に笑い声を零す星を恨めしそうに見ている。
「ほんとーは、大人になるまで……いっしょに、いたかったけど…ごめんね」
「んーん、へいき……へいきです。お父さまがくれたものがたくさんあるから」
大きな瞳に涙を浮かべながらも、紗雪は健気に頭を振る。その小さな身体を後ろから抱きしめながら星もまた「大丈夫」と紡いだ。
「大丈夫だよ。私が健のことをいっぱい話すから大丈夫。それに健はずっと見守っててくれるでしょ?」
「そ、だね…」
この終わりは健にとって終わりではないことを星は知っている。
健は神様になったのだ。世界を見守る優しい神様に。
人間としての死を迎えても、ずっと長いときを生きて、ずっと世界を見守り続ける。それが分かっているからこのお別れも寂しくはなかった。
子供たちには星がたくさん健の話をするつもりだ。父親がいなくて寂しい思いは絶対にさせない。
そしていつか、ちゃんと理解できる年齢になったら神様になった健のことも話してあげようと思う。
「素敵な話ね。私も参加しようかしら」
美麗な声が耳に届いて後ろを向く。
妙齢の女性が立っていた。三十を前にしても衰えを知らない美貌を備えた傾国。
纏う闇色の衣装は昔よりも落ち着きのあるデザインで、それがより彼女の美しさを際立てていた。
「紫苑ちゃん、早いね」
星の言葉には答えず、夜はそのままベッドへ歩み寄る。彼女の素っ気ない態度はいつものことなので特に気にはならない。
「春野星も知らないような話、私ならいくらでも聞かせられるもの」
「こわい、な」
「心外な意見ね。愛しい貴方の子に無体は働かないわよ」
夜は星には冷たいが、その言葉通り子供たちには愛情深く接してくれる。
子供と一緒にいる姿はなかなか想像できない人なので意外な気もするけど、その姿を見ていたら妙に納得できる部分もある。なんだかんだ夜は面倒見がよくて、優しい人だから。
子供たちも夜にはとても懐いていて、いろいろ教えてもらっているみたいだ。
「健もそこは心配してないんと違う?」
苦い表情を見せる健に代わって言葉を挟んだのは金髪碧眼の男性だ。仕事中だったのか、門衛の制服を纏っている。
夜とともに来たらしい八潮は一歩離れた位置に立っている。
「あら、八潮も健と同じ意見なの? 貴方にまで信用されていないなんて寂しい話ね」
「信用云々で言われたら信用しとる方の話やと思うで」
健も八潮も夜のことを心から信用している。信頼もしているだろう。二人が苦い顔をしている理由を正しく理解しながら星は口を開く。
「健は照れ屋さんだからね」
要は自分の話を子供たちにされるのが恥ずかしいのだ。
健は愛するのが得意で、他者から愛されやすい性格をしているのに、他者から愛されることが苦手なのだ。
「てれてはないよ」
否定する声にお見通しだと笑いかければ、目を逸らされてしまった。その仕草がまた愛おしい。
「まあ、俺も気にかけておくつもりやし、健は安心してくれてええよ。嬢ちゃんたちを抑えられるかはあれやけど」
一番保障してほしいところの言葉を濁しながら八潮が言う。健は複雑な色を乗せた瞳で八潮に応える。
「……皆さん、こんな状況なのに変わりませんね」
「あら、心悠ちゃんも来たのね」
「来るも何も僕は最初からこの屋敷にいますよ」
心悠とそう呼ばれたのは先程すれ違った悠だ。一通りの連絡を終えてこちらに戻ってきたらしい。梓も一緒にいる。
和気藹々と今までと変わりなく言葉を交わす星たちを羨むようにこちらを見つめている。
その目は仄赤く、誰よりもこの場に溢れる悲しい色を重く感じ取っていた。
「悠」
名を呼ばれ、はっと息を呑む。逡巡するように目を泳がせながらも悠は健の方へ歩み寄った。
「健兄さん……」
「だいじょーぶ」
「っ……うう、健兄さん……健兄さん、にいさあん」
大きな瞳から滂沱と涙が溢れ落ちる。何度も何度も健の名前を呼び、健はその度に小さく頷いた。
「子供よりも泣くなんて仕様のない子ね」
「だっ、だってぇ……健兄さんがいなくなるって思うと……うぅ、ひっく」
呆れた顔の夜はそっと悠の身体を抱き締める。しゃっくりをあげて泣きじゃくる悠をあやすように背中を叩く。
「悠お兄さま、だいじょーぶだよ」
夜の真似か、紗雪もまた悠の身体を抱き締める。小さな身体を精一杯広げて、悠の悲しみを受け止めんとしている。
「あらあら、子供にまで気を遣われちゃって」
「悠はほんとーに泣き虫だね」
「夜さんも健兄さんも意地悪ですぅ……っ」
悠はたくさん泣いて、泣きじゃくって、ようやく落ち着きを取り戻した頃、声をかけていた人たちも続々集まってきた。
小学生からの友人である航輝に良。一緒に夏凛と子供たちも訪れた。
それから桜稟アカデミーで親しくなった優雅に、先輩の壬那。
集まった学生時代からの友人と健はぽつりぽつりと話をして、それぞれと別れを交わし合う。星は少し離れた位置でそれを見守ったり、ときどき話に混じったり。
忙しくてみんなが揃う機会は少なくなっていたから、なんだか学生時代に戻ったようであった。
優雅のお兄さんも少しだけ顔を出した。立場上あまり長居できないらしくて、一言二言交わしてすぐに屋敷を後にした。
健の裏の仕事の知り合いのようで、夜が呼んだみたいだった。
他に意外なところでは沙羅だろうか。
卒業後は桜宮家本家に戻った沙羅はどこからか知らせを受け、当主代理として姿を見せた。
「一応挨拶を、と宮様からです」
告げる沙羅に健はすごく苦い顔をしていた。
それから仕事を一段落させた和音も合流し、最後の最後に星司も到着した。
「重役出勤という奴ですか?」
「遅くなって悪かったって」
多少元気を取り戻した悠に嫌味を言われながら、星司はそっと健へ歩み寄る。
みんながみんな譲るように二人の間に道を作った。
「よっ」
「ん」
交わされる言葉は短く、悠が半眼で見つめる。
「なんですか、その軽いノリは……。もっと他に言うことがあるでしょうに」
「いやあ、こう改まってみると何言ったらいいか分かんなくて」
やや厳しめの悠に星司は困ったように笑う。そこにはほんの少し気恥しさが混じっている。
健と星司、二人の関係性は独特だ。互いを思うが故に形だけの兄弟関係を築いた長い時間があって、きちんと向き合うようになったのほんの数年程度。
確かめるように距離を縮める姿は少しだけ微笑ましい。星には見せない顔を星司に見せるところはちょっとだけ嫉妬してしまうけど。
でも、不器用な関係が生み出す不器用な表情はとても愛らしくて愛おしい。
「にーさん」
微かな、本当に微かな呼び掛けに星司と悠はピタリと言い合いを止める。
健の声はとても小さくて、聞き逃してしまいそうなのに不思議とはっきり聞こえてくる。
「ありが、とー。……にーさんが時間をくれた、から……みんなと、おわかれできた」
「いや……礼を言われることじゃねぇよ。俺は俺がしたいようにしただけだ。俺が……もっとお前と話したかったから、それだけだ」
「ん……にーさんと、たくさんはなせて…よかったあ」
本当なら健の時間はもっと早くに終わっていた。
健が定めた終わりを覆したのは星司の願いだった。その願いにたくさんの人が賛同し、協力し、人生をかけた健の計画を最後の最後で崩した。
そのお陰で健は六年の余白の時間を与えられた。
なかったはずの六年は健が今までしてこなかった『自分のために生きる』時間だ。健から多くを貰った人々が恩を返す時間だ。
短くて長い六年、その始まりを願った人物へ星も感謝の意を示す。
「私からもありがとうございます。星司さんのお陰で、一番欲しかったものが手に入れられました」
欲しいと思ったものは必ず手に入る人生だった。
けれど、一つだけ、本当に欲しいものは手に入らない人生、そう思っていた。実際そうなる予定だった。
どれだけ想いを交わし、どれだけの時間一緒にいても、彼の人生をかけた願いには届かない。
別にそれでもよかった。最後の最後、願いに彼を取られるその日まで一緒にいられたら。
彼の願いを否定したら彼が壊れてしまうと分かっていたし、それをするのは星の役目ではないと知っていたから。
絶対に手に入らないたった一つを見送るだけだった人生にその先を与えてくれたのは星司だった。
星司のお陰で、星は本当に欲しかったものを手に入れられた。願いに奪われるはずだった健を星司が星のもとに返してくれた。
これほどの幸せを星は知らない。多分、星以上に幸せな人なんていないんじゃないかとすら思う。
「ほし」
鼓膜を揺らす愛しい声。こちらを見つめる瞳は蒼い輝きを纏っていた。
きっともう目も耳もほとんど機能していなくて、それでも集まった人々が自分へ注ぐすべてを受け止めるため、神様の力を使っているのだろう。
最期の最期までいじらしいほどに優しい人。その手を取った。
「ありがと」
「こちらこそ」
互いに微笑みを交わし、彼の命は終わる。
部屋には悲しみが溢れ、集まった人々が彼の死を悼む。
嗚呼、幸せな光景だ。
星には一つ野望があった。彼が星のもとに戻ってくれたときにできた小さな野望だ。
長くは生きられない彼の最期のときを、彼を想う人々に囲まれながら迎える。
愛するばかりが得意で愛されることが苦手な彼に、自分がどれだけ愛されていたのか、教えてあげたかった。
「えへへ、やっぱり私の勝ちだね」
敵わないな、と笑う彼の声が聞こえた気がして、星は悲しい世界の中で笑顔を花咲かせた。




