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初デート見守り隊

海里と華蓮の初デートを出歯亀する人たちの話

時系列は、第1節から1ヶ月くらい経った頃

 史源町駅前、待ち合わせの定番として語られるその地に一人の少年が立っている。


 肩の辺りまで伸びた髪は藍色。左目につけられた眼帯を長い前髪で隠している。

 線は細く、中性的な顔立ちで、一目見ただけでは性別が分からない。女性と勘違いしてしまう人を多くいるだろう。


 普段、護衛をつけての行動を余儀なくされている彼ではあるが、今日は例外として一人行動を許されていた。


 もっともその腕には、クリスの妖力で編まれた腕輪がつけられており、危険な状況になればすぐにクリスに伝わるようになっている。その上――。


「あれ、レオンさん」


 背後からかけられた声に、身を潜めて藍髪の少年を見ていたレオンは振り返る。

 相も変わらず寝癖だらけの頭、起きてそのまま出てきたといった様相の少年が立っていた。


 岡山星司。レオンの既知の間柄であり、藍髪の少年との縁で関わることが多い人間だ。

 偶然の遭遇も考えられる場所ではあるが、そうではないとなんとなしに悟る。


「レオンさんもですか?」


 同じことを悟ったらしい星司の問いかけにレオンは無言で頷く。


「レオンさんも意外と俗っぽいとこあるんすね」


「私には護衛という名目がありますので」


「名目、でしょ?」


 己の行為がはしたないものであることを自覚はしている。ただ、それが俗な感情をもとにしたものであるという誤解をされるのは望ましくない。


「必要ないとはいえ、心配なのは変わりませんので」


「俺もおんなじ理由っすよ」


 何を心配しているのかまでは聞かず、星司はにやりと笑って返した。


「まあ、半分は面白そうだからってな感じですけど」


「私より断然俗っぽいじゃないですか……」


 同じ行為をしてる以上、レオンに咎める資格はない。

 息を吐き、視線を元に戻す。元に――星司から、待ち合わせ中の藍髪の少年へ。


 彼のもとへ近付いてくる少女を発見する。


 いつもはポニーテールにしている黒髪を簪で纏めあげている。纏うワンピースは着物の要素が入れてあり、和風美人な彼女によく似合っている。


「あれ、月がチョイスしたんすよ」


 恋人の功績を誇るように星司が言った。

 髪型も、アクセサリーの類まで星司の恋人であるところの春野月が選んだものらしい。


「華蓮さんはオシャレとかには疎いっすからね」


 華蓮自身も自覚があることで、親友の月に頼ったらしい。それだけ今日という日に気合いを入れているのだろう。


 今日、華蓮と海里が付き合って初めて二人だけで出掛ける日――初デートに。


 レオンと星司はその初デートに出歯亀している形である。字面にすると俗っぽい行いが強調されるきらいがあるが、心配なのだから仕方がない。


『ごめんなさい、待たせちゃったかしら』


『大丈夫。俺も今来たところだから』


 デートの待ち合わせにおける定番の台詞をさらりと口にする海里。決まり文句を使ったという印象はなく、自然な雰囲気だ。


『今日は一段と綺麗だね。俺のため、なんて自惚れちゃうな』


 見慣れた笑顔を仄かに赤らめた言葉に、レオンと星司はほとんど同時に顔を逸らした。

 聞いているこっちが恥ずかしくなるような台詞を、しかし海里は気負いもなく口にした。


「レオンさんの教育の賜物っすか?」


「妙な言い掛かりはよしてください。教育なんてしていませんよ」


「でも、レオンさんって女の人誑し込むのが得意って聞きましたよ」


「どこからの情報ですか、それ」


 星司は無言で、海里の方を見る。そうだろうとは思っていたので、それ以上は追求しない。


「任務の一環で、異性を誘惑する必要性があるだけです」


 処刑対象となっている妖に関して情報収集する際、使う手の一つというだけだ。恋愛感情が働けば口を滑らせやすくなる人は少なくない。


「海里はやってないんすか」


「流石に海里様にそのようなことをさせるわけにはいきませんよ。クリス様やレミならやっていますけど」


 曲がりなりにも王の血を引く海里に他者を誑かすような真似はさせられない。


 処刑部隊の中では平隊員という立場の海里ではあるが、与えられる仕事はかなり吟味されている。本人は気にしていないとはいえ、危険を伴う仕事や誰でもできる雑用を高貴な身分の人物にやらせるわけにはいかない。


「クリスさんはともかく、レミさんもやってるんすね」


「レミは礼儀作法を身につけていますからね。育ちが良く、清楚な印象の方が落としやすい方もいるんです」


「ほう。私の妹にまさかそんなことをさせていたとは、初耳だな」


 不意に投げかけられた女性の声にレオンは反射的に身を固くした。


 仄かに険を含んだ声に視線を向ければ、まず炎のような女性の姿が目に入った。


 猩々緋の髪を桜の髪留めでひとつに纏め、袖のない着物に身を包んだ女性。

 そして女性にしては長身な肩に乗る銀色の猫。


 どちらも人外を思わせる独特な気配を身に纏っている。


「流紀さん、今日は猫の姿なんすね」


「尾行するには何かと都合がいいからな」


 声音から険を取り除いて答える流紀の目的も、レオンと星司と同じなのだろう。


「やっぱ心配で見に来たのか?」


「いや」


 心配で見守りにきた男二人を前に、流紀とそして炎を思わせる女性――焔は口元をにやつかせる。


「面白そうだからな」


「なかなか見られない催しだしな」


 俗っぽさを隠しもしない態度で、一人と一匹は答えた。


 催しとまで言ってしまう辺り、華蓮の恋路をどれだけ面白がっているのか窺える。とはいえ、同じことをしているレオンたちに二人を窘める資格はない。


 そうこうしているうちに海里と華蓮はすでに移動を始めており、三人と一匹は身を潜めながらデート中の二人を追いかける。


 まずは一店舗目。雑貨屋で足を止めた二人に、続いて時間差で入店する。

 どこか落ち着いた雰囲気の店内で、客はそれほと多くない。


 棚や商品の影に身を隠しながら、なるべく距離を取って見守る。


「流石に声は聞こえないか」


「猫の姿なら近付いても気付かれにくいんじゃないか?」


「華蓮はともかく、海里は気付くだろう」


 霊視力の高い者にだけ視えるよう調整してあるとはいえ、対象の二人はどちらも視える側の人間だ。


 おまけに海里は感知能力が優れており、視野も広い。

 盗み聞きをしたい欲に駆られて迂闊に近付くのは危険だ。


「遠くの音を拾う術とかないんすか」


「あるにはありますが、これも海里様に気付かれてしまう恐れがあります」


 優れた感知能力の持ち主は術の発動の際の微かな揺れすらも感知してしまう。

 海里はそこまで敏感ではないが、慣れ親しんだレオンの妖力ならば、気付かれてしまう恐れはあった。


 リスクは冒せないと仲睦まじく会話をする二人を遠巻きに見るだけに留める。


「しかし……こんな店よく知っていたな」


 海里たちは和風の小物が並ぶ棚の前に止まって話している。

 和風ながら現代風にアレンジされており、洋服にも和服にも合わせられるものが多い。


 普段着として着物を着ている華蓮の琴線に触れるものも多そうだ。

 種類も豊富で、二人は矯めつ眇めつ楽しそうに選んでいる。


「月に聞いてたっぽいぜ。華蓮さんが好きそうなお店とか、いろいろ」


「事前調査まで抜かりないということか」


 月ならば、この手の店に詳しそうだ。

 おまけに華蓮の好みも知っているだろうし、デートプランの相談役としてはこれ以上の相手はいない。


「しかし……海里は随分こなれてるな。今まで他に恋人がいたことがあるのか?」


「華蓮さんに聞かれたらやばそうな話題やめてくれよ」


「この距離じゃ聞かれないさ」


 涼しい顔で答える焔に苦笑しながらも、星司は好奇心を隠せない目でレオンを見る。


「正真正銘、華蓮さんが初恋人ですよ」


 レオンもまた苦笑を浮かべながら答える。

 史源町を離れてから十年近く、海里はただ一人を一途に想い続けていた。


 決して叶うことはないと本人が諦めていた想いがこうして実現している姿を見るのは感慨深い。


 背負うものが多く、自由に願うことが許されない立場だと理解していても、できる限り多くの幸せを海里には手にしてほしいと思っている。


「となると、あれは天性のものか。遺伝というのは恐ろしいものだな」


 独りごちる焔の一人にもまた感慨が宿る。

 燃え盛る炎を思わせる瞳は誰か別の人を映し出しているように見えた。


 遺伝。その言葉で、海里と同じ笑顔を持つ亡き人が浮かぶ。しかし、レオンの浮かべた人と、焔の想う人はきっと違うのだろう。


「……妖華も他者を誑かすことに長けてるしな」


「せめて魅了と言ってください」


 お互いよく知る存在を代わりとして口にして、焔は内にある感情を誤魔化した。


 実際、海里の他者を魅了する才は両親から受け継いだものなのだろう。

 笑顔で人の心を包み込むところなど、時々彼の母親――妖華の顔が過ぎることがある。


「お前らが感傷に浸ってる間に店を出るみたいだぞ」


 何やらアクセサリーの類を購入したのち、海里と華蓮は雑貨屋を出ていく。

 少し時間をあけて、レオンたちも店を出た。


 雑貨屋にいる間に華蓮の緊張も解けたらしい。普段と変わらない様子で言葉を交わしながら二人は次なる店を訪れる。


 二店舗目は可愛らしい装飾が施されたカフェであった。ここで昼食を済ませるつもりなのだろう。

 店の雰囲気も相俟って、客は若い女性ばかりだ。


『ここは無理よ。私が入るなんて場違いだわ』


 案内されたカフェのファンシーさに華蓮は明らかに戸惑いを見せる。


「あー、華蓮さんはこういうとこ苦手だもんな」


 華蓮は最近の流行にはすこぶる疎い。

 若者のノリについていけず、本人にも苦手意識があるようで、若者の間に流行っているお店などには忌避感があるらしい。


 当然、店を紹介した月も、プランを考えた海里もそのことを知っているはずだが。


『大丈夫だよ。誰も気にしてないよ』


『でも……』


『どうしても華蓮と入りたいんだ、ダメかな?』


 隻眼にじっと見つめられ、華蓮は頬を染める。

 海里にしては珍しく甘えるような懇願に華蓮はとうとう折れて入店を決意する。


「確かにあれは妖華の血筋だな」


 ぽつりと呟かれた焔の言葉を、残念ながらレオンは否定できなかった。


 我らが偉大な妖界の王は、ああした甘える素振りで他者を動かすきらいがある。

 妖華とも、海里とも、それなりに深く長い付き合いであるレオンは、折れるしかない華蓮の気持ちが痛いほど分かった。


 女性客だらけの店内に入るのは流石に目立ちすぎるので、レオンたちは店の外からさり気なく様子を窺う。


「華蓮さんも意外と満更でもないようですね」


「苦手意識があるだけで興味がないわけじゃないからな。むしろ、行ってみたいとすら思ってたんじゃないか」


 流紀の言になるほどと頷く。

 海里はそんな華蓮の気持ちを理解していて、あえてこの店を選んだのかもしれない。


 店に対する緊張も海里と話しているうちに解けたようで、華蓮はリラックスした様子で普段訪れない店を楽しんでいた。


「見てたら俺も腹減ってきたな」


「どこかで昼食でも買ってきたらどうだ? しばらくは動かないだろ」


 時刻はちょうどお昼時。

 妖は人間ほど食べなくても平気な種族だ。式である焔も食事は取らない。とはいえ、唯一の人間、しかも育ち盛りの年頃の星司には食事抜きはきついだろう。


「そうですね。我々が見ていますので、星司さんは――」


「こんにちはー、デリバリーでーす」


 移した視線に二人の少女が映し出される。


 金に近い琥珀色の髪を肩口で揺らす愛らしい少女と、蜂蜜色の髪を側頭部で二つに結い上げた少女。

 二人はそれぞれ小さめのバスケットを持っている。


「お腹空いてると思って、レミちゃんとあんパン作ってきたよ」


「なんであんパン?」


「張り込みにはあんパンかなって」


 図ったようなタイミングで現れたのは、海里のデートプランアドバイザーたる春野月だ。

 今日の予定をある程度把握しているであろうことを考えれば、このタイミングで現れることも頷ける。


「心配なのは分かるがな……」


 物言いたげなレミの視線が痛い。

 気まずい気分になりながら、彼女手製だというあんパンを受け取る。


「中のあんこは藤咲堂のを譲ってもらったんだー。すっごく甘くて美味しいよ」


 ふわふわのパン生地もさることながら、小豆本来の甘さを十二分に引き出したこし餡が絶妙だ。なめらかな餡子の舌触りに職人の腕が窺える。


「時雨さんにも今日のこと言ったのか?」


「言わないよー。あんパンに合うあんこの相談に言っただけ。そしたら譲ってくれちゃった」


 時雨とは『藤咲堂』の和菓子職人にして、華蓮の実の父親である。


「デートは順調そうだね。ってことでレミちゃん」


「ああ」


 頷き合う二人を訝しむ隙を与えず、レミに腕を掴まれた。星司も同じように掴まれている。

 月の方を見れば、銀猫を抱きかかえ、空いた手で焔を掴んでいる。


「これ以上は邪魔しちゃダメだよ」


「お前たちも満足しただろう」


 細腕からは考えられない腕力で引かれ、レオンと星司は引き摺られるように場を離れさせられる。身体強化の術も使っているであろう腕は男二人相手を難なく引っ張っていく。


 月の方は流石に焔を無理に引っ張っていくのは難しいようで、苦笑した焔が観念したようについていっている状態だ。


 後ろ髪引かれる思いで海里の方を振り向く。と、隻眼と目が合った。

 驚くレオンを他所に笑み崩れた海里が、華蓮に気付かれない角度で手を振る。


 どうやら気付かれていたらしい。いつからというのは愚問だろう。


 武藤海里という男はそこまで鈍くない。

 レオンは謝罪の意を込めて会釈をし、レミに引かれるままにその場を離れた。


「後で怒られるくらいは覚悟しとくんだな、心配性」


「分かってるよ」


 せっかくの初デートだ。

 いくら心配だからといって最後までついてま回るのは無粋だ。この辺りが引き時であろう。


 このあと海里と華蓮がどんな会話をし、どんな風に触れ合い、どんな思い出を作ったのか、それは二人だけのものだ。


 心配が故にここまでついてきてしまった自分自身を反省する思いも含めて、レオンはそう締めくくった。


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