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4話 友

 それから月日が経ち、海斗は桜稟アカデミーに入学した。とはいえ、海斗の周りは今までと変わらない。

 武藤家から離れられないと言っていたはずのヤツブサも何故か同行している。


 いや、一つだけ大きく変わったことがある。


 豪奢なシャンデリアが照らす、華やかなパーティ会場で海斗はそっと一人の人物に視線をやる。


 アカデミーで年に一回にパーティ。生徒全員が参加を余儀なくされるパーティで一番の注目を集めるその人物は海斗の友人であった。

 妖ばかりと友人関係を築いてきた海斗に初めてできた人間の友人。


「幸は大変そうですね」


 微苦笑で小さく呟き、海斗はそっと逃げるようにバルコニーへと足を向けた。


 正直、こういった場は苦手だ。


 自然に近い、穏やかな場所の方が好きというものもある。しかし、それ以上に海斗は体質的に人が多い場所が得意ではないのだ。

 華やかな裏で渦巻いている黒い影から距離を置き、大きく息を吐き出した。


 長い時間いたわけでもないのに身体が重い。表情を大きく変えないように意識しながら、自信を落ち着けるための呼吸を繰り返す。


「すごいですね、幸は」


 入れ替わり立ち代わりで話しかけられながら、すべてを愛想笑いで捌いていく姿を遠巻きに眺める。

 完璧な笑顔の裏で毒を吐いていることを想像して小さく笑う。


 と、ようやく海斗の視線に気付いたらしい和幸が不満げに表情を曇らせた。刹那の表情変化で、すぐに愛想笑いを貼り付け、話し相手といくつか言葉を交わす。

 そうして颯爽と華やかな空間から離れていく和幸は次第に笑顔を消し、海斗の前に立った。


「いいご身分だな」

「幸は人気者ですね」


 皮肉に皮肉を返す。和幸は大きく息を吐き出して「疲れた」と海斗の横に並ぶ。


「大丈夫か? 顔色悪いぞ」

「人酔いのようなものです。少し風に当たれば問題ありません」


 疑り深い和幸の視線を受けながら、海斗は癖とは違う笑みを浮かべる。

 小さく笑声を零せば、注がれる視線に不審が混じった。


「何か言いたいことでもあるのか?」

「いえ、随分と不器用に気を遣ってくれるものだと思いまして」

「不器用で悪かったな。……慣れてないんだよ、こういうのは」


 海斗に人間の友人がいなかったように、和幸には気兼ねなく話せる友人がいなかった。

 妖という友人いた分、海斗の方がまだ他者との付き合いに慣れていると言えるかもしれない。


「そう拗ねないでください。貴方のそういうところは好ましいと思いますよ」


 不器用ながら一生懸命に海斗を気にかけてくれる。そこにはきちんと彼なりの愛情が宿っている。


「それよりいつまでここにいるつもりなんです? 主役が抜けたままではパーティも盛り上がりませんよ」

「しらけさせとけよ。俺だって好きで主役になっているわけじゃない」

「私は由菜さんではないので貴方の駄々には付き合いませんよ」


 春野家の人間、それも次期当主ともなれば、どこにいたって視線が集まる。

 誰もが和幸と近付きたいと願い、欲に塗れた人間は今だって二人の様子を窺っている。


 パーティ会場に戻れば、和幸は先程のようにパーティの中心へ担ぎ出されるのは間違いない。

 それを鬱陶しいと思う気持ちは分からないでもない。けれど、そうして中心に立つことこそが和幸の役目なのだ。


「由菜だって付き合ってはくれないよ。あいつはなんだかんだスパルタだからな」


 溜め息を吐くように呟き、和幸はようやくパーティ会場に戻る決心をつける。


「無理するくらいなら寮に戻れよ」


 最後にそんな言葉を残して、喧騒の中へ消えていく和幸。


「幸は心配性なんですから」


 囁きとともに海斗は目で和幸を追う。

 望まぬ場所で奮闘する和幸を見て、逃げようなんてそんなことできるはずもない。


 和幸に視線が集まっていたように、海斗に向けられる視線も少なからずある。

 それは海斗の家柄ではなく、アカデミーの中で生み出した経歴が理由だ。和幸の友人であることも関係していることだろう。

 そこまで理解していても、海斗は和幸との関係性を断とうとは思わない。


「まあ、もう少しここで風に当たっておきたいとは思いますが」


 呟き、少し冷たくなった風を受けて小さく微笑した。




 結論だけ言うと海斗は寝込むこととなった。


 そこまで長くパーティ会場にいたつもりはないが、自分の身体は思っていたよりも弱かったらしい。

 今まで海斗のために整えられた空間の中で生きてきたから耐性ができていなかったのかもしれない。


 武藤家の当主になれば、ああいったパーティに参加する機会も増える。アカデミーに通っている間に少しは慣らしていった方がいいだろうか。


 ベッドの上でぼんやりと考える。寝込んでいるといっても重症というわけではない。

 鈍い頭痛と、身体の中を掻き回されたような気持ち悪さがあるだけだ。起き上がろうとして目を回してしまったので、今はこうしてベッドの上にいる。


「おや、起きたみたいだね」


 うたた寝から現実世界へと帰ってきた海斗の耳に久しぶりに聞く声が届いた。

 まだ朧げな思考が正体を明らかにするより先に、美しい鈴の音が耳朶を打った。


「……五十鈴ですか」

「無理に起き上がるんじゃないよ」


 冷たい指に額を押され、起こしかけていた身体を再び寝かせた。


「寝込んだって聞いたからね。顔を見に来たのさ」


 端正な顔立ちに温かな表情を宿す五十鈴。


「それに私なら役に立てると思ってね」


 海斗が寝込んだ理由は邪気に当てられたから、である。


 邪気を寄せ付けやすい体質な上に耐性もないものだから、パーティに参加しただけで身体が音を上げてしまった。

 邪気が原因である以上、医者に治せるものでもなく、海斗はただひたすらに療養して体調が回復するのを待っていた。


「まったく、海斗の美しさを穢すなんて許されることじゃないね」


 己の美学を持ち出して怒る五十鈴はその手にちょうど収まるサイズの鈴を取り出した。

 美しく研ぎ澄まされた鈴が軽く音を鳴らす。高い一音が海斗の中に染み渡り、巣食っていた黒いものを瞬く間に浄化していった。


「どうだい? 少しは楽になっただろう?」

「そうですね。ありがとうございます」

「礼には及ばないさ。海斗が美しくあればそれでいい。っと、あの百足も帰ってきたようだね」


 五十鈴が百足と呼ぶのは一人しかいない。

 もっとも付き合いの長い妖の姿を思い浮かべながら海斗は首を傾げた。


「ヤツブサは出掛けていたんですね」

「ようすみてくる」「いってた」


 傍らで眠っていた小鬼の二人が瞼をこすりながらそう言った。


 やはり首を傾げたままの海斗は時間をかけて意味を理解して「なるほど」と呟いた。

 ヤツブサが様子を見に行く場所なんて一つしかない。


「客人だぜ、ってなんだ、五十鈴も来てやがったのか。暇なのか?」


 いつものように天井からぶらさがったヤツブサの言葉に五十鈴は肩をすくめて答える。

 悪態をつきあうのが、幼い頃からずっと見てきた二人の関係性だ。


「客とは――」

「あ、初めましての妖がいますね」


 疑問を最後まで口にするよりも先に天真爛漫さを宿した声が差し込んだ。


 見れば、メイド服をまとったおさげの少女と、桜稟アカデミーの制服を着こなす少年が立っていた。

 海斗の部屋を訪れて、なおかつ、ヤツブサが確認もなく通す人物など彼らしかいないと遅れて思い至る。


「初めまして、私は紫ノ宮由菜と言います。こちらは私が仕える春野和幸様です。少しお邪魔させもらいますね」


 使用人が先に名乗るどころか、主を紹介するという暴挙に出る由菜は満面の笑みを浮かべている。

 本来なら怒ってしかるべきメイドの行動に、彼女の主は気にしたふうもなく立っている。

 むしろ自分から名乗る手間が省けて喜んでいるような節すらある。


「妖相手に肝の据わった嬢ちゃんだねぇ。あたしは五十鈴だよ。鈴彦姫と言った方が通りはいいかもしれないね」

「鈴彦姫っていったらアメノウズメか」

「おや、知っているのかい? 流石、海斗の知り合いといったところか」


 自分にまつわる逸話を出されたことに五十鈴は嬉しげな表情を見せる。

 人間相手に五十鈴がここまで好意的な反応をするのは珍しい。


「幸は博識ですね」


 正直、海斗は五十鈴から話を聞くまで知らなかった。というより、周囲の人とほとんど関わることもなく蔵の中で過ごしてきた海斗は少し物を知らない部分がある。昔は今より酷かった。


 妖たち――主にヤツブサと五十鈴から話を聞き、少しずつ常識を身に着けてきた。今は人間の友人からも呆れ混じりに教えてもらっている。


「海斗さんが寝込んでいると聞いて力になれたらと思ってきましたけど、この感じじゃ私は必要なかったかもしれませんね」

「なんだい、お前さんも浄化できるのかい?」

「五十鈴さんほどではありませんよ。私の中に移して、少しずつ溶かしていく程度です」


 初めて聞く由菜の話に耳を傾ける海斗の横で、和幸がどこか物言いたげな表情を見せている。

 どうやら和幸はこの手法をあまり好ましく思っていないらしい。海斗の中にある苦しみを由菜の中に移すとなれば当然か。


 それでも和幸は由菜を連れて海斗の見舞いに来てくれた。その意味が分からないほど海斗は鈍くない。


「幸、心配かけてすみません。来てくださってありがとうございます」

「人の忠告を無視した奴の心配なんて誰がしてやるか」

「幸様ってば素直じゃないですね」


 和幸をからかうことに話題がシフトしたことを悟り、ヤツブサはそっと距離を取った。

 誰よりも早くそのことに気付いた五十鈴もまた席を立った。


「武藤家で何かあったのかい?」

「ちょっと面倒なことになった」


 苦虫を噛み潰したような表情のヤツブサはそっと海斗を見つめる。


 癖とは違う笑顔浮かべる海斗の姿を。

 心の奥底から零れたその笑顔を。


「最初はアカデミーに通うなんて反対だったが、今は逆だ」

「海斗を武藤家に戻したくないと?」

「戻したくないわけじゃない。ただ……せめて、卒業するまでは、ここで」


 運命のままに生きるのが藍の子の運命。


 どんなに悲しい運命だったとしても、それを不条理とは思わずに流されるまま生きていく。

 それを見守り、運命から外れることのないように正すのがヤツブサに与えられた役目だ。


「お前がそこまで執着するのも珍しいねぇ。余程、海斗が気に入ったとみえる。まあ、分からなくもないが、ね」


 短い人生をあるがままに生きていく藍の子の宿命。

 何度も見てきた悲しい運命を変えてしまいたいとヤツブサは今初めて思っている。


 海斗の近くにいすぎたのかもしれない。――それとも、海斗が彼によく似ているせいか。


「海斗には話すのかい?」

「どうしたらいいんだろうな。話しても話さなくても、あいつはなるように生きる。何かが変わるわけじゃねぇ」

「だったら話しな。お前に重たくされたら堪らない」

「そう、だな」

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