14:尋問とヒント
「それじゃあ質問良いかな。千世と君の間柄や、あの日何しに学校にいたかについて」
「……どうぞ」
ぼんやりとベッドに寝転ぶこと数時間。途中お腹が空いたので、多少危険とは思いつつも冷蔵庫に用意されていた食料を使い食事をとり、その後特に何事もなくほっとしていたころ。
ついに栗栖が僕の部屋を訪ねてきた。そして椅子に座ることもなく、すぐさま質問が始まった。
栗栖はこの状況をどう考えているのか。全く心の内が読めない無表情で、じっと僕を見つめてくる。
「さて、質問をすると言っても、そんなに細かいことを聞きたいわけじゃない。ちょっとした事実確認をしたいだけだ。おおよその情報は、図書室にいた頃に十分耳に入ってるから」
「……本当に事実確認だけでいいの? 図書室でどれだけの話を耳にしたのか知らないけど、それだけで千世の死の真相が暴けるとは思えないんだけど」
「心配してくれて有難う。でも既にゴーストの犯行方法は分かったし、君たちと芳川さんの間に存在する絡まった糸もおおよそ見えてきた。後は少し話をして、その時の反応から僕の考えが間違っていないことを保証するだけだ」
「な!?」
あまりにも淡々と、しかし驚くべきことを言われ僕は言葉を失う。いくらなんでもそんなことあるわけないと思い、僕は引きつった笑みを浮かべながら彼に問いかけた。
「さ、流石に冗談でしょ? いくら栗栖君が名探偵だったとしても、そんなすぐに分かるわけない。僕たちの関係性もそうだけど、ゴーストの犯行方法が分かったって……。どっちも考えようと思えば無数に考えられて、答えを一つに絞るなんてとても――」
「荒唐無稽な考えをありとするなら、それは当然無数に思いつくだろうね。でも現実はそこまで複雑じゃない。例えばの話、鍵の閉ざされた部屋の中で殺人が起こった場合、トリックが仕掛けられるのは大きく分けて四つだけ。部屋自体か、被害者、部屋の鍵、扉または窓などの外部と通じる出入り口――の四つ。後はその他の事情からそれぞれ可能性を削っていけば、どれに仕掛けが存在するかはすぐわかる」
「……なら、今回はその中のどれがトリックに使われたんだよ。そもそも根津君を殺すのはトリックなんか使わなくても――」
「扉と鍵が今回の仕掛けだよ」
僕の言葉を遮って、栗栖が言う。
戸惑いから次の言葉を発せないでいる僕から視線を外し、栗栖君は部屋のドアに近寄っていく。そして僕もそこに来るよう手招きをしてきた。まださっぱり状況を理解できないながらも栗栖のそばに向かう。
栗栖はどこから取り出したのか左手に方位磁石を持っており、それを僕に渡してきた。訳が分からないながらも受け取ると、栗栖はその針を見るよう言ってきた。
「見ればわかると思うけど、S極は僕の部屋がある方角を、N極は当然その逆を示しながら微かに揺れている」
「うん、そうみたいだね。でもそれがどうかしたの?」
「次はそれを扉に近づけてみて」
僕の質問を無視し、新たに要求をしてくる。少しばかりムッとしながらも扉に方位磁石を近づけると、ゆらゆらと動いていた針がぴったりと扉を指した状態で止まった。栗栖はそれを見ると、「どう」と尋ねてきた。
「いや、どうって聞かれても……。この扉鉄みたいだし、磁石がそれに反応しちゃってるだけだよね? それが一体何のトリックと関係してるの?」
栗栖が何をしたいのか分からず、再度尋ねてみる。しばらくの間僕のことをじっと見つめていた栗栖だが、ふぅと小さく息を吐くと、「それはあげるよ」などとよくわからないことを言ってきた。
「いや、別にいらないんだけど……。そもそも方位磁石なんてどこにあったの?」
「探偵七つ道具としていつも制服の中に仕込んでる。どうやら誘拐犯は僕を拉致するときに制服まで細かくチェックしなかったらしいね」
「た、探偵七つ道具……」
まさかそんなものを携帯している人が現実に存在するとは。いや、まあ、探偵活動をするとなったら必要になるアイテムはそれなりに出てくるとは思うけど。栗栖君、意外と推理小説とか好きだったりするんだろうか?
やや呆気にとられ固まっていると、栗栖は扉に背を預けながら語りだした。
「僕はその方位磁石以外にも、透明で凄く破けやすいテープなんかも常備している。実は皆が部屋に入った後、各部屋の扉にそのテープを貼っておいて、誰かが部屋の外に出たら分かるようにしておいたんだ。結果として僕は睡眠ガスで眠らされて、皆が部屋の出入りをした後に起きたから犯人特定には繋がらなかったけど、二つ分かったことがあった。一つは玄関ホールから外に通じる扉に貼ったテープは破けていなかったこと。もう一つは開かずの間に貼られたテープは破けていたことだ」
「!?」
方位磁石よりもずっと役に立ちそうなアイテムが登場した! というかそっちの話の方がはるかに重要じゃないか!
僕は思わず栗栖に詰め寄り、興奮気味に語りかけた。
「それってめちゃくちゃ重要な話じゃないか! 要するに昨日この館と外を出入りした人はいないけど、開かずの間を利用した人物はいるってことでしょ! となると怪しくなってくるのは根津君の入れ替わり説か、開かずの間にゴーストである七人目がいる説! だってもし僕たち五人の中にゴーストがいたとしたら、わざわざ開かずの間をあける必要性はない。根津君の頭部や凶器を隠すために開けたとも考えられるけど、その場合は開かずの間を開くための道具を今も隠し持っていないといけないことになる。でも普通に考えてそれは危険だ。昨日ならいざ知らず、根津君の死体が出た今日は徹底的な手荷物チェックや部屋の捜索、もしくは部屋の入れ替えが行われていたっておかしくなかった。そうした危険性があるのに無理に開かずの間を利用して今も――」
「それは違う」
興奮していた僕の心を一瞬で冷まさせる無遠慮な一言。
冷や水をかけられたような気分でむっと彼を見つめると、栗栖は淡々と意見を述べ始める。
「開かずの部屋に入る方法なんて、それこそいくらでも存在する。部屋の中のあるものを特定の場所に移動させると鍵が開くとか、実は特定の時刻になると自動で鍵が開いて部屋に入れるようになるとか。まあ今回はそのどちらでもないもっとシンプルな仕掛けだけど、何にしろ僕たちの中に犯人がいないと決めつけるのは厳しいよ」
「……だったら犯人は誰だって云うのさ。それによくわからないけど栗栖君は開かずの間に入る方法も鍵のかかった部屋に入る方法も思いついてるんだろ。だったら犯人だってもうわかってるんじゃないのか? なんで今も聞き込みなんてことを続けてるんだよ」
栗栖は一切表情を変化させず、淡々と答える。
「この館に仕掛けられたトリックは非常に単純。でもそれゆえに、犯人を絞るのは難しい」
「犯人を絞り切れてないんだったら僕にこんな話をするのは危険だろう。本当は全部はったりなんじゃないの?」
「いや。今までの会話と反応から、君だけは犯人でも犯人の協力者でもないことが分かった。だからここまで話をしたし、場合によっては手伝ってもらおうと思っている」
「それは嬉しいけど……どういう理由で?」
つい数時間前に自分の無実を証明する方法を考え、結局何も思い浮かばずに終わったのに。まさか何もせずとも犯人でないと認めてくれることになるとは。栗栖が人の容姿や性格で犯人かどうかを絞ることはないと思うから、もっと犯人たり得ない明確な条件が僕にはあるということだろうか。
栗栖はまたしても僕の質問を無視すると、唐突に話を一番初めまで戻してきた。
「さて、最初に言った通りいくつか確認だけさせてもらおうか。芳川さんと君はかなり親密な友人関係。それもただの太い糸で繋がった関係ではなく、些か複雑に絡み合った人には言えない共犯関係だ。それで間違ってないかな」
「っ……!??」
この館に来て、根津の首なし死体を見た時よりもはるかに深い驚きが僕を襲う。具体的なことを言われたわけではないから、彼がどこまで知っているのかは分からない。それでも、漠然とでも、僕と千世の真の関係に気づかれていたことはとてつもない衝撃だった。
言葉も出ずに立ち尽くす僕の姿を肯定と取ったのか、栗栖は小さく頷くとさらに言葉を続けた。
「となると君があの日学校にいたのは、芳川さんに呼ばれていたからで間違いなさそうだね。おそらく彼女は誰かとあの日学校で会う予定だと君に話していたんだろう。そこで少し手伝いをしてほしいと頼まれていた。それで実際学校には行ったけれど、おそらく彼女の頼みごとを実行せず、そのまま家にとんぼ返りした」
「……」
まるであの日のことを知っているかのような栗栖の口ぶりに、背筋が震える感覚に襲われる。いや、あの日だけじゃない。彼は既に僕と千世の関係や今までやってきたことの全てを知っているかもしれないのだ。
やはり彼にこのまま推理させるのは危険かもしれない。いっそのことここで……。
頭の中にどす黒い思考が渦巻き始める。僕は自分と栗栖との距離を確かめ――と、栗栖はこれで話は済んだとばかりに寄りかかっていた扉を開けると、ホールへと一歩踏み出した。
意表を突かれ動けずにいると、栗栖は一度だけ振り返り、
「そうだ、最後に一つ。どうせ何もないと思うけど、昨日の夜不審な音やものを見たり聞いたりとかしたかい」
「いや、ぐっすり寝てたから……」
反射的にそう答えると、「分かった。それじゃあもうしばらく部屋で待機しててね」と声をかけホールへと完全に出ていった。
静かに扉が閉まり、部屋に一人きりになる。なんだか一方的に翻弄され続け、教えるつもりのなかった情報まで搾り取られていった気がする。それに最後、かなりアウトな考えを持ってしまった気もするし……。
僕は全力で首を振って思考を全て頭から追い出した。
「ふぅ……疲れたし、もう一回寝よ」
思い切りをつけベッドに飛び込む。想像していたよりも強い衝撃が体を襲い少し涙目に。今は全てが思い通りにいかないような気分がして、もうしばらくは何もせずじっと目を閉じていることに決めた。




