13:まとめと思考放棄
「結局二日目は栗栖君頼みになってやることなくなっちゃったな。彼に全責任を押し付けてるみたいで申し訳ないし、それに……」
部屋で一人、ベッドに横になりながら僕は独り言ちる。
嵐のような二日間。この平凡な村で、今まで事件なんていう事件に遭遇したこともなく生きてきたのに。まさかその中でも飛び切り危険な殺人事件に巻き込まれることになるなんて。
千世の死をきっかけに、僕の世界は大きく歪み始めてしまったらしい。いや。千世が死ぬ前から、既に世界は歪み始めていたのかもしれないけど。
僕は頭を振って必死に考えることを放棄しようとする。もう起こってしまったことは、いくら後悔しても過去に戻ることはない。今はとにかく皆でここから無事に出ることだけに専念しないと。
そう考え、思考を八角館で起きた事件に切り替える。しかし……こちらは何も考えが浮かばない。睡眠ガスという兵器をゴーストが手にしている以上、正攻法で僕たちに勝ち目があるとは思えない。ゴーストの正体にしたって、現状から絞っていくのは不可能なことのように思える。根津の部屋にどうやって入ったかの問題こそあるものの、それを除けば誰にだって犯行はたやすく可能だろう。
いや、ボーっと頭で考えているだけでは分かるものもわからない。
僕はベッドから起き上がると、机の前に移動し中からペンと紙を取り出した。
椅子に座り、頭の中を整理しながら紙にこの館にいる全員の名前を書いていく。
・谷崎友哉
・氷室慶次
・栗栖一
・佐野義武
・根津正弘
・一之瀬司
そして一人ずつ、ゴーストとしての可能性がどれだけあるのかを考え始めた。
「まずは今回の事件を起こす動機のある人から考えてみるか。
警告状に書いてある通り千世の敵討ちが動機だとするなら、最も犯人として疑わしいのは間違いなく佐野先輩。千世の敵討ちができるならゴーストに手を貸してもいいと口走ってるし、それが演技にも全然見えなかった。栗栖君と根津君に関してはよくわからない。もしかしたら片思いとかしてたのかもしれないけど、うーん、それだけでここまでするとは思えない。氷室君はなぜか千世だけは下の名前で呼んでたし、僕が知らないだけでかなり親しかった可能性もある。友哉は――千世のためにここまでするほど仲は良くないと思うんだよなあ。仮に復讐を考えるにしても、僕には話してくれると思うし」
僕はコツコツとペンで机を叩きながら思考を進めていく。
「念のため動機が千世以外の場合も考えた方がいいかな。といっても復讐以外の動機でここまでするっていうのは想像できないけど。強いて言うなら氷室君が言っていたように、推理小説の舞台を再現したくて根津君、もしくは小村赤司がやったとか?」
さすがにありないだろうと思いつつも、念のためメモっておく。さて次は、犯行が可能だったかどうかだ。
「そもそも僕たちを誘拐することができたのは誰かという点だけど、これはおそらく小村赤司が手伝ってるから断定はできない。強いて言うならお金持ちの氷室君が特に疑わしくはあるけど、彼自身言ってたようにこれは十分すぎるほどの犯罪行為。いくら金があるからと云ってここまでできるとは思えない。
それから次は、催眠ガスを館に充満させられたのが誰かについて。と、だけどこれも外部の協力者に頼んでる可能性があるからゴーストを絞る手掛かりにはならない気がする。ただ睡眠ガスを実際に浴びたと言っているのは栗栖君だけ。それが嘘で、皆を一カ所に固まらせずホールから遠ざけるための策だった可能性も……。いや、それは考えすぎだよね」
正直栗栖に関しては得体のしれないところがあり、信じていいのかいけないのか全く判断がつかない。これはきっと、僕が抱えている隠し事を彼なら暴いてしまうかもしれないという、恐れからきているのだろう。
もし本当に彼が名探偵で、千世の死の真相にたどり着いたのなら。きっと僕が今までやってきた罪も暴かれてしまうから。
深く閉ざされた暗闇に思考が沈みそうになるも、机に一度頭を叩きつけ正気を取り戻す。少しばかり加減を間違えかなりジンジンする額の痛みと共に、ゴースト絞りを再開する。
「最後はなんといっても、誰なら根津君を殺すことができたのかということ。
昨日の夜話した感じだと、ある種の自暴自棄になっている気もしたけど、鍵とかをかけ忘れるようなことはしてないと思う。でも深夜に誰か尋ねてきたらきっと鍵を開けて中に招き入れたんじゃないかって気もするし、部屋の中に入るだけなら誰にでも可能な気がする。問題はどうやって中に入ったかよりも、どうして首を切断したのかって方かな? 根津君の入れ替わり説が一番考えられるけど、そう見せかけるために犯人がわざとやったのかもしれない。そういえば根津君の首を切断した凶器ってまだ見つかってないんだよな。氷室君の仕掛けた罠があるから館の外には持ち出せてないはずだけど、ならどこに? 開かずの部屋とか怪しいけど……。全員の部屋を徹底的にチェックしたらあっさり鍵が出てきてゴーストの正体が分かったり――はしないか。仮に鍵が見つかっても、それ以外の方法でゴーストが部屋に出入りしていて、別の人を陥れようとしている可能性だってあるわけだし」
僕は少し頭をひねったすえ、みんなの名前の下に言葉を付け足した。
・谷崎友哉:動機×、誘拐△、睡眠ガス△、根津殺害○
・氷室慶次:動機○、誘拐◎、睡眠ガス△、根津殺害○
・栗栖一:動機△、誘拐△、睡眠ガス◎、根津殺害○
・佐野義武:動機◎、誘拐△、睡眠ガス△、根津殺害○
・根津正弘:動機△(○)、誘拐△、睡眠ガス△、根津殺害○
・小村赤司:動機△、誘拐○、睡眠ガス◎、根津殺害×(△)
僕は自分で書いたメモをしばらく見つめた後、結局メモを投げ捨て椅子にぐったりと背を預けた。
こうしてまとめてみても何も思い浮かばない。やろうと思えば誰にでも可能で、誰がゴーストなのかを明確に絞るなんて全くできない。それに今回は敢えて無視したけど、隠し通路や隠し扉がある可能性だって零ではないのだ。そこまで考慮すれば何でもあり。鳥籠の中に入っている僕らに、ゴーストを見つける術や逃れる術などないも同然である。
ふと、そういえば僕自身はどうなのだろうと考える。僕は僕が犯人でないことを知っている。極度のストレスから知らぬ間に二重人格になっていたのだとしたら分からないが、いくらなんでもそんなことは起こらないだろう。
となると無実であることは確定するはずだが、他の人から見たときにどうかは微妙なところ。佐野先輩も知っていたように、僕と千世はかなり仲が良かった。幼少期からの長い付き合いであり、今でも教室にいるときなんかは毎日のように話し合っていた。当然休みの日に一緒に遊びに行ったりもしていた。
つまり他の人からしたら、佐野先輩と同等、もしくはそれ以上に僕が怪しく見えている可能性すらある。冤罪でつるし上げられるなんて真っ平ごめんだし、なんとか自身の潔白を証明するぐらいの対策はとっておきたい。
僕はゴースト探しを諦め、どうしたらみんなから疑われなくなるかを考え始める。けれどやっぱりこちらもいい考えは浮かばない。なんだか全てがどうでもよくなってきて、僕はベッドに横たわってぼんやりとすることにした。




