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八角館殺人事件  作者: 天草一樹


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13/21

12:探偵と部屋籠り

 ホールに戻ると既に氷室と友哉、そして栗栖も席についていた。先輩が僕の部屋から出てきたことに友哉は驚いているようだったが、特に声をかけてはこず、僕らはそれぞれ空いている席に座った。

 全員が席に着いたのを確認すると、いつものように氷室が尊大な声で話し出した。

「さて、根津の死から新たに判明したことをもとに、これからの方針を立てていきたいところだが――まずは栗栖。お前は今朝ホールの床に倒れて寝ていたらしいが、一体何があったんだ。取り敢えずそれを教えてもらおうか」

 友哉だったらすぐさま反論しそうな高圧的な態度。しかし栗栖はそれを一切気にかけることなく、淡々と述べた。

「昨日の夜、僕は部屋に戻らずずっとホールにいた。根津君が言うようにもし隠し通路が存在するならホールにいる僕の存在なんか無視して事件が起きると思ったし、そうじゃないなら僕を殺すか気絶させるか。何かしら対策をとってくると考えた。

結果は後者。深夜二時くらいだったか。天井から急に睡眠ガスが流れてきた。逃げようと思って部屋に向かったけど、時間も時間だったし気づくのが遅れてね。部屋にたどり着く前に眠気に負けて倒れたんだ」

 場合によっては犯人に殺されていてもおかしくなかったことを理解しているのだろうか。まるで自分の生死に興味がないかのように無感情に事実だけを話していく。

 そんな彼の態度に興が削がれたのか、氷室はつまらなそうに話を戻した。

「ちっ。図書館の幽霊ともあろうものが、睡眠ガスなんかに屈したのか。それに見す見す根津も殺させてしまうとはな。所詮お前の噂もガセだったか」

 氷室の言葉に引っ掛かりを感じ、僕は栗栖に視線を送りながら聞いた。

「昨日も氷室君、栗栖君に関して何か言いかけてたよね。この村で数少ない興味のある人物だとか。栗栖君って僕たちが知らないだけで有名な人物だったりするの?」

 氷室は不敵な笑みを浮かべ、自分のことのように栗栖を紹介する。

「こいつは実際に殺人事件を解決したこともある本物の名探偵なんだよ。時折この貧乏人ばかりの田舎から出て、各地で起きた複雑な事件を解決しているらしいぞ。今こんなクソ田舎で暮らしてるのは、事件解決の際に恨みを買ったとある組織から身を隠すためだとか」

「それ、マジかよ……」

 まるで漫画や小説のような話を聞き、氷室を除く僕ら三人は唖然としつつ栗栖を見つめた。殺人事件を解決したことのある本物の探偵など、現実に存在するとは思っていなかった。まして図書館の幽霊とあだ名される、片田舎の学生がそんな傑物だったなど誰が想像することができただろうか。

 僕ら三人の中で真っ先に正気に返ったのは佐野先輩。まるで大人が子供を脅迫するかのような勢いで、栗栖の肩を掴みながら矢継ぎ早に問いかけた。

「今の氷室の話は本当なのか! だとしたら一体誰が千世を殺したのかだって知ってるんじゃないのか! お前だってあの日学校にいたんだろ! 推理をするのに十分な情報は――」

「少し黙ってください」

 それは静かで、決して大きくはない一言だったけれど、佐野先輩を――いや、氷室を含めた僕たち全員の動きを止めるに十分な迫力があった。

 先輩は栗栖の肩を掴んだまましばらく呆然としていたものの、ふと我に返り慌ててその肩から手を放した。そして、気まずそうに頭をかきながらも小さく頭を下げると、再度丁寧にお願いし直した。

「その、申し訳ない。探偵なんて聞いたからつい興奮して……。だけど改めて聞かせてもらいたい。もし君が本当に事件を解決したことのある探偵だというなら、何か千世の死についても考えがあるんじゃないか? 理由はどうあれこの村に住んでいるなら、夜、村の住人が外に出ることの不自然さは知っているだろう。頼む! 千世の死について何か分かることがあるなら、どんなことでもいいから俺に教えてくれ!」

 鬼気迫るような先輩の懇願にも、栗栖は動じた様子は一切見せない。しかし、僕たちの視線が黙っているだけでは外れないことを悟ると、やや気怠そうにしながらも口を開いた。

「……まず、氷室君の言ったことに間違いはない。別に名探偵なんて名乗るつもりはないけれど、時に頼まれて事件を解決することはある。だけどそれらは基本、仕方なくだ。どうしても断れない要件や、解決する以外に道がないときだけの話。それ以外の時に自分から首を突っ込むことなんてしない。危険だからね。だから佐野先輩には悪いけど、芳川さんの死について僕が考えていることは何もないし、特に解決するつもりもないよ」

 取り付く島もない態度で栗栖は先輩の頼みを断る。

 実際栗栖からしたらあまり縁のない千世の死を究明する義理なんてない。いくら先輩にとって千世の死が重要なことであろうと、それを他人に押し付け解決させようなどするのは道理の通らない話。

 この様子だと金を積んだからと言って解決してくれるわけでもなさそうだし、諦めるしかないように思える。先輩もそれを感じ取ったのか、悔しそうな表情を浮かべながらも肩を落としていた。

 だが、ここで意外にも、氷室が先輩を擁護するようなことを口にしだした。

「おい栗栖。だったらまさに今こそが推理しないといけない状況じゃないのか。ここから出るためには犯人を見つける必要があるだろうし、犯人を見つけるには千世の死に関する話し合いが必須だろう。ここはお前の推理力を持って、千世の死の真相について解明すれば全てが丸く収まるんじゃないか」

 栗栖は面倒そうに目を細めると、氷室を見返した。

「三日すれば助けが来る。そう言ったのは君だろう。ここで僕が推理をして、もしこの中の誰かが千世の死に関わっていることが分かれば、ゴーストは間違いなくその人を殺してしまう。だったら何もせず救助が来るのを待つ方が安全だ」

「おいおい、既に根津は殺されたんだぜ。もう一人殺しちまった犯人が、やけになって俺たち全員を殺そうとしないとも限らない。だったら犯人の要求を満たして、ゴーストの狙いを明確に絞った方が俺やお前のように無関係な奴は安全だろう。それにお前が推理した結果、千世の死は事故死だったと分かるかもしれない。そうすればゴーストも大人しく自首するだろうし、この場の全員が幸せになれる。推理しない理由の方が少ないくらいだろう」

 口調こそ腹立たしいが、言っていることはまたしても正論であるように思える。栗栖もむっつりとした表情で目を閉じると、この後どうすべきか考え始めたらしい。

 数十秒の沈黙の後、栗栖は目を開けると、無感情に言った。

「悔しいけど君の言うことには一理ある。芳川さんの死について推理することはゴーストの思い通りのようで嫌だったけど、根津君が殺された今そんなことも言ってられない、か。彼女の死の真相について、この場で推理して解き明かすことを約束するよ」

「それは本当か!」

 佐野先輩が飛びかからんばかりの勢いで栗栖に尋ねる。

 栗栖はそれを冷静に無視すると、「ただし」と言葉を添えた。

「いったんこの場の皆には部屋に戻ってもらう。推理するときはできるだけ雑音を取り除きたいし、後で一人ずつ芳川さんに関わる話を聞きに行きたいから。明日までには必ず推理をまとめて真相を明らかにするから、僕が呼びに行くまで全員部屋の中にいてもらう。この条件を飲んでもらえるなら、僕は推理をしよう」

 先輩は一も二もなく頷いている。僕としても彼の提案に異論はない。

明日栗栖君が呼びに来るまで誰も部屋から出てはならない。これはつまり、千世の死の真相が知りたかったら、これ以上誰かに危害を加えるなというゴーストに対しての牽制だろう。この不利な状況を逆に利用して、ゴーストへうまく圧をかける所を見るに、殺人事件を解決した名探偵であるというのもまんざら嘘ではないのかもしれない。

 僕が関心しながら栗栖を見ていると、不意に友哉が不安そうな声を上げた。

「明日までに解決って、もし今日中にお前が解決できなかった場合、俺たちは一晩中部屋の中に籠ってることになるよな。それって危険じゃないのか? 大体この館にいながら千世の死について解決できるとも思えないし。もしお前が解決できなかったら、それこそゴーストに全員殺されるんじゃないか?」

 ちょっと悲観的な考えではあるけど、友哉の気持ちも当然と言えば当然のもの。それに友哉がそんなことを気にしているのは、どうやら僕を心配してくれているからみたいだし。さっきからちらちらと僕へと心配そうな視線を投げかけてくる。

 栗栖がそれに答えようとすると、またしても氷室が嘲るような笑みを浮かべ反論の言葉を並べ始めた。

「全くお前は、貧乏人の中でも特に貧相な頭の持ち主らしいな。栗栖の話を何も聞いてなかったのか? このしょぼい館には貧乏人なりに工夫を凝らした結果、睡眠ガスを散布する機能が備え付けられているらしい。つまり誰がどこにいようと、ゴーストは動こうと思えば皆を眠らせ自由に標的を狙いに行けるわけだ。お前の考えは無駄もいいところだな」

「は! お前こそ昨日の司の話を聞いてなかったのか。ゴーストは俺たち六人の中にいる可能性が高いんだ。この場にいる全員が一部屋に固まっていれば、自分も浴びてしまうような眠りガスをゴーストは使えなくなる。そうなれば俺たちは誰も傷つくことなく救助が来るまで待つことができるだろ」

「ゴーストが俺たちの中にいようとも、その共犯者である小村赤司はこの中にいないんだ。全員が寝るのを待ってからゴーストだけ起こすことも可能だろう。それにもし根津がゴーストで、開かずの間から俺たちのことを窺っていたらどうする。俺たちが固まっているところに睡眠ガスを流して全員眠らせるなど造作もないことだろ」

「……くそっ!」

 反論の言葉は思い浮かばなかったらしく、友哉は悔しそうに床を蹴りつける。できるだけ争わないようにと言ったけれど、やっぱり我慢するのは難しいらしい。栗栖の提案がなくとも、友哉と氷室を同じ部屋に一晩中置いておくのは土台無理な話だったように思える。

 二人の言い争いに一応の決着がついたと見たのか、改めて栗栖が口を開く。

「それじゃあ、谷崎君も不本意ではあるだろうけど納得してくれたようだし、それぞれ部屋に戻ってもらおうか。緊急事態が起きた時は流石に部屋を出ても構わないけど、それ以外では決して部屋から出ないように。それだけは必ず遵守してください」


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