ヒミツだらけのバンド
筆者は若い頃、ビジュアル系バンドにいた。
いや”にもいた”と言うべきか。
私はドラムをやっていた。
ドラムのというのはやっている人口が少なく重宝される。
なので必然的に色んなバンドから正式メンバーとは言わずとも
「今度のライブで叩いて」
と言われるのである。
基本イエスマンの僕は断る理由は無い。
その経緯でビジュアル系バンドからも誘いがきた。
ビジュアル系バンドというのは面白い人種の巣窟である。
クレイジーであって自分が大好き。
一般人よりも危機管理能力が乏しい者も多いので事件も多い。
もちろんマトモな人も多い。
これは私の周りの”たとえ”の話だ。
まずはその中でも年上の先輩バンドのサポートをやった時の話だ。
ビジュアル系ではある程度の年齢の限界がある。
化粧のノリや音楽の年代のこともある。
基本的に若いファンに”古き良き”は存在しない。
バンド側も若いほど当然のように人気も取りやすい。
先輩たちは「若い頃に人気があって、今は大御所とつながっている」
という割とやっかいなタイプだ。
お客さんの動員数は少ないがプライドはいっちょまえで、
変に大御所と繋がっているもんだから、事務所や業界的な話を後輩にすると
何も知らない若い後輩は
「すげー!この人といたらプロになれる」
と騙される。
騙された結果、重たい機材運びや買い物の使いっ走りなどをさせられる
”ローディ”と呼ばれる師弟関係に堕ちるものも少なくない。
普通の音楽業界でローディとは
「楽器のプロフェッショナルで、メンテナンス、管理できる業者さん」
を指すが、ビジュアル系は違う。
基本的に単なる小間使いだ。
中には小間使いを極めてしまって、いつまでもバンドをやっていない残念な奴もいる。
主人が控え室でギターを触って2、3分ピロピロしたあと
さっとギターを受け取りスプレーをかけて磨いてスタンドに丁寧に置く。
打ち上げでは常に主人のタバコを2、3箱実費でポケットに忍ばせておく。
気が利きすぎるのだ。
その様は執事そのもの。
こうなると再起不能。
見た目を気にするビジュアル系が小間使いをメンバーに誘う事は二度と無い。
話はそれてしまったが、過去の経緯や他人の名前を使って小間使いを絶やさない。
それが私がサポートした先輩バンドだった。
ここで仮名をあげておく。
あくまで仮名だ。実在する名前とは関係ない。
ボーカル、トシ
ギター、シン
ベース、カッツ
そして私。
私以外の3人は学生の頃からあわせると10年以上の仲だ。
20代で10年以上の付き合いは非常に財産である。
だがこの3人は何かがおかしい。
そう、題名の通り「ヒミツが多い」のだ。
ボーカルのトシはボウイ世代。
やはりバンドの看板という意識が高いのか、口調も巻き舌のロックンローラー。
彼がまずおかしい。
よく僕に耳打ちしながら
「誰にも言うなよ」
から始まる会話を毎日してくる。
別に貴方の事は僕の普段の会話でウワサも出て来ない。
だから聞く。
僕をバンドに誘ってきた時もそうだった。
ライブハウスの裏の誰もいない所で僕に言ってくる。
「誰にも言うなよ」
じゃ僕にも言わないで。
これが僕とトシ先輩との最初の言葉である。
トシ先輩はその続きはこう話す。
「今V(レコード会社のイニシャル)からデビューの話がきていて、オレらのデビューに当たって予算が2億組まれるんだ。普通なら8千万くらいだぜ?でもそれじゃバンドはすぐに何も動けなくなる。オマエとならやれるんだ。」
この時、僕は非常にラッキーな事に別のレコード会社からドラムのいないあるバンドでデビューしないかと話がきていた。
そこで色々と業界の仕組みを聞いたり勉強したりしていたのである。
なのですぐに嘘だと気がついた。
でもライブ毎にギャラをくれるというので了承した。
その後もトシ先輩は
「誰にも言うなよ」
と言う口癖で僕にすり寄ってくる。
どこぞのレコード会社がソロで欲しがっているだの、元どこどこのバンドが引き抜いてくるだの。
嘘である。だが嘘であって嘘ではない。
妄想なのか、それとも実話でことごとく玉砕しているのか。
かなり具体的に話してくるからタチが悪い。
今、世間をにぎわせているDAIGOさんがDAIGO☆STARDUSTだった頃
あれはレコード会社がトシ先輩かDAIGOさんで競り合ったと話していた。
もちろん嘘だ。
その嘘は当時DAIGOさんが
「氷室京介のお墨付き」
というのをプロモーショントークにしていたからだと後から気がついた。
トシ先輩は単純に氷室京介が好きだからだ。
金が無くても東京ドームまで飛行機で行く程だった。
そんなトシ先輩はあることないことを大きく言う「虚言癖」を煩っていた。
次はギターのシン先輩だ。
最も情に厚く、優しく謙虚で気さく。
そんな彼も僕にこういう切り出し方をしてくる
「みんなには言わないでね」
残念だ。いい人なのに隠し事だらけだ。
だがこの人はトシ先輩の虚言癖とタイプが違う。
彼女が怖いのと自分が貧しいのを人に言わないでと言ってくる。
そう。シン先輩のプライベートのグチ。
なら別に僕にも言わなくてもいいのである。
彼はいつも「金が無い」と言う。
おそらく彼の部屋にはギターとマーシャルのアンプ以外何もないであろうと想像する。
ちなみにギターのアンプはライブハウスに常設してある。
彼がギターアンプを売らずにいるのはビジュアル系の周囲の目を気にしているからである。
ビジュアル系のライブは頑張って機材を持ち込むのがステータスだ。
そしてそれをローディに運ばせて自分は早々と打ち上げ会場に行くのもステータスだ。
だから売れない。
そんなシン先輩が何故誰にも言わないでと貧しさを言ってくるか。
今になって思っても僕にはわからない。
だがこれが後々大きな事件に発展する引き金となる。
ベースのカッツ先輩のヒミツはは限りなくトシ先輩と近い。
でも彼の場合はあり得ないようなデカイ事は言わない。
言う事は周りとの人間関係の事だ。
まず彼女ができても誰にも言わない。
何故かと言うとファンであったり
バンドをボランティアで手伝ってくれている身内であったり。
あと他のバンドの危険な情事も
「誰にも言うなよ」
とお決まりのフレーズから始まって包み隠さず僕に聞かせる。
おそらくこの3人の中でもっとも害虫のパターンである。
でも人はすごくいい。
シン先輩と同様、優しく謙虚。
心を開いて話してくれるような人だ。
問題なのは女癖だ。
元来、ものすごく寂しがりやのようだ。男、女かまわず甘えてくる。
身内に手を出す以外にも、惚れやすい、別れ話で取り乱すなど
面倒な部分が多々ある。
こんなバンドに何故いたかと言われたら
単純に安くてもギャラが発生したからである。
どんな職場にもイヤなヤツはいる。
好きな事ができて、イヤじゃないけどろくでもない人ならいいじゃないか。
いつでも辞めれるし。
その考えが僕に悲劇をもたらす事になった。
バンドも半年が過ぎ、レコード会社などやはり無かったなと確信した頃
もう頃合いかと辞める話を済ませた。
正式メンバーではないしそろそろかなと思っていてくれたのか
引き止められず惜しまれつつといういいカタチで話は終わった。
私は田舎に住んでいたのだが、これを機に一人で上京してみようかと思っていた。
バイトしながら貯めたお金があった。
少ないがこれでとりあえず引っ越して初めての一人暮らしだと緊張していた。
そんな時、電話が鳴る。
シン先輩からだ。
「もしもし?あのさ・・・誰にも言わないでくれる?」
いつものパターンだ。
「はいはい。なんですか?」
シン先輩は次の瞬間、声を大にしてして謝ってきた。
「すまん!!金を貸してくれ!!サラ金に手を付けちゃってどうにもならないんだ!!
今は青森の実家に逃げてきてるんだけど、必ず2週間後に親から借りて返すから!!」
読んでいる方はもうお分かりだろう。
僕もこの頃は若かった。
無い袖が振れなくてサラ金に手を出したのに、返す当てがあるわけ無い。
でも情に厚く、苦楽を短い期間でも供にしてきた先輩に
その当時疑う事ができなかった。
2週間後、結局連絡は来なかった。
教えてもらった実家に電話をかけると一応母親は出る
だが
「ウチでも探している」
の一点張り。
なんとかしてくださいと粘っていると母親はこう切り出す。
「他の方からもそう言われてるんですけどどうにもならないんですよ」
なんと、彼は周囲から金を借りまくって逃げていた。
その金額は数百万。
もちろん、みんな知っている人達だった。
何年か定期的に電話したりなどして粘った。
だが争いというのは気持ちが消耗して行く。
結局、僕はお金を諦めた。
なぜなら証拠が無いからだ。
証文も何も無い。若い僕らが訴えても警察は動かなかった。
探偵を雇って直接ふん捕まえるか、親を相手取って裁判でも起こすか。
若い僕らはどうしていいかわからないまま
悔しさを維持できず年月に負けた。
僕の場合はラッキーな事に、上京しなかったお陰でレコード会社から仕事が戴けた。
それは額は少なくても念願だった音楽業界に少しでも携われただけで嬉しかった。
だから今もし本人に会っても、ぶん殴って金を返せと迫るだろうが
心底恨んではいない。
世の中憎めない人間というのはいるもので、
時が過ぎた今になると悔しさは微塵も無くて
むしろ何かの間違いだったんじゃないかと思う。
何故か信じてあげたくなる。
それがシン先輩だった。
このヒミツだらけのバンド、トシ先輩もカッツ先輩もシン先輩に騙されたようで。
でも彼らは口を揃えて言う。
「誰にも言うなよ」
後日、サポートで別の人をギターとドラムに迎え
改めて解散した。
そのライブでは
「音楽性が違ってシンとはできなくなった」
とトシがMCで言った。
だがあまりに大きな事件だったので客も他のバンドももちろん知っていた。
被害者も多かったが、カッツ先輩が辛さと寂しさでいろんな女に話してしまっていたようだ。
地元が同じだった3人。
トシ先輩かカッツ先輩がかくまったとか庇っているんじゃないかという疑惑も持ち上がった。
でも彼らには本来隠し事があまりに多い。
カッツ先輩がかくまってもトシ先輩は知らないだろうし
トシ先輩が庇ってもカッツ先輩は知らない。
もう7、8年経つ。
いつか先輩達が時効と思った時に
「誰にも言うなよ」
と真実を話してきそうな気が今でもしている。