ラーメン
相手が宇宙人ではなく人間であることで少しは安心したが、
「あの〜、大丈夫ですか?」
月光に照らされ、そこには白いローブを被った少女が佇んでいる。
小さな身体を覆うローブから垂れる赤い髪。僕を射抜くような大きな瞳。その少女の存在はどこか浮世ばなれしていてなんだか自分が場違いな気持ちにさせる。まあ、俺の家のベランダだが。
「‥‥」
白いロープは月の光に照らされ、暗さの中に何かキラキラとした紋章が浮かび上がる。
「一応、僕の家のベランダなんだけど」
「‥‥」
こちらを見つめてはいるものの、答える気配はない。
「猫、追いかけてきたんでしょ」
見つめられるとドキドキするのがわかる。
このまま何も答えてくれなかったらどうしよう。
相手に黙られたらどうしていいのかわからない。
何を話そうか。
そんな僕の不安を察したのか。
「うん」
彼女も不安げに囁いた。
「もしかして、103号室の方ですか?」
不安そうなまま、
「‥‥うん」
ホッとした。このままさよならするのも少し残念な気持ちもしたが、引き留めるのもおかしいから、
「やっぱりそうですよね、帰れます?」
僕は玄関を指差す。
「‥‥」
「あっそうか、鍵がないのか。ベランダから帰れます?」
「‥‥うん」
そういうと彼女はのっそりと立ち上がると猫を抱えた。こちらをじっと見ている。
何か別れの挨拶でもした方がいいのか?
こういうのがダメなんだ。
大学に入って改めて感じたことだが。
僕は女子とうまく会話ができない。
女子大生なんてはっきりいって何の脈絡もなく存在している。
女子大生は訳も分からずそこにいるし僕もたまたまそこに居合わせた。
そんなことはよくある。
どっちにとっても偶然そこにいるし何の合理性もないが、偶然という点では合理的に存在している。
だから僕が女子大生に話しかけても何の問題もないはずなのに、
僕は僕が女子大生に話しかけることに違和感を感じてしょうがないのだ。
今だってそうだ。
何を話しかけても少女に話しかけるには不適当に思える。
僕が戸惑っていると、少女はもう僕に対する興味を失ってしまったように僕から目を離してしまった。
猫は彼女の腕からスルリと抜け出して、ベランダを隔てるしきりから103号室に消えてしまった。
彼女は少し驚いた顔をして、またもとの顔に戻ってしまった。
彼女も排気を足場にしきりに手をかける。
僕は呆然と見ているしかない。
何かを思い出したかのように突然、彼女は僕の方を見た。
「さようなら」
心地よく響く彼女の優しい声に僕は何も返せない。
いつもそうだった。
女の子はいつも突然で、僕はいつもうまく反応できない。
そのまましきりを乗り越えて飛んでいった。
そして落ちていった。
そう、どすんという音を響かせて。
なんだったんだろう。
あれほどの美少女にはあったことがない。
大きな、それももうありえないような出会いを失ったような気がする。
ラノベには落し物というジャンルがあるけど、僕は拾うことができず、結局隣の部屋に落ちてしまったようだ。
残念だが、これが現実。
僕にはどうすることもできない。
大学生は現実を知っている。
自分を責めることも飽きてしまっている僕はなにもかも馬鹿らしくなって
フラフラとベットに倒れこんだ。