四十話 暗躍するけもの
「此処は一体どこだあアアアア」
人狼は吼えた。先ほどまで自分は森の中にいたはずだと。人狼は気がつくと何もない暗闇だけの空間に立っていた。何かの罠かと考え辺りを見渡すと、目の前に椅子に座った女、アズが現れた。
彼女は直感で、目の前に居るこの女がこの場所に連れてきたと信じ襲い掛かった。
「ギャシャアアアアアア」
「ふん!」
「!?ッギャ嗚呼アアアアア」
アズは瞬間移動し、人狼の攻撃を避けて力を発動させた。アズの力によって人狼はだらりと倒れ込み、苦痛の叫びをあげる。やがて、叫びが収まりグッタリ起き上がると、そこにいたのは人狼では無く、
「………」
人間、『杏奈』であった。アズによって正気に戻されたのだ。虚ろな目をしてアズを見つめ、不安げに尋ねる杏奈。今の彼女に人狼の影は無い。
「ここはどこですか、あの世ですか……」
「違うよ、杏奈ここは私の世界さ私はアズ、代行者といっても分からないか。まあ神様みたいなものだよ」
「神……」
神と聞いて、杏奈は人狼であった時の罪に対する罰に怯えた。そんな彼女にアズは優しく話しかける。
「君と家族は不幸だったね」
「! 知っているのですか」
「知っているとも、君が何故人狼になったのかもそして、人狼でいた時のことも」
「そうですか……」
彼女は顔を俯き、人狼であった時の事を思い出す。
人を殺し、生き続けた事や、誰かに命令され、殺しを行ったことを。勿論人狼であった時はまともな思考はしておらず、そう簡単に第三者が杏奈を責める事は出来ない。
しかし本人は別である。杏奈は自らの罪に思い返し、気が狂いそうになった。自分の罪を見つめ、沈黙する杏奈の気持ちをアズは察して言葉を発した。
「私は君の罪を消すことが出来る」
「なんとおっしゃいましたか!?」
その言葉に驚愕した。杏奈は頭の中で、もし罪が消えるのならと考え、彼女に縋りつく。自ら行った、愚行が無くなることは、彼女にとって魂の救済に等しかった。
縋りつく杏奈を見て笑みを浮かべるアズ。
「それは、今の夢幻界を滅ぼすことに、協力してくれたらの話だがね」
「…………」
アズの話を聞いて困惑した。滅ぼすと言う事は誰かの命を奪う事である。人狼の思考の時でなければ殺人を行う事は杏奈には難しかった。困惑する杏奈に諭す様に話すアズ。
「君は今の世界の被害者だ…… 正当な復讐だよ」
「……!」
その言葉に杏奈は考え込む。自分が人狼になったのは無関係な人々の都合であり、そのせいで大切な夫と子を失ってしまった。
子が殺された時と夫が自殺した時の事、家族が受けた屈辱を思い返し、杏奈の心から地獄の業火の様な怒りが湧き出でた。アズは語る。
「夢幻界を滅ぼしたのなら、君が望む世界にしてあげよう。君の大切なモノも蘇る。その際人狼であった時の罪も記憶も消してあげよう」
アズの言葉に家族との思い出が脳裏によぎる。とても暖かな笑顔、とても大切な時。そしてそれを奪われてしまった時の絶望を、怒りを。
「……分かりました。その言葉を信じ協力しましょう」
彼女はアズを信じた。そしてどんな事をしてでも、家族が犠牲にならず罪も背負わない、本当の未来を取り戻そうと決意した。杏奈の返答に相手は喜んだ。
「ならば、君が人狼だった時の力を使える様にしよう。より強くしてね。あと、いつでも私に連絡取れる様にもしてあげよう」
言葉とともに指を鳴らす。すると杏奈の内から力と暴力性が湧き出てた。彼女は再び力と狂気を手にし人狼となった。アズは満足げにし、人狼に話しかける。
「では、管理所に行き、エルカードでも取ってきたらどうだい?君の力になる。おっと、これを忘れていた。いけない、いけない」
再び指を鳴らした。すると杏奈の頭に葉月の姿が浮かび上がる。昔戦った少女だと思い出した杏奈。アズは葉月が破滅を防ごうとする者だと教え、人狼にとって壁となる存在だと伝えた。
この事に人狼は戦った時の事を思い出し、大した敵でないと意に介さずアズに今後の事を尋ねた。
「私は、君の様な者を探し、力を与えたりする。勿論その時には君にも教えるよ」
そう言葉を発し、姿を消した。
「!……此処は?」
気がつくと杏奈こと人狼は暗闇の森に佇んでいた。辺りは暗く、虫の鳴き声が聞こえた。空には星々と月が出ており、夜であった。
「…………」
彼女は過去の暖かな記憶を思い返して管理所へ駆けた。自らの世界を手にするために。




