第三十六話 幸せの中
「何の音だ」
深夜、ある屋敷に住む、向上という男が、ガサゴソという音で目を覚ました。向上は不思議に思いながら、布団から体を起こして、音が聞こえた方へ足を進めた。音が聞こえたのは、庭からであった。庭には大根やジャガイモを植えていた。
「野良犬か野良猫か」
庭に植えているものを思い返して、庭に続く戸をあけた。夜で暗い庭には、やせ細った薄汚い女が、庭の大根を掘り返して丸かじりしていた。向上はそれを見て驚きで目を大きく開いた。
「まさかの人間か」
向上のつぶやきに、女はびくりと肩を起こして、泣き出しそうな顔をして男のほうに向いた。女の正体は安奈であった。
「申し訳ありません。お腹がすいて」
安奈は怯えながら、喰いかけの大根を下に置き、深々と頭を下げた。
「お腹がすいていたのです。どうか暴力だけは」
体を震わせて、地に頭をつけて懇願した。向上は安奈の恰好をじっと見て、
「飯を用意してやる。家の中に入りなさい」
そう告げた。その言葉に安奈は驚いた。
「あのいいのですか」
「構わん。さあ入りなよ」
そして茶の間についてくるよう促して、屋敷の奥へ進んだ。向上の言葉に安奈はおどおどしながらついていった 安奈は茶の間に案内されて、しばらく待ってくれと向上に座布団の上に座らされた。
しばしのち、向上は大もりの白米とみそ汁、大根の漬物といった料理を女の前に出した。安奈は目の前に広がる料理に唾をのむ。
「食べな」
その言葉に安奈は料理にかぶりついた。瞬く間に料理は消えた。女は料理に満足して箸をおいて、深々と頭下げた。
「大変おいしかったです」
「そうか、よかった」
「なんとお礼したいいか」
「礼なんていらないよ。困ったときはお互いさまさ」
その言葉に女は、涙を流した。男は困惑した。
「なぜ泣く?」
「実はここに来るまで、大変な目にあいまして」
「聞かせてくれ」
安奈は今までの自分の身に起きた事を全て男に話した。男は神妙な顔をして話を聞いた。
ーーー
男は話を聞き終えて、安奈にある提案をした。
「どうだ、君。この家に住まないか」
男の提案に安奈は驚き、うれしく思いながらも「私なんて、いても何にも役に立ちませんよ」
と話した、しかし男はくったくのない顔で笑いながら、「客人として招きたいのさ」
安奈は男のやさしさに身が震えた。
「どうして、そこまでしてくれるのです!?」
「夢幻界は生きるのにつらく険しい。だからこその助け合いさ」
その言葉に安奈は再び泣き、なんども頭を下げて感謝した。
こうして、向上の家に、安奈が住むことになった。安奈は住むことに申し訳なさを感じてか、向上の家の掃除や家事を手伝った。それを見るたび、向上は「しなくていいのに」と苦笑した。
安奈は向上の家に住んでからは、幸福であった。安奈は向上に深く感謝した。やがて二人の間に親愛の情が生まれた。
ある日、安奈が向上の部屋に掃除をしにやってきた。向上の部屋の窓辺には望遠鏡があり、壁の本棚には星に関する書物が並べられていた。本の中には人間界の本も紛れていた。これらの物品は向上の趣味だった。向上は安奈とともに星座を見て、星々の話を語った。安奈は向上が教えてくれた星々の話を思い出しながら、物や本をきれいに美しくした。
「安奈」
自身の名を呼ばれ安奈は、後ろを振り返った。後ろには恥ずかしそうにしている向上がたっていた。
「どうかしましたか」
「君に言いたいことがあるんだ」
向上の言葉に安奈は神妙な顔になった。
「君が良ければ、僕と夫婦になってほしい」
向上のことに安奈は驚き、とても嬉しく思った。そしてこう返答した。
「美しくない私でいいのですか」
「君は美しいよ」
向上の言う通り安奈は、美しく成長していた。黒く長い髪は美しく肌は透き通っていた。この美しさは向上の家で、飯に困らず飢えなかったからだ。
安奈は向上の言葉に赤面して、下を向いたまま、うなづいた。
こうして、彼女は向上の妻になった。安奈は喜びの中に存在した。




