第三十五話 飢えと川の中
安奈は大男のもとに連れてこられて数日がたった。安奈は毎晩、大男にけがされ続けた。大男は安奈が抵抗するたび安奈の顔や体を殴った。ことを終えると、どこかで取ってきた肉を少年に渡して調理させて少年と食べた。
そして肉の残りを安奈に渡した。大男は、飯を食い終わると、床にゴロンと転がり、いびきを立てて寝た。男が寝たことを少年が知るや否や、彼は横になっている安奈に歩み寄り、大男同様彼女を犯した。
安奈はもはや精神が擦り切れて抵抗というものが出来なかった。汚されるたび、体がバラバラになるような錯覚を感じた。安奈はことを終えた少年は横たわる安奈に話しかける。
「逃げたきゃ逃げればいいさ」
その言葉に安奈は反応した。
「あなたは大男から逃げないの?」
「逃げゃしないさ。大男についていりゃ肉が喰えて飢えなくて済む。だからあんたも犯されるだけで、逃げようともしないんだろう?」
「私は違う」
「何が違う。お前もわかっているんだろう大男がいなければ、肉なんて食えないことを。」
「…………」
「大男は今飢饉なのに正体不明の肉を持ってこれる。だからお前は逃げずに、生きるため体を奴に与えているんだ」
「そんなこと……」
安奈は否定の言葉をつなごうとしたが、事実、この場所から逃げていない。彼女は与えられる肉で腹は満足していた。
汚されるのが嫌ならばここから逃げているはずだ。しかし彼女は逃げださない。外に出たら再び飢えてしまう事を知っているからだ。
少年の言葉に安奈は自分がそういうことを無意識で行っていると思い込んで涙を流してしまう。
その涙を少年は見て、心の中に多少の罪悪感が生まれ、言葉を発した。
「飢えることを、恐れないならば、今ここで逃げればいい」
彼の言葉に彼女はボロボロの体をゆっくりと起こして立ち上がった。少年は安奈がここに残ると思っていたので驚いた。
「出ていくわ。私は食欲のみで生きてるわけじゃないはずよ」
そうは言うが、心の底では、肉が喰えなくなるのは惜しいと思う自分がいた。しかしそれを抑え込んで、食欲ではない、自分の意思を尊重した。
「へえ、また空腹に苦しむぞ」
「だとしても……。貴方は?」
「僕は…… 残る。大男は嫌いだけど空腹はいやだ。」
少年は空腹から、逃れられなかった。人間的な意思より、生物としての食欲を選んだ。少年も安奈同様に飢饉で放浪していたところを大男に会ったのだ。彼は空腹に苦しむことに耐えれなくなっていた。
「そう悲しいね」
そう言って彼女は洞窟から抜け出して、あてもなく走った。裸足であったために足が痛み、何度もこけたが、大男がいる洞窟から必死に逃げた。体がボロボロになっても走り続けた。
ふと洞窟のほうから、大男の「どこ行った!!」と叫びが、安奈の耳に聞こえた。彼女は犯された夜を思い出して、吐きながら、泣きながら遠くへ逃げていった。
ーーー
どこかの川辺にて、安奈はゼイゼイと呼吸を乱して砂利の上に座わりこんだ。そして水を飲もうと川の水面を覗き込んだ。水は鏡のように安奈の顔を映す。
「だれこれ……」
水面に映る安奈の顔は、大きく腫れていて、涙の流した跡や泥、絶望で汚れていた。
水面に映されたわが身の不幸に彼女は声を上げた。
「うあああああああああああああああああああああああ」
声を上げた直後、彼女は今の叫びで大男が来てしまうかもしれないと考えてしまった。
そう思っただけで彼女の全身は震え、恐怖した。
しかし大男は来ない。
彼女は自分の叫びが聞こえなかった喜びと、悲しみの叫びさえ誰かの耳に入ったかもしれぬ恐怖に怯えている自分自身に嫌になった。
彼女は川の中を見る。川の水は澄んでいてとても美しかった。彼女は川をじっと見る。
(この川に溶けたい……)
彼女の心に入水自殺という言葉が浮かんだが、死の恐怖で足は川のほうへ動かせなかった。
しばし、川を眺めた後、安奈はあてもなく歩き始めた。




