第二十三話 追憶の雨
―――<第二十三話 追憶の雨>
了は病室内でアサキシとの思い出に浸っていた。管理所に所属して間もない頃、了は所長室で、テーブルに座りアサキシから勉学を受けていた。 了の体面に座っているアサキシが、ペンを指で回転させながら話す。
「人間は家族というものを大切にしなければならない」
「それはどうして?」
アサキシの言葉に疑問を浮かべる了。そんな了をみてアサキシは尋ねた。
「お前には家族が居ないのか?」
「うん、いない」
アサキシの問いかけにあっけらかんと答える。それを聞いてアサキシは了の隣に椅子を移動させて、
「そうか、なら私の家族を例えにして話そう」
そう優しく語り始めた。
「私が病気になった時父さんと母さんはとても心配してくれた。何故だと思う」
「自分の子供だから?」
その言葉にアサキシは苦笑しながら否定する。
「半分正解だが、半分違う。そこには愛情というものがあったからだ」
「そうなんだ」
「そうだ。愛情とは人間の心で、人間性だ。家族と存在はそれを与えてくれる。大切な存在で、なによりも大事なモノなんだ」
「そうなのか。まだ私にはわかんないや」
了は腕を組み、呟く。それに対して、アサキシが慰めの言葉をかける。
「いつかわかるときが来るさ。家族の存在の影響力といものに」
「そっか。アサキシの家族はどんな人たちだったの」
家族についての話で、了はアサキシの家族に興味を抱き、尋ねた。この言葉にアサキシは家族の事を聞かれた喜びからか、満面の笑みになって話す。
「オオ興味あるのかっ!良いだろう話してやろう。私の家族の話を」
アサキシは大きく身振り手振りし、まるでミュージカルの様に語った。五時間ほど。
これには了もまいった。話を聞き終えて疲れ切った了は、動いて汗だくになったアサキシに話す。
「アサキシはとても家族を大切にしてるんだね」
「そうだ。私は家族のためならなんだってやる」
そう語るアサキシは決意に満ちていた。 そんな了にとって過去の暖かなやりとり思い返していると、
「何黙りこくってんだ?」
隣に居る菫が話しかけてきた。菫は傍から見たら何も考えてないように見える了に対して、不安になって声をかけたのだ。了は過去の思い出から離れて、現実の菫に応対する。
「いやアサキシの事を思い返してな」
それを聞いた菫は、ため息をつき尋ねる。
「どんなことを思い出してたんだ」
「アサキシと勉強していた時の事、菫が話しかけたときアサキシがある事話した事をを思い返していたんだ」
「あることって?」
「家族のためならなんでもするって事。その言葉に当時は何とも思わなかったが、今は……」
「違うか」
菫の言葉に了は無言でうなづき答えた。病室の外から雨音が聞こえる。しばしの沈黙のあと了は独り言のように話す。
「アサキシにとって、親が死んでしまった今の世界は間違った世界なんだろう」
「それがどうしたのか?」
「アサキシも悪人として生まれたわけじゃないはずだ。奴は親を失い深い悲しみでおかしくなってしまった。そしてアトジと出会い、アトジの力にすがった。そう考えるとアサキシも可哀想だなって思ったのさ」
了の言葉に菫は顔をしかめる。これは当然のことだ。菫にとってアサキシは自分の人生を狂わせた人間なのだから。そんな菫は目を鋭くして了に聞き返す。
「大勢の者を残酷に殺した奴が、可哀想か?」
その言葉対して、了は窓に映る雨を見ながら答えた。
「別にアサキシの擁護してるわけじゃないよ。ただ」
「ただ?」
「可哀想。それだけなんだよ」
―――
「父さん母さん」
雨が降る中、葉月はかつて家族と暮らしていた村に来ていた。葉月は誰かにすがりたくて、この場所に着たのだ。
村人は死んだかまたは人里に移って、村はもう誰も住んでおらず、荒廃していた。家々の壁は崩れ、瓦地面に落ちていた。またかつて野菜を育てていた大地は、荒れて汚れていた。すべてが朽ちていた。
そんな村を葉月は幽霊のごとき足つきで見て回る。地面は雨でぬかるんでおり、土の匂いがした。
「ここの人今どうしてるっけな…… 大災害後会ってもいない」
かつて交友があった家々を見て回りながらそうつぶやいた。しかし言葉は雨音によって消されてしまう。地面を踏むたびに、葉月の足の裏に泥の感触が伝わる。
「この木にこの文字は…… たしか柿がなっていた木」
歩いていると倒木を発見た葉月。木には墨で文字が書かれていて、それが子供のころ自分が書いた文字だと思い出した。また子供の頃になれしたんだ柿の木だともわかった。
「なんでらくがきしたんだっけ」
葉月は過去の事を思い出そうとするが、思い出せない。頭に浮かぶのは最近自分がした過ちと惨劇だった。
「そうか、もう思い出せないぐらい昔の事なんだな……」
悲しみの顔で、木を避けて、自宅に向かう。
「ただいま」
村を歩き、彼女は自分の家の目の前に立っていた。彼女の家も他と同様朽ちており、無人だった。そんな過去の家に靴を脱ぎ中に入る。
「父さん母さん。帰ったよ」
そう言いながら居間に入る。今の中も朽ちていた。壁や畳は汚れ、部屋のすみにネズミが走っていた。葉月の家族は居なかった。
そんな居間の中に入り見渡す。大きな壁の汚れと畳の汚れを葉月は視界にとらえた。汚れは黒く、液体がぶちまけられた跡が出来ていた。その汚れは、葉月の殺された父と母の血の汚れだった。
「父さん、母さん。うああああああああああ」
それを見て、改めてどこにも帰る場所はないとわかって、葉月は大きく泣き崩れた。彼女は泣いて泣いて泣き疲れて眠りに入った。
夢の中で葉月は家族とちゃぶ台を囲み、楽し気にご飯を食べていた。葉月は箸を止めて父にあることを尋ねる。
「お父さん。自分が幸せになるために、誰かを傷つけていいのかな?」
「いきなりどうしたんだ」
突然の言葉に困惑する葉月の父親。しかし話す葉月の顔は真剣だった。
「答えてよ私にとってとても大切なことなんだから」
その言葉に父は不思議がり、代わりに葉月の母が答えた。
「自分のために誰かを傷つけることはとてもいけない事よ」
「どうして、幸せになるんだよ」
母親から否定の言葉を取り消そうとする葉月。その言葉に対して母は優しく諭す。
「その幸せはだれかの幸せを摘み取ったものなの」
「でも幸せになれるんだよ」
縋る様に話す葉月に、母が優しく、否定する。
「葉月。幸せはそんなことしなくても来るわ」
「でも……」
その言葉で言い淀む葉月。母は穏やかに葉月に尋ねる。
「葉月はそうしたいの?」
「ううん、したくない。だけど……」
うつむき、悲し気に答える。そんな葉月に父は葉月の背中をさすり
「葉月。したくないならそれでいい。本当の幸せは正しい道に進めばあるモノだ」
「正しい道って?」
父の言葉に葉月が疑問を浮かべると、父が優しく教えてくれた。
「人間性と優しい人間の心を持って進む道のことさ。その道を進むことで困難なこともある」
「なら不幸せじゃん」
その言葉に父は寂しい笑顔になり、葉月に語る。
「違うんだ葉月。まことの幸せは優しさを持たなきゃ来ないし、自分勝手に生きるといづれ後悔する」
「後悔……」
葉月は呟き、父の目を真っ直ぐと見る。父も葉月を真っ直ぐ見ていた。
「葉月。無理にとは言わないが、人としての優しい心を持って正しい道を生きてくれ。それが父さんの願いだ」
「それは私もよ葉月」
母も父の言葉に追従して葉月に語り、父と母は葉月の手を優しく握った。
―――葉月は夢を見る。




