第十四・五話 葉月の夢 前編その二
夢の世界は移り変わり、葉月が『封魔』に入って少し時間がたった頃を映していた。
五年前の夢幻界。夕暮れ時の山の開けた場所にて。
「今日はここでお終い」
葉月は肩で息をしながら、阿藤の言葉を聞いて地面に座り込んだ。彼女は手から刀を離そうとしたが、指が疲れでうまく動かない。葉月の隣には、疲れからか泣いている暦が居る。暦とは葉月と同じ家族を妖怪に殺されて行き場を失い、封魔に入った少女だ。そんな彼女たちの修行の面倒を阿藤夫妻が見てくれている。生活も含めて。
「葉月ちゃん、暦ちゃん大丈夫?」
「はい……」
「ゴヒューゴヒュー」
葉月は返事をすることは出来たが、暦は疲れからか、うまく反応できなかった。そんな暦に対して、阿藤は水を持ってきて、背をさすりながら優しく飲ませた。葉月が疲れからか刀から手を離せないことを察した阿藤は、葉月の指を刀から優しく外した。
「それじゃあ晩御飯にしましょうか」
阿藤は動けぬ彼女たちを脇に抱え、自宅へと向かった。封魔の者の住居は山の中が多い、理由としては、山の中で修行することで、霊力を早く得ようとするためである。その他に封魔に恨みを持つ妖怪が、無関係な者に被害を及ばない様にするためでもある。阿藤夫妻もそうしていた。
彼女たちは抱えられながら家に着く。木造建築の家の窓から煙が出ており、香ばしい匂いが鼻孔をくすぐった。その匂いに暦は思わず「ごはん!」と叫んだ。それを聞いて阿藤と葉月は思わず、笑った。
家に入ると、阿藤の旦那が料理を机に移していた。彼は風呂の準備が出来ていると彼女たちに教え、汚れを落としてから食事をしようと話しかけた。その言葉で彼女たちは自分の衣服を見ていかに汚れてるのか知り、苦笑した。
その言葉に応じ、彼女たちは風呂に入ることにした。風呂と言っても、かまど風呂であるが、何とか三人入ることは出来た。お湯により彼女たちの若い肌から汚れが落ちてゆく。暦と葉月は、阿藤に髪をや背中を流してもらった。本来なら、年下である葉月たちがするべき行為なのだが、阿藤が葉月たちにしたいため、行っている。
阿藤夫妻が封魔に入ったのは妖怪に自身の子供が殺されたからだ。ゆえに子供である葉月たちに対して、親の様な行動をとりたがった。それは自分の子供にしてやれなかったことをしているのだ。
その優しさは葉月たちにとって嬉しかった。そんな彼女達に阿藤は時折、
「あの子が生きていたなら……」
と自分の子供の名前を口にした。葉月と暦はそれを聞いた時、悲しさと妖怪に対する怒りが湧き出てきた。こんな優しい人たちからなぜ、子供を奪ったのか、理不尽だとただただ悲しくなった。
三人は体を布でふきあい、寝巻に着替え、食卓へと向かった。机には、焼き魚と山菜などの盛り付けが人数分置かれており、葉月たちの胃を刺激した。しかし葉月と暦の分は本来ならば出さなくていいモノである。
なぜならば、葉月と暦はこの夫妻についている居候の様なもので、彼女たちは封魔の剣士の卵ではあるが、阿藤夫妻が食事の面倒を見る必要は無い。
そもそも今の平和でない夢幻界では食が不安定である。家族でない者に食事を与えることは変で、葉月と暦たちは自分で何とかしなければならないのである。
葉月たちもそう考えて初めて食事を出されたときは困っていたが、阿藤夫妻は構わずお食べなさいと促した。その言葉に彼女たちは素直に従う事にして、それ以来、阿藤夫妻と食卓を囲っていた。
食卓に全員揃うといただきますとみんなで手を合わせ、食べ始めた。葉月と暦は初めのうちは遠慮の気持ちがあって、中々は箸が進まなかったが、食べていくうちに、遠慮の気持ちを食欲が上回った。二人はは勢いよく、食べ物を口入れる。阿藤夫妻はそれを見て笑う。
―――
食事を終え、葉月たちは阿藤による勉学の指導を受けていた。勉強と言っても、読み書き、足し算引き算などの簡単なモノだ。阿藤は二人の前に座って優しく算数を教える。
「ここの数字を足すのよ」
「むむむ、暦助けて」
しかし葉月は阿藤の手ほどきがあっても、問題に頭を抱えて暦に助けを求める。
「葉月、こうするんだよ」
葉月に反して暦はすらすらと答えた。彼女は剣や霊力の修行よりこちらが得意であった。反面葉月は勉学が苦手であり、非常に苦戦した。しかし、暦や阿藤が優しく手ほどきして、何とか進むことが出来ていた。
夜になり、寝ることになった。葉月と暦は同じ部屋で寝ており、布団を隣り合わせにしていた。ある日葉月は夜中に音が聞こえ、眼を覚ました。
(なにこの音?)
その音は暦から聞こえており、葉月が目を向けると彼女は泣いていた。暦が泣いていることに彼女は不安になり尋ねる。
「どうしたの……」
「死んだお父さんやお母さんの事を思い出しちゃって………」
暦は眼をぬぐいながら答えた。その言葉に葉月は思わず死んだ家族の事をを思い出した。
「何でそんなこと言うの………」
そして暦と同様泣き出してしまった。暦の言葉で、改めて家族が殺され居ない事を実感してしまったからだ。
「ごめんよう葉月………」
二人が泣いていると、ガラと扉が開けられ阿藤が入ってきた。二人ははうるさくしてしまったと思い、大変申し訳ない気持ちになった。そして叱責を受ける気持であったが、阿藤は何も言わずに二人をを抱きしめ、優しく声をかけた。
「大丈夫よ…… 大丈夫」
その言葉に二人は阿藤の胸の中で泣き、寂しさを紛らわした。何分か経ち、彼女たちは泣きやみ阿藤にもう大丈夫ですと告げ、感謝を述べた。阿藤はどこか寂しそうな笑顔で「わかったわ」と答えて、
「悲しくなったり、寂しくなったら何時でも私を呼んでね……」
そう言い部屋を後にした。部屋には葉月と暦だけになり、静寂が包んだ。葉月は暦に話しかけた。
「強くなろうな、暦。二人で強く……」
「うん。絶対に……」
そう誓いあい、妖怪から人を守る事と、やさしい阿藤夫妻に恩返しすることを決めた。
―――夢の世界は葉月の過去を見せてゆく




