第一話 青い月と神のカード 中編
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了が歩いて何十分たっただろうか。『暗闇の森』と呼ばれる迷子になるほどの広い森に入って、現代の様なアスファルトで舗装されていない道を歩いて、了はようやく目的地にたどり着いた。
そして了は目の前の光景に唖然とした。
「ここに吸血鬼は居るのか……」
目の前には大きく、長い年月を感じさせる洋館が存在した。
館には庭が存在しており、薔薇やハーブが美しくガーデニングされていた。その上人魚が彫刻された噴水まで備え付けてあった。まさに住む者の富を表していた。了は自分の家と比較して肩をがっくりと落とす。
「でかいなー吸血鬼の家。私の家とは大違い……」
了の家はよく小屋みたいと友人に言われていた。そのため悪い事をする吸血鬼のほうが立派な家に住んでることに驚いた。
「金いっぱいあるのなー」
ぼやきながら庭を通り、館の扉に手をかけた。
鍵はかかっておらず、扉を押すとギィと軋む音をたてて、了を中に招待する。扉の先は広いロビーに続いた。そして本日二度目の生活格差を目の当たりにした。
「すっげえ」
内装は部屋を照らすシャンデリアに、床には足が沈むと思えるほどふかふかの赤い絨毯が敷かれておいて、更に部屋の隅には筋骨隆々の中世西洋の兵士のブロンズ像が鎮座されていた。
しかしそんな豪華な物で溢れる屋敷に、窓が備えられていなかった。
「……誰かいないのかー」
了が念のため確認をすると奥から、すらっとした金髪の若いメイドが現れた。しかし普通の風体ではない。メイドの手足と顔半分は大怪我でもしたかのように、包帯で巻かれていた。
メイドは了に笑顔を向けてお辞儀し、言葉を発した。
「いらっしゃいませ、お客様」
「ここに吸血鬼がいるな、会わせろ」
了はメイドの風体と対応に面食らったが、威圧的に問いかけた。しかしメイドは臆することなく普通に対応してきた。
「我が主に御用ですね。お部屋まで案内いたします」
「いいのか? いきなり来た訪問者を通して?」
「我が主は館に尋ねてきた者は、許可なく入れてよいと言ってらっしゃいましたので」
「そうかい」
「では、私についてきてください」
そう言ってメイドは了に背を向け、歩き出した。了はメイドの対応に不審と感じたが素直に従うことにした。そして部屋にたどり着くまで、メイドにいくつかの質問してみた。
これにメイドは気軽に答えた。尋ねた了は、答えてくれないモノだと考えていたので、メイドの余裕な態度に僅かな不気味さ感じた。
薄暗い廊下にコツコツと足音が響く。
「吸血鬼なのかお嬢様は?」
「はい、そうでございます」
(主が吸血鬼でも仕えているのか …… 恐れとかは無いのだろうか)
そう考えて何故、仕えているのか? と尋ねる。それにメイドは、仕えたいからですと返答した。
化け物だとしてもか? と了が改めて尋ねたが、はいと迷いの無い言葉でメイドは返した。
(メイドにとってはお嬢様は良い主なのだろう。もしかしたら穏便に事が進むかもしれない)
メイドの言葉を聞いて了はそう考えた。
「……そうか、何時から仕えている」
「ずっとです。生きている時からずっと」
メイドから肉が腐った腐臭が微かに漂った。メイドも人間ではなかったのだ。ふと了はある事に気がつく。
それは館は大きさの割りに静かであることだ。それを不気味と感じて尋ねる。
「……他に誰かいないのか」
「私とお嬢様だけです」
(肉が腐ったメイドに吸血鬼だけの館。気を引き締めなければな)
それを聞き警戒を強める了。そんなメイドとの会話を繰り広げている間に、目的の部屋にたどり着いた。 扉も装飾が凝ってあり、如何にも部屋の中には偉い者が居る事を感じさせた。
メイドは扉の前に立ち、了に警告する。
「我が主は、圧倒的な力を持つ吸血鬼。この先命の保証は出来ません。それでもお会いになられますか」
「…………」
メイドの警告で了は中にいる吸血鬼の姿を想像した。
(吸血鬼っていえば、スーツの姿にマントを背負っている男で、血をすすり女の生き血を飲む)
そう考えた瞬間 了の頭に血を抜き取られて死ぬ自分のイメージが生まれた。そのせいで心の中に僅かな恐怖心が現れた。がしかし―――
(怯えるなよ私。みんなのために吸血鬼を倒す。それだけ考えればいい)
困っている者達の声を思い出し、恐怖心を押し殺した。
「構わない、メイドさん。扉を開けてくれ」
「わかりました。こちらにございます」
メイドが扉をあけ中に入ると、部屋はランプが明るく内を照らしていた。部屋の内装は壁に絵画が飾られていたり、床に敷いてある絨毯も高価な物だった。
そんな部屋の中央にある椅子に、煌びやかな赤のドレスを着た妖艶な女性が座っていた。了は彼女の外見て、自分が想像したイメージ像と違いに驚いた。
(こんなきれいな人が吸血鬼!?)
了が驚くのも無理はなかった。吸血鬼の外見が館にあった華美な装飾品に勝るモノだったからだ。
吸血鬼は20歳ほどの体つきで顔は美しく、雪の様な白い肌に、血の様に赤い唇。髪の長さは肩にかかるほどで、髪色は薄紫色だった。ドレスにつつまれた胸と尻は程よく大きく、腰は細い。
人でない証拠に、背にはステンドガラスの様な翼が生えており、ランプの光で七色に輝いていた。
しかし相手は美しくても吸血鬼。捕食者の眼を持ち、人ならざる者の威圧感が部屋を満たしていた。了が驚いている横でメイドのディナが主に話しかける。
「お嬢様、お客様でございます」
「ようこそ、我が館へ…… なにか御用かな」
呼ばれた吸血鬼は了を見て妖し気に微笑む。了は背筋がゾクリとし、蛇に睨まれた蛙はこんな気分なのだろうかと考えてた。だが、そんな考えを見透かされない様ポーカーフェイスを飾り、
「……お前が月を青く染めているのか」
単刀直入に問い詰めた。その言葉に吸血鬼は笑い、そうだと答えた。相手が素直に話したことに驚き、理由を尋ねる。
「なぜそんなこと?」
「まあまて、そう言う話は自己紹介をしてからだ。私の名はブルー、吸血鬼だ。お前を案内したのはゾンビでメイドのディナだ」
「ディナでございます」
吸血鬼ブルーは話を遮って自分らの名をなのった。それに便乗して会釈するディナ。この状況では了もせざる負えない、自己紹介は大切だ。了は咳払いし、自己紹介を始める。
「私の名は了。青い月を止めに来た者だ。なぜ騒ぎを起こして人を恐怖させる? お前は夢幻界に来たばかりだろう?」
そう名乗りブルーに手紙を渡す。ブルーは黙って受け取り封を開ける。中に書かれていた『吸血鬼を殺害』と書かれた文字を見て、彼女はできるものかよ思いと鼻で笑う。そしてそれを手渡してきた了を頬杖をつきながら注意深く見た。
了は少女で服装も特別変わった物で無く、白いジャケットにスカートをはいた見た感じ、何の変哲もない人の姿だ。
彼女は了をとっては取るに足らない存在と判断し、馬鹿にした顔をしながら了の言葉に答える。
「決まっているだろ。人が居れば人を脅かす。人を恐怖させるのは化け物の性だ。それに青月の光は吸血鬼の力を上げる。しない理由がない」
さも当たり前のように答えた。その言葉には蔑みや見下しといった感情が含まれており 了に少しの不快感を与えた。
しかし、了は事を荒立てたくない思いもあって、頭を下げて頼んだ。
「どうかやめてくれないか、人が怯えている」
「嫌だね。『強者』ならまだしも『弱者の言うこと』なぞ聞けるか」
ブルーは鼻で笑い、頼みを断る。吸血鬼のプライドがそうさせたのだ。その返答に了は頭を上げ、威圧する。
「どうしてもか?」
「どうしてもだ」
了の威圧的な言葉に目を鋭くし拒絶するブルー。ブルーの言葉で部屋は緊迫した空気に変わり、メイドのディナは主の怒りに怯えて、体が震えた。しかし了はディナとは違った。彼女は怯えを含まない言葉で
宣言した。
「やめないというならば、私はお前と戦ってでもやめさせる」
「貴様ァ!」
了の無礼な言葉にブルーは彼女を睨みつけ、殺意を向けた。吸血鬼の怒りにランプは激しく揺らめき、絵画が壁から音を立てて落ちた。そして死刑宣告のような言葉を了に投げかけた。
「ただの人間ごとき。私がその気になれば貴様なんぞ!!」
「ただの人間、それはどうかな?」
ブルーの言葉を遮り、了は挑発するかのように答えた。。弱者の囀りにブルーの怒りは頂点に達して叫ぶ。
「ならッお前の力見せてもらおうかッ!」
叫びと同時に椅子から飛び上がり、弾丸のごとき速さで、了の顔面にパンチを放つ。その瞬間奇妙な音声が流れた。
<アイアン>
ブルーの拳は了の顔に直撃した。彼女は壁に叩きつけられ、分厚い壁は衝撃で大きく音を立てて崩れた。 壁を粉砕するほど圧倒的な力。普通の人間にはできない、吸血鬼の力のなせる業だった。
ただの人間なら顔が粉砕され今の一撃で死んでいることだろう。
殴り飛ばされ瓦礫の山に埋もれた了を見て、ディナは了の死を確信した。 しかし、殴ったブルーは浮かない顔をしていた。
「何だ今の音は、そして当たった時の感触……」
殴ったとき手に伝わったのはやらかい肉体の感触ではなく、硬い鉄の感触だった。
ブルーが自分の手を見ながら不思議に思っていると、崩れた瓦礫の山から音がした。彼女は驚き瓦礫に目をやる。そこには、
「かなり痛かったぜ」
五体満足の了が立っていた。彼女は『カード』を手に持ちながら、服についた汚れを払いを落としてブルーを見据える。了の無傷を目の当たりにして困惑のあまり、声を荒げるブルー。
「!? なぜ生きている! 何をした!」
「このカードのお陰さ」
困惑するブルーに了は手に持つトランプほどの大きさのカードを見せる。それはブルーにとって初めて見る物で何の道具か尋ねた。
「それはマジックアイテムの類か?」
「似たような物だ。これはエルカードと呼ばれ使用者に力を与えるカードさ」
カードをひらひらさせながら話し続ける。その余裕の態度を見てブルーは、了が戦える者だと認識を改めた。