第一章⑧ 『男とかいらないんで、早くみんな戻ってきて!』
「可愛らしい少女の見た目に反して、霊核は男。しかも年は十代後半。全部お見通しだ」
ば、バレてる……!?
霊核……察するに、精神とか魂とか、すなわち中身のことだろう。
まるで幽霊のような冷気を放つ、青白い強面の男は、俺と顔をつき合わせたまま、おもむろにそう言い放った。
「あ、あんたは……人じゃない、のか?」
「やっと本性が出たか。あぁ、俺ァ見ての通り、正真正銘幽霊だ」
俺の口調が変わったのを、男は指摘に対する肯定と受け取ったか、ふわふわと後退する。
「幽霊ってのはな、人を見るとき、外見よりも霊核がはっきりと映るんだ。そういうことだから、テレシアやお子たちは騙せても、俺の目は誤魔化せねぇ」
なるほど、俺の正体がバレたのはそういうワケだったか。
しかし、なんで寮に幽霊が……? ここってホ○ワーツかなんかなの?
「あー、誤解無きよう言っておくが、曲がりなりにも俺ぁここの教員だ。だからお前の異常性は見逃せない。子らを守る立場としてな」
教員……幽霊が先生やってるのか……。
人員不足大変だなぁ……。
「率直に言うぞ」
依然として、鋭い目つきで俺を壁に縫いつけながら、はっきりと告げる。
「――テメェ、この世界の人間じゃねぇだろ?」
……まぁ、一応はそうなるか。
魔術とかがあることからして、この妄想の分類は『ハイファンタジー』だろう。
「こっちとしても、お前みてぇな霊核を持つ野郎は初めてでな。外と中が違うだけでは飽きたらず、一度死んだ跡まであるときた」
「……えっ?」
今コイツ、なんて言った!?
「ちょっ、ちょっと待て! 死んだ跡ってどういうことだ!?」
「はぁ? そのまんまの意味だろ。一回死んで、生まれ変わった形跡があるんだよ、お前の霊核に。……まさかお前、自分が死んだって自覚ないとか言わねぇよな?」
自覚もなにも、昨日は普通に布団で寝たはずだ……。まさかその間に、死んだ……?
こいつの言うことを真に受けるなら、俺は――一度死に、異世界で生まれ変わっている。
それってつまり――
「……異世界、転生」
俺が今まで、夢だと言い聞かせてきたこの状況が……本物?
――サミュちゃん、シオン、テレシア先生。
ここで出会った人々、その暖かさが……?
たしかに、やろうと思えば、この幽霊の言ったことだって、夢だと突っぱねることは簡単だ。
これで信じて、夢だったら、それこそ目も当てられない。
けれど……。
もし、本当に幼女に転生していたなら……
ここであった出会いが、本物だというのなら……
「おい、どうした。急に押し黙って」
そうか、俺の正体を見抜いたこいつなら、この状況を理解できるかもしれない!
怪訝そうな目で俺をのぞき込む男に、意を決して口を開く。
「実は俺――」
「たっだいま~!」
が、しかし。
タイミング悪く、ガチャリと扉が開き、ウェイトレスのようにお盆を掲げ、バッグを肩に掛けたテレシア先生が戻ってきてしまった。
「おまたせ~、リリィちゃ~ん!! ……ってあれ? 来てたんだ、おじいちゃん」
「えっ……お、おじいちゃん?」
平然と言い放って、机の上に皿を並べるテレシア先生に、俺はふと困惑の声が漏れる。
「あっ、リリィちゃんは知らないよね。この人は、ゼーレスト先生。わたしの降霊術で喚んだ、わたしのおじいちゃんで、ここの仕事を手伝ってもらってるの」
「へ、へぇ~……降霊術……」
ほんわかした雰囲気に似合わず、そんな禍々しい魔術を使うんだな……。
「ところで、おじいちゃんはどうしてここに?」
「あぁ、食堂でお前たちがしてた話が、ちょっとばかり気になってな。こうして遙々お出まししたわけだが……」
って、ちょっと待て! これ、悠長に聞いてる場合じゃないのでは!?
もし俺の正体を、テレシア先生にバラされでもしたら……!
「……俺はここらでお暇させてもらおう」
……あれ?
まさか、見逃してくれるのか……?
「えー、もっとゆっくりしてけばいいのに~。リリィちゃんとは、お話ししたの?」
「あぁ、その件だが、その子は記憶喪失だと聞いた。であれば――明日、俺のとこで検診してもいいか?」
違う……これは、執行猶予だ!
明日、徹底的に素性を洗い出して、反論の余地をなくさせるつもりだ!
「わぁ、助かる! ありがとうおじいちゃん!」
マズいことになった……。なんて説明するか、今のうちに考えておかなければ……。
「それじゃあな」
「うん、おやすみ~」
宙を滑っていったゼーレストが、ドアに溶けるように消える間際。
その目が俺を見て、確実にこう告げるのを感じた。
――「不埒な真似をしたら殺すぞ」と。
※
「とりあえず、歯ブラシとタオル、あと明日の着替えね」
テレシア先生がかばんから取り出し、机に並べたものを、俺は粟と米を混ぜたような食感のご飯を、もっきゅもっきゅと頬張りながら眺める。
ありがたい。なにからなにまでシオンに借りっぱなしじゃ悪いからな。
「なにか他に欲しいものとかある?」
「んっ……だ、だいじょうぶです。ありがとうございます」
いったん飲みこんでから、そう返事をすると、「リリィちゃんは礼儀正しくて良い子だね~」と笑いかけられ、ちょっと気恥ずかしくなった。
だってこれが現実かもしれないと思うと、猫被ってでも好感度上げときたいじゃん……。
というか、下手なことしたらゼーレストになにされるか分からないし……。
まぁ、今は猫どころか、ロリ被っちゃてるんですけどね! と内心呟きながら、お碗に残った米粒まで丁寧に取る。
「ふぅ……ごちそうさまでした」
初体験の食感だが、ぷちぷちしていておいしかった。
「たっだいまー!」
俺が食べ終わると同時くらいに、風呂に行ってた二人が帰ってくる。
お風呂上がりのパジャマ美少女……尊い……。
「リリィちゃん! アイス食べよ、アイス!」
「リリィは今食べたばっかりだろ……。ほら、髪やるから座れ」
「は~い」
俺の隣に腰を下ろしたサミュちゃんの髪を、後ろからシオンが櫛で梳く。
ほどいたらだいぶ長いんだな、サミュちゃん。
と、俺が艶やかな髪に見とれていると……
「よし! 二人も帰ってきたところで、今から明日の予定を説明するから、よく聞いててね」
パンっ、と手を打って、テレシア先生が注目を集めた。
「明日はまず、わたしたちと一緒に、リリィちゃんにも学校に行ってもらいます」
「リリィちゃん、うちの学校に入るの!?」
「あっ、動くなサミュ!」
さっそく目を輝かせて、前のめりになるサミュちゃん。
俺のことでそういう反応してもらえると、少し照れくさい。
「う~ん、それはまだちょっと気が早いけど……。明日、リリィちゃんには、ゼーレスト先生の検診を受けてもらうわ。編入するかは、その結果次第だね」
それもう初っ端から、チェックメイトなんですが……。
「も、もしその検診で、リリィの記憶が戻った場合はどうするんだ?」
「そうねぇ……そのときはそのときで、改めて考えるしかないかな。詳しいことが分からない今は、なんとも……」
「そっか……リリィちゃんにもリリィちゃんのお家があるかもしれないもんね……」
少し物憂げに、表情を曇らせるサミュちゃん。
あれっ、なんですかこのちょっとしんみりした感じ。こういう空気、あんまり得意じゃないんですが。
「とりあえず明日も学校だし、今日はもう寝なさい? あっ、今日はベッドが二つしかないから、サミュかシオン、リリィちゃんも入れてあげてね?」
そんな雰囲気を察してか、テレシア先生が気丈に笑って、よいしょと立ち上がる。
こ、これは仕方がないよな? ただの睡眠だし、問題ないよな?
「じゃあリリィちゃん! わたしのベッド一緒に使おっ!」
「う、うん。ありがとうサミュちゃん」
「い、いや、ここは私とサミュが一緒に寝て、リリィにはベッド一つ使わせた方が! ほら、いきなり知らないところに来て疲れてるだろう?」
「でもシオン、それはさすがに悪いよ……」
「え、遠慮するな! 私たちは大丈夫だから、な!?」
「えぇっ……」
「ほらほら、おしゃべりは歯磨きしながらにしなさ~い」
「「「はーい」」」
テレシア先生に促されるまま、洗面所に入り、三人並んで歯を磨く。
なんかこういうの、小学生のお泊まり会っぽくていいな……。
しばらくして、部屋に戻ると――
「……なに、してるんだ?」
……軽々と片方のベッドを持ち上げる、テレシア先生がいた。
「ふふん、おねーちゃんイイコト思いついちゃった~♪ こうしてベッドをくっつければ……ほら! 三人で寝られるでしょ?」
もう一方のベッドの真横に、ドスンとそれを降ろすと、ドヤァと鼻を伸ばすテレシア先生。
それに対して、「わぁっ、先生すごい! ありがとう!」とサミュちゃんがベッドにダイブ。
今更だが、この二人ってほんとに姉妹みたいだよな……。
「ほら、二人も突っ立ってないで。早く寝ないと明日起きられないぞ~?」
言われて、俺とシオンはしぶしぶ布団に転がり、サミュちゃんを真ん中にした『川』の字になる。
「よし。じゃあ三人とも、おやすみなさい♪」
「「「おやすみなさーい」」」
フッと明かりが消され、直後パタリとドアが閉まる音がしたのを聞き届けて、俺はゆっくり目を瞑った。
さてさて、問題は山済みだ。頼んだぞ、明日の俺!
先週休んですみません。無事、テストが終わりました!(二重の意味で)