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第一章⑦ 『結局のところ人類は、おっぱいに帰結する』


「……リリィ?」


「うん、新しい名前! さっき食堂でシオンと考えたの!」


「ど、どうだ……?」


 シオンから、ミミズについての説明を受けた俺は、今、新しくまともな名前を付けてもらっていた。

 良かった……。最後の最後までミミズのまま目が覚めなくて、ほんとに良かった……。


 それにしても、リリィ……百合か。


「とってもいい名前だと思う! 二人ともありがとう!」


 まさにこの状況にぴったり。

 これ以上ない、最高の名前だろう。


 俺が答えると、サミュちゃんはえへへ~と笑い、シオンはほっと安心した素振りを見せる。


 う~ん、癒されるなぁ……。ますます現実が嫌になるよ……。


「ところで、この『リリィ』って名前、なにか由来とかあるの?」


「うん! ちょっとまってね」


 少し気になり訪ねてみると、サミュちゃんが本棚から、一冊の本を持ってきた。


「それは?」


「これはね、世界でわたししか持ってない絵本! 生まれたときからずっと一緒なんだって」


 そう言って、表紙を俺に見せてくる。

 すごい、傷一つない。さぞかし大切に――


 と、思った瞬間。


「見ててね……えいっ!」


 サミュちゃんが、思いっきり中のページを引っ張ったではないか!


「ちょっ、なにやって――って、あれ?」


「ふっふ~ん、すごいでしょ! この本、どんなに引っ張っても、水に浸けても、絶対に破れないし、汚れないの!」


「ほんとだ……破れてない!」


 なんだこの本!? これも魔術!?


「何回見ても、変な本だよな……どこにも売ってないし」


 シオンが嘆息して、サミュちゃんは満足げに元の位置に座る。


「それで、その本がどうして『リリィ』に?」


「あっ、そうだった! えっと、この子!」


 サミュちゃんが本を開いて机に置き、一人の登場人物を指さす。

 腰まで伸びる長い金髪の女の子だ。


 こんな感じの子、どこかで……。


「あっ! もしかして、私!?」


「大せいかーい! 見た目がそっくりだから、そのこの名前からとって、リリィちゃん!」


 なるほど、たしかにそっくりだ。


「で、でも、名前が決まったはいいが……これから、どうするんだ?」


 これから、か。

 夢に『これから』というのも、皮肉な話だが、二人は真剣に考えてくれている。


 シオンも、だいぶ物腰が柔らかくなってきた気がしなくもない。


「そもそも、リリィ……ここがどこかも、分からないんだろ?」


「えっ……シオンたちの家、じゃないの?」


「家……まぁ、家と言えば家だが……。ここは寮だ。リトルガル魔導学園の生徒のな」


「りょ、寮!?」


 小学生が、寮に住んでるの!?


「こっちの棟が女子寮で、向かい側が男子寮、間には食堂とか先生の部屋とかがある」


 それでこんなに大きい建物を……。

 サミュちゃんが言ってた、たくさん人がいるって、子供たちのことだったんだな。


「そ、それって私、勝手に入って大丈夫だったの……?」


「食堂で先生に会ったときに、お前のことは説明したから、一応は。あとで来るって言ってたが……」


 ――コンコン。


 噂をすれば何とやら。ドアがノックされる音が鳴り、


「おっじゃまっしま~す! しーちゃん! 記憶喪失の子はどこ!?」


 返事をする間もなく、一人の女性が飛び込んできた。


 で、でけぇ……!


 薄いTシャツがはちきれんほど、たわわに実った二つの果実に、一瞬にして目を奪われる俺。


「そ、その呼び方やめろって!! 目の前にいるだろ、金髪の――」


 シオンの声が聞こえた、次の瞬間。


「むぎゅっ!?」


 突如、顔面が圧迫され、呼吸が困難になった。

 こっ、この感触は……まさかッ!?


「大変だったね……。一人で森の中にいて、心細かったでしょ? でも、もうここに来たからには、大丈夫だよ」


 声と共に、背中に手が回される感触と、髪をなでられる感触が、遅れてやってくる。


 なんだ……この柔らかな包容感……。

 暖かくて、いい匂いで……俺、このまま死んでも……。


 ふわふわと、意識が遠のいていき……。


 ――ピクンッ!


「はっ!?」


 下腹部に走った脈動で、我に返った。


「もごっ! むぐぐぐ!」


 マズい、こんなに密着したら……バレちゃうじゃないか!


 できるだけ腰を離すようにして、腕の中で身体をよじる。

 ついでにいうと、息も苦しくなってきた!


「て、テレス先生! リリィちゃん死んじゃう!」


 圧倒的弾力の中、じたばたともがく俺を見て、サミュちゃんが慌てて助け船を出してくれる。


「あっ、ごめんなさい!」


 柔らかな拘束がパッと解かれ、俺はぜぇはぁと肩で息をしながら、一歩下がる。

 ふわふわ……ぽよぽよ……もふもふ……ぷるるん……。


「だ、大丈夫かリリィ……? 表情がすごいことになってるが……」


 はぁ~……幸せな空間だった……。あそこで死ぬなら本望ですよボク……。


「そういえばその『リリィちゃん』って、この子の名前?」


「うん! 名前がないと不便だから、わたしたちで考えてあげたの!」


「サミュ、最初はミミズなんて付けようとしてたけどな」


「あっ、シオン! それ言っちゃダメなやつ!」


「ふふっ、良い名前だね。やるじゃん、二人ともぉ!」


 よしよし~と頭をなでられ、ふにゃぁと二人の表情も弛緩する。

 な、なんて癒しパワーだ……。このお姉さん――できるっ!


「それじゃあわたしも、そう呼ばせてもらおうかなっ! わたしはテレシア。よろしくね、リリィちゃん♪」


「はっ、はい! よ、よろしくおねがい……します……」


 ふわふわと天然パーマがかかった亜麻色の髪に、すべてを包み込む柔和な笑顔。

 なんか気恥ずかしくて目を合わせられないっ!


 ハッ! これってもしかして――


 俺は、胸を支配するもやもや感の正体に、気づく。

 な、なるほど……これが……


 ――近所の優しいお姉さんにイイコトされちゃう純情なショタの気持ち、か。


   ※


「そういえばリリィちゃんって、ご飯まだだよね?」


「あっ、たしかに! すっかり忘れてました……」


 改めて俺の今の状態の確認や、サミュちゃんの出会いの話をして、だいぶ打ち解けたのち。


 俺はテレシア先生に言われ、ハッと気づく。


 そういえば、そんな感覚全くなかったな。一番最初に目覚めたときは、腹減ってたのに……。

 まぁ夢だから、そこも都合がいいようになっているのだろう。


 それにしても、風呂から上がって結構経ってるが、全然醒める気配がないな。

 おかげで幸せな体験をできたから、むしろありがたいのだが。


「たぶんまだ食堂に余りがあると思うから、持ってきてあげるよ」


「えっ、ほんとですか? ありがとうございます」


「リリィちゃんまだ堅苦しいな~。もっとお姉ちゃんだと思って、気楽にしててね?」


「は、はい……」


 ちがうんです……お姉ちゃん過ぎて、逆に気が抜けないんです……。


 待っててね~、と部屋から出ていったテレシア先生に続き、


「シオン、わたしたちもお風呂いこうか!」


「そうだな」


 そう言って二人も立ち上がると、タンスからタオルや着替えを取り出す。


「リリィちゃんも、もう一回、どう?」


「わ、私は遠慮しておくよ~」


 さすがに、コレが見られるのはマズい。


「そっか~。あ、本とか好きに読んでていいからね」


「うん、ありがとうサミュちゃん」


 バイバ~イと手をふって、二人を見送り、俺は部屋に一人になった。


「そういえば、この本……」


 好きに読んでていい、と言われたので、手近にあったさっきの破れない本に手をのばす。


 と、そのとき。


 ――ゾクぅっ!


「っ!?」


 唐突に背筋が凍ったような寒気におそわれた。


 反射的に後ろを振り返った俺の目に飛び込んできたのは……


「うわぎゃぁぁぁっ!?!?」


 文字どおり目と鼻の先に浮かぶ、蒼白半透明な強面の生首。

 俺は恐怖のあまり思わず、ズザザザザァ! と後ずさる。

 いきなりホラーって、今までのほんわかはどこへ!?


「おい、テメェ……」


「はっ、はいっ!?」


 いつの間にか、胴体も見えるようになったその男が、ギロリと俺を睨みつけて、宙を滑るように近づいてくる。


 えっ、マジでなに……怖い怖い怖い!


 腰を着いたまま後ずさるも、壁際まで追いやられ、顔面に冷気がかかる。


「……正直に(・・・)答えろ」


 そんな俺に詰め寄り、ドスの利いた声で、男は問うてきた。


「テメェは――何者だ?」

遅れてしまって申し訳ありません!

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