第一章④ 『塩対応は塩対応でも、されると興奮するロリのジト目はな~んだ?』
「着いたっ!」
体感にして3分ほどだろうか。
ここまで止まることなく走ってきたのだが、全くと言っていいほど、息が切れてない。
夢だから都合が良いようになっているのかな。まぁ走る側としてはありがたいが。
それにしても……。
「え~っと……サミュちゃんはここに住んでるの?」
「うん、そうだよ!」
森を抜けてすぐの開けた土地にそびえる、大きな建物を前に、サミュちゃんは答える。
白塗りの壁で覆われ、空を突かんほどに高く、重厚な雰囲気を醸し出すそれは、まるで――
「……お城、みたいだね」
家がこれって……実はサミュちゃん、超お金持ち……?
「まぁ、たくさん人が住んでるからね~」
たくさん人が……もしや、メイドさんとかも……!? これは高ぶるッ……!!
「とりあえず、入ろっか」
内心テンションだだ上がりな俺を傍目に、ドアノブを引くサミュちゃん。
豪奢な建物に比べて、扉は普通なんだな。
ガチャリと開いた入り口を、靴のままくぐるサミュちゃんに、俺も続こうする。
と、そのとき。
「やっと帰ってきやがった! おそいぞサミュ、もう腹へって死にそうだっ!」
エントランスホールの右側にある扉が勢いよく開き、一人の少女が飛び出してきた。
「あっ、シオン! ただいま~」
「ただいま~、じゃねぇ! こんな時間まで一体なにを――」
と、少女がサミュちゃんに詰め寄った拍子に、その後ろにいた俺と目が合う。
なるほど、この子がシオンちゃんか。
肩口で切りそろえられた藍色の髪がよく似合った、気の強そうな女の子だ。
「お、おいサミュ、なんだそれ……?」
すごく警戒したような目で、俺を指さすシオンちゃん。
初対面から『それ』呼ばわりって……。
そんなシオンちゃんとは対照的に、サミュちゃんは嬉々として俺を紹介し始める。
「この子はミミズちゃん! 森の中に寝てたのを見つけたの!」
「え”っ……み、ミミズ?」
……やっぱそうなりますよね。
「ミミズちゃんはね、自分が誰かも分からなくて、気づいたら森の中にいたんだって」
「お、おい。全然話が見えてこないんだが……え、記憶喪失の……ミミズ?」
わけがわからず困惑するシオンちゃんに、サミュちゃんがさらなる追撃をかける。
「ミミズちゃんっていうのはね、わたしが付けてあげた名前なんだよ! 湖のそばで会ったから、ミミズちゃん!」
サミュちゃんはドヤ顔でそう言ったが、言われた本人は、なにがなんだか、全く理解できてないご様子。
「はぁ~……まぁ詳しい話はあとで聞く」
シオンちゃんは諦めたようにため息をはくと、くるりと踵を返した。
「あれ? どこいくの、シオン?」
「サミュはついて来い。えっとぉ……ミミズ? はここで待ってて」
言い残して、出てきた扉に戻っていくシオンちゃん。
「えっ? し、シオン? ご、ごめん、ちょっと待っててね、ミミズちゃん!」
「う、うん!」
シオンちゃんの後を、サミュちゃんがあわてて追いかける。
俺はといえば、ぽかーんと玄関に突っ立って、その後ろ姿を見送るしかないのだった。
※
「ほら」
しばらくして。
戻ってきたシオンちゃんが、睨みつけるような目で、俺に濡れたタオルを手渡してきた。
「あ、ありがとう。えっと……サミュちゃんは?」
「向こうで別のことしてる。とりあえずそれで、足の汚れを落としてから、これ履いて」
「あっ! ご、ごめん……」
目の前にスリッパが置かれ、俺は急いで足を拭く。
たしかに、裸足のまま森の中走ってきたから、足汚いよな。
雰囲気に気圧されて、つい謝ってしまった……。JSに怯む男子高校生って……。
「お、終わったよ」
迅速かつ丁寧に土を落とし、スリッパに足を入れる俺。
「じゃあついてきて」
それを確認すると、シオンちゃんは目も合わせず、俺に先立ってまたもや出てきたドアに歩いていった。
こ、怖いなぁこの子……。俺なんか嫌われるようなことしたかなぁ……。
「あ、ミミズちゃん! こっちこっち!」
ズンズン進むシオンちゃんを駆け足で追いかけ、右側の部屋に入ると、もう一つ奥の扉から、サミュちゃんが顔を出していた。
「えっと……ここは?」
「お風呂だよ! ほら、入って入って!」
促されるまま、ドアをくぐる。
よく温泉などでみるような、棚にたくさんのかごが並べられた脱衣所だ。
その中の一つ、すでに服やタオルが入れられたかごを指さして、サミュちゃんが言う。
「ミミズちゃん、わたしのせいで濡れちゃったでしょ? だからまずはお風呂で暖まって、これに着替えてね」
「あ、ありがとう。あれ、でもこの服……」
「あ、それはシオンのだから大丈夫!」
「えっ? シオンちゃんの?」
俺は少し驚いて、後ろを振り返る。
と、シオンちゃんは、それに反応するように慌てて顔を背けた。
あれ、もしかしてこの子……
「ごめんねミミズちゃん、シオンすっごい人見知りだから――」
「さ、サミュっ!」
かぁぁ、と顔を赤らめるシオンちゃん。
なるほど、俺が初めて会う知らない人だったから、緊張してあんな態度になってたのか。
にもかかわらず、ここまでしてくれるなんて……
「そうだったんだ、ありがとうシオンちゃん。こんなに親切にしてくれて」
俺はきちんとシオンちゃんに身体を向け直し、感謝の意を述べる。
「っ! あぅ……し、しお……」
するとシオンちゃんは、下を向いたままビクリと肩を震わせ、もごもごとなにかをつぶやく。
「え?」
「……し、シオン! 私のことは、シオンでいいから!」
俺が聞き返すと、シオンちゃんは振り絞るようにまくし立て、バッと後ろを向いてしまった。
なんだこの子、すっげぇ尊いじゃねぇか!!
と、そのとき。
――ぐぅぅぅぎゅるるるる。
その背中から、雷鳴のような音が轟く。
あっ、これは……。
「あはは! シオン、すごい音~!!」
ちょっ、サミュちゃぁぁぁん!?!?
「~~~っっ!!」
声にならない悲鳴を上げながら、顔を押さえてうずくまるシオンちゃん。
その髪の間から、真っ赤な耳が見て取れる。
「シオンそんなにお腹空いてたなら、先に食べてればよかったのに……」
サミュちゃん!? せっかく待っててくれてたのに、それは非道すぎない!?
「うぅ……うぅぅ……うがぁぁぁ!!」
ついに堪忍袋の尾が切れたのか、シオンちゃんが拳を突き上げて叫ぶ。
「うわっ、びっくりした! どうしたのシオン!?」
「どうしたもこうしたもあるか! だいたいお前が遅いのが……あ、いや、そうじゃなくて……あぁっ、いいからもうさっさと行くぞっ!!」
サミュちゃんが遅くなった原因である俺に気を使ってだろうか。
シオンちゃんは少し言いよどみ、そのまま乱雑にサミュちゃんの首根っこをつかむ。
「じゃあミミズちゃん、わたしたちはご飯食べてくるから、ゆっくり暖まってね~!」
「う、うん……」
バタン。
その状態でずるずると引きずられていったサミュちゃんを見届け、一人呆然としていると……
スッ。
またすぐ、うっすらとドアが開き、その隙間からシオンちゃんの顔がのぞいた。
「あれ、どうし――」
たの? と俺が聞くよりも早く。
「せ、しぇっけ…石鹸はっ! 青が身体用で赤が頭用だから間違えるなよ! あと上がったら服とタオル持って四階の10番の部屋に行ってろ!」
マシンガンのごときスピードで、それだけまくし立てると、すぐにドアも閉じられてしまった。
わざわざそれを言いに来てくれたのか。
人見知りにも関わらず、一生懸命こちらを気遣ってくれていると思うと、えも言われぬ微笑ましさを感じ、
「うん、わかった! ありがとうシオン!」
俺は扉に向かって、そう返すのだった。
シオンが出てくるときの『スッ』が、『ヌッ』に見えて、変えようかとも思いましたが、なんか面白いのでそのままにしときました。