第一章① 『ロリを以て尊しと成せ』
…………どこですか、ここ?
時刻は昼下がりくらいだろうか。
休日の幸せを十二分に噛みしめながら、のんびりと目を覚ました俺は……愕然としていた。
――目の前には、きらめく小さめの湖が。
――天井があったはずの場所には、真っ青なお空と生い茂る木々が。
そして本来目覚めるはずの小汚い自室は、影も形もなくなっていたのである。
…………。
………………。
……………………あ、夢か。
寝ぼけた頭でそう気づくまでに、たっぷり十秒を費やした。
んだよもぉ、びっくりさせやがって!
湖の水面の揺らぎ方とか、尻の下の土の感触とか、リアルすぎて全然わかんなかったよ!
夢の中で「これは夢だ」と認識できる夢。
なるほど、これが噂に聞く明晰夢ってやつか。
ふむ。なかなか神秘的で、きれいな情景だ。
俗に言う、すごみが深みでヤバみって奴。
俗に言わないなら、湖面を照らす陽光が眩しく、仄かに暖かい木漏れ日が心地よい。
……明晰夢って、こんなはっきりと五感で感じられるものなんだな。普段の夢とは大違いだ。
せっかくの貴重な経験、全身で堪能しようと、俺はぐぐっ、と伸びをして、ごろんと寝転がる。
ほんとに夢とは思えない、森林浴って気持ちがいいな。
俺は木陰と太陽が生み出すぽかぽか陽気に包まれながら、夢の森の中、再び眠りに落ちたのだった。
※
こつん。
額に何かが当たる感覚がした。
「ん? んっ……んぁ~~っ」
それをきっかけに意識が覚醒した俺は、横になったままぐぐっ、と伸びをする。
はぁ……。
ここで目を開けてしまえば、そこにあるのは無慈悲な現実――小汚いマイルームか。
正直、開けたくないなぁ。まだあの大自然の中にいたいなぁ……。
ぐぅ~ぎゅるるる。
だがしかし、身体は欲望に忠実で。
俺はあきらめて、可能な限りもったいぶりながら、ゆっくりと瞼をあげた。
――が、次の瞬間。俺の呼吸が止まる。
文字どおり、目と鼻の先。
すやすやと寝息を立てるそれは、俺と額を合わせて転がっていた。
「んっ……」
薄く声がこぼれ、それの目が開く。
漏れ出した甘い吐息が鼻腔をくすぐり、幼さをいっぱいに湛えた双眸が露わになる。
そうしてようやく、俺の脳は状況を理解し始めた。
――これはマズいのでは? と。
「ち、違うんですこれは! 俺はなんにもしてませんほんとに!」
後方への跳躍からの、恐ろしく速い五点倒立。俺じゃなきゃ見逃しちゃうね。
しかしなんで俺なんかの布団に、あんなかわいい女の子が寝てるんだ!? 俺に妹なんていないぞ? え、じゃあなに座敷わらしとか?
五体投地で、そんな益体のないことを考えていると、ふと、手足に違和感を覚えた。
俺の部屋の床は、フローリングだ。
しかし今俺の下にある感触は、紛いもなく――土。
あっれぇ……?
まさかと思い、頭をあげた俺の視界に飛び込んできたのは、
――赤みがかった陽光を照らし返す湖。
――そよ風になびき揺れる葉っぱ。
そう。まんまさっき見た景色だ。
違うのは二つ。
一つは、太陽が傾いて夕日になっていること。
そしてもう一つは……
少しだけ身体を起こして、困惑したように頭を傾げる――幼女がいること。
……ちょっと待って、情報の整理をさせて。
つまりこれはまだ夢なんだよな? 明晰夢ってのは、夢の中で睡眠もできるのか?
というか、この子はなんだ? なんで俺に添い寝してたんだ?
コンマ一秒、全力で思考を巡らせ、俺ははたと、とある情報を思い出した。
そういえば聞いたことがある。明晰夢の中では、欲しいものを自由に出せる、と。
つまりこの子は……俺の妄想?
改めて眼前の幼女に目を向ける。
くりっとした瞳に、二つ結びで肩口まで下ろされた赤髪。
服装はカジュアルな白ワンピースで、傍らにはたっぷり草が詰められた木編みのかごが。
控えめに言って、超絶美少女だ。これが現実なわけがあろうか。いや、ない。(反語)
よって、このロリっ子は俺の妄想の産物であると証明完了。
是即ち――なにをしても許されるッ!?
あ~ぁ、今夜のパンツは自分で洗わなきゃな~。
……とはいえ。
流石に俺は紳士なので、いきなり襲いかかったりはしない。別に、そんな度胸がないとか、そういうわけじゃないよ?
まずは……そうだな。
人間は話せる生き物だ。人たるもの、コミュニケーションを第一に考えるべきだろう。言論大切って、かの板垣さんも言ってたしね!
というわけでさっそく、お名前から聞いてみましょうか。
はてさて、CV.は誰かな~。あやねるかな~。いのりんかな~。それともそれとも~……。
わくわくしながら身体を起こし、俺は紳士的な微笑みで口を開く。
「君は、…………は?」
しかしその声は、文を成すことなく、風に流された。なぜなら……。
――なんで俺の声までかわいくなってるんですか!?
「あーおーあー……おぉ!?」
なんだこれ、すげぇ!! こんな透き通ったロリ声、出したいと思っても出せるもんじゃねぇよ!?
いったいどういうことだ……と、俺がキョドっていると、
「え、えっとぉ……だ、大丈夫……?」
なんたることだ。ロリっ娘の方から心配そうに声をかけてくれたではないか。
おぉっと、落ち着け俺。若干引かれちゃってるじゃないか。
いやまぁ、目の前で男がロリ声で奇行連発してたら、引かない方が変か……。
「あぁ、驚かせちゃってごめん、大丈夫だよ。……ところで君は、どちら様かな?」
すごい違和感に苛まれながらも、なんとか返答を紡ぐ。全く大丈夫じゃないなこれ。
しかし目の前のロリっ娘は、会話ができたことが嬉しかったのか、満面の笑みを浮かべると地面から跳ね起き、目を輝かせながらこちらににじり寄ってきた。
おぉ……アホ毛って、ほんとにみょんみょんするんだな……。
「わたしはサミュっ! あなたは? その格好、うちの生徒じゃないよねっ!? なんでこんなところにいるのっ!?」
「ちょっ、近……!」
大量の質問と共に、どんどん詰め寄ってくるサミュちゃんに、女の子慣れしてない俺はたじろぐが……ふと、さらなる違和感を覚えた。
鼻と鼻がくっつきそうな距離まで近づいたとき、やっとその正体に気づく。
――なんで俺、このロリっ娘と目線の高さが同じなんだ?
まてまてまて。いくらなんでも流石におかしい。
これってつまり、俺の背が縮んでるってこと?
いや、もしかしたらこの子が童顔だから、ロリだと思い込んでただけかも?
「えっと……先に一つ質問良いかな?」
「うん、いいよ! なんでも聞いて!」
俺はズイズイ来るサミュちゃんを手で制し、ゴクリと生唾を飲む。
「サミュちゃんって今――学年は?」
「リトルガル魔導学園初等部の四年生です!」
ぴしっと敬礼しながら答えるサミュちゃん。
な、なるほど……やっぱりロリだったか。しかも魔導学園とな……。
うん。ちょっと混乱してきたぞ。情報を整理しよう。
まず、俺の背が小四並みまで縮んで、声がかわいくなってることだ。
他に身体的な特徴でおかしな所は……と、自分の身体に目を向けてみる。
髪は……すごく長いな。一束手に取り、見てみると、それはきらびやかな金髪だ。さらさらとした手触りが癖になる。
服装は……って、なんだこれ。ヨレた茶色い服――というより布を一枚羽織ってるだけじゃねぇか! なんというか……スースーする。
そしてそのおかげで気づいたのだが……下腹部の相棒の感覚も――ない。
なかなかショッキングでもあり、同時に興味深くもあるが……まぁ、これだけわかれば、導かれる結論は一つだ。
――俺は今、幼女になっている。
明晰夢って、妄想で自分が幼女になることもできるのか……?
しかも俺が最初ここで目覚めてから、かなりの時間が過ぎてるはずだが、まだ夢がさめる気配はない。
ついでに魔導学園。魔術があるときた。
となるともはや、なんでもありだなおい……。
しかし俺はこのような状況、すごく既視感がある。具体的に言うと、最近のネット小説とかで。
確かに今の俺を鑑みるに、『明晰夢』の一言で片づけるには、少々想定外が多すぎる気もするな……。
てことはもしやこれ、俺も――!?
……いや、やめよう。そんな期待、むなしくなるだけだ。
きっとラノベの読みすぎで、似たようなシチュエーションの夢を見てるんだろう。
俺が明晰夢をよく知らないだけで、このくらい普通のことなんだよ、きっと。
「? どうかしたの?」
「あ、いや。ごめん、なんでもないよ」
なんであれ、せっかくロリになったんだ。
戻ったときに悔いがないよう、この時間をたっぷり謳歌しておかなければな!