センパイとコウハイ
インターホンの音がする。
「せんぱーいっ。遊びに来ましたよー」
朗らかな声がアパートの一室にこだまして、カチャリと小さくドアの開く音がした。
「まだ寝てるんですか?」
ひょっこり可愛らしく部屋の入り口から顔を出した少女に、俺は笑って答える。
「んなわけねぇだろ。もう昼だろうが」
「でも先輩、時々昼過ぎまで寝てることありますよね?昨日も2時くらいまでネトゲしてたし」
「なんで知ってんの怖いんだけど」
「嫌だなぁ先輩。昨日は私と仲睦まじーくクエ消化に勤しんだではありませんか」
「察するに正体を隠して俺とフレンドになっていたというわけか…」
「あんまり驚かないんですね?」
「合鍵も渡してないのに毎日俺の家に遊びに来る奴が身近にいるからな」
「戸締りが甘いんじゃないですか?」
「最近じゃ鍵をさらに2ヶ所取り付けてもらったんだが…」
「でもちょっと安いやつで甘えたでしょう?」
「敗因が見えた。わかったもういい。」
「ていうか先輩、また夜ご飯インスタントで済ましたんですね。体に悪いからダメだって言ったじゃないですか」
「お前に健康を気遣われる義理はないんだけどなぁ…」
「健康な体じゃなければ健康な赤ちゃんは作れませんよ?」
「今日もキレッキレだな」
「とにかく、何か作ってあげます。冷蔵庫の中の物で作るありあわせですが…」
「あー後輩よ、残念だがそれは無理だ」
「はい?」
「考えても見ろ、一人暮らしの男子大学生の冷蔵庫の中には一体何が入っているのかをな」
「ま、まさか…!」
「そう…何にもない!冷蔵庫の中に食材を貯め置き?はっ、冗談じゃねぇ、男は添加物と化学調味料で出来てるんだよ!」
「少しだけ死んで欲しいと思いました」
「こんだけやっても少しなあたりがお前の凄いところだと思う」
「はぁ…仕方ありませんね、じゃあ行きましょうか」
「行くって、どこへ?」
「決まってるでしょう、スーパーです」
「……あー」
「ほらさっさと支度してください化学調味料先輩」
「さりげなく俺の家の収納配置を覚え俺の支度を手伝ってくれるお前に尊敬すらする」
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「いやー、たくさん買っちゃいましたねー」
「こういうのはもっと渋谷とか池袋とかで言われるべきセリフだと思ってた」
「でもお腹減ったでしょう?」
「…確かに昼飯時だからな」
「じゃあいいじゃないですか」
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「はい、私の手料理ですよー」
「そういや、あんまりお前に料理を食べさせてもらったことなかったけか」
「そうですね」
「どれ、いただきます……うん、美味い」
「お口に合うようでよかったです、それじゃ先輩、恒例のアレやりましょアレ」
「アレ?」
「はい、あーん♡ってやつです」
「断る」
「もしかして照れてます?」
「食べる側なのに何故か食べられそうな予感がするから断る」
「何故バレたし!?」
「何故隠し通せなかったし」
「ま、いいです。あーんは別の機会に取っておくことにします」
「あぁ、そうしてくれ」
「それじゃ先輩、今日のところはこの辺で」
「気をつけて帰れよ」
「それじゃ…」
少女は小さくはにかんで、俺の頬にキスをした。
「…ッ!」
「えへへ…さよならのチューです」
「お前な…」
「それじゃ先輩、また明日ー」
そういって掛け出す少女の背中を眺めながら、ふぅと小さくため息をつく。
少女はどうしようもない変人かもしれないし、俺はどうしようもなくヘタレているのかもしれない。
それでも、俺は彼女のことが、どうしようもなく愛おしいと思うのだ。