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種田山頭火のおいしい俳句  作者: 種田潔
鰯さいても誕生日
24/26

朝焼け大根

東京の出版社、文芸社より創立20周年記念出版作品としてこのサイトに掲載している「山頭火のおいしい俳句」が9月に全国出版された。

書籍の詳細情報

http://www.bungeisha.co.jp/bookinfo/detail/978-4-286-18588-0.jsp


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

今日は本には収録されていない大根がテーマ。


朝やけ雨ふる大根まかう


山頭火は多くの野菜を句によんだが、野菜の中で最も数が多いのは大根の句だ。

ざっと数えても50句はある。それに続くのはほぼ同数の筍の句、少し差が空いてフキノトウ。

いずれも山頭火の旺盛な食欲を満たしたものばかりだ。

山頭火は食べて、消化して、句を生み出した。

ちなみに果物では柿の句が飛びぬけて多く130句を越えている。


彼が大根を句によんだ時期を見てみると、昭和8年が16句、昭和9年が同数の16句と他の年が2,3句であるのに比べ際立って多い。これは何故だろうか。

50歳を迎える年の昭和7年9月20日、山頭火は山口県の小郡に田舎屋を借り、そこを其中庵と名づける。そして庵の一画を開墾し、自ら大根、ナス、きゅうり、トマト、ほうれん草などを育てていた。

彼の野菜作りの指南役だったのが、句友であり、脱線友達でもあった山口農学校の職員の国森樹明である。


明の尽力で念願だった住む家を見つけ、今までの貧しい食生活を大いに改善することが出来る野菜を育て収穫する喜びが、この二年間に多くの大根の句を作らせたのではなかろうか。

昭和8年1月26日の日記には大根収穫の様子が描かれている。

「雪の大根をぬいてきて、豚の汁で煮る、火吹竹でふう/\やつてゐるところへ、樹明君がひよつこり、やあ、ありがたいな」

さらに昭和8年の次の句には自分が育てた大根を食べることの喜びが満ちている。

・霜の大根ぬいてきてお汁ができた

・そこらに大根ぶらさげることも我が家らしく


生涯に八万もの句を残したとの説もある山頭火は、57歳で亡くなる年の昭和15年4月に自選の約701句を収録した一代句集「草木塔」を出版している。

そこに彼は大根をよんだ四句を選んでいる。

・朝焼雨ふる大根まかう

・大いに晴れわたり大根二葉

・洗へば大根いよいよ白し

・降りさうなおとなりも大根蒔いている

この中でよまれた日付がはっきりしているのは冒頭に挙げた「朝やけ雨ふる大根まかう」であって、昭和7年10月5日の日記に記載がある。

しかし山頭火が自分の畑に大根の種をまいたのは10月5日ではない。

9月30日の日記にはこうある。

「憂欝な一日だつた。土を耕やして大根を播いた、土のなつかしさ、したしさ、あたゝかさ、やはらかさ、やすけさ、しづけさ。……」

10月1日には、

「天地高朗、日月清明の気候だ。今日も畠いぢり、二畝耕やした、石ころ、草の根を除くのはかなり骨が折れるけれど愉快だ、ひともじを植ゑつけた」

10月3日には二日前に蒔いた大根が芽を出した。

「大根の芽生はうれしい、自分で耕して自分で播いた、それが芽を吹いた、ありがたいやうな、すまないやうな気持。」

そして種まきから始まったこの五日間の喜びは、10月5日、「朝焼雨ふる大根まかう」として結実した。

山頭火は、朝焼けは夕方の雨を生むことを知っていたのだ。


山頭火は自分の畑から抜いてきた大根をどのようにして食べたのだろうか。

大根なます、大根漬け、おろし大根、味噌汁の実、煮大根、生のまま塩をつけて、大根の浅漬け、豚の汁で煮る、干し大根などが日記に見られるが、いずれもごくシンプルな食べ方だ。

実際、大根を味わう極意を彼は昭和8年1月20日の日記にこう書いている。

「醤油も味噌もないので、生の大根に塩をつけて食べた、何といふうまさだらう、フレツシユで、あまくて、何ともいへない味だつた、飯とても同じこと、おいしいお菜を副へて食べると、飯のうまさがほんとうに解らない、飯だけを噛みしめてみよ、飯のうまさが身にしみるであらう、物そのものの味はひ、それを味はなければならない。」


上記の山頭火の食べ方で私も普段口にしているのはおろし大根だけだ。

山頭火より少しだけ食糧事情の良い私は、大根というと思いつく料理はおでん、鰤大根、豚の角煮と一緒に煮た大根の三つ。

このいずれにおいても大根は主役ではない。おでんは人によっては大根を主役とするだろうが、私にとってのそれはすじ肉。

鰤大根、豚の角煮においては言うまでもなく脇役だ。

大根が主役になれない野菜であることはおろし大根の役どころを見ればさらに明瞭になる。

焼きさんまに添えられたおろし大根は、焼きさんまを完全なものにするために不可欠な添えものとして、脇役のおろし大根にスポットライトが当てられた希有なケースだ。

哀れを極めるのはスーパーで売っている刺身に添えられた大根のつま。

場合によってはマグロの赤身からにじみ出た赤い汁がしみ込み、いかにも見苦しく、つまを食べない我が家においてはごみとしてしか扱われておらず、大根の最も気の毒な末路というべきで同情に堪えない。

「大根役者」という、大根をいたずらに下等なものと人に思わせる言葉も、大根にとってはまことに不本意な四文字熟語と言えよう。


しかし大根も気落ちすることはない。

我等が山頭火は昭和12年11月31日の日記にこんな賛辞を大根に与え、顕彰してくれているのである。

「大根はうまいかな、大根はあらゆる点で日本蔬菜の主だ」

蔬菜とは野菜の事。

誰からどんなさげすみを受けようが、日本の野菜の頂点に君臨するのは大根であると、少なくとも山頭火だけは分かってくれているのだから。


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