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亀谷高校の日常

君影草

作者: 「裕」

左腕にはめた白い珠のブレスレットに、そっとふれた。


姉と兄が通っていた高校に赴任してきて、もう五年が経った。私が教師になってからは二十年が経過していた。

二十九年前の雪の日、もともと体の弱かった私の病状はとても良いとは言えたものではなかった。春を待ちわびる君影草のように、閉ざされた世界からの解き放たれるのを待つ。窓の外の景色は、私を閉じ込めるそれと似ていた。そして私は何日もの間、生死の境を彷徨い続けた。

私が目を覚ましたとき、姉と兄はいなくなっていた。同じ日の同じ時間、私の命が尽きそうになっていたその瞬間、彼らは別々の場所で帰らぬ人となった。雪は止み、鈍色をしていた空は、澄み切った青い色をしていた。

それから私は通信制の高校を五年かけて卒業し、大学の英文科を経て、高校教師になった。先生になることは、姉の夢だった。姉の通っていた大学に進学し、そして今、二人の通っていた高校で教鞭をとる。彼らの生きてきた軌跡を辿っている。


「和泉先生、そのブレスレットいつもしているね」

英語科研究室で懐かしむようにブレスレットを眺めていた私に、生徒が声をかけてきた。はいこれ、と集めてきたクラス分のノートを机に置く。

「姉からもらったお守りなの」

珠が連なった、君影草色のブレスレット。

彼女と最後に会った日にもらった、最期の贈り物。三人で色違いのそれは、姉のものは青、兄のものは紅い珠をしていた。


『きっとよくなるよ』

そう言った姉の言葉に偽りはなく、私の体は少しずつ良くなっていき、大学を出るころにはほかの子たちと同じように生活できるようになっていた。まるで揃いのブレスレットを持った姉と兄の命と、引き換えにしたかのように。


私は四十五歳になっていた。姓も高田から和泉に変わり、長男はあの時の兄や私と同じ、高校一年生である。気づけば、いつも先に進んでいたはずの彼らを時の流れによって、追い越してしまっていた自分がいる。


ふと、空を見上げる。

冬の空は、あの日と同じ、姉の左腕に在ったブレスレットと同じ色をしていた。


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