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彼らの永遠 3


湯川について知ることは少ない。鉢峰と違って。

例えば鉢峰はアイドルが大好きだが洋楽も大好きで、世界的に有名なイギリスのバンドのレコードを揃えている。部屋にはきちんと再生設備があり、彼はアイドルのポスターや宇宙飛行士のポスターや横断歩道を渡る有名なジャケットのポスターに囲まれながら、センター争いの激しいアイドルグループの曲を聞いたりギター劈くマンチェスター音楽を聞いたりするのだ。好みが極端かもしれないけれど、でも趣味だ。編み物をする片手間にホラー映画を観るひとだっているだろう。

鉢峰は言葉を飾らない。撮影でひぃひぃ言った時、ミユキに言った『アイドルを見習えよ。かわいいだのブスだの美人だの不細工だの好き勝手言われながらも努力をやめないんだぞ』と真顔で言われた。でもなるほど、彼は『アイドル』というーーーどれだけ辛いことがあっても舞台ではきらきらとした笑顔で背筋をのばす、努力家で常に一生懸命な子が好きなのだと、よくわかった。鉢峰の価値観や考え方ははっきりしていて結構好きだ。大好きと言っても過言ではない。

だが湯川についてはミユキはほとんど何も知らない。ぱさついた痛んだオレンジの髪を持つこと、デザイン学科の四年だということ、同い年であるということ、去年の実習で最優秀賞を取ったということ、服装にどこかちぐはぐなイメージを受ける時があること、ひとの話を聞いても全く何も変わらないということ、

外見以外のことは全て湯川自らがぺらぺらと言っていたことなのでもしかしたら事実ではないかもしれないが。どうでもいい。

「ね、御影。御影の髪はすごいよ。遠くから見てもすぐわかる。遠目に見るとそこまで劇的に何かが違うわけじゃないのにそれでも惹かれるみたいにすぐわかるんだ。状態もいいし。ね、ちょうだいよ」

「絶対嫌だ」

「ざくっと切るわけじゃないんだってば。トータルで一房あれば十分。一部じゃなくて全体から少しずつもらうから髪型も変わらないよ? ねえ、いいじゃんお願い」

「何を言われても絶対に嫌」

「なんで。ねえ御影、」

「ーーーはい、終わり」

黙って煙草を吸っていた鉢峰がまだそれほど短くなっていない煙草を灰皿に押し付けた。ふーっと天に向かって細く長く煙を吐き、ぱんぱん、と意味もやる気も興味もなさそうにだるく手を叩く。

「終わりってなにが?」

「朝のミーティング」

「ミーティング?」

「俺と御影はね、今日の卒制進行の確認してたの。もう時間だから俺ら行くぞ」

「ん?まだ話終わってないんだけど」

「知るかよ、でも御影がグレーディング終わらせないと作品は完成しない。卒業制作が完成しなければ卒業が出来ない。それは困る。運命共同体だから今は俺の方が優先されるべきなんですー。御影がどう言おうと」

「や、同意だよ。行こ」

うなずき踵を返す。鉢峰がうしろに続くのを気配と足音とくつりと小さく笑った喉の奥の声で捉えながら、建物の中に入る。

別れの言葉は、言わなかった。けれどもそれは、また会いたかったからでは決してない。




真っ暗な部屋の中、壁を覆うように設置されたありとあらゆる機械のボタンや表示ランプが赤や緑に光っている。その微かな光源すら明るく感じる中、ディスプレイの明かりは太陽のように強烈だった。

「……なんだそれ、髪って……気持ち悪」

ここのところ一週間、毎日髪をくれとせがみに多い時は一日三度くらい来る男の話を鉢峰が日代に言うと、日代は普通に引いたように声をくぐもらせた。組んで二年目の録音部、日代 優太。彼は彼で最近録音編集室に籠りきりだったのでここ数日はお昼の時しか会えていなかった。作業に支障が出ない場合にはお昼は三人で食べる。鉢峰が言い出したことだったが異論はなかった。お弁当をミユキが三人分作ってくる日もたまにある。

気分転換なお昼の時間にあえて不審者の話をする必要もないだろうとしていなかったのだが、映像編集室を訪れた日代に鉢峰がさらさらぺらぺらぽろぽろと淀みなく正確に語ってくれた。いや語るなよ。不審者を語らないでくれよ。

「えー……デザイン学科? デザ科が何で御影の髪が欲しがるわけ? 誰を呪うの?」

「その場合私以外にいないんじゃないかな……」

背後にいる日代にディスプレイから眼を離さず返す。かちかちかたかたと動かす手はそのままだが、半運命共同体である日代はもちろん何も言わなかった。鉢峰と違い半分なのは日代は他の作品も掛け持ちしているからだ。

「見知らぬ誰かに呪われるまで恨まれるなんてことは流石に……」

……いやあるか。自分にとっては『ほとんど知らないだれか』だったひとに殺ろされかけたことは。左耳の裏の傷が、じくりと疼いた気がした。

「なんだよそこで止めるなよ怖いなあ……」

「知ってる? 現実って残酷なんだ」

「鉢峰、それスローガン?」

「今日のね。ここ半年以上掲げてるのは違うけど」

「なに?」

「『御影、日代、いざという時は俺と一緒に終わろう』」

「初耳なんですけど……」

「お、俺もう一本持ってるからそっちで頑張るわ」

「裏切り者がいるぞ! 鉢峰、やってしまえ!」

目線も合わさずそう言うとくは、と鉢峰と日代が笑った。鉢峰の方は先ほどと違い楽しそうな声で。

「呪いじゃなかったら何に使うわけ?」

「日代、ヘアージュエリーって知ってる?」

静かな口調で鉢峰が言った。

「えーと。カツラ……ウィッグだっけ? か何か?」

「この場合は違う。……遺髪ジュエリーって言った方がわかるかな」

「……遺髪?」

「御影は死んでないけどね」

まだね、という無駄な発言は、喉の奥に隠して呑み込んだ。




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