君の世界の入り方 13
三木の家で打ち合わせをした段階で、ディアムにも連絡をしていたらしい。
ディアムが依頼し派遣したという日本人の弁護士はまだ比較的若いが芯の強そうな男だった。話し合いを全てを代わりに請け負ってくれるとのことで内心強くほっとした。ディアムの人選なら間違いはない。
「訴えますか。示談にしますか」
「ーーーともり」
「俺のことはどうでもいいから。みーさんが被害者だよ。みーさんが決めて」
「……」
こくりと、小さく彼女はうなずいた。
「示談にします」
「わかりました。ーーーこれだけの証拠です、示談とはいえ容赦しません。今後の行動は大きく制限されるでしょう。出来る全てのことは捥ぎ取ります」
「はい、絶対に容赦しないでください」
そう言うと弁護士は小さく笑ってうなずいた。
「ディアムにもそう指示を受けています。なので大丈夫ですよ。彼が信じた私を信じてください」
この上なく信用出来る発言だった。ほっとしうなずき、全てを託す。
入院だけは全力で拒否し、三木たちとも別れ彼女と家に帰れたのは朝が来てもう数時間経った頃だった。安堵から生じた欠伸を漏らしつつ、二人して疲労感でよろよろとしながらリビングへ入る。そんなに被害はないがクッションやらが転がっており、起きたら徹底的に磨き上げ掃除しようと心に決めた。
「一眠りしようか……」
「うん……あ、その前に私シャワー浴びる」
「……そうだね、うん、徹底的に浴びて洗ってください。……いや、それより一緒に入ろう。俺が洗う」
「あはは、おもしろいねー」
疲れた一本調子に彼女が返し、ふわうと欠伸をした。着替えていないのであの時と同じショートパンツにキャミソールに自分のパーカー。真っ白な首筋や鎖骨にいくつも散らばる赤い痕。
「……」
「……ふわう……ともり、ゆっくり休んでね。本当ありがとう。おやすきゃあっ」
ひょいっと彼女を抱き上げた。そのままリビングを横断し数時間前転がり落ちた階段を上がり、彼女の部屋ではなくて自分の部屋に彼女を連れ込む。カーテンを閉じていてももう仄明るい室内、ベッドにやさしく彼女を下ろした。
「とーーーともり、どうしたの」
「ん、慰謝料請求しようかと思って」
「……いしゃりょう?」
「うん。身体はもちろん大丈夫なんだけど心がもうぼろぼろです」
「……うん……」
「だから慰謝料。みーさん、払って」
「うん、払う」
「身体で」
「へ?」
「安心して、一線は超えないから。一線を踏むくらいだから」
「ま、全く安心出来ないんだけど」
「踵で踏むくらいだから」
「それほぼ一線超えてるじゃん!」
ぴゃあっと喚いた彼女の身体のサイドに両手と両膝を付いて閉じ込めた。あわあわとする彼女を至近距離で見下ろし幸せににっこり笑う。
「大丈夫。映画で言うとR-15指定くらい」
「残虐描写有りじゃん! 内臓出したくない!」
「残虐はない。内臓もしまったままでいい。ちょっと濃厚な恋愛映画方面のR-15」
「な、何でも映画で例えれば納得すると思ってるでしょっ?」
わたわたと片手を突き出した彼女ーーー違和感を感じ眉を顰める。
「みーさん、左手は?」
「忘れた!」
「そんな簡単に忘れられちゃたまりません。ーーー左手出して」
頑なに身体の下に左手を押し込む彼女の身体をひょいっと簡単に浮かしその細い手首を掴まえる。眼の前に翳した。
「……」
爪の間に入り込んだ赤黒い汚れ。手を押さえ付けた時に食い込んだ爪が、あれの肌を抉った。
「……」
DNAの証拠を、採ったのだろう。爪の間に皮膚と血液を取り込み、どうあってもあれが言い逃れ出来ないように。
自分の身体を這う手には無関心に、頭から血を流すこちらを見て一瞬で激昂した彼女。
絶対に逃がさないと、ありとあらゆる手段を躊躇わず行使した彼女。
「……や、洗ったんだけど、そこまでは落ちなくてーーーお風呂で洗って来るから、はなし、ひゃんっ」
甘ったるい声を彼女が上げた。今はまだあまり聴く機会がないその声に煽られる理性を必死に抑えつつその指を口に含んで舌で舐める。口の中で細い指にそっと舌を這わし、声を抑えたいのか手で自分の口を塞いでいるため抵抗がお留守になっていることをいいことに何度も何度も舐め、吸い、しゃぶった。
何度も何度も。丁寧に隅々まで。抑えた手の下から漏れる小さな声にくらりとしても。ぎゅうっと閉じる眼を縁取る長い睫毛がふるふる小さく揺れても。自分の下に横たわるしなやかな脚が脚に触れ、いとも簡単に絡ませられても。ぞくりと走る衝動を何とか熱の下に抑え込んで。
ぺろり、と、最後にゆっくりとひと舐めして咥内から指を解放する。仄明るい空気の中、つう、と、一瞬唇と指先が銀糸で繋がれた。
「……ん、綺麗になった」
「……ふあ……」
くったりと力が抜けた彼女の身体を再び軽く持ち上げパーカーを脱がせた。サイズが大きいので脱がせやすい。グッジョブ俺のパーカー。
身長の割に長いほっそりとした白い腕に露わになっているくっきり浮き出た綺麗な鎖骨。キャミソールにショートパンツ、「これ以上脱がさないから」と耳元でささやいて約束し、するりと爪先から太ももまで撫でて、「ひあんっ」と小さく跳ねた彼女の首筋に付けられた赤に唇を落とす。ぺろりと舐め、口付け、舐め、口付け……首筋から胸元まで、付けられた全部の痕にそうし、上書きするように上から痕を付ける。濃くなった赤に笑いかけ、脚に出来たいくつもの痣にも舌を這わした。
「ふあっ……と、も、……と、もり、これまずい、たいへ、ん」
「ん、だから一線を踏むって言ったでしょ」
「こ、れ、これたぶん、とびこえて、る、」
「飛び越えてない飛び越えてない。飛び越えてたら俺もみーさんももう服着てないしみーさんろくに喋れなくなってるから」
「んっ」
キャミソールの裾から手を差し入れた。なめらかな肌を撫で、そのやわらかい丸みを少し硬い布一枚上からやんわりと手のひらで包む。ふにゃりと形が変わるのをキャミソール越しに上から見て、乱れた胸元の布の下に赤く滲んだ爪の後があることに気付きそれもやさしく舐める。やわらかくあたたかい感触。あれの爪痕が残っているなんて赦せず、胸元の盛り上がりはじめるふわふわとしたところにかぷりと噛み付き痕を残す。
「ひあっ」
胸元から身体を離しやわらかな内腿に頬擦りしてからちりっと吸い付いた。付けた赤を舐めて満足し、続いて彼女の額に唇を落とす。
真っ赤に染まる頰を撫で、唇以外のところにたくさんたくさん唇を落とし、何度も何度も彼女を抱きしめて、
慰謝料をたっぷりともらい、くったりと脱力した彼女を抱きしめ、やって来た穏やかな睡魔に身を浸した。




