君の世界の入り方 11
リビングに息を切らした彼女がいた。寝巻きのキャミソールにショートパンツ、小柄な体躯に不釣り合いな大きなパーカー。自分のもの。三木の家にいるのなら必要のないそれを、三崎に荷物を渡す時混ぜて渡した。着ていなくても構わない。けれど彼女の手元に置いておいて欲しかったそれ。
「……っ、御影、先輩……!」
眩しい何かを見付けたかのように。これの顔が輝いた。凶器を下ろし、握りしめたままもうこちらのことなんか構わず彼女に向かって駆け出す。のばした指先はほとんど引っかける程度にしか掴めず、振り払われ手は敵を見失う。
「みーさん逃げろ!」
叫んだ次の瞬間、小さな身体はあっさりそれの腕の中に収まった。勢いと男の体重を受け止め切れず細い脚が宙を泳ぎ、鈍い音と共に床の上に押し倒される。どちらの身体にも刺さらなかった凶器を手にしたまま馬乗りになったそれは彼女を抱きしめた。乱れた髪の合間から覗く白い首筋に顔を埋め、凶器を手にした手で彼女の脚を抱く。すらりと覗くその脚を撫で、恍惚とした表情で何度も何度も彼女の首筋に唇を落とす。ーーー眼の前で。自分の眼の前で、彼女に、触れる。
「ーーーっ!」
動けない。動けない。ーーーあの冷たいきらめきがある限り、動くことは出来ない。ーーー何かあったら、あれは躊躇わず、彼女にそれを振るう。
「やめろ! やめろ! やめろッ!」
「先輩。会いたかった。ずっと、ずっと欲しかった……やっぱ駄目だ、先輩じゃなきゃ。本物じゃなきゃ……駄目だった。偽物じゃ駄目だった。俺を理解してくれないし、全部何もかもが、足りない」
こちらの絶叫すら聞こえないように。彼女の頰を撫で、耳元でささやく。甘みを帯びたうっとりとした声に吐き気を催すほどの嫌悪が襲う。やめろ。やめろ。やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろ
凶器のない方の手がキャミソールの裾から肌を這った。その手がせり上がり盛り上がった丸みを鷲掴みにし、覗く鎖骨にそれが吸い付いた。首筋を解放された彼女が首を振りーーー彼女の深い深い眼が、……感情のない静かな眼が、自分を、視た。ーーー瞬間。
彼女の顔が激昂に染まった。激情も露わに凶器にも構わずその小さな身体が弾けるようにして動く。手の中に隠していた何かを振るいそれのこめかみに叩き付けた。
「がっ……!」
体勢を崩した瞬間を見失わず、勢いよく起き上がりそれの顎に頭をぶつける。ふらっと眩んだようにそれが揺れ、小さな身体が渾身の力でぶつかり押し返した。仰向けに倒れ込んだそれの鳩尾に着地するように膝で抉り、悲鳴を上げたそれの凶器を持つ手を容赦なく床に何度も叩き付けた。硬質な音を立てて凶器は床を滑りきらめきがあちこちに霧散する。
「みっーーー」
それでも彼女を呼ぼうとしたそれに、彼女は何も躊躇せずこめかみを打ったそれを手のひらの中で一瞬で開き閃かせそれの顔面に振り下ろした。ーーー冷たく煌めく折りたたみナイフ。
眼球すれすれで勢いを止めた刃。
瞬きも赦されず、それが呼吸を殺される。
「ーーーともりを傷付けた」
低くないのにぞっとするくらい冷たい声で彼女は言い放った。
「赦さない。赦せない。ーーー何てことしてくれたんだよ、てめえ」
深い深い全てを呑み込む眼が、冷たい煌めきを映しそれを見下ろす。
手首を押える小さな手が、爪が音もなく食い込んだ。それの手首にじわりと血が滲む。
「それに。ーーー絶対にわたしを、人質にするな」
殺すぞ。ーーーはじめて見せた、彼女の貌。
冷たかった。
冷たく、恐ろしくーーー畏怖と敬虔を抱くほど、その横顔は美しかった。




