君の世界の入り方 10
彼女の部屋にやって来た侵入者。手にしているそれはどうやらキッチンにある包丁らしい。刃物には比較的拘り気に入ったものを使っている御影家だが、彼女が何と言おうとその包丁は処分しようと心に決めた。
気配を殺して待ち伏せしていた、彼女の部屋。そこにやって来たそれは凶器を手に残念そうに息を吐く。
それを見据えたまま、言った。
「……それであのひとに何するつもりだったんだ」
「何って。最初びっくりするかと思ったから、大人しくしてもらおうかと」
何てことのないように言って、手にした包丁を少し持ち上げる。きらきらと場違いなほど凶器が輝く。
「傷付けるのか? あのひとを?」
「少しだけだよ。抵抗するならだ。わかってもらえれば必要以上に傷付けたりしない」
何ふざけたこと言っているんだ、という目で睨まれる。何を言っているのかーーーわかっているのだろう。わかっていて、『異質』だと取られるのはこちらなのだ。
「先輩たちだけだ。俺をわかったの……真野先輩が相手なら、あきらめられた。だからあきらめてあれで我慢しようとしたのに……真野先輩と付き合ってないなら、付き合わないのならもう我慢しない。先輩は俺のだ」
「やらねえって言っただろ。真野にも手前にも」
「俺のだ。俺のだよ」
「昨日あんなに怖がって逃げようとしてただろ。手前は望まれてない」
「恥ずかしがってたんだよ。先輩らしいけど……確かに、度が過ぎると困る。だからこれがあるんだろ」
輝く刃物。……恥ずかしがっている女の子があんな必死に抵抗するものか。仮にそうだとして、恥ずかしがっている女の子を刃物で脅して大人しくさせるのか。……それはもう、当然ながら合意の上なんかじゃない。
「……先輩は、どこだ」
「言わない」
「どこだよ」
「言うわけねえだろ」
「ーーーどこだよッ!」
それがこちらに突進して来るより早く逆にこちらから距離を詰めた。突き出された凶器を避け、身体を押し出すようにして廊下へ縺れ合いながら飛び出す。これ以上彼女の部屋にこれを存在させたくなかった。
滅茶苦茶に凶器を振り回すそれをなんとか避ける。どこでもいいから当たれと殴りかかった拳は鈍い衝撃を伝え、それが壁に激しく背中を打ち付けた。押さえ付けようとのばした腕は振り回された腕に弾かれ、びっという音と共に凶器が振るわれ頰に熱さが走った。関係ない。凶器を手にする腕をなんとか捕らえ壁に打ち付けたが手から凶器が落ちることはなかった。その隙を縫うように膝を腹に叩き入れられ湿った音を立て吐き棄てるように息が漏れる。拘束する力は弛んだが離すことはせず、押し倒すように体重をかけるとそれはバランスを崩し倒れ込んだーーー虚空に。重力を見失ない、二人で絡まるように階段を転がり落ちる。
「っ……、」
激しく床に叩き付けられ呼吸が止まった。凶器はーーー幸いにも刺さっていない。これの身体にも。軋む身体を無視して這い蹲るようにして何とか身体を起こし、かけたその時、背後から首を絞め上げられるようにして拘束された。ぎりぎりと自分の肌とこれの腕とが擦れて乾いた音を立て、酸素を求めて身体はもがく。爪が床を引っ掻くがりっとした感触。力を振り絞って身を沈ませ跳ね起こすように背中で体当りをかまし、解放された瞬間息を吸い込み激しく咽せた。壁に頭を打ち付けたらしいそれが凶器を握り直し、呼吸の整わないこちらに向けて振り下ろす。寸前のところで避けてこめかみを拳で抉るように殴ったがあまり強いダメージにはならず、全体重で押さえ付けられるように壁に押し付けられた。口の端から血を流すそれがまた、きらめく凶器を振り被ってーーー
「ーーー橘くん!」
飛び込んで来た声に同時にそちらを向いた。ーーー彼女が呼んだ。自分ではなく、これを。




