君の世界の入り方 5
「……なあ、えっと……とも、り?」
彼女が出かけてから少し、リビングを掃除しているとふいにそう声をかけられた。飯を抜くとかそういう物が関わるのはともかく、言葉としては無視するスタンスでいようと思っていた。が、その呼び方だけはやめろと思い拭いていたテーブルから顔を上げた。視線が合い、押し返すように睨み付ける。
「名前で呼ぶな」
ともり。ーーー今そう呼ぶのは、彼女だけだ。
「……苗字知らねえんだよ」
「ーーー蕪木」
仕方なく答える。そういえば自己紹介をしていないーーーそんな空気でもなかった。こういったことに気を回す彼女が手を回していなかった。それはやはり動揺していたからだろうし、これを避けていたということだろう。
「蕪木は。先輩とどういう関係なんだ?」
「……」
この問いには無視も何も出来なかった。付き合ってはいない。けど彼女は手前より俺のことを大事に思ってくれてるよ。ーーーそう答えてやりたかったが、その言葉はきっと彼女が望むものではない。それが本当のことでも。
「血の繋がりはない。付き合ってもいない。けどいつかあのひとの全部をもらう」
「っ、」
「俺がそう思ってることを彼女も知ってる」
沈黙が、走った。
「……何だよ、それ」
がり、とそれは頭を掻いた。思わぬ存在に苦悩するように顔を苦く染める。
「……そこまでのライバルは真野先輩だけだと思ってたのに……」
小さな声。真野の思いをこれも知っていた。
「ライバルも何も。彼女がいたんだろ」
「……元はと言えば御影先輩を忘れるために付き合ったんだ。大したあれじゃない」
悪びれもせず言い切った。彼女を忘れるため他の女と付き合う。あり得る話だし、実際そうする人間も少なくはないだろう。だが彼女に限っては彼女と関係のない話であってほしかった。
「その相手に棄てられたから今度こそ本命に? これをチャンスにあのひとに近付こうとした? ーーー随分と身勝手だな」
不器用なほどまっすぐな真野。眩しそうに彼女を見る真野。……そこにどれだけの気持ちが込められているかなんて、そんなの考えるまでもなくわかる。
それでも真野は、恋愛から距離を置く彼女を無理矢理追い詰めるようなことはしない。『先輩』と『後輩』の関係を保ち、親しくしつつも決して、特別な意味で彼女に触れない。彼女だけを見ていても、決して。
抵抗する彼女を無視して無理矢理抱きしめ追い詰めたこれ。
真野がライバル? ふざけるな。そもそも土俵が同じではない。
「真野にはやらない。誰にもやらない。絶対にあきらめない」
首を横に振るまでもなく。
まっすぐに見据えて言葉を紡いだ。
「お前にもやらない」




