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青い散歩路


〈 青い散歩路 〉


「オリ、オーリ、お手!」

はしゃいだ声音を隠し切れていない楽しそうな声がして思わず視線を巡らせた。フェリーのチケットを買うため一瞬眼を離した隙に少女の姿が見えなくなっていた。確かに声は、何だかうきうきとした内容的には「どうした」という声はしたので近くにはいるーーーはずなの、だが。

というよりこちらから離れるような少女ではない、と思い再びよくよく視線を巡らすと、大きなハスキー犬がいた。その向こう側にふわりと海風に靡く、儚いグラデーションを描く一眼見たらわかる特別な髪。

近付きひょいと覗き込むと、おすわりをしたハスキー犬の前に少女はしゃがみ込んでいた。無事「お手」をしてもらえたようでうれしそうにはしゃぎ、「ふは!」と笑ってその犬にきゅうっと抱き着いた。深い灰色の毛に気持ち良さそうに顔を埋め、犬の方はご機嫌そうにぱたぱたと尻尾を振っていた。

「ミユキ」

名前を呼ぶとぱっと少女は顔を上げた。それからにっこりと笑ってみせる。

「オーリ! あのね、この犬オリって名前なんだって!」

「ああ、それで」

なるほどと納得してうなずくとそばにいた飼い主ーーー二十代後半の男がうなずいた。

「こいつの名前を呼んだらこの子も来てね。こいつ、そんなに俺から離れはしないんだがちょろちょろ動くんだ」

「とってもかわいい」

満足気に微笑う少女の眼を、ちょっと不思議なものを見るかのようにしげしげと男は見つめた。少女の眼と髪を物珍しそうに眺め、そしてこちらにちらりと視線をやる。ちょっと笑って肩をすくめられたので同じように返しておいた。お互い大変だなという仕草。

「ミユキ。そろそろ行くぞ」

「はあい」

もふもふと犬を撫でていた少女はもう一度きゅうっと抱き着き、立ち上がった。「いい子でね、オリ」微笑んで最後にひと撫でし、ぴょこんと自分の隣に並ぶ。

「……あんまり離れるなよ」

「離れないよ?」

離れないもん、と当たり前のように言い切られる。まあ知ってるけど。

「ふは、かわいかったね」

「大人しかったな」

「オーリに似てた」

「名前がだろ」

「ううん、色が」

深い灰色に澄んだ青い眼。……なるほど、色合いは自分と共通するものだったらしい。

「名前も色もほぼ同じか」

「同じじゃないよ。傾向が一緒なだけ。オーリの色の方が好きだもん」

再び当たり前のように言われ一瞬言葉に詰まった。これも知っていることではあるけれど。

「……犬がでかくて最初ミユキが見えなかった」

「えっ。そんなはずは、」

立ち止まって振り返り犬のサイズを見てちょっと黙り、それからぎこちない仕草で前を見る。……むう、と唇を尖らせた。

「ミユキ、カム」

「わたし犬じゃないもん」

唇をさらに尖らせぱたぱたと駆け寄って来た少女の頭をくしゃくしゃと撫でる。

「よく出来ました」

「だから犬じゃないって、ば」

それでも心地好さそうに眼を細める少女に「どうだか」と肩をすくめる。

「ミユキ、ステイ」

「がぶっ」

頭から上げた手を噛むような仕草を見せた。タイミングが合い少女の唇が指先をふわっと掠める。そのまま指をのばして少女の唇に触れた。

「ふにゃ」

「躾」

唇を軽く摘んだ。そのまま遊ぶように指先でやわらかく撫でる。

「ふわ」

「俺以外の奴に付いて行くな」

「ふに」

薄くやわらかい唇を弄ぶ。吐息が指に触れ、薄く開いた咥内にちらりと覗いた舌は赤くあたたかそうだった。くすぐったいのか少女の眼がゆらりと潤み、もっと欲しいもっと見たいと求めるようにのばした指先が微かに舌先に触れた。

「……犬の影に隠れるサイズなんだから」

「……ひいさくてわるらっられふっ」

「悪くはないよ。小さいから持ってけるし」

すっぽり抱きしめて腕の中に置いてそのあたたかい体温を味わって、

だって俺のだ。

するりと手を下ろしてその小さな少女を見下ろす。……心が欲しがるままに手をのばした。

「ミユキ」

「ふ?」

それ以上何も言わず手を差し出すとミユキは微笑った。うれしさを隠しもしない幸せそうな笑顔。尻尾があったらぶんぶんと千切れそうなくらい振っているような感情。

のばした手に華奢な手が重なって、合わせたように同時にその手を握り合う。やれやれ、犬は果たしてどっちなのだろうかと内心ひとりごちた。

「よく出来ました」

お手が好きなのはお互い様だった。ご機嫌になった少女の手を引き、水の青い匂いに呼ばれて歩き出す。

急がないで。

ゆっくりと。

ーーー自分と少女の歩調で。

「オーリ、オーリは犬派? 猫派?」

「飼い主派」

「なあにそれ」

「ミユキは飼い犬」

「なあにそれ……?」

「ほら行くぞ。ミユキ、おいで」

「はあい」




〈 青い散歩路 青色の白い犬 〉




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