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嘘吐き小鳥と元少年


〈 嘘吐き小鳥と元少年 〉


その光景を見た時、信じられなくて三度見した。

「ひとが多いねえ、みんなオープンキャンパスに行くのかな?」

「だと思う。ーーーみーさん」

「なあに?」

「逸れたくないから手繋ご」

「うん」

あの蕪木が、自分の友人が、女嫌いで有名な桁外れの顔を持つ男が、小柄で華奢な女の子に自分から手を繋ごうと手を差し出している。素直にうなずいた女の子に微塵も嫌悪を向けず、寧ろ蕩けるような幸せそうな笑顔で微笑ってその手を握り、やわらかく甘みを帯びた声で話しかける。女の子はその甘いマスクに惚れ惚れする様子も引け目を感じる様子もなくただただ素直に、まっすぐ蕪木を見上げてはうなずいたり小さく笑ったりして普通に会話している。普通に。これがどれだけ特別なことなのか恐らくわかっていないのだろう。蕪木灯が女に触れ幸せそうにし、眩しいものを見るような目で女を見つめる。それがどれだけのことなのか。

「……あれ、えっと……すどう、くん?」

ふと目が合った女の子の方が、その黒目がちな大きな眼をこちらに向けた。名前を思い出すようにしたためか少し舌ったらずになったやわらかい声。こちらを見る眼が光を孕むというよりかは内包しているかのように深い色に輝き、思わずはっとした。

「あ、うん、須藤だ」

続いて蕪木も気付いたのかこちらに視線を向ける。二人に気付かれては致し方ないと何かをあきらめて足を早め隣に並んだ。

「こんにちは、御影さん」

四月に一服盛られた蕪木を家まで送って行った時に一度会っている。あれから早二ヶ月、会うのははじめてだったが、蕪木から話は聞いている。惚気話にしか聞こえない話を。

「え、蕪木何かの係りだったっけ」

「や、ただ単に祭り目当て」

後日聞いた話だが、蕪木は最初行く気はなかったらしい。が、今回開かれる六月のオープンキャンパスはプチ学園祭のようなもので、各サークルや部活が出店を出しイベントやステージを立ててちょっとしたお祭り騒ぎになる。それを知った御影が「とっても楽しそう。行ってもいい?」と『小首傾げ+上目遣い+眼をきらきら』というトリプルコンボで『お願い』して来たようで、一も二もなく「うん勿論一緒に行こう。でもひとがたくさん来るから手を繋いで行こうね」とちゃっかり約束まで取り付けていざデート(でしかないだろうこの場合)になったらしい。いいなあリア充。白いロングのワンピースにロールアップデニム。覗くほっそりとした足首は本当に華奢で白くて、こんな風にかわいい女の子連れて自分も歩きたい。

「須藤くん、こないだはどうもありがとう」

「い、いえ。お気になさらず」

「須藤くんは今日何かの係りですか?」

「サークルの出店の当番で……」

「サークル! 何のサークルですか?」

わくわくと楽しそうに小さく身を乗り出して訊かれ、答えようとした時猛烈な寒気を感じた。背筋がひりつくような冷たさに視線をずらすと笑顔の友人がいる。はじめて見る顔だった。人間ってこんな裏のある朗らかな笑顔浮かべられるものなのか。

「あー、ボーリングの……」

「へええ、何のお店を、」

「みーさん、危ない」

「わ、」

小さな段差に足を取られかけた御影の肩をふわりと蕪木が抱いて支える。大きな眼をぱちくりとした御影が蕪木を振り仰ぎ、「ともりありがと」と微笑む。

「気を付けてね」

「はあい」

きゅ、と先ほどよりもしっかり手を繋ぎ直したのがはっきりと見えた。

「……あーっ、俺そろそろ時間だっ、悪い蕪木もう俺行くわ! すみません御影さん!」

「あっ、引き止めてごめんなさい」

「いえ! じゃあまた!」

しゅばっと手を上げ怖い笑顔の友人とかわいい笑顔のその思いびとに別れを告げる。時間なんてまだまだたっぷりあったが関係ない、我が身の方が大事だ。

二人を残し足早に歩きながら、なんだかなあとおもしろくなりぷっと吹き出した。

嫉妬に駆られて周りを威嚇とか、蕪木灯は彼女が関わると本当にただの男になる。




不穏な会話を聞いたのは休憩を取っている時だった。

「なにあの蕪木くんと来てる女!」

「ガキじゃん! 高校生とかでしょ?」

「顔も地味だし全然釣り合ってない!」

「本当ムカつく!」

焼きそばを焼き、焼きそばを焼き、焼きそばを焼き、服どころか自分の吐息まで焼きそばの匂いがたっぷり染み付いてしまった感覚に陥りつつも漸く回って来た休憩時間、人ごみから少しでも逃れようとやって来た階段でそんな会話はなされていた。会話の内容は不穏なのに内容は妙にツボり吹き出しそうになるのを堪える。話によれば御影は他大学の四年生なので高校生ではない。見かけはまあ、確かに高校生と言っても十分通用するが。童顔なのだ。それも結構レベルの高い。

だが顔が地味というのは些か疑問だ。確かにモデル並ではないがなかなかかわいいひとで、こんなひとが彼女だったらうれしいなあと思ってしまう。ぱっちりとした大きな眼はかわいらしいし、ほっそりとした華奢な体躯で出るところは「でかい」とは言えないが普通並にあり、髪も眼も何だか不思議な色をしていて思わず手をのばしたくなる。確かに蕪木の顔面偏差値はずば抜けているが、その横に並んでも遜色無いくらい魅力的なひとではあるのだ。

だから地味なんかじゃないだろ、と胸中で返す。手摺の間から上を見ると何だか見たことある女四人がいた。ああ、いつもの蕪木の追っかけ……化粧濃い奴ら。ひょっとして地味ってそういう意味か? 確かに御影はナチュラルメイクだったけど。でもそれがかわいかった。高校生に見えるのは否定はしないけれど。いいじゃないか、自分より年下に見られる年上彼女。

「あーせいせいした! これで少しは懲りたでしょ」

「今頃泣いてるかもねーっ」

ん? 何だこの不穏な会話は。

話の流れが単なる(と言っていいのかわからないが)悪口ではなく妙な方向に向いて来たので眉を顰めた。

「誰か気付くかな?」

「当分気付かないでしょー、掃除中の看板出しといたし」

「夜には出してもらえるんじゃない?」

「いい気味ー」

えっちょっと待って御影さんどこかに閉じ込められてるのか! えええええ何だよそれ完全な逆恨みじゃん女こええ!

え、どうしよう本当。例え自分が姿を見せどこに閉じ込めたんだと詰め寄っても恐らくしらばっくれて答えないだろう。どうする、どうする……そうだ蕪木! 御影も携帯は持ったままだろうし蕪木にこれを伝えれば! というか蕪木なら問い詰めれば吐くかも。そうだそうしよう蕪木を呼ぼう。

音もなくスマホを取り出そうとしてーーーだから、気付かなかった。

ぽんっと軽く肩を叩かれる。「ーーーっ!」ぎょっとして振り返り、その背後の人物がしーっと唇に指を一本置いたのを見て息を飲み込み何とか黙る。目を見開いた。

「み、かげ、さ、」

閉じ込められているはずの御影が目の前にいた。御影はこくりとうなずくと、自分も偵察に加わるようにそっと手摺に手をかける。

「蕪木くんどこかなあ。外にはいないのかな?」

「どこか室内入ってるかもね」

「いないねー」

「せっかく一緒に回れるチャンスなのに」

なるほど、窓から外を見下ろして人ごみをチェックしているらしいーーーでは、なくて、

「……み、御影さん、閉じ込められてたんじゃ……」

「閉じ込められてました。トイレに」

ああトイレ。蕪木から離れるわけだ。

声を潜めてひそひそと会話する。

「ドアのところに箒でつっかえ棒がしてあって」

「だ、誰かに出してもらったんですか……?」

「いえ、自力で脱出しました」

何てことはないように御影は答えた。絶句する。

「この大学のトイレ、上は空いてたので登って」

あ、ちゃんと除菌ティッシュで拭いてから登ったし、出たあとちゃんと手洗いましたよ、と変なところを気にする御影だった。

「で、でも何でここに……」

「人気のないところを探したら自然に。ああいうことしたあとってすっきりして成果を語り合いたいタイプのひとたちだろうなあと思って」

人並み外れた思考の跳躍力だった。素直に舌を巻く。

「……どうします? 文句言いますか」

「うーん、多分あんまり効果がないので……須藤くん」

「はい」

「一芝居、お付き合い願えますか?」

にっこり微笑んで御影は言った。




足音も激しく階段を駆け上った。

「っ! ちょ、ちょっといいか!」

「は、なに?」

「ばたばたうるさいんだけど」

「うちら今忙しいの」

何が忙しいだ何が! と思いながらも焦った様子はそのままに大声で捲し立てる。

「よかった! なあ、こっちにひとが来なかったか! 女四人! 探してるんだ! ああ畜生何でこんなことに!」

「……来てないけど、なに?」

「なんかあったの?」

こちらの焦りっぷりを四人は信じたらしい。演技力に自信はないのでただただ大声で捲し立て続けた。

「トイレに女の子が閉じ込められて過呼吸起こしたんだ! 医務室運ばれたけどまだ意識が戻らない! そのトイレから女四人が出てこっちの方に向かうのを見たひとがいるんだ! 学生課と教授陣が血眼になって探してるんだよ、オープンキャンパスに来た女の子がそんな目に遭うなんて大学の評判が下がるって! 何としてでも探し出すって!」

はっきりと四人の顔は青褪めた。御影のことを高校生かもと思っていたようだし、今さらになって自分たちがどのタイミングでどこで何をやらかしたのかがわかったらしい。

「しっ……知らないっ!」

「えっ、ちょっと待って、さっき四人来てたかもっ」

「あっそう来てた! すぐどっか行っちゃったけど!」

「地味目な女たちだったよ!」

「そ、そうか! ありがとう! 閉じ込められた子頭も殴られてて血がすごかったんだ! 絶対捕まえないと!」

「えっ!」

「な、殴るっ?」

「あ、頭なんて殴ってないよ! 閉じ込めただけ!」

「あっ馬鹿っ」

馬鹿でありがとう。にんまり笑ってスマホを取り出す。

「録音完了」

「えっ……」

「相手にしてもらえないからって八つ当たりするなよ。みっともない」

心臓はばくばくして冷や汗はだらだらだったが必死に隠して吐き捨てるようにして言った。

「あのひとは蕪木の『唯一絶対』だよ。女の中のひとり、とかじゃないんだ。あんたたちと違って」

例えば御影が男だったとしても、その心の在り方に蕪木は惹かれてその男を『唯一絶対』にしていただろう。周囲からどう思われようと関係なく、『御影』という人間を今と同じように愛していただろう。

男とか女とか関係なく。

『御影』という人間だから愛する。

幸せそうに微笑んで触れ、名前を呼ぶ声に愛おしさを滲ませる。

「これ、蕪木に聞かれたくないだろ」

「か、返せっ……」

「残念、蕪木と通話中です」

にっこり微笑んでそう言うと女四人は悲鳴を上げた。

「違う! 違うの!」

「何が? 蕪木の唯一絶対の女の子閉じ込めてけらけら笑ってたことが?」

「やっ……違うやめて!」

「うるさいな。もう行けば?」

「……っ!」

ばたばたと我先にと押し合うように女四人は走り去って行った。本来の静けさが戻るようにしんと静まり返りーーーひょろひょろとした情けない息を吐き出して壁に手を付いた。

「……みかげさあん」

「ふは、お疲れさまでした、ありがとう」

にこりと微笑んでひょいと御影が出て来た。女四人は違う方向に走り去ったので気付かなかったらしい。

「須藤くん演技上手ですね。今度自主制の映画出てくれませんか?」

「勘弁してください……」

このひとの書く脚本ならおもしろいんだろうなあと苦笑いしながら思う。自分が捲し立てた内容のほとんどは御影が即興で作り上げたもので、嘘とはったりを張り巡らせた難易度の高いものだった。勿論ほとんどが嘘だ。本当なのは録音していたことくらい。『唯一絶対』等は独自判断のアドリブだったが、学生課もまだ事件は知らないし蕪木にも通話は繋げていない。

「騒ぎを大きくしたいわけじゃないからね」

ただまあ、あんまり愉快な思考のひとがともりの周りにわらわらいるのも不安だし、と御影は続けた。確かにちょっと危ない女たちだ。でもこのひときっと、その女たちが蕪木の周りを纏わり付かないと確信があったら特に何もしなかったんだろうな。自分がされたことに関しては結構無頓着そうだ。

「はー、疲れた……焼きそば焼くより疲れた」

「ふは、ごめんなさい、何かご馳走します」

「や、いいです……あーでも何か冷たい飲み物買おうかな……」

「下の階でアイスコーヒー販売してましたよ」

「あー、マジック研究会でしたっけ……」

ぽたぽたとした会話をしながら階段を並んで降りてゆく。漸くこちらも笑えるようになった時、階段を駆け上がって来る気配に足を止めた。踊り場に姿を現したのは、

「ともり」

蕪木灯だった。息を切らし汗を滲ませ、三段ほど上にいる自分たちをーーー正確に言うのなら御影をーーーまっすぐに見つめた。

「ともーーー」

名前は小さな悲鳴になった。無言で手をのばした蕪木が御影の手を引き、小さな身体が浮かび上がる。白いワンピースがまるで白い小鳥のようにふわりと広がり、胸に飛び込んで来たそのかけがえのないひとを蕪木が受け止め抱きしめた。

「……探した」

安堵したようにほどけた声で蕪木は短く言った。腕の中で御影が顔を上げようとしたが小さな頭に蕪木は頬を付けていたのでそれも叶わず、胸に押し付けられむぐむぐとくぐもった声で、

「ご、ごめんね、ちょっとばたばたしてたの」

「何が?」

「ま、迷子になって……」

「さっき学生課のひとが話してるの聞いたんだけどね。そこの女子トイレでね、箒でつっかえ棒してた個室があったんだって」

「へえ……」

「誰かが閉じ込められてるってことであわてて開けたらしいんだけど、中には誰もいなかったんだって」

「……へえ……」

「でね、学生課が首傾げてるところにパニックになった女が来て「殴ってない」とか「閉じ込めただけ」とかぎゃんぎゃん騒いでるんだって」

「……」

「みーさん?」

きつくきつく抱きしめたまま、友人はそれはそれは綺麗に微笑んだ。

「『何が』『ちょっと』『ばたばた』『してた』の?」

「………………」

完全に御影は沈黙した。

顔を胸に押し付けられられ、腕の中で大人しくする御影を蕪木は見下ろし、あきらめたようにふうっと息を吐いた。

「……まあいいや、何にもなかったなら」

「っ、うん!」

弛んだ腕に御影がぱっと顔を上げる。大きくうなずいた。

「ただね、俺もみーさんがいなくなって肝を冷やしたから」

「? うん」

「帰ったらゆっくり話そうね。何のためにスマホ持ってるのとかそういう話」

「う」

「わざと連絡しなかったんだろうけど」

「なんの話?」

「って言うだろうから帰ったらゆっくりじっくり話そうね、膝の上で」

「ひざのうえ?」

「みーさんが本当のこと言うまで膝の上にみーさん乗せて話し合います」

「えっ! やだ!」

「やだじゃない」

「やだやだ! 重いから!」

「重くないけどね。でも『重いだろうな、重いだろうな、こんな長時間重いだろうな』ってそわそわ落ち着かないだろうね。みーさんが」

「ひ、非道!」

「非道じゃないよ、単なるちょうきょ……お説教だよ。困った時素直に頼らないとどうな目に遭うかの」

「や、やだあ!」

「だーめ、絶対逃がさないって決めてるんだから。ほら、まだ回ってないところあるよ。ゆっくり回って一緒に帰ってじっくりゆっくりたっぷり話し合おう? 躾は大事なんだから」

「今躾って言った!」

その大きな潤んだ眼で必死に訴える小さな女の子を抱きしめ幸せそうに微笑う友人。

人並み外れた顔を持つただの恋する男。

「……」

うん、なんだ。

末長く爆発してろ。




〈 嘘吐き小鳥と元少年 嘘吐き小鳥の躾方 〉





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